第49話 巣にかかった愚者
「夜は魔族の活動も活発になる。極力戦闘は避けて行くぞ」
「叶夢くんじゃないんだから。僕らもそれぐらいは理解してるよ」
「日々血に飢えてるお前と一緒にすんにゃ」
「隊長ボロクソに言われて可愛そう」
「紫以奈が一番辛口なんですけど!?」
「‥‥優秀な隊員で何よりだよ」
「叶夢ー!? 大丈夫ですから! 叶夢も立派な隊長ですから!」
「声でけえよ。あとお前のフォローはフォローになってない」
叶夢らは先遣隊として、他の小隊より先にエリア2に向かっていた。叶夢はフードを深く被り、辺りの様子を伺いながらゆっくり足を進めていた。
「にしても、見れば見るほど木しかないにゃ」
「そりゃあね。ここはデトロイトの中でも珍しい自然保護区だから」
「というか女の子の名前が分からないにゃ。呼ぶ手段がないにゃ」
「確かめようが無いから、『おーい』とかで呼ぶしかないよね」
「適当でいいんだよそんなこと‥‥おーいクソガキー!」
「言い方! 叶夢のそういう所ほんと直した方がいいですって!」
「冗談に決まってんだろ!? 俺が子供の立場でもクソガキとか言われたら絶対そっち行かねえわ!」
「その趣味の悪い冗談言う癖を直せって言ったんだにゃ!」
五人は他愛のない会話をしながらゆっくりと森の中を進む。しばらく進んでいると叶夢が右手を広げ四人の歩みを止める。
「ここは避けるぞ」
「はぁ?‥‥なんでだ‥にゃ」
豹助が前を見ると、そこには開けた場所に繭に包まれた巣があった。さらにそこを守るようにスパイダーデビルが辺りを彷徨いていた。
「実物あんな大きいんだ‥‥」
「避けて進む」
「いつもの叶夢だったら、絶対殲滅とかでしたよね」
「避けて進むんだよ‥‥俺」
「隊長耐えてるのバレバレですよー」
「殺したい」
「落ち着けにゃ」
五人は巣を避けるように迂回して姿勢を低くしながら進む。その中で紫以奈が地面にあるものを発見した。
「これって足跡ですかね‥‥しかも小さめの」
「ほんとだにゃ‥しかもこれエリア3の方向からここに来てるにゃ!」
「でかした紫以奈! あとはこれを追いかければ‥‥いて!」
叶夢は地面の足跡を辿っていると、ある物に頭をぶつけた。
「何だよ‥‥木にでもぶつかったか‥‥」
叶夢がゆっくりと見上げると、木にも見えたそれの正体が木でなく、生物であり、魔族であることに気付いた。
「叶夢隊‥」
「!」
叶夢はスパイダーデビルの反応よりも早く紅祟を抜くと、後ろに回り込んで首と肩の間ににそれを突き刺す。絶命の声すら許されぬまま、スパイダーデビルは息絶えた。
「あっぶね‥‥」
「いや早すぎだにゃ」
「戦闘しないと決めた俺はとことん戦闘は避ける。敵に会っても暗殺で済ませるぐらいにはな」
「なるほどその手がありましたか」
紫以奈は歩きながら自分の銃にサイレンサーを付ける。
「紫以奈? なんでサイレンサーなんか付けてるんだにゃ?」
「大丈夫。ペガサス使えば石化で足止めにはなるから」
「それを俺がやるのかにゃ?」
「隊長、後ろは私達が警戒します」
「助かるぜ紫以奈。白鳩、千夜は子供を探すことに集中してくれ」
「了解です!」
「任された!」
叶夢は巣の様子を見ながら足を進める。途中、足跡をまじまじと見ていた叶夢の表情が濁る。
「この先の草原か‥」
時刻は18時半。叶夢は携帯をいじり電話をかける。
『はーい、ベロニカでーす』
「やっぱ待機なお前」
『はぁ!?』
「残した足跡のおかげで思いの外早く終わりそうなんだよ。朔夜の方手伝っておいてくれ」
『‥‥なるほどね。わかったわ』
ベロニカの承諾の声を聞き、叶夢は通話を切る。
「なんでわざわざ断ったんだにゃ?」
「あいつらはあくまで見つからなかった時の為の人手だ。それに人が多けりゃそれだけバレるリスクも出てくる」
「結果的に大乱戦‥体力が無いこちらが圧倒的に不利になるよね‥」
五人が森に足を進めた先には草原が広がっており、叶夢が足元を見ると、小さな足跡はまだ続いていた。
「おーい!」
白鳩が声を張り上げ、 所在不明の子供に呼びかける。しかし耳を澄ましても返事が返ってくることは無かった。
「反応が無いですね‥‥」
「やっぱ抜け出したんじゃないかにゃ?」
「一先ず足跡が続いている以上はそれを追わないと」
「わかってる‥‥‥ん?」
叶夢が足跡を見ながら立ち止まる。
「どうしたにゃ?」
「しっ‥‥」
叶夢は口の前に人差し指を立てて豹助を黙らせると、目を閉じ耳を澄ます。
「浅く早い呼吸‥‥子供が走って来る?」
「隊長、どこからですか!?」
「落ち着くにゃ紫以奈。俺も聞く‥‥」
豹助も耳を澄まし、自然の音を嗅ぎ分ける。
風の音。草が揺れる音。その自然の中に、僅かに荒い呼吸音。草木を掻き分ける音。地面を強く踏んでいる音。その音の先に目を開くと、小さな影がこちらに向かっているのが見えた。
「見つけたにゃ! 前方600m!」
「あ、待て豹助!」
「豹ちゃん! 子供の後ろ!」
走り出した豹助を、紫以奈が追い掛ける。子供の後ろに二体のスパイダーデビルを捉えた紫以奈は、右の銃のサイレンサーを外してすぐに左太腿のホルスターから素早く銃を抜き取ると、前に視点を定めた。
(豹ちゃんが子供の保護に行く以上、失敗は許されない‥‥落ち着け私。銃弾に魔力を込めて‥‥)
豹助が子供を確保するまで残り数秒。紫以奈は銃口を前に向けて銃弾と共に魔力を込める。
(タイミングを間違えないで‥‥今よ!)
豹助が子供を抱きかかえ確保する。子供の視点に合わせて豹助が頭を下げた瞬間に紫以奈は両手に持った銃の引き金を引いた。
「吹き荒ぶ風の弾丸!」
紫以奈が放った二発の弾丸は、スパイダーデビルに着弾したと同時に、凄まじい暴風を巻き起こした。その風に耐えきれなくなったからか、二体は大きく後ろに弾き飛ばされた。
「この風で‥俺も後ろに!」
豹助は子供を抱きかかえたまま、後ろに大きく跳躍する。紫以奈の風が、豹助にとっての追い風となり魔族との距離を引き離すことが出来た。
「ーー!!!」
しかしそれが豹助を逃がすことは無い。二匹は口から10個の繭玉を二人に向けて吐き出した。
「だーしつこいにゃ!」
「豹助くん! あまり動かないで!」
後ろから聞こえた白鳩の声に豹助は声の方を向く。そのすれ違いざまに無数の矢が豹助を避けて白鳩から放たれていた。
「うおおお!?」
その矢は繭玉を全て貫き威力を殺すだけでなく、魔族の喉と脳天にも刺さり、回った毒によってその命を終わらせた。
それと同時に豹助も叶夢たちの元に着地していた。
「はぁはぁ‥びっくりしたにゃ」
「ふぅ‥ロビンフッドが間に合って良かったよ」
「あんな早口で詠唱間に合うんだな」
「もう少し極めれば詠唱無しで神具発動できるんだけどね‥‥僕もまだまだだなぁ」
白鳩は神具を解除し、弓を腰の後ろに戻す。落ち着いた豹助は子供に目を合わせて、優しく話しかけた。
「大丈夫かにゃ? 怪我はないかにゃ?」
「‥‥」
「あれどうしたんだにゃ?」
「あんなことあったから声が出せないんですよ‥‥大丈夫ですよ。私たちは怖い人じゃないですから」
「‥‥うん」
少女は涙ぐみながら頷き、呼吸を整えていた。数分経って落ち着いたのを確認した叶夢は周りを少し見渡し、元来た道を走り出した。
「よし、早めに出るぞ。今ので気付かれたかもしれんからな!」
「ちょっと叶夢くん!? いくらなんでも早すぎでしょ!?」
「待ってくださいよ!」
「豹ちゃん! 女の子お願い!」
「あ、おい!‥‥ったく、君! 背中に乗ってにゃ!」
「う、うん!」
豹助は少女を背中に背負うと、身体強化をかけた状態で四人を追う。
叶夢達は道幅の狭い獣道を、通常の人ではありえないスピードで駆ける。途中、巣の周りの魔族達が草原に向かっていくのが見えた。
「あっぶないにゃ‥‥あの量と交戦するのは自殺行為に等しいからにゃ‥」
「一先ずバレる前に拠点に帰るぞ。あそこには魔族避けの結界が張ってある」
「ほとんど魔族達が草原に行ってる今がチャンスってことですね!」
叶夢は速度を落とさないまま、周りに目を張り巡らせる。四人がちゃんと後ろにいる事を確認する中で、あるものに気づいた。
(ん? あのガキ‥‥何見て‥)
「ッ!」
豹助の背中におぶられた少女が、真横を見たまま、怯えた表情で歯をカチカチと慣らしていた。叶夢がその視線の先を見ると、数体の魔族が自分達に並走しているのが見えた。
「お前ら! 右から魔族が並走して来ているぞ!」
「え?‥‥うわ! ほんとです! しかも‥こっちに距離を詰めて来てます!」
「何であそこまでの接近を許してんだにゃ叶夢!」
「知らねえよ! こっちも逃げるので精一杯だったんだよ!」
「みなさん! 目と耳を塞いでください!」
紫以奈は腰のベルトから、ピンの着いた缶のようなものを取り外しそれを魔族達の方向に投げた。瞬間、そこから眩い閃光と共に轟音が鳴り出した。
「スタングレネードか‥‥ナイスだ紫以奈!」
「褒めるのは拠点についてからですよ隊長!」
「見えた! 残り100m!」
白鳩の言葉と共に、四人は更に加速する。最後尾の豹助が後ろを確認する。
「見事にスタグレに引っかかってるにゃ!」
「バカで助かったよ!」
「よし着いた!」
五人は魔族達から逃げ切り、拠点である宿舎に辿り着いた。少女は不思議そうな目で息の上がった五人を見つめていた。
「お兄ちゃん達‥‥」
「あぁ? 何者なのって?‥‥ヒーローだにゃ!」
「嘘つくなよ豹助。俺達は征魔士、魔法使いみたいなもんだ」
「‥‥すごい! すごいよお兄ちゃん!」
少女がようやく生気を取り戻し、輝く目で五人を見る。特に豹助にはズボンを掴み、ジャンプをして喜ぶ程に元気な姿を見せた。
「おっと‥」
「豹ちゃんってばすっかり懐かれちゃって‥‥ふふっ」
「紫以奈? 笑顔が怖いのは気のせいだよにゃ?」
「お嬢さん。貴方のお名前は?」
紫以奈はしゃがんで少女の視点に目を合わせて、優しく問い掛ける。
「ジェニー!」
「へぇ! ジェニーちゃん、いい名前ね! 私は紫以奈って言うの」
「シーナ!」
「そうそう!」
紫以奈もすぐに打ち解け、ジェニーはすっかり31小隊の輪に溶け込んでいた。叶夢は遠目にそれを見ながら、ベロニカと朔夜の二人と話していた。
「見つかったようで何よりよ」
「全くだ‥叶夢、あのガキはどうすんだ?」
「今夜はうちの小隊で預かる」
「事件が起こりそうなんだけど‥」
「生憎だがうちの小隊にロリコンはいねえよ」
「ロリコンよりヤバイやつが隊長してる小隊に預けるとか正気の沙汰じゃねえな」
「じゃあお前が預かるか?」
「朔夜には無理よ。ただでさえ子供嫌いなのに、こいつに預けたら虐待ルート待ったなしよ」
「歩く猥褻物は黙ってろ」
「お前ら二人救いようがねえな」
「叶夢〜、俺ら先部屋戻ってるにゃ」
「おーう。分かった」
31小隊はジェニーを連れて大広間を後にした。叶夢はそれを見送ると、再び席に着く。
「さて‥‥誰もいなくなった事だし」
「始めるか‥‥」
「これが俗に言う、『裏会議』って言うやつか」
ベロニカと朔夜の顔が重苦しい者になったのを見ると、叶夢は光が無い目で口角を吊り上げ不気味に笑った。




