第77話 炎獄の狗、紅い死神
「くそったれがあああああ!!!!」
ゼノンが絶叫しながらその凶刃を振り下ろす。
「本気で来いよ‥殺しになァ!」
「あぁ!?‥がっ!」
ゼノンが鎌を振るよりも早く、叶夢がゼノンの顔面を掴むとそのまま地面に叩き付ける。しかしゼノンは自分が地に伏せられた事実よりも、自分の顔面を掴んだ手に理解を阻害される。その腕はゼノンが切り落とし、燃やしたはずの右腕だった。
「お前ぇ‥! いつからその腕治してやがったァ!」
「お前と無駄話してる間だよ!」
「ふざけんな! あんな短期間での再生なんざ有り得るはずがねえだろ!」
「アルカトラズ社謹製のアドレナリンバーストだ。いやー、くすねといて正解だったぜ」
「てめえどんだけイカれてんだよ‥一から腕を再生するってことは、その部位はもう人間の部位じゃねえ。魔族になるってことなんだぞ?」
「それ、今更俺に言うか? それに使えりゃ良いんだよ使えりゃ!」
「ふざけんのも大概にしろ!」
ゼノンが足を振り上げて叶夢の腹を蹴飛ばすと、叶夢の身体が大きく宙を舞う。
「まだ動けるじゃねえか‥楽しませてくれよ!」
「告げる。世界樹を焼き尽くした焔の巨人よ。その炎獄の剣を我が敵に振り下ろせ! 神具解放 スルト!!」
ゼノンの魔力が高まり、目の下や手といった肌の一部に溶岩のような模様が現れ始める。
「怖い怖い‥スルト。身体燃やして身体強化する神具か‥って言ってる場合じゃねえか」
「てめえだけは俺の全てでぶっ殺す!」
ゼノンは宙に浮いた叶夢に狙いを定めると、大鎌を構えたまま叶夢に向けて走り出す。叶夢は残った魔力を練り上げ、自分の魔力回路に回すとそのまま詠唱を開始した。
「告げる。我、人なれど牢獄に爪を突き立てし獣。我、人なれど人に反逆を誓いし悪魔。暗黒となりて虚無を誘え。神具解放。モンテ・クリスト」
「くたばれよ」
叶夢の左目が黄色いの虎の目になると同時に、ゼノンの炎を纏った凶刃が襲い掛かる。しかし叶夢が紅祟でその攻撃を防ぐ。
「逃がさねえぞ叶夢‥絶対にここで潰す」
「良いねえその顔。必死に殺しに来いゼノン‥本気のお前を倒さなきゃ、お前も俺に従わねえだろうからな」
「驕るな死神がァ!」
ゼノンの武器に掛かった力と熱が上昇し、叶夢が地面に叩きつけられる。
「ぐっ!」
「てめえから喰らった魔力‥全部返してやるよ‥俺の魔法でな」
「潜在魔法‥暴食悪鬼か‥攻撃を当てた分だけ魔力を喰らい尽くす‥か‥」
「解説ご苦労。そのままくたばれ‥」
そう言い捨てるとゼノンは自らの炎をその刃に纏わせてゆっくり振り上げる。
「永久なる獄炎!!」
そう言い放つとゼノンは炎を纏わせた鎌を地面に向けて思いっきり振り下ろす。炎が鎌から地面に移動すると、そこに赤いヒビが入り、炎の柱が至る場所から出現した。
「ッ!」
叩き付けられた痛みを堪えたまま、叶夢は走り出す。数秒前まで自らが倒れていた場所には全てを焼き尽くす炎の柱が地面を突き破り出現していた。
(溜め込み過ぎだろ‥しかしやばいな。神具使って魔力の流れが見えてるのにギリギリだ。この魔法、少しでも反応が遅れたら確実に死ぬ!)
「逃がす訳ねえだろうがァ!」
「あぁ、知ってるさ‥‥」
「余裕ぶってんじゃねえよ!」
「余裕ぶってるだぁ? 全然そんなことねえけど?」
「だったらとっとと灰になれよ‥‥この腐れ魔族がぁ!」
「どっちが!」
叶夢がその言葉を言い切る前に、足元から火柱が上がる。
「ッ!‥‥ったく、どんだけ溜め込んでるんだよ‥」
「てめえを殺すためにここら一帯の魔族は狩り尽くしたからなァ! そのままくたばれェ!」
「悪いな‥まだくたばる予定は無いんだ!」
叶夢がそう叫ぶと、ゼノンは叶夢に向けて手を静かに翳す。
「そうか。なら死ね」
ゼノンがそう静かに告げると、叶夢の足元から爆炎が吹き出した。幸か不幸か叶夢の身体は火柱の中に消える寸前に爆風によって押し出された。
「どぉりゃあああ!!!」
「爆風で距離を詰めに来たか。だが俺と接近戦で戦おうとしてる時点でお前の作戦は失敗なんだよ!」
「失敗だァ? 違うぜゼノン! お前の土俵でお前を負かしに来た。それだけだ!」
「調子乗ってんじゃねえェ!!!」
ゼノンと叶夢は力の限りのその刃をぶつけ合う。炎の柱が辺りを焼き尽くす中で、叶夢が存在できる圏内はゼノンの周辺のみだった。
しかしそれが成り立つのも時間の問題。ゼノンとぶつかる度に、スルトの炎が叶夢の身体を焦がしつつあった。
「神具でどんだけ目を強化しようが俺には追いつけねえんだよ! 叶夢!」
「やって見なきゃ分かんねえだろうが!」
「この戦闘は既に俺が支配している! お前はもうこの戦場においてただ従うしかない不自由な奴隷なんだよ!」
「そうかよ‥‥なら外してもらおうか。その贋作の王冠!!」
叶夢が両手でその刀を強く握ると、紅祟が叶夢の魔力を喰らって大きく脈打つ。紅い刀身に黒い亀裂が走る。咆哮にも似た魔力の流れる音に叶夢は口角を吊り上げる。
「今更そんな悪あがきで俺に勝てると思うな!」
「黒い閃光の剣舞!!」
ゼノンが構えた大鎌に叶夢は紅祟による連撃を叩き込む。
「力が増してるだとッ!?」
ゼノンの勘が命の危機を察する。その一撃一撃がゼノンの生命を屠る。それをゼノンはただ痛感するしか無かった。
「こうなりゃ‥‥」
「おいおいやめとけよゼノン。お前の神具奥義じゃここら一体の被害の方がでかくなるぜ?」
「ッ!‥‥構わねえ!」
ゼノンの判断が叶夢の言葉によって一瞬遮られる。しかし死神は、その一瞬を見逃さなかった。
「判断が遅せぇよ。俺の勝ちだ」
叶夢はゼノンをその斬撃で大きく後方に飛ばすと、そのまま刀を逆手に持ってゼノンに向けて投擲した。
「ぐっ‥‥この程度」
「紅祟‥‥遠隔起動」
叶夢が静かに呟くと、紅祟から叶夢の魔力が溢れ出した。ゼノンが反射的にそれを引き抜こうとした瞬間、叶夢は左手を伸ばして静かに告げた。
「黒い閃光」
槍の矛先のように形成された闇魔法の塊が、ゼノンの肉を食い千切りながら、その腹を貫く。
「クソが‥‥なんであそこで迷ってんだよ‥」
ゼノンは後悔の念を抱きながら、地面に静かに落ちる。それと同時に叶夢達を囲んでいた炎がゆっくりと鎮火していった。
「はぁはぁ‥‥流石に骨が折れるな」
「へぇー。噂以上やなぁ」
「ッ!」
一息ついたのもつかの間。どこからとも無く響いた喝采に叶夢の意識が再び戦闘の中に引き戻される。拍手の主は黒い服に身を包み腰まであるであろう服と同じ色の長髪を後ろで結った男だった。
「あぁ、そんな警戒せんでもええよ。僕は敵やない。十二帝って言えば‥‥分かるやろ?」
「その容姿‥‥随分と大物が来たもんだな。呪帝、蛇之原 狩耶」
「話聞いてた通りの生意気な子やな。ええよそういうの。嫌いやない」
「そうですか‥」
「で、あれどうするん? というか生きてないんちゃう?」
「殺すつもりならそもそも原型を残していませんよ。あれは自己再生でどうにかなる範囲ですから」
「だあああああ! そういう問題じゃねえよクソ叶夢!」
倒れていたゼノンが突然叫び出すと、そのままゆっくり起き上がった。既に腹に空いたはずの大きな穴は塞がっており、傷も徐々に治りつつあった。
「おぉ、ほんとに生きとった。さすがゼノンくんやね」
「何の用だ蛇之原! こっちは今から第二ラウンドなんだよ!」
「そういうのええからはよ戻ってきい。空くん怒っとったで」
「じゃあ行きますか。俺も正直休みたいですし」
「おい待て! 勝負は終わってねえ!」
「そうだな。続きはサクリファイスをぶっ倒してからな」
「あぁ!?」
「お前との戦いは悪くない。常に命が無くなる緊張感の中でやれるからな」
叶夢は落ち着いた様子で顔をゼノンに向ける。
「なに仲間みてえな言葉吐いてんだよ!」
「仲間だろ。これだけ腹の中見せあって、笑ってるんだぜ?」
「笑ってんのはお前一人だけだろうが‥」
「あっはははは! なんやおもろい子やな。ゼノン、君のこと本気で殺そうとしとったんやで?」
「まぁこれでも仲間なんで? それに一回負かせれば、一ヶ月は大人しいままなんでこいつ」
「ンだとおい! お前なんか本気出せば!」
「はいはい。その本気はサクリファイスの時にでも見せてくれ」
「なんやゼノンくん。楽しそうやな?」
「俺がこいつ相手に楽しむなんてあるわけねえだろ‥それに俺は、叶夢に前を歩かれるのが不快なだけだ‥とはいえ約束は守ってやる。サクリファイスが倒されるまではお前に足並み揃えてやる‥」
「えらい素直やなぁゼノンくん‥もっと行き場のない怒りをぶつけるもんやと思っとったわ」
「俺のミスでの負けだからな‥」
「ほら早く行くぞー。どうせお二人お説教ルートだ。早めに終わらせるぞー」
「ッチ‥わかったようっせえな!」
ゼノンは鎌を背中に背負い直すと、小走りで叶夢に追いついて、そのまま頭を後ろから殴り付けた。その光景を蛇之原は自らの思い出を重ねながら静かに見ていた。
「やれやれ‥頼光のこと思い出してもうたわ‥俺らしくもない」
蛇之原は静かに言葉をつぶやくと、ゼノンと叶夢の後を追った。




