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メアツィオーネ

そう、10暦前のあの時だってすぐに針を譲って貰えた。最初からあの老婆だって僕に売れば良いものを、何だって僕に直接売ってくれなかったんだ、と今思い出してもイライラする。


「一番良い針はあんたの魔力じゃ渡せないねえ」


老婆に昔言われた言葉がメアの頭の中で反響する。


「なんでだよ!こう見えて僕は魔力が強いんだぞ?!そ、それにお金だってちゃんと持ってるんだから!舐めないでよね!」


裁縫道具の魔道具専門店には12歳の時に初めて訪れた。有名な老婆の店で針を購入しようとした時の事だ。制限が生まれる事が分かっていても、それでも良質な針が欲しかった。この時には既にメアはある計画のために動いていた。計画を遂行するにはどうしても針が必要だった。要らなくなればすぐに解呪するつもりでいたが、必要な間は出来るだけ良質なものを使って、計画の成功率を少しでも上げたいと考えていた。でも肝心な時にメアはそそっかしいミスをする。


この時もそうだ。売ってくれる事を前提に計画を進めていたので、老婆に断られたのは予想外だった。


「あんたの魔力では私の最高傑作の針は売れないって言ってるんさね。はっきり言わせるんじゃないさね!」


「魔力値は高いって言ってるじゃないか!使えるって言ってるだろ!ほら、そこにオーラを放つ針があるかないか!それの事だろ?」


「無理なもんは無理だ。この針にお前さんの魔力は合わない」


「何だよそれ……じゃあ、もういいよ!で?僕に売れる魔道具針はどれ?本当に残念だ……」


メアは苛立たしげにチッと舌打ちをした。


「あんたにはこれで十分さね。魔力が豊富だから、これぐらいで良いのさ」


老婆が勧めてきたのは普通の魔道具針だった。魔道具としての性質は付与が出来るという事ぐらいで、副作用も殆どなさそうだ。


「このレベルの針ならどこにでもあるじゃないかあ!」


「ふんっ!嫌なら買わなきゃ良いさね。でもこの針が今のあんたに必要な針なのは間違いないさね」


「え?そうなの?」


「針と使用者の魔力は相性があるからねえ。今のあんたに惹き合ってるのはこれだよ。うちにある針であんたの魔力が融合して良い結果を生み出すのもこれだ。さあ、どうする?」


はあ、とメアは一つため息を溢した。予定外だ。何を言ったところでどうせこの針しか売ってくれないのだろう。見た目もパッとしないし、存在感だけでなく、触れた時に強い魔道具なら発しているはずのオーラもない。ほぼ何の変哲もない、ただの裁縫針だ。

それでも老婆の針であれば他の店で買うよりは幾分かマシな効果を得られるかもしれない。そう思ったメアは、とりあえず老婆が進める針を購入することにした。


「じゃあ、それを買うよ……」


「最初から素直にそう言うさね!針に魔力を込めなっ」


針を針山に突き刺し垂直に立てた老婆は、メアに針穴を摘むよう誘導した。


「ああ、この魔道具はそうやって魔力を登録するのか」


「そうさね。針穴を摘んで魔力を込めるだけさね!はい、終了。これでこの針はお前さんのだよ。壊れる事があれば、一応修理もやっているから持っておいで」


お金を払った後に店を出て、暫く歩いた先の路地裏にある樽の上でメアは腰掛けた。この針では計画に支障をきたすかもしれない。これを報告したら、また怒られる。どうせ購入した針を持ち帰っても、自分で何とかしろと言われるのが関の山だ。


針を手のひらに乗せたまま、メアは項垂れた。このまま帰りたくない……。


「おおおー???別嬪だな、こりゃ!!ヒャッハー!!」


最悪だ。変な奴が絡んで来た。今日はとことん運が悪い。黙ってさっさと立ち去ろう。樽から腰を上げ、その場を去ろうと立ち上がる。すると若い人族の男が目の前に立ち塞がり、身動きが取れなくなってしまった。


「おっと、待てよ!魔族か!立派な角だねえ?良いねえ、可愛いねえ?ちょっとお茶しようぜ。な!」


「断る。僕は忙しいんだ。退いてくれ」


「僕っ子キター!いいじゃん、ちょっとだけ、お茶しようぜ~!いいなあ、魔族!魔族って皆君みたいに2つ角が生えてるもんなの?可愛いね~?名前は?ねえ、名前は?」


「忙しいと言っているだろう。目の前を退け。散らすぞ」


「いやいや、この路地何もないの知ってるだろ?暇なんだろ~。あれ?その針何?良い物持ってるじゃないかー」


「触るな、ロリコン!」


針を手から掠め取られ、メアが取り返そうと魔力を爪に込めた時だった。


「おっモブオじゃーん!可愛い子つかまえて何してんのー?」


くそ、また誰か来たか、と爪に込めていた魔力を霧散させる。無駄な騒ぎは起こしたくない。


「モブツー!いやそれがさ、暇ならお茶しようぜって誘ってたところなんだけど来てくれなくてさー」


「お前ほんっと女好きだよなあー。って、その魔族はまだ若い個体だろう?見た目じゃ魔族の年齢は分からないからとはいえ、それはやりすぎー」


モブツーと呼ばれた男は比較的まともそうだ。少し安心したメアはジト目でモブオを見つめる。


「あ、そうなの?なーんだ」


「おい、何だ、その針?不思議な効果を持ってるな」


「分かるのか?」と言いながらモブオの手にある針をサッと奪い返す。メアには自分の魔力と融合した針の効果が分からない。流石は老婆の針だ。やはり何か特殊性を持っているのだ、とメアは嬉しくなった。良かった、これなら計画を遂行出来るかもしれない!希望が見えて来てつい、モブツーに話しかけてしまう。


「鑑定士目指してるんでね。手に職を付けなきゃ路地裏では生きてけないからねえ」


「それで?どんな効果だ?」


「ただで教えるわけねえだろ。嬢ちゃんなら銀貨30枚だな」


モブツーは手のひらをメアに見せ、ヒラヒラと手を振る。それを見たメアは魔力袋から硬貨を無造作に掴み取り、モブオを横に押し除けモブツーに歩み寄った。


ジャラジャラジャラ


「おっと!」


子どもの手では一度に30枚を掴めなかったので、それを3回ほど繰り返す。もはや何枚の銀貨を渡したのかも分からない。手から溢れ落ちた銀貨を拾うモブツーとそれを手伝うモブオを見下すように見つめた。


「これで足りるでしょう。はやく教えて」


「酷い渡し方をするなあ。とは言え、金を払ってくれただけマシか……まあ、いいや。その針は欲望や野望を抱く者を惹きつける効果がある。針自体の質が低いから効果はほぼない。刺繍で守護を縫い込んでも、おまじない程度だろう。でもモブオは惹かれちゃったか、って感じだな。モブオ、そんなに騎士団に入りたいの?」


「おう?惹かれた?この子が俺の運命の……!」


「「違う、違う」」


不本意ながらモブツーと声がハモってしまった。チッとメアは舌打ちをつく。


「君、その様子ならまだ持ってるでしょ?俺ら暇なんだよねー。ちょっと君にも興味あるしさ。ほらお茶しに行こうよ」


メアが硬貨をばら撒いた事で、まだ毟り取ろうと企んだモブツーは強引にメアの肩を掴んだ。


「や、やめろよ!もう僕にはお前らに用はない!離せ!離せってば!」


背中の蝙蝠のような羽をバタつかせ、メアは暴れた。だがモブツーの力は意外に強く、掴まれた肩はびくともしない。翼を使って飛び去ろうにも、肩を下に押さえつけるようにして掴まれているので、飛び上がる事が出来ない。


逃げられない。


「待ちなさい。まだ子どもの女の子を目の前で連れ去ろうとしているのは見逃せないわ」


「誰だお前?」


モブツーがギロリと声を発した先を睨みつける。


「通りすがりのウビサット系獣人族ですが、なにか?」


白く長い耳がぴょこんと女性が被る帽子から飛び出している。ピンクの瞳がフルフルと揺れ、ビクビクと体を震わせている。垂れ目でおっとりした顔付きからは人当たりの良さも滲み溢れている。怯えながらも女性は気丈に振る舞おうと、震える足を地面に踏み締めた。


「んあ?なんだよ、面倒臭せえなあ」


モブツーはメアの肩に手を置いたまま、女性の方に体だけを捻った。今にも向かってきそうなモブツーに、女性は顔を青ざめさせ、焦った様子で言う。


「待って、待って、これあげるから許して!」


獣人族とは言え、全員が戦闘に優れた身体能力を持つ訳ではない。きっとこの女性もそうなのだろう。持っていた籠バッグから(おもむろ)に箱を取り出し、中身を見せた。


「あん?何だそれは」


モブツーが女性に近づこうとメアの肩に置いた手を退け、足を踏み出す。すると女性は目線を徐々に上に向け、ワナワナと口を震わせた。あわわ、と声まで上げている。頭上に何かあるのか?とモブツーが目線を上に向けた時、女性が大声を上げた!


「空から女の子が!」


突然獣人族の女性はキラリと光る何かを持って、空に向かって指を刺した!


モブツーは咄嗟に首を上に捻った。


『霧』『増幅』


女性はメアに向かって手に持ったそれを向き直すと、小さな声で詠唱した。


メアを中心に濃い霧が広がる!


「うわ?!煙?!」


驚いたモブツーはメアから更に距離を取った!その隙に女性はメアを探り当て、腕を掴む!


「こっちよ!『霧!』『増幅!』」


今度はモブオに向かって詠唱する。


「うわあああモブツー!俺どうなっちゃうの?!お爺さんになっちゃう?!助けて!助けて!まだ未経験なのにー!」


「何馬鹿な事を言っているんだ!こら!暴れるなモブオ!いてっ!それは俺だよ!殴るな!」


「2人が揉み合っている今の内に!」


女性とメアは路地裏を走り回って、大通りまで駆け抜けた!

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