海ほたるの決闘
26.海ほたるの決闘
「わしも助太刀するけん」
ジャンナはショットガンをアレックスに返すと、ウィンチェスターM66を持ってレバーを操作した。
「わ、私も……」
「彩姉?」
「これ、車のダッシュボードの中にあったから」
彩姉が黒く箱状の物体を掲げた。
大型のスタンガンだった。
「いや、危ないからだめだって。相手は銃を持ってるんだから。彩姉はここで待ってて、車の中なら安全だから」
僕は彩姉を車の中に押し込めようとした。
「そうたい。お素人衆はここで待ってんさい。夫を助けるのは妻の仕事ばい」
「誰が『妻』だってぇ!」
彩姉がジャンナに詰め寄る。
ここであの話を蒸し返すのはやめてくれ。
「彩姉、頼むから……」
「…… 、ジャンナ、後でゆっくり話しましょう」
彩姉は渋々車に戻った。
「防災センターの方は押さえたが、早くしないと海保と水上警察が動きだす」
アレックスが帰ってきた。
アレックスが来た方向を見ると、海ほたるの防災センターがあった。
警報装置を切ったのか?
「二手に分かれよう。少年はエレベーターで上に行け、俺は下から行く。待ち伏せに気をつけろ」
『海ほたる』は5階層構造になっていて、下の3階層が駐車場、上の2階層が商業施設になっている。
「うう……」
オレーグのボディーガードのうめき声がした。
エスカレーターの下でまだ横たわっていた。しかし、そろそろ気絶から覚めつつあった。
僕は近くに落ちていたナターリャの手枷と足枷をボディガードに嵌めた。
そして拳銃を拾い上げベルトの後ろに差した。
「真夜中とはいえ、一般人も少なくない。十分注意するようにな」
僕とナターリャ、ジャンナはエレベーターへ、アレックスはエスカレーターへ向かった。
「川崎方面事故で通行止めかよ。マジか、まいったな…… え?」
エレベーターを待っていると若いカップルがやってきた。
そして僕たちを見て硬直した。
「あの、すみません……」
「おい、こんなところでサバゲーかよ」
男が言う。
無理もない。
僕、ナターリャ、ジャンナの3人とも銃を持っている。
しかもナターリャはゴスロリ、ジャンナは振り袖だ。
異様な光景に間違いなかった。
「あの、これは……」
「あぶねーだろ。何考えてんだ!」
!
ジャンナがいきなり上に向けて発砲。
「!」
「お、おい…… マジかよ……」
突然の銃声に目を見開くカップル。
「こっから上はあぶのうけん、離れとき」
「すみません、危ないのでここにいてください」
「うわ……」
カップルは一目散に反対側へ走って行った。
エレベーターで最上階に出た。
「一旦、外へ出てみるか」
警戒しながら外の展望デッキに出る。
潮の香り。
空が明るくなりかけていた。
東の水平線がオレンジ色に輝いている。
「オレーグ!」
ナターリャが突然走りだした。
「ナターリャ! そっちはいけんと」
ジャンナが追う。
「おい」
ふたりの後を追う。
「うっ!」
いきなり後頭部に激痛が走った。
「!」
頭を抱えて屈み込もうとしたときに、鳩尾の部分を鈍器のような物で突かれた。
「ぐぇ……」
突撃銃だった。
どこに隠れていたのだろう、後藤と後藤のふたりの部下が後ろから突撃銃で殴りつけたのだ。
後藤は、倒れた僕を見下ろしながら言った。
「まだ殺しはしないけどな。だが、腕の一本くらいは折らせてもらうぜ」
後藤が部下に目配せすると、部下のひとりが僕の右腕を押さえた。
もうひとりの部下が突撃銃をハンマーのように持って、僕の右腕に叩きつけようとしていた。
「げっ!」
黒くて細い棒のような物が横から飛び出してきた。
その棒は突撃銃を持った後藤の部下の鳩尾を直撃した。
部下の男は突撃銃を取り落とし胸を押さえながら蹲った。
更にその棒は僕の腕を押さえていた部下の頭を横からなぎ払う。
「うがっ!」
「何?」
セーラー服?
セーラー服の少女だった。
「龍岡涼子?」
黒い棒のような物は涼子の持っていた日本刀の鞘だった。
次に見事な居合い抜きで刀を一閃させると再び鞘に収めた。
「わっ!」
後藤が首にかけていた金色のネックレスが切れ、床に落ちた。
後藤はそのまま尻餅をつく。
「次は首が落ちるぞ」
ドスのきいた涼子の声。
「あわわ……」
尻餅をついたまま後退る後藤。
「や、やめろ。な…… 同じハマっ子同士、話し合えば……」
後藤の命乞い。
「保土ケ谷風情がハマっ子と名乗るな。横浜市民と正しく言うように」
保土ケ谷区民に謝れ。
「涼子……」
まさか本当に斬るつもりじゃ……
「失せろ!」
涼子が一喝すると、後藤と部下たちはよろよろと立ち上がり、建物へ向かった。
「くそっ……」
後藤の捨て台詞。
刀の間合いから離れてから言う。
「おまえ、磯子区だからってでかいツラすんなよ! 弱小ヤクザのくせに!」
「弱小って言うな! それに、今は堅気だもん」
涼子が呟く。
堅気の娘は東京湾の真ん中で日本刀を振り回したりはしないと思うぞ。
「ありがとう、助かった…… でも、どうやってここへ?」
「いいじゃない、そんな些細なこと」
!
銃声?
続けてガラスの割れる音。
「きゃぁー!」
女性の悲鳴。
展望デッキの川崎側から若い女性のグループが小走りに逃げて来る。
何事?
「ナターリャ!」
叫んだのはジャンナ。
ユリア?
ユリアとナターリャが至近距離で対峙していた。
その向こう側にはオレーグとそのボディガード、手前にはジャンナ。
ユリアは両手にポーランド製の小型の短機関銃、ナターリャは両手に45口径の小型自動拳銃を持っている。
「ユリア! プロクザイスヤ!」
ユリアが右手の銃をナターリャに向ける。
ナターリャは姿勢を低くしながら相手の懐に飛び込み、左手の銃でユリアの銃を弾く。
ユリアは一瞬遅れて引き金を引く。
真上に向かって発射される9ミリ弾。
ナターリャの右手がユリアの首筋を狙う。
間一髪、ユリアの左手の銃がナターリャの右手を弾く。
同時にユリアの右腕が外側からナターリャの腋に絡む。
右足でナターリャの軸足を払う。
ナターリャは仰向けに転倒。
「ナターリャ!」
僕が思わず叫ぶ。
ナターリャはユリアを撃てない。
圧倒的に不利だ。
しかし、助けたくとも、銃を撃ちながら格闘しているふたりには近づくことすらできなかった。
ユリアが左腕を振り下ろしながら発砲。
ナターリャは上半身を捻り間一髪で躱す。
板張りの床に銃弾が突き刺さり破片が宙を舞う。
跳弾と流れ弾がベンチや金属柵に当たって火花を散らす。
「わっ!」
思わず伏せた。
全身のバネを使ってナターリャが跳ね起きる。
同時に右回し蹴り。
ユリアは左腕でガード。
ユリアは右手の銃をナターリャの胸元へ突きつける。
「だめだユリア!」
ユリアが引き金を引き絞る。
「ナターリャ!」
ジャンナが悲鳴を上げる。
「!」
銃弾は発射されなかった。
ナターリャの左手がユリアの短機関銃の遊底を掴んで押さえている。
しかし、そのために左手の銃を取り落とした。
ナターリャは右手の銃も捨てるとユリアの左腋に差し入れる。
銃を掴んでいた左手を跳ね上げる。
ユリアの短機関銃が発射され、どこのガラスが割れる音。
ナターリャは両腕でユリアの左腕を抱える。
そのまま腰を落として左に捻る。
一本背負いか?
しかし、ユリアはナターリャの上を飛び越えるように一回転して着地。
腰を落とし右脚でナターリャの軸足を払う。
ナターリャは俯せに転倒。
ユリアはナターリャの背中に馬乗りになる。
左手の銃を投げ捨て、ナターリャの髪を掴む。
「やめろーー!」
ユリアはナターリャの髪を掴んで頭を引き上げる。
後ろに反らせたナターリャの首筋に右手の銃を突きつける。
「ユリアァーーーー !」
ナターリャの絶叫。
「!」
一瞬、ユリアの動きが止まった。
「?」
彩姉?
真っ赤なイブニングドレス姿の彩姉がユリアを背中から抱きかかえていた。
手には大型のスタンガン。
「だめだよ、姉妹でケンカしちゃ……」
ナターリャの隣に倒れるユリア。
「彩姉!」
「あの車、クーラーついてないから暑くて…… だから来ちゃった」
「来ちゃった、じゃねーだろ…… でも……」
「ユリア……」
ナターリャが起き上がり、気絶しているユリアを心配そうに見下ろしている。
「だ、大丈夫。気を失ってるだけだから」
彩姉はスタンガンを掲げて見せた。
「ありがとう…… アヤ……」




