第82話 流れる景色に蹴落として
広大な草原の上に敷かれたレールの上を走る列車。それに群がる黒い大群。正体は虫や鴉と言った生易しい物ではなく、一匹一匹が厄災になり得る、魔族と言われる存在だった。
「おらよ!‥‥ったく、何匹居やがんだよ害虫共がァ! 殺し放題で笑えて来たぜ!」
「そのまま笑い死ねよ」
「テンション高すぎだろゼノン‥‥朔夜はああなるなよ?」
「誰が同類まで落ちるかよ。お前こそうっかり突き落とされないように気を付けろよ」
「突き落とされたら地面と熱烈なキスカマしちまうからな‥‥」
ゼノンが暴れている場所から離れ、背を預けながら戦う二人は会話の余裕を見せながらも、高速の中襲い掛かってくる魔族を捌いていた。
「炎獄の斬撃! さぁ! もっと来いよ!」
「ゼノン! 列車の上であまり魔法バカスカ打つな! 列車に被害が出たら元もこうもねぇんだぞ!」
「叶夢の言う通りだ! 少しは落ち着けバカ!」
「安心しろよ雑魚共。つーか、俺がそんな調整出来ないような雑魚に見えるかァ?」
「見えるから言ってんだよ」
「図に乗んなバカ」
「お前ら後で絶対殺すからな」
朔夜と背中を合わせた叶夢はゼノンを視野に入れながら、武器を握り直す。
「ベロニカ! 乗客の避難状況は!」
『最後尾に向かってるところよ!』
『ベロニカ! 乗客の座席と名簿借りてきたにゃ!』
『ありがと! あと、隊長呼びしなさいよ!』
「あと3分で終わらせろ。作戦に支障が出る」
「朔夜、もう考えたのか?」
「予め何パターンかは用意してある。そのためにお前らも必要だ」
「初めから利用される前提か?」
「の為に魔族の数を減らす。短期決戦で行けるか」
「15秒だけ全力出してやるよ」
叶夢の魔力回路が赤黒く変色すると同時に、魔力の注がれた刀身が黒く染まる。
「ああは言ったが、魔力使い過ぎるなよ?」
「誰に言ってんだよ‥‥!」
叶夢が言葉を言い終わると同時に、その脚が電車の上面を蹴り飛ばして加速する。
「間違っても俺の事蹴るなよ!」
「踏み台にはしていいんだな?」
叶夢はゼノンのすぐ頭上に飛び込み、そのまま肩を踏み台にして空中に飛び上がる。そしてそのまま目の前の魔族に刀を振り下ろした。
「やりやがったな‥‥クソ叶夢ィ!」
「なんだよ。頭踏み台にしなかっただけマシだろ」
「灰になりてェならそう言え‥‥」
「生憎こんな思想統制された土地に骨を埋めるのはごめんだな」
「話してる場合か! そのまま狩れ!」
朔夜の言葉と共に落雷が魔族達に降り注ぐ。
跳躍した叶夢は魔族を盾にしながら、その落雷から逃れ再び屋根の上に戻った。
「ざっとこんな感じか」
「討伐数稼ぎやがって‥‥」
「ここで功績出すとか‥‥これだからスコア厨のゴリラは」
「言ってろインテリもやし‥‥んで、ベロニカの方はまだかよ」
「まだ連絡は無い‥‥もうそろそろだと思うんだが」
朔夜は暗い携帯の画面を見るが、それが光ることは無かった。
「ったく、なに手間取ってやがんだよ」
「寧ろこの時間で終わってるのは全部順調進んだ場合だ。この時間で避難が完了してるのは‥‥」
「まだ何か問題があるって事だよな」
「大方、説明に納得してない奴がいるとかだろ。ったく、民間のヤツらも呑気なもンだな。命が惜しけりゃ従えばいいものを」
「そういう問題じゃないんだよ‥‥叶夢、ゼノンに任せなくて正解だったな」
「任せる言った時点で俺がゼノンの息の根を止めてたからな」
「なんで俺なんだよ!」
「客脅して逃がす奴を選抜する方がおかしいだろ。支部長達にクレーム処理させる気か‥‥っと来たな」
話を遮るように、朔夜の携帯端末が震え出す。朔夜はそれに目をやると、慣れた手つきで通話画面を開いた。
「ベロニカ、状況は?」
『バッチリよ! お客様は第二車両まで詰め込んだわ!』
「上等だ。俺達も車内に戻る‥‥と言いたいところだが。追加が来たな」
朔夜の目の先には、羽の生えた黒い人型の異形の魔族の大群が押し寄せていた。
「ゼノン、叶夢。第二波だ、こいつらは今俺たちのいる車両から後ろに通すな」
「余裕だわ。テメェらこそ邪魔すんなよ‥‥全部喰らって俺の魔力にしてやる」
ゼノンは鎌を魔族達に向けると、そのまま車体を蹴って空の魔族の群れに突っ込む。
「で、どうする気だ。朔夜」
「魔族を今ゼノンがいる車両に集中させて、そこを切り離す」
「態々か?」
「ゼノンはまだしも、今の段階で戦闘なんか続けたら戦場に行った時に魔力尽きてロクな戦いにならないからな」
「あぁ確かにな‥‥でも列車を切り離すなんてどうやって‥‥列車の操作なんか分かんねえぞ俺」
「余計な心配すんな。それにこういう時はどうするか、マフィアでもやったろ」
「‥‥まさかとは思うが、接続部を俺達で強制的に切り離す気か?」
「あぁ。そうだ」
「お前なぁ、それやった所で足止めになるとも思えないんだが‥‥」
「要らん車両を切り離せば、速度は上がるだろ。それにこいつらに滅ぼされて戦場につかないまま死ぬほうが笑えないジョークだがな」
「お前の方が随分と脳筋じゃねえか‥‥影響出ても文句ひとつ残らず、全部自分で背負えよ」
「はいはい‥‥上におっかぶせるだけだがな」
「うっわ、モンスター部下」
「おいお前ら! 雑談してる暇あるなら手を動かしやがれ!」
ゼノンが魔族を攻撃しながら、二人に向けて叫ぶ。
「ゼノン! 聞こえたか!」
「列車切り離すとこなら聞いてた! そっからの撃退も全部引き受けてやるよ! その代わり朔夜!」
「あぁ。この戦いの手柄はお前の総取りで良いぜ?」
「あとで撤回はナシだからな!」
ゼノンが自らの大鎌に炎を纏わせるとそれを振り回して、炎の斬撃を全方向に撒き散らす。
「炎獄の斬撃!‥‥叶夢ィ! 支援寄越せェ!」
「お前に当てるから、避けるなよー?」
叶夢が刀を構えると、魔力をそこに流し込んで赤い刀身を黒く染め上げる。
「黒い閃光の剣!」
魔力の限界到達点の一瞬。叶夢が刀を振り黒く染まった魔力を、斬撃として魔族の群れに解き放った。
「あ?‥‥おい! ストッ」
魔族及びゼノンの近くで斬撃が爆発すると、黒煙が着弾地点を覆った。
「‥‥本当に当てるバカが何処にいる!?」
黒煙の中から、鎌を背中に収めたゼノンが叶夢に向けて飛び込んで来た。そして、そのままの勢いでゼノンは叶夢の襟元を掴んで持ち上げる。
「本当に避けないバカはそこに居たがな?」
「テメェ‥‥」
「二人は遠慮が無くて助かるな」
「「遠慮する要素ゼロだろ」」
「さて、最終段階だ。お前ら下がってろ」
「いいや‥‥まだ仕事が残ってる」
ゼノンが叶夢を降ろすと、朔夜と共に魔族の群れを見据える。
「じゃあ、せいぜい強制下車しないように気を付けな」
「言ってろ」
朔夜が列車の接続部に向かって走り出す。
ゼノンもそれに続いて朔夜の後ろで首を鳴らしながら歩き出した。
「ってもうやる気かよ! おい待てお前ら!」
叶夢は紅祟を鞘に収めると、二人の後ろを追い掛けた。
「避難済みの三両目は残すんだな‥‥当然か」
「直前で切り離したら、脱線しかねないからな。よし、ゼノン。叶夢下がってろ」
朔夜が槍に雷魔法を纏わせる。形を成さなかったそれは朔夜が目を閉じ、魔力へ意識を集中させることでメスの様な細い刃に変化した。
「戯れは終わりだ。クソ魔族共」
朔夜は研ぎ澄ました雷の刃を構えて電車の接続部にそれを大きく横に振る。
朔夜の槍はカバーごと接続部を静かに、正確に切断した。
叶夢と朔夜は切り離した車両がゆっくり速度を落としながら走る電車から離れていくのを見ていたが、ただ一人。
「ご苦労朔夜ァ! こっからがアドリブだァ!」
「は? お前何言って!」
制止しようとする二人を振り切って、ゼノンが悪戯に口角を吊り上げながら切り離した車両に向けて走り出す。
「くらえクソ魔族共!!!」
ゼノンは切り離した車両に向けて、自らの脚を振り被るとそのままその車両を蹴りあげた。
「さぁぶっ飛べ!」
二度目の蹴撃直前。ゼノンの踵付近から炎魔法がジェットの如く噴射される。
数秒後、足の先端が車両に直撃する。
本来はビクともしないはずの鉄塊が、線路を離れ宙を舞い、魔族の群れに向けて砲弾の如く放たれた。
「規格外だな‥‥」
「しゃあ! ホームラン!」
「バット使ってねえだろ」
「そういう問題じゃねえだろ叶夢‥‥ゼノンも。アドリブってそういう事か?」
「あァ、あれだけやりゃあ。こっちにも来ねえだろ?」
三人が魔族の群れを見る。突如として巨大な鉄の塊をぶつけられた大群が群れをなすことはほぼ不可能に近く、一部は散り散りに。それ以外の大半は地面にゆっくりと落ちていくのが見えた。
「ある意味ファインプレーだな」
「認めたくは無いが‥‥ベロニカから電話だ。もしもし?」
『もしもし朔夜!? なんかデカい金属音みたいなの聞こえたけど! 大丈夫なの!?』
朔夜の電話口から、慌てた様子のベロニカの声が聞こえてくる。朔夜は片耳を指で塞ぎながら、一時的に携帯を耳から離した。
「無事だよ‥‥ゼノンがやらかしただけだ。列車に影響はない」
『ならいいんだけど‥‥始末書書くとか私願い下げだからね!』
ベロニカの通話が切れると、朔夜は口論をしている叶夢とゼノンに目を向け直した。
「お前ら。言い争ってる暇あるなら、とっとと車内に戻るぞー」
そう言うと朔夜は報告に使う言い訳を考えながら、車内に戻って行った。




