第22話 返却されない日常
「おーい! 豹ちゃーん! こっちこっち!」
「ちょっと待つにゃ」
仲睦まじく、傍から見てカップルと言われても仕方ない二人を遠くの物陰からコソコソと見ている二人がいた
「千夜、やめとくなら今のうちだぞ?豹助はともかく‥‥紫以奈は怒ったら怖いタイプだと思うから‥‥何の為にみんなに黙って外出したと」
「ここで帰ってもいいですよ。家帰ったら胸触った事を着色して吐きますけどね」
「わかったよ! いればいいんだろ!? いれば! つか降りろ!」
「本屋に移動しました!追いかけますよ!トウッ!」
「あああああああ!??」
千夜は軽やかな足取りで叶夢から降りた。一瞬背中に走った激痛に叶夢は声にならない叫びを出した。
「待って‥‥歩けない‥‥脊髄入ってもうた」
「す、すいません! 予想以上に体重+その他をかけてしまって」
「氷で重さ盛っただろ」
叶夢はうつ伏せになると、自分の背中に手を当てて治癒魔法をかけた。しかし脚の感覚が戻らないのを察すると、治癒魔法だけでなく魔族の再生力に頼り始めた。
「あぁ、何とか戻ってきた‥‥女の子の体重で魔族の力を引き出される俺の気持ちになってもらえますかね」
「そこまでですか!?」
「半ば殺意込めてたお前が何を言い出す。よし戻ってきた」
叶夢はゆっくり立ち上がり、足の稼働率を調整しながら再び本屋の方向に目を向けた。
「チッ‥もう買い物が終わってやがる」
「えぇ‥‥とりあえずこのまま追跡を続行します。叶夢くんは豹助くんに感知されない距離を教えてください」
「あぁ。了解した」
既に本屋で買い物を終えた紫以奈と豹助は、また別の方向に歩き始めた。千夜と叶夢は物陰に隠れながら二人の追跡を開始した。
数分歩いていると、店内に設置されたフードコートに入っていった。
「ご飯みたいですね」
「そういや俺らも食ってなかったな‥‥入るぞ」
「あ、ちょっと叶夢くん! 待ってください!」
千夜は前かがみになったまま歩こうとしていた叶夢を掴み引き止めた。
「何だよ」
「ここのフードコートをよく見て下さい」
千夜に言われた通り、フードコートを覗いてみるとある事に気がついた。
フードコートの見取りとしては、一般的なフードコートと変わらないものであり、客が座る席を囲むように飲食店が並んでいる状態であった。
「見通しがいいな‥‥普通に移動してたらばれる」
「ですからフードコートへの突入は危険かと」
「いっそ偶然を装って出るか?」
「それで解決するなら紫以奈さんがへ行先も告げなかった意味が分かりません」
「確かに仮に受け入れたとしても、ダブルデートになりかねないな」
「叶夢くんと‥‥デート」
叶夢の言葉から、駅前で言われた白鳩の言葉が千夜の頭をよぎる。千夜の冷めたはずの顔の熱が再沸騰した。
「だが紫以奈なら案外許してくれるかも」
「駄目です」
「え?」
「絶対駄目です!」
「何でここで完全否定!?」
「そ、そその‥‥みんなに‥‥変な関係と思われたくないので」
千夜はモジモジしながら、年相応の女子の反応を言い出した。
(‥‥天然癖やら征魔士やらに埋もれていて忘れてたが、こいつも16歳の女子だったな。にしてもこの反応はどっちよりだ?
俺なんかと恋人の関係になりたくない。or
俺に気があるのを悟られたくない。
判断を間違えるなよ俺。選択肢によってはこれからの関係にも影響するからな。普通にラノベ的に考えれば後者だが)
叶夢は千夜の顔色を見ながら、脳内に映し出された選択肢とのにらめっこを開始した。
(だが風の噂で聞いたことがある‥‥『現実は非常である』と。案外その言葉を信じてみるのも‥‥)
「ってか俺は何で目の前の女の子の発言を深読みして思考回路を総動員して考えてるんだ‥‥」
「叶夢くん?」
「いや、分かった。俺らはファストフードでも買って別の場所で食う」
「え? 何で突然」
「いや。ただ、豹助に感知されにくく、ちゃんと視界に二人を入れれる席を見つけたからそこに移動するだけだ」
「は、はあ」
「あと千夜。財布借すから買ってきてくれ」
「叶夢くんは?」
「席の確保と共に死んでくる」
「たかが席に何で命かけてるんですか!?」
叶夢は豹助と紫以奈の動向を観察しつつ、ふらついた足取りで窓際の席に座り、テーブルに頭をつけた。
千夜の考えを理解するのに深読みをしたのは、千夜に嫌われないようにする為のプロセスだった。そう言い聞かせ続けながら。
「決して俺は思春期じゃない‥‥決して俺は思春期じゃない‥‥決して俺は思春期じゃない‥‥DTか。そうか俺DTか」
たかが一人の異性の為に思考回路をフルで動かした事に、叶夢は言い訳を繰り返した。
「俺は」
「何一人でボソボソ言ってるんですか? 流石にキモイですよ?」
「お、おう‥‥千夜おつかれ」
叶夢が自分に向けた言い訳を呟いている間に、二人分のセットをトレイに乗せた千夜が席に来た。
千夜は片方のトレイを叶夢の席に先に置くと、自分が座ると同時に自分のトレイをテーブルに置いた。
「とりあえずベーシックなAセットにしましたけど」
「充分だよありがとさん。あと財布返せ」
「はい」
千夜はテーブルの上に、渡す前より軽くなった叶夢の財布を渡した。
「お前‥‥俺のセットより高いの買いやがったな」
「私をパシリに使ったからにはそれ相応の報酬を頂いてます」
「だからと言って人の財布でロイヤルセット買うか!?」
千夜が叶夢に向けて買ったAセットがごく一般的なハンバーガーとサイドメニューとドリンクのセットなのに対して、千夜の買ったロイヤルセットはハンバーガーからサイドメニューに至るまで最高級の素材を使って作られた贅沢用の品。それ故にAセットが500円なのに対してロイヤルセットは2000円。即ち四倍も値が張る代物である。
「普通のセット二つじゃ足りなかったのか」
「ちょっと気になってしまって」
「可愛い顔して俺が許すとでも?」
「優しい叶夢くんなら」
「こういう時の『優しい』は、今の俺の財布みたいに中身がさっぱり詰まってないから信じねえぞ」
軽食の為か、二人は数分でセットをたいらげた。同時に向こうの席の豹助達も昼食を終え、席を立ち始めたので叶夢達もトレイを持って席を後にした。
「やはりデートですよね。あれは」
「そうか? 幼馴染みがあそこまで親しいのは普通じゃないのか?」
「私は昔の記憶が無いので分かりません」
「そういう俺も過去が血塗られた時代だから知らない」
正常な子供時代を過ごしていない二人は、あれが正常な幼馴染みなのかすら考えることも出来ず、物陰から彼らの動向を見る事しか出来なかった。
しばらく歩いていると豹助達は雑貨屋さんに入って行き、千夜もそれに続くように雑貨屋に入ろうとした。
「おいバカ止まれ」
「ひゃっ!」
叶夢は自然に入ろうとした千夜の襟を掴み、無理やり店外に引きずり出した。
その足で叶夢は雑貨屋を視界に確保しつつ数メートル離れたベンチに座らせた。
「何をするんですか!?」
「お前こそ何してくれてんだ? あんな狭い店内なら確実に豹助の索敵範囲内に入るぞ」
「す、すいません‥‥雑貨屋を見たいって言う意識に駆られて」
千夜の発言に叶夢はこいつに尾行は向いていないと思った。携帯の通知音が鳴ったのを聞くと叶夢は溜息混じりに提案を言った。
「はぁ‥‥尾行は終わりにして俺らは俺らで回るか?」
「迷いますよね」
「え? 俺は別にどうでもいいけど。」
迷う千夜とは正反対に叶夢は興味を示さず真顔で答えた。
「そこまで無理して追うものじゃないだろ。ある程度俺も面白い見れたし、飽き‥‥‥これ以上の尾行はプライバシーの侵害にもなる」
「確かに…ん? 今『飽きた』って」
「言ってない。噛んだだけだ」
「そうですか‥‥ならこれで尾行は終わりにしましょう」
千夜は少々残念そうな表情を浮かべ、ベンチを立った。叶夢も遅れてベンチを立ち、メッセージを確認した。
『尾行はおしまいかにゃ?』
叶夢の携帯を鳴らしたのは豹助からのメッセージの通知だった。
『ようやく千夜が諦めてくれたところだ。悪かったな』
『いいにゃ。紫以奈のアレがバレてないなら‥‥』
『あぁ、その件は喋るつもりは無い‥俺が何されるか分かったものじゃないからな』
時を遡れば、初めての合同任務の前夜。30小隊と11小隊との事前会議から帰る途中だった。
「しかしまぁ、叶夢くんって本当肝が据わってるにゃ‥‥金丸相手に彼処まで言うなんて」
「あんたはどうなのよ? 豹助」
「うわっ! 涼子! 当たってる! 当たってる! 背中に変な感触が当たってる!」
突然、豹助の後ろに回り込んだ新川が豹助の首に手を回し、頭にぐりぐりを食らわせた。
その際に背中に当たった胸が豹助の理性のリミッターに揺らぎをもたらした。
「えぇ〜こんなの紫以奈とは毎日やってるんじゃないの?」
「やってる訳ないだろ! つかいい加減離すにゃ!」
「おっと‥‥」
豹助は身体を大きく暴れさせて、新川を振りほどいた。
「何やってんだお前ら‥‥俺ちょっとジュース買ってくるけど、敷波さんは買ってくるものある?」
「‥‥は! い、いえ! 私も買いに行ってきます!」
「?‥‥お、おう」
敷波は慌てた表情で叶夢についていった。叶夢はそれを不思議に思いながらも自販機で炭酸飲料を購入し、戻ろうとした時だった。
「‥‥」
光を映さぬ目で何処かどす黒い殺気を放ち、廊下を歩く紫以奈の姿があった。
「‥‥おーい‥紫以‥奈‥さん?」
「‥‥」
叶夢は声を掛けたが返事が返ってくることは無かった。紫以奈は無視して豹助の方へ向かったからだ。
「あれ、遂に俺嫌われたか」
「やけに殺気立ってましたね」
紫以奈とすれ違うように小走りで新川が自販機前まで来た。さっきとは大きく顔色が違った。
「叶夢。ちょっと私達用事思い出したから逃げるわね。隊長、行くよ」
「!?‥‥用事なのに逃げる?」
「いろいろ事情があるの! んじゃ明日の任務頑張ろうね! それじゃおやすみ!」
新川は敷波の手を引きながら小走りで自分たちの部屋に戻って行った。取り残された叶夢は気になって自販機の裏から紫以奈と豹助の姿を覗いた。
「し、紫以奈! 違うんだにゃ! 今のは」
「‥大丈夫だよ。豹ちゃん。涼子ちゃんがああいう子なのは知ってるし」
「あはは」
「何だあれ‥‥いつもの紫以奈じゃないよな」
叶夢は紫以奈の変化にいささか寒気を覚えた。紫以奈は声色変えずに豹助を責め立てる。
「でもさ。デレデレしてたよね?」
「え‥‥そんな訳」
豹助が言葉を言い終わる前に後ろの壁に向けて小さな銃声が鳴った。
豹助が恐る恐る後ろの壁を見ると、黒い弾痕から煙を立ち上らせていた。
「‥‥ふふふ。駄目だよ豹ちゃん。私以外必要以上にベタベタするのは」
紫以奈はサイレンサーをつけた拳銃をしまうと、豹助の服の下に手を入れた。
「紫以奈‥‥誰か来たら‥‥まずいにゃ‥しいちゃん」
「ふふ‥‥そう呼んでくれるのって久しぶりだよね。何でいつも呼んでくれ無かったの?」
「この年になってその呼び方は少し子供っぽいと思ったからにゃ」
「‥‥」
一連のやり取りを見ていた叶夢は耐えきれず、静かにその場を早足で去った。
「‥‥あれか‥紫以奈ってつまり‥豹助に対して異常な好意を持っていると」
ある程度彼らの姿が消えない程度に距離を離し、叶夢は今まで見ていた事柄からある事実に辿り着いてしまった。
しかし叶夢はそれから目を背けようとした。
「とりあえずこの現場を見たなんて言ったらこっちが死にかねない‥‥豹助に確認するか」
もう一度物陰に隠れ直して、二人を見た。
叶夢が視点を直した時には紫以奈は豹助から離れていた。いつもと変わらぬ自分達に見せた表情に変えて。
「う、うーす飲み物買ってきたぞ」
「あ、ありがとうにゃ」
安堵のため息を漏らした豹助に叶夢は買ってきたココアを豹助に手渡した。
豹助と叶夢は近くのベンチに腰掛けて、買ってきた飲み物を口に運んでいた。
「「‥‥」」
張り詰めるような沈黙を破ったのは叶夢だった。
「なぁ豹助」
「何だにゃ」
「紫以奈ってヤンデレ?」
「ぶっー!‥‥おま、直球過ぎるにゃ!」
叶夢のストレートかつ核心についての質問に豹助はむせた。
「あ、悪い」
「はぁはぁ‥‥‥てことはさっきの場面を見てたんだにゃ?」
「あぁ‥エロスよりバイオレンスが勝ってたカオスなシーンだったよ」
「あそこにエロス求めるとか、やっぱお前頭おかしいにゃ」
思い返してみてもなかなかに恐ろしい場面だった。マトモだと思っていた人の闇を見てしまった事に叶夢は罪悪感とバレたら死んでしまうという恐怖感を覚えた。
「叶夢の言う通りだにゃ。紫以奈は俺に対して物凄いヤンデレなんだにゃ」
「いつから何だ?」
「昔からにゃ‥‥活発化したのは小学生ぐらいの頃から確か、アイツのいじめが無くなったぐらいのときにゃ。理由は‥‥分からないにゃ。」
(いやどう考えたってお前が原因だろ)
「さ、そろそろ行こうにゃ。怪しまれる。この件は内密に」
「分かってる。俺も自分の命が惜しい」
豹助は飲み終わった缶をゴミ箱に投げ捨てると、叶夢と共に部屋に戻って行った。
「‥‥バレなくてよかった」
「危なかったにゃ‥‥あ」
西陽が差す帰りの電車内で自分の記憶を閲覧していた二人は互いが向かい側の席にいることに気づいた。
紫以奈は豹助に。千夜は叶夢に、それぞれに寄り添いながら夢の中にいた。
「「お疲れ様」」
二人はお互いを嘲笑いながら言った。
こうしてある二人の青年のデートはひとまず幕を閉じる。明日になればまた非日常。
そんな事を思いながら帰りの電車に揺られる二人だった。




