縫合
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「あったぜ!ほぼ原型が残ってる!」
ジルクは両手を切り落とされたオークの腹を捌いて胃を剥き出しにした。胃の中にあるリタの羽を傷つけてはいけない。慎重にスッと剣を胃に当てると、胃の肉が切り裂かれ、中から消化しかけた魔獣の毛や肉片がドロッと流れ出た。手が血塗れになるのも構わず、臭い胃液の匂いに顔をしかめながら、リタの羽を消化物の中から発見した。
「こっちもあった!まだ完全には吸収されていない!」
レイズはハイオークの胃の中から溶けかけたリタの羽を見つけた。細かくなっているものもあり、辛うじてリタの魔力を纏っていることから羽だとわかる。
「私も林でいくつか残骸を見つけました!」
食いちぎられた時に一部の羽が風で飛んでしまったのだろう。木の枝や地面に羽の欠片が散らばっていた。ついでに見つけたリタのポシェットも回収する。
3人はそれぞれ見つけたリタの羽を丁重に胸に抱いて集まった。
「ほぼ全部あるか?」
全員で集まった羽を見せ合うと、レイズがオークの血と胃液がついた臭いに顔をしかめた。
『洗浄』
堪らずリタの羽を水魔法で汚れを落とす。
「ハイオークに進化した奴には少し吸収されていたようだ。少しずつ千切って食っていたようで、バラバラではあるが、一応まだ残っている部分もある」
レイズは清潔になった羽の状態を確認しながら報告した。
「こっちの進化前だったオークは根元から思いっきり齧りついたみたいだな。でもそのお陰で吸収が遅くてほぼ一枚残ってた。イルの方はどうだ?」
「掻き集めれば多分1枚と少しといった所でしょう。これで3枚の羽が集まったことになります。リタ様はまだ1枚羽が残っています。ボロボロではありますが……」
「これはパズルだな……人手がいる。あの女も持ってくるか。死者にこんな精密な作業は難解すぎる」
「オレが連れてくるよ」
「行きましょう!こっちです!」
イルの先導でジルクとレイズはリタの場所を把握するためにリタの元に向かった!
風魔法で向かった一同は、すぐに風の防壁で守られたリタが見えてきた。
「イルとレイズはリタちゃんをお願い。オレはあの女を連れてくる」
手に持っていた羽をイルに託し、ジルクはベスティアを探しに行った。
「頼んだぞ。死者の命令を消失させておく。急いでくれ」
レイズはパチンと指を鳴らして死者へ下した命令を解除した。そしてレイズは自分とイルが持っていたバラバラになった羽を組み合わせる作業に取り掛かった。
「旋風防壁、消失!」
仰向けになったリタが倒れている。
「リタ様!」
イルはリタに駆け寄り、まだ息があるかを確かめた。
手を口元に当ててもリタの息は感じられない。イルは耳をリタの顔に近づけ、耳をすました。
大丈夫だ、まだ息をしている!
イルはリタを横倒しにすると、ジルクから受け取ったほぼ原型の残った羽をリタに縫合する。
合間に魔力回復薬を何度も口に含む。
上下ある羽のうち、上の羽はこれで2枚揃った。しかしどちらも歪な形をしている。縫合前より魔力の減少は落ち着いたものの、まだ油断はできない。
そもそもが4枚羽の妖精なので、普通の妖精族の枚数になった所で欠損していることに変わりはないからだ。
今縫合した上の羽の反対側も欠損している部分がある。欠損部位を、レイズが地面に広げた羽から探しだす。これだと思われる部位を近づけると、薄ら発光した。互いに引き合う感覚があったので、これだと当たりをつける。
イルはたとえ細かく砕かれており、縫合が難しかろうと構わず縫合し続けた。
しかし上側の羽が形になったあたりでイルはまたフラつきを起こした。
まだ下の羽が残っているのに!今倒れるわけにはいかない!
「イル!」
意識が遠のき、ぐらつきかけたイルをレイズはガッと支える。
「…ま、魔力が……足りません……!」
魔力回復薬を飲みながら作業をしているが、魔力の回復が追いつかない!
「俺の魔力を継続して持っていけ」
「でも、そんな高度な事が僕に出来るかどうか……!」
失敗したらレイズの魔力を根こそぎ奪い、下手したら命まで奪ってしまう危険性がある。イルは躊躇した。
針を持つ側が与える事はイルにも出来たが、針を持つ側から貰うことなど可能なのだろうか?
「お前なら出来る!やってくれ!」
真剣な眼差しでレイズに見つめられ、イルは決心を固めた。
「分かりました……やってみます!」
イルが詠唱を開始した。
『針よ、私の魔力を吸い上げ、糸で縁を結べ!』
出来る!絶対にやってやる!イルはリタの針をグッと強く握りしめた。
『その糸は私に縁を授けるものとする。』レイズは全身に魔力を漂わせ、女神へハーデスに願った。成功してくれ、と。
2人を白く発光する糸が絡みつく!
『魔力継続ドレイン!』
イルも意図せず、レイズと同じく女神へハーデスに願いを込めた。
リタを救いたい。
『魔力譲渡!』レイズもそれに続く!
2人に絡み付いた糸は消えることなく、白く発光し続けている!
「できました!」
「よし!引き続き縫合を頼んだ!」
イルが再び縫合を今度は下の羽に行おうとしたその時。
「イル!レイズ!」
「キャアアアアアアアアア!降ろしなさいよー!!」
ジルクがベスティアを抱えて戻ってきた!
ドサッ!
脇に抱えていたまだ縄で縛られているベスティアをジルクが地面に転がした。
「見ろ。これがお前の招いた結果だ!」
ジルクがベスティアを見下ろして吐き捨てた。今からベスティアにはやってもらうことがある。ベスティアを縛っている縄に剣を当て、拘束を解いた。
「そ、そんな……!……まさか、リタ……さん?」
自由になったベスティアは、カタカタ震える手でリタを触れようとする。しかしベスティアの手をジルクが払い退けた!
「触るな!お前はせめてもの償いとして、ここにある羽を形にしろ」
冷ややかな声でジルクはベスティアにパズルを命じた。
「……たまたま割れてしまっただけで、あの薬はあの場で使うつもりはなかったんですの!あれは別の機会で使用する予定でしたの!本当ですわ!自分も危険に晒される危険性のある薬をこんな時に使うわけありませんでしょう?!」
「言い訳はいらない!」
ベスティアは責められるのに耐えかねて、リタの名前を呼んだ。
「リタさん?リタさん!」
「うぐっ……」
リタはベスティアの甲高い声で意識を取り戻した。
「リタ様!」
イルはリタが動こうとするのを止める。
「リタさん……」
「ベス……ティア……さ……ごめんね……迷惑を……」
事情を知らないリタはベスティアに謝ろうとする。声を出すのもつらいだろうに、リタは申し訳なさそうな顔をしてベスティアを見つめた。
「違うんです、リタさん!私の持っていた薬のせいなんです……!綺麗な羽が……!4枚もあった羽が……!ああ!」
ベスティアはリタに駆け寄り、涙を浮かべてしきりに羽について呟いた。
「だいじょ……うぶ……泣かな……い……で」
弱々しい掠れた声でベスティアを慰めようとするリタにイルはくしゃっと顔を歪めた。
自分が大変な時になんでベスティアなんかの心配を、と思ってのことだった。自分を図らずとも陥れた相手になぜこうも優しく出来るのだろうか。
「リタさん……こんな時にわたくしの心配だなんて……!」
ベスティアもイルと同じことを思ったようで、わなわなと体を震わせた。
「ううん……わた…しが、ぶつから…なかったら」
「いいえ、わたくしがあんな物を手元に持っていた所為ですわ!それに、薬の中身について正直に話していれば、こんなことには……!」
ベスティアは頭を左右にブンブン振って、リタには非がないことを身体中で表現した。
「誰でも……ミスは……す……るでしょう?ミスは……しても……良いの。それよりも……失敗を次に……どう活かせるか……でしょ?」
リタは前世の経験から来る言葉をベスティアに伝える。言いたいことを言えて満足したリタは、また意識を失った。
ベスティアはリタの顔に手を当て、安心させるように微笑みを浮かべると、目から溢れた涙が頬を伝った。
「あなたはまだここで死んで良い者ではないわ!」
人差し指で自分の涙を上品に拭い、ベスティアは意を決したように宣言した。
「貴重な4枚羽をここで失ってはいけませんわ!わたくしも縫合いたします!魔力で糸は紡げませんが、刺繍糸に魔力を付与して行うことはできます!ジルクさんとレイズさんで羽を!わたくしとイルさんで縫合しますわ!」
ベスティアも針を持っているのを知ってはいたが、まさか縫合まで出来るとは思っていなかったレイズとジルクは顔を見合わせた。
今はこいつを信用するしかない。そう判断し、2人は頷いた。
「リタを頼む」
4人はリタの羽の治療に取りかかった!
魔力回復薬を飲みながらも途中、ベスティアの魔力に限界が来たので、パズルを言い渡し、残りをイル1人で繋ぎ合わせた。
手元にある羽を全て繋ぎ終えたイルは再度体力回復薬と魔力回復薬をリタに飲ませる。
「馬車に戻るぞ!早く街へリタを運ぶんだ!」
「次の街では対応できませんわ!王宮に行けば良い治癒術師がいますの!早く、王宮へ!」
「1日で行けるか?」
レイズがジルクに問う。
「全速力で走らせて、その上休憩はほぼ取れない。交代で走らせればなんとかなるはずだ。迷ってる暇はない。行こう」
悠長な事は言っていられない。ジルクはベスティアを抱えて先に馬車に向かった。
瀕死のリタをレイズがお姫様抱っこで抱え、ジルクの後を追って、馬車に向かって急いだ。
風魔法を唱えて移動するレイズの腕の中で、ヒュウヒュウと息をするリタの額には汗が滲んでいる。こめかみにも流れ出た血の跡が薄らと残っている。
少しだけでも良いから楽になって欲しくてレイズはリタに『洗浄』を唱え、綺麗にしてやった。
意識を失ったり戻ったりを繰り返しているようで、瞼がピクピクと痙攣し、睫毛が揺れている。痛ましい姿を見ていられず、少し力を入れてキュッとリタを自分の胸に抱き寄せる。
「リタ……」
レイズは誰にも聞こえないよう、小さくリタの名前を呼んだ。だがリタから得られる反応はない。
いつもなら花が咲いたような笑顔で俺の名前を呼び返すのに、と胸が痛くなる。
「お前はいつも寝てばかりだな。早く起きろよ?」
リタのおでこにそっと触れるだけのキスを落とし、生きてくれ、とレイズは願った。
こうしてレイズ達は獣人族の王宮へと向かった。




