秘密基地
14.秘密基地
「下には警察がいるんじゃ……」
エレベーターに乗り込もうとするアレックスに言った。
「大丈夫だ、これで脱出する」
アレックスは車のキーを僕の目の前に掲げた。
「奴にはもう必要のない物だからな」
後藤の部屋から持ち出したようだ。
アレックスはにやりとするとエレベーターの地下ボタンを押した。
「お嬢さん、ポリツィアの様子はどうだ?」
アレックスが無線機に呼びかけた。
『周りを取り囲んどる。わしはどうすりゃええ?』
「そこを動かないでいてくれ、後で迎えに行くから。大丈夫、信用しろ」
エレベーターは下へ向かって一直線に降りている。
しかし、階下では警官隊が待ち構えているのだ。
「裏コマンドが無効になってなけりゃいいが……」
アレックスが呟いた。
「裏コマンド?」
「呼び出しを無視して目的階に行ける、メンテナンス用の操作コマンド、所謂裏技だ。他にもボタンの操作順でいろいろなことができる」
幸いなことに、エレベーターが他の階に止まる気配はなかった。
1階が近づいたとき、アレックスは緊張した面持ちで銃を構えた。しかし、エレベーターは1階を素通りして地下に着いた。
「よし、成功だ」
僕たちは地下駐車場に降り立った。
「アウディだ、アウディを探せ」
さすが高級タワーマンション。
メルセデスやBMW、アウディなどの高級車が所狭しと駐められていた。
アレックスはアウディを見つけると、キーのリモコンボタンを押した。
「これでもないか」
さらに何台かアウディの前でボタンを押す。
しかし、どれも反応はなかった。
「このR8はどうだ」
駐車場の一番奥に駐めてあった黒のアウディR8に向かってボタンを押すと、LEDライトが点滅、ロックが外れた音がした。
「暴走族風情にはもったいない車だな」
アウディR8 5.2FSIクアトロ、2000万円を超えるスーパーカーだ。
早速アレックスと僕は車に乗り込む。
「パドルシフトかよ。ま、いいか」
アレックスは車を急発進させた。
パトカーが1台、駐車場に入ってきた。
「気づかれたか?」
アウディはパトカーの横をすり抜けると、駐車場の斜面を駆け上がり、文字通り表に飛び出した。
地下駐車場を出たところでマンションの入り口付近を窺った。マンションの入り口を塞ぐように数台のパトカーが駐まっている。その周りを制服警官たちが走り回っていた。
「一旦ここを離れるぞ」
そのまま一般道へ出る。
「気づかれたか」
後ろからパトカーが迫っている。
パトライトを点灯させサイレンを鳴らしている。
アレックスはアクセルを踏みアウディR8を加速させる。
背中から5.2リットルV10エンジンの咆哮。
パトカーを見る見る引き離す。
赤信号を強引に左折したところでパトカーを完全に振り切った。
僕たちの乗った黒いアウディR8はマンションから離れるように市街地を抜ける。
「緊急手配される前にこいつを捨てなきゃな。さすがに目立ちすぎる」
アレックスが呟く。
「あの、ジャンナは……」
マンション前に残してきたジャンナが気になる。
「それなら心配ない」
「え?」
「後ろにいる」
「何だって?」
体をよじって狭いリアウインドウから後方を見る。
オレンジ色のハイラックスがアウディR8の後ろにぴたりとついていた。
「ジャンナ?」
運転席でステアリングを握っているのは紛れもなく振り袖姿のジャンナだった。
免許持ってるのかよ……
「GPS無線機の使い方教えてなかったんだけどな。なかなか勘のいいお嬢さんだ、気に入ったぜ」
団地の脇を抜けると公園が見えてきた。
車は野球場を回り込んで公園の裏手へ。
狭い道から横浜新道の下をくぐり、脇道に入った。
更に住宅街を抜けると高圧送電線用鉄塔が建つ空き地に出た。
「行き止まり?」
アウディR8が止まった。
ハイラックスも後ろについた。
「ここで乗り換えだ」
アレックスは言うと車から降りた。僕も後に続く。
ハイラックスからジャンナが降りてきた。
足元をよく見るとずいぶん背の高い草履を履いている。
「あれでよく運転できたなあ」
「お嬢さん、よくやった。クラッチが重かっただろう」
アレックスが笑いながら言う。
「パレルモじゃおとおしゃんの古いフェラーリを運転してたけ問題なかと」
満面の笑みを浮かべ得意顔のジャンナ。
「よし、ひとまず秘密基地へ行こう」
アウディを置き去りにして全員がハイラックスに乗った。
ハイラックスのエンジン音が高まる。
一般道へ出たところで後方から爆発音。
「!」
振り返るとアウディR8が派手に炎を吹き上げ、燃えていた。
「車が……」
2000万の車が燃えている。
「気にするな。俺のじゃない」
アレックスが小型の発信器を手に笑っていた。
車は横浜新道から首都高に入り横浜駅方面へ向かっている。
「誰だ?」
スマホに着信があった。
『愛羽レオ君か?』
「斎賀、さん?」
『アレックスから報告が来ている…… 大変なことに巻き込んでしまってすまない』
「いえ…… 半分はこちらの家庭の事情ですから」
『現在、財団が総力を挙げてナターリャと彩さんを探している…… しかし…… 財団は日本に拠点を築いたばかりで、人員も情報も足りない…… 君には無理をしてほしくないが、現状で最も頼りにできるのが君たちだけなのも事実だ』
「……」
『それから、昨晩、君の家に押し入った男の身元が判明した』
「本当ですか?」
『ふたりともサルデーニャを本拠地にしていたフリーの殺し屋で、イタリア人だ』
「殺し屋?」
『背後関係はまだ不明だ』
「そうですか……」
『しかし、日本語を解さない外国人がふたり、深夜の住宅街をうろついていた。逃走経路を考えたら、タクシーで来たとは考えにくい。当然、車を使ったと考えられるのだが、現場付近にはそれらしい車は発見できなかった』
「どういうことですか?」
『奴らには、少なくともひとり以上、仲間がいたということだ。そいつが車を運転して逃げた…… そいつらはまだ、君たちの周りで様子を窺っているかもしれない』
「連中の目的は俺自身です」
『何、だって?』
僕は母の実家であるラマツォッティ家のお家騒動など、まだアレックスに話したことのないことも含め、斎賀に説明した。
『シチリア・マフィアか…… それは、大変なことに巻き込まれたな…… こちらもヨーロッパに問い合わせて情報を集めてみよう。ウクライナとシチリア、モロッコの関係も気になる』
「よろしくお願いします」
『愛羽君はくれぐれも無理をしないように』
「……」
東神奈川で一般道へ降りた。
「神奈川新町。ここだな」
アレックスはハイラックスを海側へ進めると、倉庫や工場の建ち並ぶ工業地帯に入った。
「ここか……」
前方に錆だらけになった古い工場が見えた。
廃工場か。
アレックスはその廃工場に隣接した、これも錆だらけの古い倉庫の入り口に車を駐めた。
「ちょっと手伝ってくれ。少年」
アレックスは車から降りて行った。
「お嬢さん、今、扉を開けるから車を入れてくれ」
僕に続いて車から降りたジャンナに向かってアレックスが言った。
「了解じゃ」
嬉々として運転席に乗り込むジャンナ。
また彼女に運転させるのかよ。
僕とアレックスは倉庫の通用口から中に入った。
「うっ」
乾いた埃と錆びた鉄の臭い。
倉庫の中はむせ返るような暑さだった。
仕方ない、空調も何もない、廃墟同然の倉庫だ。
「今回は仕事が速いじゃないか」
倉庫の中央に、真新しい木箱が積み上げてあった。
これが先刻、電話で注文していた物か……




