第76話 還る悪夢
「ったく‥あの馬鹿はどこに行ったんだ‥」
「あははー。元気なのはいいこっちゃなあ」
「笑ってる場合か、蛇之原!」
「まぁまぁ、若くて元気あるのはええことやん」
「あり過ぎんだよ!!」
同時刻、雪の積もった白い林の中を駆ける影が二つ。茶髪の一人、焔原 空が怒りながら走る中、長い黒髪を後ろで1つに結んだ京都弁を話す一人、蛇之原 狩耶は軽い口で笑いながら併走していた。
「にしても本当にやるとはなぁ‥無事か心配やわ」
「だから俺に魔子なんか預けんなっつったのによぉ! 頼光の野郎!!」
「なんで君そんなにゼルリッチの魔子嫌っとるん? もしかして戦場で嫌がらせでもされたんか?」
「違ぇよ!」
空は強めの口調で反論する。
「あいつらはどうであれ魔族だ。今でこそ人の形を保っちゃいるが‥どちらも火がついた爆弾だ。共倒れでもなんでもくたばったのを確認するまで安心出来ねえ‥」
「相変わらずの魔子アンチやな‥頼光くんに怒られるで?」
「あぁ‥あいつ知ってるよ‥知った上で俺に預けてんだよ‥」
「ひゃー‥えらく怖い賭けしとるな、頼光くん」
「まったくだよ‥なんでよりによって俺に‥‥待て」
「お?‥なるほどなぁ‥」
空は視線を前に向けたまま静かに言い放つ。停止の理由が前にあることを直ぐに察知した蛇之原の視界に入ったのはこちらに向けて走ってくる四つの人影だった。
「あの子らって‥」
「征魔士か‥しかも一人は知人と来たもんだ‥おーい! 白鳩ー!」
「焔原支部長ー!」
空達の影を見つけた白鳩が二人の元に駆け寄る。
「はぁはぁ‥お久しぶりです‥」
「白鳩か、状況は?」
「既に叶夢くんが交戦中です‥」
「手遅れだったか‥くそっ!」
空が声を荒あげながら地面を踏みつける。
「あの、ゼノン隊長ってどんな征魔士なんですか?」
「あいつ?‥最悪以外の何者でもねえよ。というかお前らは知らないのか? ゼノン・マクスウェルって存在を」
「ゼノン・マクスウェル‥都市伝説かと思ってましたけど本当に居たんですね‥ゼルリッチの魔子 『暴食』‥」
「情報少なすぎだにゃ! 勿体ぶらずに教えるにゃ!」
豹助が白鳩たちを見ながら問いただす。空は頭を掻きながら口を開いた。
「ゼノン・マクスウェル。元々はスラムの悪ガキだった。だがわずか七歳の時にマフィアを壊滅させてゼルリッチにスカウトされたんだ」
「七歳で!?‥そんなに強いんですか!」
千夜が驚きの声を漏らす。
「正直言って奴は才能の塊だ。頭が回らなくても自分の力ひとつでどうにかしちまう。そしてそのまま育って今に至るんだよ」
「なんだにゃそれ‥デタラメだろ‥」
「あいつはパワー型の征魔士だ。全てを力でねじふせる暴君。ロシア支部に入れてからも魔族の討伐率はあいつが半数を持ってってる。だがそれが故にあいつは自分以外をゴミとしか見てねえ。挫折を知らずに育ったクソ野郎だ」
「すごい‥隊長とは真逆の生き方してますね‥」
「勝てるのかにゃ?」
「多分死ぬで‥ゼノン君、本気で殺す言うとったし」
「叶夢くん‥まさか僕たちを巻き込まない為に」
「多分それもあるけどにゃ‥あいつは最初っから一人でケリつけるつもりだったにゃ。勝てないと分かってても‥」
「はぁ‥状況は最悪っちゅう訳やな‥空。この子ら頼んだで」
「いや、俺があいつらを止めに行く」
「何言っとんねん‥お前は支部長の立場あるやろがい。二人になんかあったら責任取るのお前一人なんやで?」
「‥ッ、分かった。白鳩達を案内し次第そっちに向かう。頼んだぞ狩耶」
「ハイハイ、任されたで」
蛇之原は空に向けて微笑むと、再び走り出した。空はそれを見送ると白鳩達を連れて支部に戻って行った。
ーーーーー
場所は変わり、ゼノンと叶夢の戦場。二人の戦いは熾烈を極めており、互いに一歩も譲らぬ拮抗した状況が続いていた。
「オラァ!!」
「ぐっ‥」
「守ってばかりじゃ勝てねェぞ! 叶夢!」
「攻め入る隙を与えてねえからこうなってんだろうが!!」
叶夢は正面から向かってきたゼノンの攻撃を紅祟で弾くが、ゼノンはそのまま空中で一回転して体勢を立て直すと、木の幹を足場にしてそのまま叶夢に向けて再び突撃した。
(くそ! このままじゃどうせジリ貧だ、あいつの攻撃だっていつでも躱せるわけじゃない!)
叶夢は攻撃を受け流しながら思考を巡らせる。しかし次第に叶夢の防御は体力の低下と共にその精度を落としていくことになった。
「おーらよ!」
「はぁ‥なん‥」
ゼノンが横に振った大鎌の凶刃が叶夢の腕を貫く。
「こんなんで終わると思うなよ? 叶夢よォ!」
「ッ!‥こいつ!」
ゼノンから魔力を感知した叶夢は一瞬で神具を発動させると、鎌が刺さった左腕を自分の右手に持った紅祟で切り離す。そしてそのまま空かさず煽ったゼノンの顔面を蹴り飛ばし、後ろの樹木に叩きつけた。
「ぐああああ!‥はぁはぁ‥お前!」
叶夢は左手の切断面に回復魔法を施すが、その傷口が簡単に治ることは無い。足元の雪を徐々に赤く染めていく様がその凄惨さを物語っていた。
「カッカッ‥‥やるねえ叶夢。俺のやろうとしたことを先読みして腕を切り落とすとは‥」
「そのまま炎の獄で俺ごと燃やすつもりだったろうが‥体内から燃やされたら俺だって即死だ。お前がよくやってた手口だろ‥」
「ったく、そのまま灰になっときゃ、楽に死ねたのになァ?」
ゼノンが大鎌を持つと、刃が燃えだし刺さったままの叶夢の腕を骨ごと消し炭にする。
「本気で殺す気かよ‥ゼノン」
「たりめぇだ‥てめェのことは死ぬほど嫌いだからな。ゼルリッチの下に居た時も、一度もてめェを仲間だと思ったことはねえ。ムカつくんだよ、その透かした面が。俺より弱いてめェがするのがな!」
「そうかよ‥俺はお前のそういうところ結構気に入ってるんだぜ? 陰で言われるよりは面向かって言われた方が百倍マシだ」
「気持ち悪いんだよ‥お前が一方的に仲間仲間言ってくる様がな」
「悲しいなお前‥俺には理解できねえよ。なんで仲間を認めてやれないんだ?」
「仲間裏切るようなやつにそれ言われるのは確かに悲しいなァ?」
ゼノンは笑いながら鎌を引きずって、叶夢に近づく。時間が経ったとはいえ、叶夢の傷が癒えることは無く、赤黒い血が左腕から流れ続けていた。
「本気でやってこれか‥純粋な力じゃ俺はお前の足元にも及ばねえな‥」
「命乞いのつもりか? 奴隷にもなれねえお前が‥」
「あぁ、ギリギリだよ」
「ッ‥なんだよその目‥まだ諦めてねェとか頭おかしいんじゃねえのか!?」
ゼノンは叶夢から向けられた目に驚きを隠せなかった。隻腕になり、出血も死の手前の量まで出し尽くしていた。にも関わらず、叶夢の目は死んでいなかった。光を写し、ゼノンを睨み付けていた。
「そうだな。でも仕方ないだろ‥こんな勝負、楽しむしか無いんだからさ」
叶夢は静かに立ち上がると、ゼノンに向けて歩き出した。腕の出血は止まっていた。残ったフードの袖が風で揺らされる。
「それに勝てないなんて誰が決めた?」
「まだ勝つつもりでいやがるのか! もう俺はあの時とは違う! 絶対に負けねえんだよ!」
「あの時?‥‥あぁ、やっぱ引き摺ってたのか。そりゃそうだよな。お前みたいにプライド高い奴が忘れられるはずないもんな」
叶夢の口角が徐々に吊り上がる。戦局は何も変わっていないのにも関わらず。叶夢の足取りが千鳥足になっているにも関わらず。
「はぁはぁ‥」
ゼノンの呼吸が乱れ始める。頭の奥底に押し込んだ記憶が這い出でる。
「かつてお前に敗北を与えた奴は二人。一人はアルフレッド・レクス・ラインハルト。まぁラインハルトはそうだ。俺たちのリーダーだったからな。精神的にも力的にもお前を諌める力が必要だった。だから従っていた。この敗北は仕方ないものだと受け入れた」
「やめろ‥」
「でも一つだけ。認められない敗北があった。そしてそいつに勝つ前にそいつが消えた」
叶夢は淡々と言葉をゼノンに突き刺していく。そしてゼノンが気付いた時にはすぐ目の前に叶夢の姿があった。
「どうした? 優位なんだろ? お前が負ける要素なんて一つもないだろ? 俺はお前にとっちゃ死にかけの虫だ。まさかそれに怯えてるなんて言わないよな?」
(‥そうだ、何故俺はこいつを恐れている?
もうこいつに勝てる希望は無い。俺の動きをこいつは追えない。なのになんで!)
「教えてやるよ。お前の恐怖の正体を。お前は挫折を知らない。だからこそ、俺っていう存在の理解を拒んでるんだよ。だからお前は俺のことが嫌いで嫌いで仕方ない」
「黙れ! 黙れ!」
「自分だったら何度も立ち上がるなんて出来ない。下らないプライドを守るために必死になるからだ」
「それ以上話してんじゃねえ!!」
「忘れられない敗北。其れがお前を強くした」
叶夢は足元に落ちていたガラスの容器を踏み砕いて、ゼノンに静かに告げた。
「お前を負かした二人目、俺の存在がな?」




