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紅い死神の征魔戦争  作者: 雨色 A音
31/83

第31話 容易く壊れる限界

「あ、おい!‥‥あの様子は聞かれたか‥どう説明すんだよ」


苦虫を噛み潰したような顔で、携帯を見つめるのは第1小隊隊長 出雲いずも 朔夜さくや

しかし今の朔夜からは、普段の無表情とは逆に焦りや不安といった感情が溢れ出ていた。


「あの性格だと、多分あれは全部ゲロるまで許してくれないタイプだぞ‥」


「まぁ、そりゃ魔族になるなんて聞いたらそうなっちゃうのも当たり前だと思うけど」


朔夜が声のした方を向くと、藍色の髪の青年。金丸 翔真が柱の影から現れた。


「盗み聞きとは趣味が悪いですね。翔真先輩」


「だったら通話するところぐらい考えてくれよ。ここら辺は静かで一通りも少ない。だから僕の散歩コースなわけ」


朔夜がいた場所は征魔連合軍(ウィザーズ・チャリオッツ)日本支部の中央舎。その南側にある裏口を出てすぐの噴水広場。かつて叶夢達31小隊が魔族と交戦した場所でもある。


「変なところを散歩コースにしてくれましたね」


「別にそこはどうでもいいのよ。それより、叶夢くんの事だよ」


「はぁ‥‥分かりました。少し長くなりますけど」


時を同じくして楔島。これまでに無いほどの沈黙が叶夢と千夜を包んでいた。


「ど、どういうことですか? 四回目の魔法で魔族になる?」


(ああ、やめてくれ。そんな顔するな。なんでお前がそんな顔してるんだよ。というか俺も俺だ。なんで本格的にまずい状況に黙秘権乱用してるんだよ。いつもみたいにはぐらかせよ。ヘラヘラと)


「‥‥しても無駄だよな。わかった。いさぎよく話す。だがこの事は他の奴には絶対に話すな」


「内容によります。場合によっては話しますし、棄権させることも視野に入れてます」


千夜は警戒した目つきで叶夢を睨む。だが叶夢も全てを振り切ったような真っ直ぐな瞳で千夜の顔を見た。


「お前が昼にも話していた一日の魔法の回数制限。あれの理由、まだ話してなかったよな」


「はい‥‥」


「あの理由はほんとに単純だよ。抑えが効かなくなるんだ。闇魔法は元々魔族側が使用していた魔法。使えば使うほど魔族としての本能が呼び起こされる」


「ちょっと待ってください。今の話を聞いてると、まるで叶夢が人間寄りの魔族のような存在になってしまうんですが?」


「あぁ‥‥すまねえ。わかってる前提で話してた。前の話はあまり詳しくやらなかったからな。そんじゃ話を少し戻してサイコフュージョン施術について話すよ」


ーーーーー


「サイコフュージョン施術の大きな目的。それは魔族の因子を持つ子供の作成」


「しかしその実験は成功例が五人残っただけ。残りはみんな魔族化してしまったって話でしょ?」


「成功例は

俺 出雲 朔夜。

ベロニカ・クライムエッジ。

ゼノン・マクスウェル。

アルフレッド・レクス・ラインハルト。

そして刀堂 叶夢だけだった。」


「どこも聞いたような名前ばっかだね。他の支部の子達だっけ?」


「そうです。ですがこれは大雑把に言った場合です。実際、全てが完全に成功した訳ではありません。妥協点を踏まえた上での成功例が俺たちだけだった」


「妥協点?」


「えぇ。本来の目的では身体の40%〜50%が魔族に置き換わることで成功なんですが、俺たちでは平均30%。高くても36%が最高値だった。しかしそれで見たとしても、叶夢は失敗作側なんです」


「? 叶夢くんが?それは何故?」


叶夢と朔夜は虚空に目をやり、再び二人の目を見つめる。覚悟を決め、真実を静かに告げた。


「あいつは‥」


「俺は」


「「身体の75%近くが魔族に置き換わっていた」」


翔真と千夜は絶句していた。別々の場所にいながらも全く同じ反応をしてしまった。沈黙が重圧になると思った二人は口を動かし続けた。


「つまり殆ど上っ面だけの人間。中身は正真正銘の魔族になってしまった。って訳だ」


「って訳だ。‥‥じゃないですよ!? というか‥え? 魔族?」


「そう。正確的には人と魔族の融合体。超魔族(デスロード)って言われるモノに変貌する」


超魔族。魔族が優れた征魔士を捕食した際に稀に生まれる融合体。人の環境適応の能力や頭脳を兼ね備え、魔族としての力をそのままに残した魔族。これに変貌した者は、誰であれ第七位以上の魔族に分類される。


「そんなこと言ったら朔夜くんも同じなんじゃないの?」


「俺は大丈夫ですよ。自分の身体が魔族化する危険性をわかった上で、魔族化の進行を抑える薬を裏ルートで手に入れましたから」


「なら叶夢くんにもその薬を‥」


「無理です。あくまでその薬は人間としての性質が50%以上ある前提で投与されるものです。50%切った叶夢に使ったら、身体を構成している細胞バランスが崩れて死にます」


「!?」


「まぁ端的に言うなら、身体を抉られてる感じですかね。半分もない人間の細胞だけじゃ抉られた傷をどうこうとか無理でしょ?」


翔真の神経を逆撫でするように、悪寒が身体中を駆け巡った。状況の方もだが、そんな残酷な状況を冷静にいつもと変わらぬ声色で話す朔夜自身にもだ。


「けど、朔夜くんも魔法使うのかなり渋ってる節あるけど」


「そりゃ俺にだって少なからず魔族の力は残ってますから。いくら少なくなってるとはいえあることに変わりはありません」


ーーーーーー


「以上が俺の魔族化の件についてだ。なんか質問は?」


「‥‥あ、あの」


「あぁ、身体強化は問題なくできる。力込める感覚と変わらんし」


「そういうことを聞きたいんじゃなくて!」


「何だよー‥‥他に聞きたいことでもあんのかよ」


「‥‥第七位魔族って狩ったらどれくらいの功績が手に入るんですか?」


「千夜さん。たまにサイコパス過ぎん?」


叶夢の血の気が引く。対して千夜は武器をチラつかせながら欲情にも似た息を吐き始める。


「なんて冗談ですよ。私の質問は一つです。

どうしてそんな状態になっても、戦いをやめなかったんですか?」


さっきの顔が嘘のように、千夜は真剣な顔で叶夢に問い詰める。それは千夜にとっての純粋な疑問であった。叶夢は顎に手をつけ考える仕草をする。


「そうだな‥‥理由は二つある。一つはやっぱりソフィアとの約束だ。実際、あいつがいたから今の俺がある。その約束は絶対に曲げない。これが一つ目」


「ソフィア‥‥叶夢の口からよく聞く名前ですね。そんなに好きだったんですか?」


「大好きだったよ。って今の恋人の前で、元カノの話をするのは複雑なんだが‥‥」


叶夢の顔から笑顔が零れる。


「ゼルリッチの魔子の中で、一番純粋で、一番真面目で、一番優しかった」


その笑みは普段見せる嘲りの笑みと違い、まるで遠足から帰り、それについて話す子供のような笑みだった。


「叶夢もそんな顔するんですね」


「悪かったな。あともう一つの理由も話すぞ」


「はいはい‥‥」


最初の険悪ムードはすっかり無くなり、いつもの二人の雰囲気に戻ったと思われた時。叶夢の顔がほんの少しだけ変わった。


「俺には戦いしか残ってないんだ」


「‥‥は?」


それはさっきの笑みとは違う、儚げで寂しさを漂わせた悲しい笑みだった。


「ふと、俺がもし征魔士じゃなかったら?って考えた時があるんだ。みんなそれぞれ得意なものがあって、それを人間社会で役立てている。じゃあ俺には何が出来る? 浮かんだ言葉はただ一つだった。俺は生き物を他より上手く殺せる」


「‥‥」


千夜の沈黙を無視して叶夢はいつもと同じように、千夜にだけ見せる優しい声色で狂った言葉を吐いた。


「俺は一つ目の理由に縋ってるだけだ。もう俺にはほかの理由は見つける事ができなくなっちまったんだ」


「あ、あのかむ」


「ホントに笑える話だよな。魔族を狩る為に自ら魔族に堕ちるなんて。まぁ、何も無い俺には相応しい報いだろ?」


千夜の言葉を遮っても尚、言葉のナイフによる自傷行為は終わらない。手品中のマジックボックスのように、そのナイフがいくら刺さろうと、終わることを許されない。


「こんな継ぎ接ぎのぬいぐるみみたいなやつに人の為なんて言う資格は無い‥‥そんなのわかってんだよ!」


「もーーー! ていっ!」


「ぶっ」


弱い掛け声とは裏腹に、身体強化された千夜の拳が叶夢の頬を抉る。いつか聞いた内側から骨が折れる音が鼓膜のすぐ下で鳴った。


「おあえ……おまえ! 何すんだよ! 人が話してる時に! 顎がずれたら治すのめっちゃ大変なんだぞ!?」


「さっきから黙ってればなんですか!?

『俺には生きる価値はない』『戦うことでしか生きられない』‥‥はー寒いですわー。私氷魔法乱用してもそんなに寒くならないですわー」


「ち、ちや?」


「黒歴史を聞かされるこっちの身にもなって下さい! おかげでさっきから鳥肌がやばいんですよ!」


火にかけたやかんが、甲高い音を上げるように、押し込められた叶夢に対する千夜の不満が活火山の如く噴火し始めた。


「別に理由が貰えたならいいじゃないですか! 寧ろ生きる意味をくれたソフィアさんには感謝すべきです! 別に縋る事を問い詰めはしません。だって人間なんてみんな何かに縋って足を引っ張り合う醜い生き物でしょう?

それに対して後ろめたい気持ちをもつのは誰でもです。だから人は変わろうと思うことが出来るんです! 今の叶夢くんは縋る自分を否定していた。つまり、いくら叶夢の身体の殆どが魔族であろうと、その思いを持ってる時点で叶夢くんは『人間』なんです!」


「俺が‥‥『人間』?」


初めて言われたような言葉に、叶夢の意識は未だ現実に虚ろとしていた。


「こんなこと言うのは卑怯だと分かってはいます。けど言わせてください。今の話を聞くに、叶夢はできなかった事にしか後悔していません。そんなのやってたらキリが無いでしょう!? せめて自分がしたことに後悔をしてください! いつしかそれの繰り返しで不思議と後悔なんて気にならなくなりますから! ええ大丈夫です! 叶夢みたいなロクでなしならすぐに慣れますから!」


「おいてめえ! さらっと馬鹿にしてんだろ!?」


叶夢の呆気に取られた意識がようやく現実に戻ってきた。千夜はそれに構わず言葉の火山を噴火させ続けた。


「バカにバカって言って何が悪いんですかー?」


「うっせーぽんこつ! 料理のひとつもまともに作れないやつにそこまで言われる筋合いは無い!」


「何ですかその言い方! 常に人の痛いとこ突くとか、救いようがありませんよ!?」


「「ぜぇぜぇ‥」」


体力が一気に疲弊し、半ば幼児退行を起こしていた二人の頭は怒りに冷静をかき消されていた。


「もういいです! 叶夢なんてさっさとランク戦で負けてしまえばいいんです! 彼女たる私は絶縁宣言をさせていただきます! ふんっ!」


「あぁ勝手にしろ! てめえ囮にしてでも勝ってやるわ!」


千夜はほっぺをは膨らませたまま、林の奥に小走りで消えていった。千夜が視界から消えるのを確認すると、叶夢は力尽きたように地面に座り込む。


「‥‥なんであんなにカッとなっちまったんだろう」


考え直してみた。あんな些細な口喧嘩で、絶縁を叩きつけられた理由を。しかし欠落を自覚した脳では理由を見つけることができず、叶夢は携帯の再発信を押した。


「…突然切って悪かったな」


『別に。その様子じゃどうやらお互い聞かれて、問い詰められたみたいだな』


失笑した朔夜の声が携帯の向こうから聞こえた。


「なぁ朔夜。千夜と喧嘩しちまった」


『だろうな。あの子の性格なら確実にお前を止めるだろうさ』


「俺さ、何であんなに必死に止められたんだろう?たかが数ヶ月の付き合いであそこまで止められるとは思ってもなかったから。ずっと考えてる」


『‥‥そういえばお前はそういうやつだったな。仲間を助けるためなら自分の身の危険を厭わない。けど俺にはそれが綺麗に取り繕った自殺願望にしか聞こえない』


「死にたがり‥‥か。なんか前にも言われた気がする」


朔夜は分かっていた。叶夢の自己犠牲の精神の根底を。結局、心のどこかでこいつは死にたがってる。朔夜はそれを哀れむこともなく、夜空に目をやり、叶夢に助言を告げる。


『お前は本当に可哀想な奴だ。いい意味でも悪い意味でもソフィアの願望に縋ってる。それどころかそれを生きる理由にしてるせいでより脆くなってる』


「あはは。千夜にも同じ事言われた」


『はぁ…不幸中の幸いか。はたまた弱り目にたたり目なのか。あの子ホントに生き写しのレベルでソフィアに似てるな』


「おい。弱り目にたたり目ってどういうことだ」


再沸騰した怒りが叶夢の口から零れる。朔夜は呆れを抑えながら投げつけられた怒りを返す。


『ここまで言って分からないか? なら言ってやる。

いつまでも人に縋ってんじゃねえ。いい加減自分で生きる理由を見つけろ』


「‥‥それならとっくに見つけて」


『お前のそれは死ぬための理由だ。仲間を守ってかっこよく死ぬ? そんなのマンガの中の戯れ言だ。残されたやつの気持ちを(ないがし)ろにする最悪の結末だ。いいか? 村雨さん達は自分たちの生存を望んでるんじゃない。お前と過ごす何気ない日常を望んでるんだよ』


悲しかった。叶夢はただ悲しかった。誰かの何気ない幸せを誰よりも願った少年の願いが真逆だったことに。

ただの死への憧れであったことに。


「そっか。そっか。俺死にたがってたんだ。死神が死ぬなんて変な冗談だな」


『‥‥ここまでヒントを散らばせてやったんだ。このランク戦でさっさと生きる理由をを見つけろ。この世界じゃ、理不尽にも誰かの為に戦える奴が一番弱くて脆いやつなんだから』


虚ろな声で叶夢は言葉を返す。朔夜は遂に呆れに到達して投げやりな答えを返し、通話を切った。


「神座の言ってたことが、ようやく何となくわかった気がする。さーてここからどうすっかな」


最初に叶夢の頭に浮かんだのは千夜への謝罪だった。冷静さを欠いていたとはいえ、自分の間違いを気づかせてもらった。

二日目・三日目の行動を考えながら、叶夢は山小屋への帰路を歩いた。


翌朝


「ほーら! 朝だよー! 早く起きないと急襲されるよー!」


白鳩はフライパンを叩き、鉄と鉄がぶつかり合った鼓膜が嫌悪する音を鳴らしながら、廊下を歩き回った。

それに反応するように、多くの隊員が頭を手で抑えながら苦虫を噛み潰したような顔で部屋から出てきた。勿論その例には第31小隊も含まれていた。


「うー‥‥白鳩さんの食器ドラムは朝の頭によく効きます」


「欠点は不快な気持ちで起きる事だけなんだよにゃ‥‥」


「嫌だったら自分で起きることだよ。豹ちゃん」


「なるほど既に紫以奈は対策済みかにゃ‥」


「対策とかじゃなくて、私がいなきゃ朝ごはん誰が作るの」


普段の服に白いエプロンを付けた紫以奈が部屋の寝坊組を出迎えた。しかし紫以奈は疑問を抱く。寝坊の常習犯及びリーダーの叶夢の姿が見えなかったのだ。


「あれ? そういえば叶夢隊長は?」


「知らないにゃ。起きたらいなかったにゃ。千夜ちゃんはなんか知らな」


「あんなこじらせた餓鬼がきが何処に湧こうが私には関係ありません」


「紫以奈、これはカップル喧嘩をこじらせたパターンだにゃ」


「夜になんかあったんだね。わかるよ」


「よっ。お前らやっと起きたか」


「あ、叶夢隊長。おはようございます。随分と早かったですね‥‥!?」


そこにあったのはいつもの寝坊常習犯のうとうとした叶夢では無く、服をちゃんと着こなし、目やに1つ無い綺麗な顔で2人を出迎えた。


「え、ええええ!? お前誰だにゃ!?」


「あほか。俺だって真面目にやる時はあるわ。あぁ、千夜。昨日はごめんな。今度からはもう少し落ち着いて、優しくできるように頑張るよ」


「うわあああ! 何言ってるんですか叶夢くん!? ごめんなさい! 私が昨日変なこと言ったから!」


「うわっ! 突然迫ってくんな! あとお前動揺のし過ぎで名前に『くん』ついてんぞ!」


半狂乱になった二人を、叶夢がなだめる光景に紫以奈は小さく笑みを漏らした。


「‥‥紫以奈。俺ってまともじゃない方がいいの?」


「なんというか‥ドンマイです」


「まぁいいや。お前ら朝食終わったらさっさと出るぞ。昨日言ってた通りに逃走する」


叶夢は個形状に固めた栄養食を口に加え、早めの足取りでリビングに向かった。

流石に違和感を覚えた豹助と紫以奈は怯えた目で千夜を見た。


「千夜? どうやって叶夢隊長のやる気スイッチを押したの? そもそもどうやってやる気スイッチを見つけたの?」


「私にもわかりませんよ! ただ‥‥夜に少し話してたら口論になってしまって。一方的な絶縁宣言を叩きつけたはずが」


「それで絶望して頭のネジを閉め直したに一票‥」


「むしろ自殺に失敗して頭を打ったに1票いれちゃうにゃ。」


「おほん!」


会話の流れを断つように白鳩の咳払いが、3人の耳に入る。


「会話に花を咲かせるのもいいけど、先に朝飯を済ましなさい」


「「「はーい‥‥」」」


リビングには既に朝食を終えた紅葉と天城がそれぞれ、刀の手入れとマスクを拭いていた。


「遅かったな。千夜」


「紅葉隊長、おはようございます。朝早いんですね」


「寝過ぎは身体をだらけさせるだけだからな」


紅葉は手入れを終えて、納刀を済ませた。

それを見届けると千夜は朝食の置いてあるテーブルに座った。

今日の朝食のメニューは主食にバターロール。おかずにスクランブルエッグとトマトとキャベツのサラダ。飲み物としてコーヒーが置いてあった。


「わー‥‥ホテルの朝ごはんみたいです」


「材料の都合上、これぐらいしか作れなかったけどね。豹ちゃんこれで足りる?」


「あまり詰めすぎると走ってる時にリバースするにゃ」


「だと思って量も調整済みです」


紫以奈は腕を組みドヤ顔をする。豹助は苦笑いで返すと、テーブルに座り朝食に手をつけ始めた。


「んー安定の美味しさだにゃ」


「そう、なら良かった」


スクランブルエッグは一口含むと、口の中でスフレのように溶けて中から塩胡椒のアクセントと共に加熱した黄身のまろやかさが溢れ出す。豹助と千夜はそんな一流ホテルのような朝食に胃袋を掴まれる。


「今度教えてもらいたいぐらいですよ‥‥なんで紫以奈さんはこんなに正妻力が強いんですか?」


「せいさい‥りょく?」


「昔っから紫以奈ってば、家事をかなり手伝ってたからにゃ。『ひょうちゃんのおよめさんになる〜』って言ってかなり可愛げが‥‥いでで!」


「豹ちゃん! 恥ずかしいから言わないでよ!」


豹助から出た昔話を、紫以奈は豹助の頬を抓って口止めをする。そんな光景に千夜の顔から笑みが零れた。


「ふふっ、お二人はいつもと変わりませんね」


「千夜も何か言ってよ! 昔のことをいちいち掘り出す男ってどう思う!?」


「昔から一緒にいれば、自然と出るものでは無いんですか?」


「それもそうなんだけど‥‥」


何気ない日常を遠目で見ながら、叶夢と白鳩はベランダ近くのテーブルに座り、逃走用のルートの再確認を行っていた。


「地形図的には、こんな感じ」


「ふむふむ…ここ山岳エリアを12時として廃都市エリアの周りを時計回りに逃げるとしたら森林エリア。廃村エリア。渓流エリア。漁村エリア。渓谷エリア。遊園地エリア…遊園地!?」


「もちろんアトラクションは動かないよ。訓練用だし」


「そりゃ、こんなところまで思い出作りするような奴はこの世界見ても数える程もいねえだろうな‥」


「んで叶夢くんはどのルートで行くの?」


「あぁ、ここから逆時計周りだな」


「んー‥それだとちょっときついかな。なんせ遊園地が行き止まりになってるからさ」


白鳩がPCを操作して、遊園地エリアの写真をストリートビューで一人称視点にしてから叶夢に見せる。

遊園地エリアにはメリーゴーランドやジェットコースター。観覧車などのアトラクションがあり、普通の遊園地と何ら変わらない様に思えた。しかし遊園地エリアのエリアの境目。山岳エリアに面している部分には大きなバリケードが敷かれていた。


「うっこれは厄介だ」


「遊園地エリアに普通に行けるのは渓谷エリアか廃都市エリアだけって考えた方がいいね」


「一度ここで戦った白鳩だからこそ分かるんだよな。無理だってのは」


叶夢にとっては初めて訪れた土地の為、写真で見たとはいえ土地勘などがあまり働かない。ましてや叶夢にはその中で、地下都市エリアを見つけなければならない使命がある。

今の戦況をみても、その戦況をひっくり返せる作戦を組むには地下都市エリアを抑えることは必須条件だった。


「それでだ。あのデスマラソンについては今日に限り僕が先頭に出る」


「まさか一日で覚えろってか?」


「むしろ昨日のうちに覚えて欲しかったのが本音なんだけどね‥‥ハプニングが重なって東側の3エリアしか回われてないから」


「あー‥‥クソ難易度ぉ~」


「まぁできないならいいよ。君に関しての評価を改めるだけだし」


白鳩は挑発として口角を吊り上げる。そんな安い挑発に叶夢は乗らないはずもなく、右手で目を隠し、やけくそ気味な返事をした。


「分かったよ‥‥やります。努力します。善処します」


「心配な返事だけど‥‥まぁその方が三日目も楽できるからね。主に僕が」


「じゃあフォーメーションを変える。俺の位置に白鳩。元の白鳩の位置に千夜。氷魔法を遠距離に使ってもらう。そして元の千夜の位置に俺を配置して援護する」


「後ろから刺さないでよ?」


「‥‥巻き込まない攻撃が1番難しいんだ」


「…防衛手段を考えておかなきゃ」


「それで」


「小生らは?」


2人のテーブルの前に装備のメンテナンスを終えた紅葉と天城が歩いてきた。


「紅葉達は蝋花達の護衛を頼む。天城なんだが‥‥自由に暴れてくれ」


「ほぉ? 小生に自由に暴れろと?」


「指示は最初だけだ。遊園地エリアで暴れろ」


「それ以外であれば」


「タイミングとしては『俺の後ろのやつを狙え』」


叶夢の言葉にかぶせて、天城が口を開く。性格の悪さにおいて並ぶ者ない二人の考えが一致するのは言うまでもなかった。


「さすがわかってるな。サイコ仮面」


「その呼び方は不本意ですが、語呂の良さに免じて許しましょう」


天城は他の隊員と共に先に外に出た。叶夢達は最低限の荷物を詰め込んでいた。


「豹ちゃんと叶夢隊長が両翼か‥‥なんか不安です」


「私のうち漏らしはお願いしますね」


「こっちも不安なんだけど!?」


「ある程度は迎撃するから安心してね〜」


「白鳩さん、できれば全部お願いします‥‥」


いつもと違う編成に紫以奈は不安を隠せなかった。陣形を固めて同じペースで走る陣形。通称 デスマラソンには元から不安要素しか無い。仮に転んだらそのまま置き去り。誰か一人が少しでも走るペースを緩めれば、全員転倒も免れない。今までのものは奇跡的に失敗こそしなかったが、紫以奈の体力では実際付いていくのがやっとなのが現状だった。


「身体強化を使ってても、紫以奈はギリギリだからにゃ」


「大丈夫だ。最悪豹助がおぶってくれる」


「おい待て。女の子背負って戦場駆けるとか字面はかっこいいけど、実際は体力が持たないにゃ」


「行ける行ける。お前ならやれるよ」


「二日連続だからにゃ? というかそれよりも紫以奈担いだら俺両手塞がって剣振れねえからな? それ分かって言ってるんだよにゃ?」


「‥‥お前そもそも神具使えば両手塞がっても剣振れるだろ」


「‥‥ハッ! ぐふっ!」


豹助が気付くと同時に、叶夢の拳が豹助の腹にめり込んでいた。的確に呼吸をしにくくなる位置を撃ち抜かれた豹助は声にならない悲鳴を上げていた。


「お前ほんとに自分の仕事わかってねえのな!」


「‥‥ぜぇぜぇ‥おま‥いう」


「何て言ってました?」


「お前が言うな。を略した。よっぽど苦しかったんだろうね」


「たしかに気づけなかった俺にも非はあるけど! 叶夢も叶夢だにゃ! 何も思いっきり殴らなくても!」


「いやさ、自分の彼女のリスクヘッジを赤の他人たる俺に一任するつもりだったお前にちょっと魔が差して」


「あとで後ろから刺されねえように気をつけることだにゃ‥‥」


「おいおい、もうチームワーク崩壊してるよ」


白鳩は先の展開がぐだぐたなまま終わらないことを心の中で切に願っていた。その願いを保ったまま白鳩達は拠点を出て、森林エリアに向け走り出した。


「叶夢くん? ちゃんと目は光らせておくんだよ?」


「にしたってな。入口の特徴も掴めてねえのに、どうやって‥」


「それが問題だにゃ‥」


「「いっそ掘り進めて」」


脳筋二人の思考が一致する。


「アホですか。それなら絶対探した方が早いですよ」


「全くです‥‥豹ちゃん。叶夢隊長。もうお出ましみたいですよ」


紫以奈の声と共に、二人の目の色が変わる。談笑していた雰囲気は一気に消え失せ、一瞬の油断すら許さぬ張り詰めた空気が叶夢たちを包む。


「二時の方向に銃口四つ。こちらには気づいてないみたいにゃ」


「それって昨日の?」


「多分。だとしたら炸裂弾が厄介だにゃ。打たれる前にどうにか落としたいところだけどにゃ‥‥」


「‥‥奴さんちょうど俺らを見つけたみたいだ。音的に装填を始めてるぞ」


叶夢は目を瞑り、耳に意識を集中させた。自分達の足音な枝の揺れる音。その中で本来響くはずのない金属同士のはまり合う音。叶夢はその音を聞き逃すことは無かった。


「ここら辺はスナイパーが本職として活躍できる場所だからね。そこで僕からの最初の指示。矢岬ちゃん、風魔法で僕らの周りに風を作って。イメージとしては僕らを台風の目として時計回りに。」


「わかりました! 風の盾(ゲイルガード)!」


紫以奈の詠唱と共に、叶夢たちの周りに風の流れが創り出される。


「これで防げるのかにゃ!?」


「お世辞にもこれじゃ、弾丸の勢いを殺すしか出来ないと思うが」


「分かってるよ。その次の二番目だ。灰塵なる毒(アッシュ・スネイク)


白鳩は右手からねずみ色の砂を紫以奈の風に巻き込ませた。それと同時に遠くから銃声が三回響く。


「みんな! ここにいる間はできる限り魔法で応戦して! ただの金属類‥‥特に叶夢くんは刀を絶対出さないで!」


「あぁ!? それって‥‥」


「白鳩さん! 弾丸が来てます!」


「問題ないよ」


「いや問題あるの俺だにゃ! 当たる!」


放たれた三発の弾丸が、白鳩と豹助に当たるかと思われたときだった。弾丸が紫以奈の風に触れた瞬間に黒色の砂に変化したのだ。


「え? どういうことだにゃ?」


「僕の毒魔法さ。矢岬ちゃんの風の盾に俺の金属を錆びさせる灰を混ぜたんだ」


「そう言えば白鳩、毒魔法使えるんだったな」


「そうそう。あと水魔法と土魔法も少々ね」


「全部盛れるやつじゃねえか!」


「当たり前当たり前。毒魔法はいかに上手く相手に触れるかが勝負だからね。その分の一撃は保証するよ。それより叶夢くんも周りをよく見て。敵の察知と一緒に地下都市の入口も見つけて!」


叶夢は小さく舌打ちすると、流れる風景の中不審なもの全てに目を合わせる。


「白鳩! ここじゃおそらく可能性が低いぞ!」


「どうせ明日も回るんだから関係無しだよ! 怪しいところを頭の中で片っ端からマーキングして!」


「あいよ! 豹助、お前の目も借りるぞ!」


「了解だにゃ! 未来への覗き見(スピード・ピント)!」


豹助が使った魔法は未来への覗き見(スピード・ピント)。これを使用すると、数秒先の未来を見通せるようになる。これによって陣形を崩さずあたかも豹助を先行させてるように進むことが出来る。

本来、五感に干渉する魔法には感覚強化に他の五感が追いつかないリスクを持っているのだが、不安定となった視界をカバーする程の反射神経などが豹助にいつもと変わらぬ動きを実現させていた。


「‥‥白鳩くん!炸裂弾が飛んでくるにゃ! 三発!」


「おっけー! 灰塵なる毒(アッシュ・スネイク)!」


豹助が見た数秒先の視界に炸裂弾が映り込み、それを先読みし白鳩に報告。白鳩がそれに反応し灰塵なる毒を弾丸の方向に紫以奈の風に乗せて散らせる。これによって本来避けることの出来ない死角からの弾丸を確実に防ぐ事ができる。


「こんなめんどくさいことしなくても常にまいてればいいんじゃないかにゃ?」


「そんなことしたら僕らにも被害でるでしょ! 武器とかなしで戦えるバカは叶夢くんだけなんだから!」


「お前ら俺になんか恨みでもあんの? それとも前世で俺に親でも殺されたの? 仕方ないやん、俺も生きるために殺ったんだから」


「黒歴史自慢してる暇があるなら、見ることだけに集中してください。このあんぽんたん!」


「へーへー‥‥了解ッ!」


接近してきた斥候を裏拳で制すと、叶夢は再び視界に意識を集中させた。

しかしなんの手がかりも見つけられないまま、五人は森林エリアを通り過ぎていった。

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