第16話① 双子とは……
ある日、ガイアはアースベースの中で青山に声を掛けられた。
「ガイア、ちょっといいか?」
「青山さん、どうしたんですか?」
最近疲れていた青山の顔が、以前の精悍なものに戻っているのにガイアは気付いた。
「今から会議なんだが、ガイアも一緒に聞いて欲しいんだが、時間あるか?」
「えぇ。昼から弟のパートナー候補がくるのでそれまでに終われば」
「あぁ、あの双子か……。会議はすぐ終わるから、是非聞いて欲しいんだ」
力強く話す青山に、ガイアも若干押されつつ付いていくことになった。
やって来たのは、アースベース機動部隊の会議室。中に入ると、青山のような精悍な顔付きの男女が大勢集まっていた。
その人数に思わずガイアは驚いたが、それも無理はない。
休みの者もいれば、いつも現場で会わない者もいる。技術課の人間と同じく、アースベースは多くの人に支えられているのだ。
「みんな、今日は集まってもらってすまない。ガイアにも聞いてもらいたくて、呼びに行ってた」
席がちょうど一つ空いていて、隣の隊員が手招きをしてくれたので、ガイアはそこに座ることとなった。
「よし、じゃあ会議……というか俺の個人的な報告会と言った方がいいか」
頭を掻いた青山が続けた。
「先日の発電所での件。参加したものは手を挙げてくれ」
十数人の手が上がる。
「ありがとう。その時の映像はみんな確認してるな?」
ヘルメットにはカメラがついていて、作戦実施時の判断や活動等を後で振り返ることができる。
そして、全員が頷いた。
「その時のプアの行動をみんな思い出してほしい。あの時、俺達は何もできず、せっかく技術課が用意してくれた捕獲用のネットも使うことが出来なかった……」
あの時プアは、まるで駄々をこねた本物の子供のようだった。しかしガイアは、何もできないことに対しては仕方がないと思っていたのだが、任務として従事する彼等にとっては、どこか責任を感じるものがあったのだろう。
「その事で俺はみんなに、あの時どう思ったか聞いたと思うが、結果を話したいんだ……」
青山はこの中で一番にプアに出会った。子供だとわかった相手にどうしたらいいのか、最初に悩んだのは彼だろう。
ガイアもそれを知り、なんとかしてあげたいと思っていたが、何もできずにいた。
「ちなみにみんな答えは同じだった。子供に向かって撃つことは出来ない。可哀想だと。俺もそうだ。そして考えた結果……」
先日の戦闘で、青山が何かを決心したとヘルメスから聞いていたガイアは、どんな答えでも受け入れようと、ぐっと体に力を込めた。
そして青山は真剣な顔をしたまま、すぅっと息を吸った。
「俺達は優しくてよかった!!」
ガイアを含めた全員の目が点になった。しかし青山は真剣に話を続けた。
「泣いている子供に捕獲用ネットを使えなかった。それが普通の事じゃないか?今まで俺達が出会ったのは、町を破壊した機械の大男と、市民に悪いものを配る怪しい男で、俺達は何も考えなくても悪いやつだってわかったから対応できた。だがそれは、逆に俺達が相手にしている存在が何なのかわからなくさせてたんじゃないだろうか?」
アースベースという組織は、すべての職員が同じ目的を共有している。それは地球を救うことと、ロストアイランドに残された人類を救うことなのだが、関わりかたが違えば思うことが少し違ってくる。
機動部隊は特に、現場に急行して避難準備を手伝うため、人間を苦しめる存在に対してどうしても攻撃的な感情を生み出しやすかったのだ。
「俺達が相手にしていたのは人間だ。生まれた時代は違うが、同じ星に生まれた人間なんだ。そして改めて今回の発電所での事を思い出してほしい。俺達は、悪い事をするプアを捕まえようと、捕獲用のネットを持っていった。普通なら俺達は自分達に危害を加える相手に対して、ネットを発射するだろう。でも撃てなかった。何故だ?」
後ろのホワイトボードに青山は勢いよく書きなぐった。
「俺達が優しかったからだ!人間を思って、その人が傷付くのを見たくなかったからだ。そして俺は気付いた。それは、アースベース……いや、この地球を創り変えてくれたガイアの求めていた姿なんじゃないかってな!」
プアはあの時、ガイアに向けて自分達のほうが正しいと主張するために一芝居打ったのだ。そこに青山達へのメッセージ等はあまり含まれていない。仲間割れするか、ガイアの行いについて確認が取れればいいかな。と思ったくらいである。
だが結果的に、青山達はプアの様子を見て、相手にしている者の人間らしさを知ることができたのである。
「……と思ってみたんだが、どうだろう。ガイアは?」
それまで自信満々に話していた青山が、背中を丸めてガイアに聞いた。それを見てガイアは微笑みながら答えた。
「それが正解か不正解かは私からは言えません。ですが、そういう風に考えてくれたことに関して、とても嬉しく思いました」
ふと拍手が起こった。それはだんだん大きくなって結果的に青山が照れて、落ち着くまで続いた。
「慣れないことを言うもんじゃないな……。ンンっ!ということで、今後も俺達は市民の安全を守り、前世の人間が気兼ねなくこの世界で生きていけるように活動をしていきたいと思う。以上本日の会議は終わり!」
また拍手をもらった青山はとても照れ臭そうに頭を掻いた。すると気が抜けたのか、腹の虫が突然鳴いたのをみんなに聞かれ、拍手は笑いへと変わった。そして、昼食を食べようと、機動部隊全員で食堂に行こうということになった。
部屋を出るとき、青山はガイアに言った。
「もう大丈夫だ!これからもガイアや弟達のサポート頑張るぜ!」
ガイアは笑顔でうなずき、部屋の前で青山達と別れた。
昼になったのを確認したガイアは、午後からくるお客さんへの準備のために、コネクトルームに向かうのであった。
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「たのもぉ!!」
コネクトルームのドアが開くと同時に、元春の威勢のいい声が聞こえた。やって来た目的は、先日クロノスと話していた、お互いの双子の兄弟が相手の気持ちを理解できるのか?という話し合いをするためだ。
「おっ、来たな!」
待っていたクロノスが立ち上がり、元春に近づく。
「待ってたぜ!弟は連れてきたんだろうな?」
「もちろんだ」
「こんにちは……」
元春の後ろから隆景、そして烈と刀耶が現れた。
「ふーん。お前が元春の弟か……」
「黄瀬川隆景です。よろしくお願いします」
「クロノスだ。向こうに座ってるのは俺の兄貴達だ!」
今まで見たこともない景色に、隆景も不安そうだったが、用意された椅子に招かれると、集まっていた全員と挨拶をした。
「さて、挨拶もしたことだし、早速本題に……!」
「その事だがクロノス、あの時は悪かった」
突然元春が謝るものだから、クロノスも目を丸くした。
「ど、どうしたんだよ急に!」
「いや、俺も弟の気持ちがわかってなかったなと思ってな……」
「待て待て!じゃあなんで今日来たんだよ?!」
「そりゃ、この間ガイアさんが言ってた地球を守る事についてだろ?」
あ、そうか。と一瞬思ったが、どうしても納得できなかったクロノスは烈を見た。
「えっと……。まず、こっちの双子も今日の朝まで喧嘩をしてたんだ」
「烈、喧嘩じゃないと言ってるだろ?」
すぐに元春が否定した。
「まあいいじゃんか。とにかく、それで、朝のうちに仲直りしたんだろ?」
「まあ、そうだな。隆景とちゃんと話したことですっきりしたし、その過程でクロノスの言ってる事もわかったんだ。だから今謝ったんだが、何かおかしかったか?」
元春の性格は、烈と似て真っ直ぐだ。相手が間違っていればすぐの言い、自分が間違っていればすぐに謝る。烈との違いは、頭の良さからくる理論的な真っ直ぐさだろうか。
「クロノス、とりあえず黄瀬川君たちがどうやって仲直りしたのか聞いてみないか?」
ガイアがクロノスの肩に手を置いた。
「しかし……」
クロノスはこの時のために必死に弟としての言い分を用意していたのだろう。それを隆景に伝え、共感させることでゼウスにもわかってもらいたいと思っていたのだ。
「ここに来るときにガイアさんから説明してくれと言われたんだ。少し恥ずかしいが、話してやるよ」
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アースベースに来る日の午前中。元春は隆景の部屋の前で立っていた。
黄瀬川兄弟の家は、龍神町にある超高級マンションの最上階。広い家には双子それぞれの部屋がある。
しかし今はそんなことはどうでもよく、元春は隆景をどうやってアースベースに呼ぶか考えていたのだ。
当然呼ぶのは簡単だ。一緒に行こうと誘うだけの事なのだから。しかし今は違う。自分が苛立ってしまったことで、普段怒らない弟を怒らせてしまっていたのだ。
悪いことをしたと思っていた。だが、いつもはすぐに謝れるのに、このときは謝れなかった。
何故かはわからなかった。
ドアの前に立ち、ノックをやりかけて手が止まる。弟が部屋に居るのはわかっていた。
「……よし!」
トントン。
気持ちと性格が争って、性格が勝った。
「はい」
「……隆景、ちょっといいか?」
「あ、兄者?!ど、どうぞ」
元春がドアを開けると、隆景は机でノートに何かを書いていた。
元春はドスドスと入って、部屋の真ん中に座ると、そのまま黙ってしまった。
「……兄者?」
「うん?」
「何かご用でしたか?」
「あ、あぁ……」
勢いで入ってきたのはいいが、その後の事を考えてはいなかった。しかし、後には引けない。
「その、なんだ。今日午後は暇か?」
「……はい?」
隆景も突然の兄の訪問に驚いているようだった。元春は次の言葉を続けようとしたのだが、気持ちが引っ掛かってしまって、どうも上手く話せない。
「……あぁ駄目だ!」
そんな自分にイライラして、元春は自分の頬を叩いた。
「隆景、すまなかった!」
「兄者、頭を上げてください!」
「いいや、お前を怒らせてしまった俺が悪いんだ!」
頭を床に擦り付けるように謝る元春に隆景もさらに動揺していた。
「兄者、その事なら私も謝りたかったんです!ごめんなさい!」
「何をいう!俺が悪かったんだ!」
「私が!」「俺が!」「私!」「俺!」……
そうして一旦落ち着いた二人。元春が始めに話を切り出した。
「会社でこう言われたんだ。『次期社長は元春さんですね』って……」
「そうだったんですか……」
「だ、だが!俺はお前と一緒に会社を継ぎたいと思っている!」
「当然です」
そう言った隆景の顔は、少し悔しそうだった。
「私の力が足りないばかりに、兄者に苦労をかけていたのですね……」
「それは違う」
「いえ、私がもう少し周りを見る目があれば、兄者のやりたいことにいち早く気付くことが……」
その言葉が、元春の気持ちの中で大きく引っ掛かってしまった。
「それでは、俺が要らないではないか……」
それをやられてしまうと、自分の居場所がなくなってしまう。口論をしてしまった時に思っていた事だ。
「何故です……?」
「俺はお前のように細かいことができない。言っておくが、会社ではお前の方が活躍しているんだぞ?」
「そんなことは……」
「いいや、お前はすごいよ……。お前だけでも会社は回ると思った」
「そんな顔をしないでください!」
珍しく弱気な顔を見せた兄に、弟はまた怒った。
「そんな兄者は、兄者ではありません!」
「どうしたんだ隆景……?」
「兄者は……兄者は私の目標です。いつか兄者に追い付くために私は頑張っているのに!」
そんな弟の言葉が、元春には嫌味のように感じた。
「お前はそうやって、俺より出来るくせにいつも俺ばかり頼ってきて……。お前は自分でやろうという気はないのか!それとも、俺の恩を言いふらしたいのか!」
「何をいっているんですか!」
「そもそも次期社長の話は、お前が俺が居ないときに会社でお前が俺が教えてやったことを言いふらしていたからじゃないのか!」
「私はそんなことしていません!」
「いいや、でないとあんな風に言われることはなかった筈だ!」
自分が根拠もない事を言っているのはわかっていた。
「俺だって努力してきた。だが、今はお前の方が能力が上なんだ。だから……」
パンっ!
突然隆景が立ち上がると、元春の頬を思いきり叩いた。
「だからどうしたのですか!弟の私に負けたから引き下がるのですか?わかりました。では私が兄になります!兄……元春は私に追い付けるように努力してください!」
「お、お前、何を言っているんだ……」
「兄に向かってお前とはなんですか!あなたは私よりも劣っているのですよ!?」
「だが、俺が兄……」
「私たちは双子です。これまでは私の方が劣っていると思っていたから、弟のように生きてきました。ですが、あなたが私に負けたというのなら、私が上に立つのが普通でしょう!」
「そ、そんな道理が立つと思うのか!?」
「会社だって、そんな弱気な社長を迎える気はないでしょうね!」
「何ぃ!」
「私だけで出来る?ふざけないでください!父上が何故、私達二人で会社を継ぐように言ったか忘れたのですか!?」
怒りのなかにふと、小さい頃の記憶が思い出された。二人の父は1人で今の会社を作り育ててきた。だが1人の力で出来ることは少ない。だから双子として生まれた息子達に、これからの会社をどうしていくのか、二人分の力で考えて欲しかったのだ。
「私は、兄者を追い抜くつもりで努力を続けるように言われました」
「俺は、隆景に追い付かれないように努力を続けるように言われた……」
「父上は、私達の性格を見て、そう言ってくれたのです。もし性格が逆なら、反対の事を言ったでしょう」
「お前、その事を覚えていたのか?」
「兄者こそ、忘れていたのですか?」
元春は何も言えなかった。
「私達は切磋琢磨しながら成長しろと言われたのです。もし兄者が止まれば、私は何を目的に頑張ればいいのですか?」
「隆景……」
「だから私が兄になると言うのです!私が兄になれば兄者は、私を追い抜こうと努力してくれる。私も兄者に抜かれまいとまた努力できるのです!」
隆景の目が少し潤んでいる気がした。そして、元春は自分自身が大変な事を忘れていたことにやっと気付けた。
「……わかった」
「では私が兄に……」
「それは許さん!」
いつの間にか元春の目は、その髪型と同じく鋭い雷のように戻っていた。そして、驚いている隆景に向かってこう続けた。
「思ってみれば、まだお前には剣道で負けたことがなかったな……。まだまだ未熟な弟には教えることが山ほどある。兄の座はまだ渡さんよ」
「兄者……!」
「お前の話を聞いてなんだかスッキリした!すまなかったな」
「いえ……。兄になり損ねました」
「こいつっ!そうだ。午後は暇か?一緒に来てほしい所があるんだ!」