今起きました、おそようございます
レイズはどうやってリタと出会ったのか、そして何が起こったのかをアイザックに説明した。
リタの針は弱みになりかねないので、副作用については黙っておいたが、それ以外は出来る限り詳細に話した。
「ええ?!そんなことが」
「ああ、その後リタが……」
「なんと!そんなことまで……」
途中、ヴァンピーロが帰ってきて、何やらツヤツヤしていたが、特に追求はしなかった。十分な食事を得られたのだろう。
アイザックはヴァンピーロに先に休むよう二階に上がらせると、引き続き二人は酒を片手に話し込んだ。
そうして二人の会話は夜中まで続いた。
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次の日、早くに就寝したフューネラルは朝早くに起きて先に帰宅していた。お昼頃まで寝ていたのはアイザックとレイズの二人だけだ。ヴァンピーロはフューネラルを玄関まで送り届けてくれたらしい。
「リタさんの事を頼むぞ、レイズ。」
「わかった、何かあったら必ず連絡する。」
もうすっかり仲良くなった二人は互いに頭のこめかみを押さえながら別れの挨拶を交わしていた。完全に二日酔いである。
「そうそう、リタさんの私物がまだ部屋に残っていたから、持ってきたよ。ヴァンピーロ、馬車から出して玄関に置いてきてくれ。」
「承知いたしました。」
「王宮からの手紙の件だけど、最初だけは後見人も同行することになっているんだ。まだ書類上の後見人は私になっているが、レイズはリタさんの出身を知っているから後見人も今後レイズにしてもいいかと私は思っている。リタさんが言っていなかったら引き続き私のままにしておいたんだが……どうする?」
「ここは特殊な地だからな。普通は手紙を届けるのも大変なんだろうが、配送業務は全てフューネラルに俺は任せてあるんだ。クロリア地に届けるものは必ずフューネラルに届くようになっている。一番近くにいるのは俺だからな、俺に変更しておいていいぞ。」
「私に戻すことも可能だから、その時は教えてくれ。それで、王宮への同行はどうする?先に私が王宮への同行も済ませておこうか?」
「いや、俺も街に用事があるから、そのついでにリタの王への面会を済ませてしまおうと思う。あと、俺は異世界人の事情はよくわからんのでな、また色々と迷惑をかけるかもしれんが、よろしく頼む。」
「では帰ったら再手続きをして、レイズを後見人に変更しておくよ。あと、人族の王への挨拶が終わったら、今度はその他各種族王から面会の手紙が来ると思う。リタの住む場所が今後【クロリア伯爵の屋敷】に変更になるから、その手紙もここに届くようになる。伝えておくことはそれぐらいかな?」
「各種族王達への面会へ同行しなくていいのか?」
「うーん、そうだな。今は少し物騒だから、同行してあげたほうがいいかもしれない。だが必須ではないから、そこは任せる。この地を離れるのは難しいと聞いたことがあるし。
今の所リタのことは私とレイズ、種族王だけが知っているが、どこで話が漏れるかわからない。最近また物騒な事件が頻発しているらしい。ほら、あの魔族の老婆が製作した魔道具の針の件だ。ギルドからの注意喚起は連絡がレイズにも行っているだろう?」
「ああ、ちらっと読んだが、なんとも特殊な針があったもんだな。」
アイザックから聞いてレイズはハッとした。針?リタはどこであの針を買ったのだろうか?起きたら確認してみよう。
「普通は邪な考えに基づいて刺繍された防具は禍々しい雰囲気を纏っていたり、そもそもその魔力に防具が耐えきれず使い物にならなくなったりしてしまう。その老婆が販売したと言っていた針と刺繍で同じことをしても防具が使い物にならなくなるはずなんだが、なぜか防具は機能していた。表面に防御が施されていて、その下に身体異常の刺繍が発見されたが、防御の効果が無くなっても防具としては使える上、身体異常付与の刺繍もうまく隠されていて、見つかるのが遅れた。」
「その針を販売している老婆はどこにいるんだ?ちょっと気になることがある。」
リタと王宮に行く際、少し寄ってみようとレイズは考えた。もしかしたらリタが針を購入したのはこの老婆からかもしれない。
「確か手帳にメモっていたと思うよ。」
そう言って手に持っていた鞄から手帳を取り出し、老婆の店の住所が書いてあるページを開いた。白紙のページを開き、その住所を書き写すとサッとレイズに手渡した。
「わざわざありがとう。何かわかったら連絡する。」
「ギルドも情報を集めているので、そうしてくれると助かる。ちなみにギルドで依頼として出しているから、有益な情報であれば報酬があるぞ。」
フッと笑みを浮かべ、レイズはわかったとだけ伝えた。
アイザックが乗った馬車が去っていくと、屋敷は急に静かになった。こんなにも人がたくさんいたことなどなかっただけに、いなくなった後は寂しげな空間が広がっていた。玄関に1つだけ置かれている箱はリタの私物だろう。まだ落ちてきたばかりだと言っていたのに、リタはほとんど眠りこけている。
はやく魔力の制御を教えなければ、一生眠りこけているのではないかとレイズは思った。想像するとその間抜けっぷりがリタらしいなと思い、レイズから笑みが溢れた。
レイズが箱を持って二階に上がろうと階段へ向かうと、何やら慌てた様子で霊魂が一体レイズに向かって飛んできた。その様子を見てピンときたレイズは霊魂に尋ねた。
「さては起きたな?」
霊魂は上下に激しく揺れ、興奮のあまりクルクルレイズの周りを何十周としている。飲み物などを用意してくると主張しているあたり、リタの世話に張り切っているようだ。
「タイミングの悪い奴だなー全員帰ったぞ。まあそこがリタらしいっちゃあリタらしいんだが……」
リタの部屋の前に着くと、一応ノックをした。
「起きてるかー?」
「レイズ!私、また寝ちゃってた?」
「そうだな、また寝てたな。入るぞー」
「だめえええええええ!!!!!!」
リタの声は無視してガチャっと入って行った。どうせまだ起きたばかりで衣類を魔力で編み出しておらず、焦っているだけだろうと判断した。どうせ私物も届けなければならないことだし、ちょうどいい。
扉を開けるとそこにはベッドでレイズのジャケットを体に押し当てているリタが座っていた。
「ダメって言ったのに!」
「さっさと魔力で衣類を出せ。それか、たった今私物が届いたから、それに着替えるかだな。衣類が入っているらしいな。なんだ、いらないんだな。」
リタは手に持っていた箱をふいっと持って部屋を出て行こうとするレイズを必死に止めた。
「レイズ様!伯爵様!申し訳ございません!とっても生意気なことを言いました!どうか!どうかそれを置いて行ってください!!!!」
「はっはっは!素直でよろしい。また1週間眠りこけていたんだ。さっさと下に降りてこい。まずは腹ごしらえだな。」
「はあ……情けないわ。またもやご迷惑をおかけしました。着替えて下に行くね」
ぺこりと頭を下げる。
「まだ本調子じゃないだろうから、ゆっくりでいいぞー」
さっさと部屋を出て言ってしまったレイズに聞こえるよう、はーい!と大きめの声で返事を返した。
リタが一階に降りると、またもや霊魂にダイニングテーブルに案内された。既視感のある光景だ。
「お待たせ!魔力の扱いになれるまでは服で過ごすことにしたの!どうかな?」
リタが選んだのは紺色の派手さのない、落ち着いたワンピースだった。
「ここにはその装いが似つかわしいかもな。気にしないでもいいが。それより!お前また針出しっぱなしだろう?!ソワソワするんだが!」
ぶっきらぼうに似つかわしいなどと言ったものの、本音で言うと物凄く美しくレイズの目には映っていた。久しぶりの針の魅了の威力は絶大だ。
「あ、ごめん!忘れてた!」
ポシェットの中身をすべてテーブルに置き、インベントリに片っ端から収納した。
「それだけはしっかりしてくれよ。食い終わったら仕事があるからな。起きたばかりだろうと容赦しない。逃げるなよ?」
挑戦的にレイズはそういうと、ニヤリと口を歪ませた。
「も、もちろん!頑張るからね!」
「そういえばさっきまでギルド長が来ていたんだ。後見人や諸手続きの了承を得たから、お前は今後ネクロマンサー補佐として無事登録されることになった。無職脱却だな、よかったな。」
「えええ?アイザックさんが来てたの?いつ?どこに?なんで??!」
「ついさっきだ。タイミングが悪かったな。」
「そんなあ~!ちょっとでも良いから顔を見たかったなー。」
「嘆くなら自分のタイミングの悪さを嘆くんだな。さっさと食え。仕事場に向かうぞ。」
「はあ~い……」
リタは不満げな声を上げ、与えられた食事を急いで食べたのだった。
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「ここがお前の仕事場だ。俺は隣の玄関寄りの部屋で仕事をしている。見ても気分の良いものじゃないから用事がある時はノックしろ。」
部屋は小さな図書館のようだった。壁には無数の本が敷き詰められており、図書館と違う点といえば、大きな執務机がドンっと中央に備え付けられてあることだ。
机の上には既にたくさんの書類や本が積み上げられている。机の面積の半分以上をそれらが埋めていた。
「な・何やら大量の書物が乗っかっていますね、レイズさん!」
固まったギギギと首を回してレイズの方を見る。
「文例を一枚用意した。それに倣って文面を書くだけで良い。但し、冒頭は宛先の者の名を書くんだ。
封筒にもそこの本にある宛先を一つ一つ書いてくれ。最後署名だけは俺がするから何も書かなくて良い。」
「これは、何名いらっしゃるのでしょうか……」
思わず口の端が歪んでしまった。積み上げられた本のページ一枚に果たして何名の宛先が載っているのだろう。
「いずれどうせ書かないといけないのでな、手紙を書く必要のある名簿を全てそこに置いたんだ。なに、今すぐは大した量じゃない。2週間かけて書いてくれればいい。」
2週間だけの複製作業ならばなんとかなりそうだ。ずっと同じ内容の手紙を書き続けるのかと思い、ぎょっとしていたのでホッとした。
「そっか、ならよかった……」
「大抵は受け入れた順番に書けばいいから探すのも楽なんだが、今回は違うので、探すのにものすごい時間がかかったぞ?今すぐにでも送らなければならないのが256名いるから、それを2週間以内だ。その次に控えている1764名はまた別な。」
「ご・合計2020人ね……了解した……。」
「1764名はゆっくりやればいいが、最低でも1日20体の霊魂を送り出す予定だから、急務の分は毎日20枚書けよ。」
「1日20枚か、そう考えるとそんなに大変じゃなさそうね!なんとかなりそう!」
「喜んでいるところ悪いが、1日20枚書いたあとは、少しでも多くの霊魂を俺が送り出せるように、お前には魔力操作を仕込むからな。他にもいくつか練習して見てほしい魔法と、あと薬の作り方も学んでもらわなければならないし……」
「うわああああ!!!やることいっぱいあるじゃないー!!」
「おう、頑張れよ。じゃあ、まずは20枚の手紙と20枚の封筒の宛先な。終わったら隣の部屋をノックしてくれ。」
「はい……わかりました……!」
考え込んでいても仕方がない!とにかくさっさと書くべし!
「あ、手紙ってこのつけペンとインクを借りたらいいのよね?」
「そうだ。自分の魔力を込めて書くほうが楽ならそうしてもいいぞ。魔力操作の良い練習にはなるかもな。その場合は、こっちの魔道具ペンを使って良いぞ。」
「なるほど!そういう手もありましたか!やってみるね。」
「わからないことがあれば聞きにこい。じゃあ、頑張れよ。」
レイズがリタの仕事部屋を出て行くと、早速手紙を魔力で書くということをやってみようと思った。インクをつけてペンで書く作業はインクがすぐ無くなって面倒なのを知っている。前世に興味本位で購入したことがあったので、つけペンよりは魔道具ペンのほうが簡単そうだと思い、挑戦することにした。
『執筆!』
紙に実際のつけペンで書く様を想像し、魔道具ペンを使って試し書きをしようと試みた。すると、魔力なのにインクがボタっと落ちるように、紙をにじませてしまった。
「あー綺麗に書くには一度にペンに込められる魔力量を調整する必要があるのね。これは良い練習になるわ……さすが伯爵、賢いわ……。」
リタは魔力量の調整を覚えられる上に、レイズは手紙を書いてもらえる、一石二鳥。どちらもウィンウィンだ。リタが給金をもらう以上、リタの方に旨味がある分憎めない。
「執筆っていうのがダメなのよ。ボールペンとかの方がいいかも!」
『ボールペン』
今度は上手く行くだろう。魔力をペンにいくら込めても、ペン先から出てくる量は一定になるはずなのだ。
「あれ?インクが出てこない。あ!ボール!ええええーーそこ?そこなの?」
ボールペンは先に着いたボールがクルクル回ることでインクを染み出させているからかけるのだ。与えられたつけペンにその肝心な部品はない。
「ペン先に魔力を小さなボール状に貯めて、それを擦り当てて書くイメージにしたらいいんじゃないかな?って、それって普通に魔道具ペンで書くのと魔力調整が必要なことに変わりはないな。はあー……ちゃんとやります……」
『……執筆』
ボタッ!
「ああああああああ!!!!」
どうやら1日20枚の手紙を魔力で書く道のりは長そうだ。




