第64話 喉元の刃に噛み付け
深夜。昼の賑わい人の声は消え、無機質な車のエンジン音と僅かについたビルの明かりが彩る街。その中心部に征魔連合軍 日本支部はあった。
「すっかり遅くなったな‥‥」
そこに一つ。疲労を溜めて帰路につく影があった。灰のように白い髪にその闇の中であっても煌めく檸檬色の目が二つ。日本支部第一小隊隊長、出雲 朔夜だ。
「随分と遅い帰りじゃねェの」
声が聞こえ、朔夜が入り口に目を向ける。そこにいたのは黒髪に紫色のメッシュを入れた青年だった。
「へぇ、意外な出迎えですね‥えーと」
「阿原 櫂だ。覚えてなかったのかよ」
「すんません。あんまり人の名前覚えるの得意じゃないんで」
「ったく、俺年上だぞ‥最近の若い奴はそんなことも出来ねえのかよ」
「一つ下なんて殆ど変わらないだろ‥‥あと雑学っすけど、最近の若いやつっていう言葉は古代エジプトの時代から言われてるらしいっすよ」
「ハハハハハッ!‥‥お前面白いな。出迎えついでにちょっと話そうや」
「はぁ‥‥ちょっとだけなら」
櫂は笑いながら朔夜の肩に手を回す。朔夜は露骨にめんどくさそうな顔を浮かべて長い溜息を吐いた。
「昼の件、司から聞いたぜ。随分と大変だったみたいだな」
「ホントですよ。骸先輩からだったので断るに断れなかったっすけど、あの人特に人使い荒くないですか?」
「そんだけ頼られてるってこと何じゃねェの?」
「だとしたら愛情表現が絶望的に下手ってことっすね」
「‥‥お前割と辛口だな」
「大抵の人間が嫌いなだけです。悪い点がよく目立つ生き物ですから人間って」
「なるほど、神座支部長が言ってた以上の曲者だな‥‥」
櫂が肩にかけた手を戻し、苦笑いを浮かべながら離れる。
「そんで検死の結果は?」
「情報屋は映像の通りの刺殺による失血死。男共は原因不明の窒息でした。喉に何か詰まらせたのか、はたまた口元の酸素が消されたのか‥‥」
「窒息‥ねェ。そういや気になる報告があったんだが」
「司先輩からですか?」
「あァ。今日あの場所には司と骸の他にもう一つ、うちの小隊がいたみたいじゃねエか」
「‥‥」
櫂の声のトーンが少し下がり、朔夜を見る目が鋭くなる。
「そいつらについて何か知らねエか?」
「‥さぁ、存じていません」
「惚けんな。お前なんか知ってんだろ」
「先輩、俺からの警告です」
櫂の言葉を遮るように、朔夜が口を開く。
「あれには関わらない方がいい」
朔夜は声のトーンを変えず櫂を睨み返しながら言い放つ。帽子の陰から覗くその目には怒りや憎悪とは違った、拒絶の意思が感じ取れた。
「それでは、俺の部屋はここなので」
「‥おう。ゆっくり休みな」
朔夜は自分の部屋のドアを開け、櫂の方を見ることなく部屋に入っていった。
「関わるな‥か。そう言われると関わりたくなっちまうのが人間って奴だよな?」
櫂がふと零した独り言を、朔夜はドア越しに聞いた。それに何を思うでもなく、朔夜は昼のことを思い出しながらドアに寄りかかった。
「頼んだぞ‥叶夢」
朔夜は力尽きたようにそのままの体勢で眠りについた。
ーーーーー
「おーまたせー」
「しっつれいしまーす」
「‥私の間違いか? 集合時間はとうに過ぎてるようだが」
「小生の時間が確かなら、約30分のオーバーかと」
「‥‥帰っていいか?」
「いやいや小生ら来たばっかですよ」
「そうだぞ紅葉。たった30分ぐらい待ったぐらいで帰るのは良くないぞ」
「お前ら‥‥ふざけるのも大概にしろ!!」
「「いって!」」
「‥‥」
日本支部の一室。叶夢と天城は内通者関連の情報の共有の為、紅葉ともう一人の元を訪れていた。
「ったく叩かなくていいだろ!」
「‥お前ら」
「おや、どうしたのですか? ようやく自分が喋れることを思い出しましたか? 金丸隊長」
「マジで殺してえ‥何でよりによってこのメンツなんだよ‥」
紅葉の隣に座っていた長めの金髪に整った顔立ちの青年。第11小隊隊長 金丸 当麻はトレードマークのメガネをテーブルに置き、その手を顔に当て愚痴を漏らした。
「まぁまぁ、お茶でも飲んでゆっくりしましょう」
「私も貰おうか」
「あ、俺コーラ。金丸はどうする?」
「何呑気に飲もうとしてんだよ‥ここ俺の部屋だぞ!? つーかよく俺の前に平気な顔して出れたな刀堂 叶夢!」
「えぇ、今更気にすることでも無いかなと思ったから態々顔を出してやったのに」
「今更気にする事ないって俺が言うセリフだクソ野郎!!」
「相変わらず口悪いな。もっぺんボコるか」
「賛成ー。小生もお供しまーす」
「待て、部屋が汚れたらどうする」
「だあああ! 埒が明かねえ! 要件だけ済ませてさっさと帰れゴミ共!」
チームワークの欠けらも無いやり取りがしばらく続き、それが収まるのにも時間は残酷にも過ぎていった。
「さて、そろそろ本題に移りましょうか」
「もう正午になったな」
「何のための時間だったんだよ‥クソが」
疲れ果てた金丸の姿を見て、叶夢は少し笑いながら話し始めた。
「まずお前らが集めた情報から頼む。最初は‥天城」
「ではこの天城 瞬。報告をさせていただきます」
天城はマスク越しの篭った声で喋り出す。
「小生らは裏社会‥主に殺すことを生業にしてる方々に話を聞きに行ってまいりました」
「よく生きて帰ってこれたな」
「ご褒めの言葉ありがとうございます紅葉隊長。ですが小生自身、元々そういう類いの者から生まれ落ちた存在ですので」
「それで、何がわかったんだよ」
「まぁそう焦らず金丸隊長。裏路地の事件に関することでしたが、まずその依頼はあちらの界隈には流れては来なかったようです。これによって翔真先輩に化けてるのは内通者自身である事が分かりました」
「外注でやらせたわけじゃねえ訳か‥まぁ足がつくこと考えたら当然か‥‥」
金丸はテーブルに置いた膝の上に顔を乗せて、相槌を打つ。
「ただ事件の当日から数日前まで裏路地を金丸 翔真が尋ねていたのは事実のようでした」
「何かの見間違いっていう線は?」
「何をおっしゃいますか紅葉隊長。彼らはある意味人を見るプロですよ? そんな人らの言葉を勘違いとは思えません。小生からは以上です」
「ったく、それだけかよ‥」
金丸が舌打ちをする。
「おい金丸! 報告に対して何だその態度!」
「まぁまぁ落ち着いてください紅葉隊長‥‥てか今小生の事を庇いました? え?」
天城が紅葉の対応に普段以上の動揺を見せる。
「準備期間が一日だけでよく頑張ったよ天城‥‥そんじゃ二人。内側の調査結果聞かせてもらおうじゃねえの」
「紅葉隊長が‥紅葉隊長が‥」
「天城、クネクネすんな。追い出すぞ」
叶夢が天城の頭を鷲掴みにして、天城を落ち着かせる。それを見た紅葉はひと呼吸おき話し始めた。
「私たちは第5小隊から流出データをみせてもらったんだが、ちょっと不可解な部分があってな」
「不可解な点?」
「見りゃわかる」
金丸は隣に置いたノートパソコンにUSBを差して、その画面を叶夢と天城の前に差し出した。
「ふむふむ、主に10小隊から上の戦闘データや任務の記録がありますね‥‥」
「あまり見れてなかったが結構持ってかれてるな‥‥まぁ俺が抜けてないだけ良しとするか」
「そう、そこだ」
紅葉がもう一つの書類を取りだし、二人の前に持っていった。
「これって‥」
「実際の任務記録ですね‥‥見比べてみると変な箇所だけ抜き取られてますね‥」
天城が目を通した時点でも、目に付くのは白銀や司馬といった隊長の任務記録であり、それに絞ってデータを流出させていたように見えた。
「その流出したデータを見てなんか気づかないか?」
「何かって‥‥朔夜隊長の任務記録が無いってことぐらいですかね」
「そう。まぁ朔夜隊長は入ってから目立った任務の記録を残していないって言うのもあるが‥」
「天城、叶夢。もし兄貴が本当に内通者だったとして、こんな杜撰なデータを送るか?
何より、このデータには日本支部の人間しか知り得ない情報が決定的に欠落してるんだよ」
「日本支部しか知り得ない情報‥ですか?」
天城と金丸の会話を聞き流しながら、叶夢は記憶を辿る。任務の記録、今までの会話。手元にあるデータと照らし合わせてそれを考えていた。
「ダメだ分からん」
「‥本人が気にしてないってどうなんだよ‥」
「本人? 俺がなんかやらかしたってことなのか?」
「はぁ‥‥紅葉、言ってやれ。俺は呆れて何も言えんわ」
「メガネかち割るぞ金髪クソ野郎」
「待て叶夢。せめて私からの答えを聞いてからやれ」
「あぁわかった」
「そういう問題かよ!?」
驚く金丸を他所に、紅葉が口を開いた。
「お前の初任務。長野の件は覚えてるな?」
「あぁ、そりゃまぁ」
「あの時のお前の小隊の戦績は?」
「第31小隊の戦績‥‥第1小隊のイフリートの討伐を援護したことぐらいか」
「あれ? それおかしくないですか?」
天城が任務記録をまとめた書類の一部分を指さして叶夢に見せる。
「ここの記録では討伐したのは叶夢隊長の名前になってますが」
「‥‥忘れてた。そういや朔夜のバカがランク戦の前って事もあって書いたんだっけ‥‥そのせいでお前らに狙われることになったんだったな!!」
叶夢がその記憶を思い出すと、思いっきり机を叩いて怒りをあらわにした。
「まぁ全員に知られてましたからね‥いい賞金首として」
「あの時の天城の殺意を俺は絶対に忘れねえ‥‥え? 今なんつった?」
「全員に知らされてましたって‥‥」
「‥悪いお前ら。データもう少し詳しく見せてくれ」
叶夢はふと冷静に立ち返り、再び任務記録のデータと流出データを見る。数分の睨めっこの末、叶夢は椅子の背もたれに身体を預けてモニターから目を離した。
「何か見つかったか?」
「見つかんねえ‥‥俺の流出データがひとつもねえ!」
「それっていい事なんじゃないですか? バレてないって意味では」
「そうじゃねえよ天城。本来こいつは無きゃいけないデータなんだよ」
「どういう事ですか?」
「俺からの説明する。叶夢はしばらく目を休ませとけ」
「ブラックライトが強いヨー‥」
紅葉が叶夢の目に温めた濡れタオルを乗せ、着席したのを確認すると、金丸は流出データを天城に見せながら喋り始めた。
「天城は自分が内通者だった場合、イフリート討伐を成し遂げた征魔士を報告しないなんてことあるか? ましてや10小隊でもない31小隊が、単騎でだぞ?」
「‥いえ、そのような異常とも言える情報。小生なら必ず報告します。ですが、何故かこの流出データにはその記述が一切ない」
「そう、そこだ。兄貴が内通者だったとしても噂が末端にで広まっていた以上、知らなかったなんて選択肢はないだろう。報告しないメリットが存在しねえからだ」
「なるほど‥‥だとしたら、何故内通者はこれを報告しなかったのでしょう。そこまでして白銀先輩らを追う必要があったのでしょうか?」
「そこから先は私達も考えたんだが‥やはりわからないままだ」
「こいつがただの無能なのか‥だが無能が兄貴に罪を着せれるはずが無い。それが逆に答えを出させずにいるんだよ‥」
金丸と紅葉は目を下にやり悔しそうな顔を浮かべる。ここまでの情報が集まり、内通者の正体に迫りつつあるにも関わらず、あと一歩足りない。そのむず痒さが三人を包んでいた。
「‥‥よいしょっと、何だこのシケた雰囲気」
叶夢が目からタオルを取り体勢を元に戻す。
「えーと、今のところのデータを整理すると‥‥
まず情報屋の殺害は翔真先輩に化けた内通者御本人がやった。そんで流出データはガバガバでした‥と。お、分かったことあるじゃねえか」
「てめえ‥何を言ってる?」
「翔真先輩はやって無い‥‥これが分かっただけでも十分だ」
「ふざけてんのか!」
金丸は怒りのままに小さな火球を叶夢に向けて飛ばした。しかしそれを叶夢は使っていたタオルで包んでその火を握りつぶした。
「ふざけてねえよ。内通者様が頑張って祭り上げた囮を否定する材料が出来たんだぞ? 他でもない俺らの頑張りの結果だ」
「だが内通者の正体は分からなかった! 俺は‥ダメな弟だ。もし兄貴が自由に動けてたら‥こんなことには」
「金丸隊長‥」
金丸は無力さに打ちひしがれ、テーブルを叩く。いつもの金丸からは感じられない悲しみの感情に天城と紅葉にもその悲しみが伝染していた。叶夢はそんな三人の様に見て、目線を上に数秒向けた。そして何かを決心した目で再び三人を見つめた。
「お前ら。リスクに飛び込む覚悟はあるか?」
「急にどうしたんだ、叶夢」
「いやさ紅葉。俺達が持ってきた情報で、実はもう内通者は分かったんだ」
「‥お得意のハッタリか?」
「あぁ、ハッタリだよ。考え方を少し変えただけの屁理屈さ。ただ今よりは前向きになれるはずだ」
「‥ふっふっふ‥キミらしい。聞かせてください叶夢クン」
天城は不気味な笑いと共に叶夢に目を向けた。
「流出したデータは俺もずっと考えてたんだが、なんか普通に考えるのが馬鹿らしくなってな。発想を全部逆にした」
「逆‥だと?」
「俺がやってたゲームのセリフのひとつさ。ここでの問題は『何でこのデータがあるのか』って事だろ?」
「勿体ぶらずに教えろ!」
「急かすなよ金丸。これをまんま逆にすればいい。『どうやったらこのデータを作れるのか』ってな」
叶夢はノートパソコンの画面を金丸達に向けると、続けて言葉を吐く。
「俺や朔夜のデータを入れなかった理由は何か。デメリットしか無い道を何で内通者は選んだんだと思う?‥‥行き詰まった結論ならこいつは違う。内通者はそもそもこれをデメリットなんて認識してなかった」
「認識してなかっただと‥こんなに嫌でも目につく耳に入る情報をか!?」
「落ち着けよ紅葉、それに金丸、天城。それはお前らだけの共通認識だろ?」
「私達だけの?」
「俺がイフリートを倒したなんて功績が広まったのはあくまで日本支部の中だけの話だ」
「はは‥わかりましたよ叶夢クン。もう言ってるようなものじゃないですか」
「天城、どういうことだ?」
「紅葉隊長。叶夢は詰まるところこう言ったんですよ『内通者は支部の外にいた人物』だって」
「半分正解だ天城」
叶夢は紅葉から渡された書類の裏に自分が話したキーワードを書き出す。
『何でこのデータがあるのか』
『どうやったらこのデータを作れるのか』
『内通者はイフリート討伐を知らなかった』
『内通者は外部にいた人物』
「内通者が外部にいるってなると、さらに厄介じゃないか? 今から探すってなったら私達だけじゃ絶対に間に合わないぞ。敷波達にも頼むしか‥‥」
「その必要はねえよ。内通者は既に内部にいるんだからな」
「外部から内部‥‥そういう事ですか。確かにこれはリスクが大きいですね!」
「嬉しそうに言ってんじゃねえよ天城。そう、内通者はデータを渡した時点では俺のイフリート討伐を知らなかったどころか俺や朔夜の存在を知らなかった。でも白銀先輩たちのことは知ってたんだ。さあて、ここで俺からの最後のキーワードを書くとしよう」
叶夢は僅かに震える手で最後のキーワードを書く。
『内通者は外部にいながら、支部の情報を見ることが出来た者』
「遠征組か‥‥」
「それなら司先輩と櫂先輩に聞くしかないな」
「極力あの人らに連絡はしたくない‥‥って言いたいところだが金丸、頼めるか? 俺は外部のログイン記録をアレックスに辿ってもらうから」
「分かった‥外回りの調査は必要か?」
「いらねえよ。これ以上外回ったら怪しまれる」
「あぁ、分かった」
叶夢はある程度話し終わると、椅子を引いて席を立つ。
「話し合い終わりっと、頼んだぜ金丸、紅葉」
「了解だ。ありがとよ」
「素直にお礼言ってんじゃねえよ。それに俺が頑張ってんのはお前の為じゃなくて、翔真先輩の為だ。それだけは覚えとけ
お前のことは変わらず嫌いだ」
「ああそうかよ。ならさっさと消えろ」
「はいはい、行くぞ天城」
「了解でーす。では失礼しました〜」
叶夢は天城と共に部屋を出ていった。
「これで期限までには間に合いそうだな」
「あぁ‥‥くそ、アイツと協力しなきゃ行けなかったのが癪だが‥」
「私も天城と協力は死ぬほど嫌だったが、任務に支障が出るからな‥‥互いのためにもさっさとこの件は終わらせた方がいいかもな」
「あぁ、そうだな。そうと決まればさっさと聞きに行くぞ」
金丸と紅葉はゆっくり立ち上がると、食器を洗い場に置いて部屋を後にした。
ーーーーー
部屋を出た天城と叶夢はゆっくりとした足取りで廊下を歩き、第5小隊の部屋へと向かっていた。
「よろしかったのですか?」
「何がだ?」
「バレてますよ。二人に嘘ついてるの」
「‥‥まぁ本命はお前だからな」
「男に興味ありませんよ」
「冗談だからノコ鉈構えんな」
天城は笑顔で自分の武器である鉈を叶夢の首元に近付ける。
「それで‥‥本当はどうなんですか?」
「櫂隊長だろうよ。内通者は」
「会ったことが無いのに結構悲惨なこと言いますね」
「消去法だよ。あんなに先輩達の情報を正確に引き抜けるのは、10より上のやつぐらいしか有り得ない。今回の話し合いで確信になった」
「ほんと、狂ってますね。それでボクに頼みたいことって?」
「遠征組の調査を。上には俺から言っとく」
「わかりました‥協力者がいればそちらも炙り出す方向で」
「あくまでいればの話だがな‥‥すぐに向かってくれ」
「了解」
天城は自らの魔法で作った水銀で自分の身体を隠すと、周りの景色に塗りつぶされるように消えた。叶夢はそれを気にせず、そのままエレベーターに乗った。
(アレックスや朔夜に任せれる範囲も限られてくる。何よりデコイのアイツらが退かされて俺に目線が向いたらゲームオーバー。内部から崩されてサクリファイスどころじゃなくなる‥)
叶夢が乗って数秒のうちにエレベーターが止まる。ドアが開き、一人の男がそこに入ってきた。黒髪に右側に紫色のメッシュを入れた外見の男はエレベーターに入るなり、叶夢を不思議そうに見ていた。
「何階ですか」
「最上階、支部長室だ」
「わかりました」
叶夢は言われるままボタンを押して、ドアを閉める。
「見ねェ顔だな。新人か?」
「まぁそんなところです」
「へぇ、俺は阿原 櫂。第3小隊隊長だ」
「‥第31小隊 隊長の刀堂 叶夢です。よろしくお願いします」
叶夢は声のトーンを変えずに応答した。
「ったく素っ気ねェやつだな。今年の新入生はこんなヤツらばっかか」
「生憎、これが素なので」
「あァ、そうかよ」
櫂は不服そうな態度で後ろの窓ガラスに寄りかかる。それに対して叶夢はボタンの前に櫂に背中を向ける形で直立したままだった。
「そういやお前。内通者の話って知ってるか?」
「!?‥‥‥いえ、知らないです」
「なんだよその反応」
叶夢は驚きのあまり、その顔を櫂に向ける。
「サクリファイスっつー魔族がこの日本支部に内通者を仕向けてるっていう話だ」
「怖い話ですね。身内の争いほど虚しいものはありませんし」
「‥‥本当にそれだけか?」
「どういう事ですか?」
「お前だろ? 朔夜が隠し通そうとした裏路地にいた征魔士っていうのは」
「さぁ、何のことでしょうか‥」
「とぼけんじゃねぇよ」
櫂がエレベーターの壁を軽く蹴った。それと同時にエレベーターの電源が落ち、中の明かりが消えて動作が止まる。
「物騒ですね‥で、要件は?」
「お前が内通者になれ」
「ふざけるなよ」
「お前に拒否権は無ェよ」
「拒否すれば?」
「第1小隊隊長 出雲 朔夜を内通者として告発する」
窓の外の曇天からの落雷が、光の消えたエレベーター内の二人を轟音と共に照らした。




