第65話 通い慣れた血濡れの道
「朔夜を?」
「あァ」
「へぇ」
「何だよその反応」
「いいえ、割と先輩って小賢しい手使ってくるんですねって」
叶夢は距離を詰めずに、櫂を見て鼻で笑った。
「正直、消去法であんただって分かるのはどうかと思ったが、まぁ対策はしてるよな」
「後輩が優秀で何よりだ。なんせ予想よりも早くバレたんだからな」
言葉とは裏腹に、呆れや失望の悪意の混ざったニヤケ面を浮かべる櫂に叶夢の目が鋭くなる。
「言っておくが朔夜もこの事実には気付いてる。そんな苦し紛れの方法なんかで逃げれると思ってんのか?」
「お前ら、ほんとに連絡取り合ってねえのな‥‥こいつを見ろ」
櫂は自分のスマホの画面を叶夢に向ける。
「こいつは‥‥」
「昨日の面会の記録。翔真のな」
叶夢がそれに目を通すと、空欄が多い中そこにはただ一つ朔夜の名前があった。
「アンタ、これだけで朔夜が追い詰めれると思ってんのか?」
「まぁこれだけじゃ弱い。でもそこにお前らの証拠が混ざったら? 証明してくれたんだろ、翔真がやって無いって」
「‥そういうことかよ」
叶夢の舌打ちを聞くと、櫂は続けて話した。
「お前らの証拠と俺の証拠。過ごした時間を踏まえてみたら、どっちが怪しく感じる? お前らだろ?」
「なるほど‥‥先輩らしいクズみたいな手だな。だけどいいのかよ、そんなこと俺に話しちまって」
「あぁ、もう確定事項だからな」
「勝利の確信には少し早すぎるんじゃねえか。あんたがそんなことする前に俺が行動を起こせば‥ん?」
叶夢の言葉を遮るように、ポケットに入れたスマホが鳴る。画面を見ると千夜の名前が表示されていた。叶夢は櫂を一瞥して、電話に応じた。
「もしもし」
『大変です叶夢! 朔夜隊長が内通者として告発されました!』
「‥‥はぁ!?」
『さっき連絡があって‥』
「分かった。すぐに部屋に戻る!‥‥やりやがったな」
叶夢のスマホを握る手が怒りで震える。その様を見て櫂は両手で口を抑えながらも、声を殺して笑っていた。
「言ったろ? 確定事項だって。俺は計画の途中で全貌と結果話すようなフィクションの中の悪役じゃねえんだよ」
「‥してやられたって訳か。エレベーター止めたのは密室にするだけじゃなくて、俺の足止めにも使ったって訳か」
「ほんとバカで助かったよ。あっさり密室を作ってくれるんだもんな。おかげで予定より早くお前らを仕留められそうだ」
「もう勝った気でいやがるのか?」
「あぁ、そういやそうだった‥なァ!」
「ッ!」
叶夢が反応した時には既に遅く、櫂にその首を捕まれ壁に叩き付けられていた。
「俺が今から何するか分かるか?」
「がっ‥‥さぁ‥な」
「こうするんだよ」
「!‥‥てめえ! やめ」
叶夢の首、正確には喉の部分に櫂の魔力が流れ込む。叶夢は直感でそれが何なのかを察し、それを急いで振りほどこうとした。しかし呼吸が出来ない叶夢にそれを振り払う力が出せる訳もなく数秒間その手が離れるまで魔力が流され続けた。
「ゲホッゲホッ‥‥何しやがった‥」
「分かってんだろ? お前が昨日見たやつだが今回は昨日とは違う。お前の息の根を止めるタイミングは俺の自由だ」
「はぁはぁ‥性格悪いな」
「どうも‥これで俺の用は済んだ」
櫂は壁に手を触れて魔力を流すと、エレベーターが再び動き出し、すぐ下の階で止まった。
「じゃあな。『怠惰』」
手すりに寄りかかる叶夢を横目に櫂はエレベーターを出ていった。叶夢は扉が閉じるまで、その後ろ姿を睨みつけていた。
「言ってくれんじゃねえか‥‥あぁ、イラつく‥」
動き出したエレベーターが再び止まると、叶夢はふらつく足取りでエレベーターを出る。
「叶夢‥?」
下を向いた頭の先から声が聞こえて、叶夢は前を向く。
「千夜‥か。迎えどうも」
声の主は千夜だった。しかし叶夢の様子を見たその表情は不安に曇らせられかけていた。
「大丈夫‥ではないですよね。何があったんです?」
「本物の内通者に襲撃された。あと密告したら俺も喉に石詰まらせて死ぬ」
「何ですかその急展開」
「何だよその反応。俺死ぬかもしれないんだぞ。若干慣れて来てんじゃねえか‥‥まぁ丁度いい。ちょっと付き合え」
「えぇ、最期のデートですか?」
「違ぇよ」
叶夢はすれ違い様に千夜の額にデコピンをする。
「第5小隊の部屋。そこで話す」
平然の皮の被った叶夢は千夜に静かに笑みを浮かべて、目的の部屋へと向かう。千夜もそれを追うように歩き出した。
「実際、喉の魔法は大丈夫なんですか?」
「無理無理、起動してない魔法をどうやって止めるんだよ。神具使っても無理だわ」
「ふーん‥本音は?」
「やらかした‥‥真面目に死ぬ」
「やっぱり‥」
千夜は呆れ気味に首を横に振った。
「そこも踏まえてアレックスに言いに行かなきゃいけないんだよ‥」
「私、居る必要は?」
「勝手に着いてきて変な事言うのなお前。まぁ、あと任すなら千夜の方がいいか」
「できればそんなことがあって欲しくないですけど」
「それは俺もだ‥よし着いた」
叶夢がドアの前に立ち止まり、扉をノックする。数秒経ってドアがガチャりと音を立て開かれた。
「はいはーい‥‥どうしたお前ら」
「お久しぶりです、白銀先輩。要件はそっちの引きこもりにあります」
「アレックスに?‥‥あ、そういう事か。いいぞ上がって」
「ありがとうございます。そんじゃお邪魔しまーす」
「お邪魔します」
叶夢と千夜を出迎えたのは、第5小隊隊長の白銀 竜次だった。竜次は複雑な表情を浮かべながら二人を迎え入れた。
(どうしたんだろう白銀先輩‥)
千夜は竜次のその表情が引っ掛かる。不審なその視線の先を追うと、叶夢の表情に行き着いた。千夜が後ろから覗き込もうとしたが、叶夢の目だけが前髪に隠れて見ることが出来なかった。そんなことをしている間に叶夢と千夜はアレックスの部屋の前に着いた。
「アレックス、友達来たぞー」
「‥‥言い方が親になってますよ隊長‥やっほー叶夢くん。それに千夜さん」
暗い部屋の向こうからドアを開けて、アレックスが現れて二人を部屋に招き入れる。
「暗っ!?」
その部屋の中は昼間とは思えないほどの暗闇が包んでいた。唯一の灯りは壁に設置された6つのモニターからの出たブラックライトの青い光だけだった。
「にしても叶夢くん何かあった?」
「え? 何でだよ?‥まぁあったから遅くなったんだけど」
「‥なるほどね。察するよ」
「助かるよ。今回もサルベージ頼めるか?」
「言われるまでも無いよ。ただ、今回は叶夢にも手伝ってもらうね」
「分かってる。そうでもしなきゃ間に合わないからな」
「やけにやる気じゃない。内通者に何か言われた?」
「あぁ、そうだな‥」
叶夢は髪をかきあげてモニターと向き合う。千夜はその際にずっと見えなかった叶夢の目を見る。
「懐かしい名前で呼ばれただけだ。『怠惰』ってな」
「ッ!?」
その目を見て千夜はそれを叶夢であるかを疑う。目の前にいるのは『紅い死神』と名乗っていた少年ではない。他人を嘲ていたようなその目は、怒りや殺意すら感じない虚無を捉えた様な、モノを視ているのかすらも不明な死人のような目に変わっていた。




