第15話① 言い過ぎる、言わな過ぎる
季節は夏に近づいていた。しかし、暑さは少し早めにやって来ているようだった。
「暑っちぃ……」
おそらく世界中で一番濃い中学校生活を過ごしている烈と刀耶が、学校への道を歩いている。制服はすでに半袖、そして烈の肩にはタオルが掛けられていた。
「烈は暑いの苦手だもんね」
「プールか海にでも飛び込みたい……」
夏休みを間近に控え、すっかり気持ちが抜けているのかと思いきや、二人にはそうも言ってられない理由があった。
「やっぱり考えたんだけど、あの二人しかいないと思うんだ……」
「俺も思った。でも、どう伝えるかな……」
その理由とは、先日挨拶したゼウスとクロノスのパートナーを探してほしいとガイアに頼まれたからなのだ。
刀耶とヘルメスの時には、偶然と直感で何となくといった所もあった。しかし今回は、本当にゼロから見つけようとしているため、全く要領がわからないのだ。
「お二人さん、何悩んでるの?」
空からヘルメスの声が聞こえ、刀耶の肩に青色の鳥ロボットが止まった。
「ゼウスさんとクロノスさんのパートナーの話だよ」
この鳥ロボットは、ヘルメスが地球に帰ってきたときに、アースベースのみんなの前で創ったもの。二羽のうち一つはメルクリウスに、一つはヘルメスが外への散歩用に使っている。
「友達で誰かいないの?」
「いや、いるにはいるんだけど……」
双子と言われると、烈と刀耶の頭の中には、同じ二人が浮かぶのだが、しかし……。
「信じてもらえるかが問題なんだよなぁ」
烈の言う通り。現在アースベースはてんてこ舞いで、アースベースを一番知っている獅子神に至っては海外を飛び回っている。
となれば、動ける人間は烈と刀耶しかいないのだが、信じてもらえるかが一番の問題なのだ。
すると烈の鞄から、ガイアが顔を出した。
「烈、やはり私が出て説明するしかないんじゃないか?」
「んー。やっぱりそうだよな……」
やはり実物を見せるのが一番いい方法なのかもしれないと烈は頷いた。
「ヘルメスも頼める?」
「僕は別にいいよ?」
その時、学校のチャイムが聞こえてきた。
「ヤバい!刀耶、走るぞ!」
「うん!ヘルメス、またね!」
ギリギリに教室に滑り込んだ二人。すでに担任の青山輝子は教室に来ていた。
「遅いわよ赤兎君、と蒼井君?どうしたの?」
「何だよ輝ちゃん。刀耶だって遅れるときがあるだろ」
「赤兎君と一緒にできないでしょ!もう……二人とも気をつけてね。じゃあホームルーム始めるわよ」
そして始まったホームルームだが、烈と刀耶は少し違和感を感じた。
輝子の声にいつもの元気がないのだ。少し俯きがちでもある。
(おい刀耶、輝ちゃん何かあったか?)
烈が後ろからの小声で話すと、刀耶は頷いた。昔から何かに悩んでいると、声のトーンが少し低くなる。さらに下を向いていると、余計悩んでいる証拠なのだ。
(昼休みに聞いてやろうぜ)
また刀耶は頷いた。こんな時には、二人は話を聞いてあげている。大体は輝子が言って満足みたいな所もあるのだが。
そしてあっという間に昼休みになった。烈と刀耶は、職員室に行って輝子に相談があると伝えると、一緒に屋上で昼食を食べようという事になった。
ハンカチを敷き、同じベンチに座った輝子は、小さな弁当箱を広げた。
朝自分で作ったのであろう。色とりどりの食材が、小さなお弁当箱に詰め込まれている。
「それで、なにがあったの?」
おかずを口に運びつつ、輝子が聞いた。
「輝ちゃん、何かあった?」
「えっ?」
「何か先生、元気ないですよ?」
先生として、生徒に弱いところを見せたくなかったのだろう。輝子はぐっと口を閉じた。
「私は、あなた達が相談があるからって……」
「今日の輝ちゃんの顔は、大学生の時に先生になろうか迷ってた時と同じ顔してる」
「大学の先輩に告白しようかって悩んでた時にも同じ顔してました」
「蒼井君っ!?それは秘密って!!」
輝子は顔を真っ赤にしていた。
そのうち、気持ちが落ち着くと、空を見上げて声をあげた。
「あーあ!やっぱり『れっくん』と『とうくん』にはわかるかー!」
「その呼び方やめろよなー」
「そう呼んでくれるの久しぶりですね、輝子姉さん」
そこからは、教師と生徒ではなく、小さい頃よく遊んだ近所の友達に変わった。
「最近、兄さんが元気ないの。何か知らない?」
その事か、と烈はぐっと口に力を入れた。何故なら先日ガイアと意識を合わせた時に、青山政弘とガイアの会話をガイアの記憶として見てしまったのだ。
「僕は知らないですね……」
「そっか……。れっくんは?」
「お、俺も知らない……」
「……本当?」
今度は輝子が気付いたようで、目を細めて顔を近づけた。烈も必死で目を逸らすが、それが余計に怪しく見えただろう。
「青山先生、私から話します」
突然ガイアが烈のポケットから出てきた。そして、先日遭遇したプアの事で政弘が悩んでいる事を話した。
「そっか……。そんなことがあったのね」
「政弘さんは世界中を回っていたんですよね?」
「そうなの。写真をいつも送ってくれて。子供達と写ってるのもたくさんあったわ」
「政弘さんは、たぶんその子達とプアを重ねてしまっているんだと思います」
敵だとしても、放ってはいけない。おそらく政弘は、世界を回って、まだまだこの地球には困っている人がいる事に気付いたのだろう。
地球の秘密を知っている事もその気持ちをさらに強くしているのだ。
なるほどね。と頷いた輝子の弁当はいつの間にか空になっていた。
「ありがとうガイアさん。すっきりしたわ」
「できれば、政弘さんには内緒でお願いします」
「わかってるわよ」
いつもの輝子に戻ったようで、烈と刀耶も安心した。
「じゃあ、兄さんの事は、あなた達に任せるわ」
「任せとけ!」「わかりました」
弁当を仕舞った輝子は、よし!と立ち上がると、最後にこう残して去っていった。
「相談にのってくれてありがとう!じゃあ昼からも授業頑張るのよ、赤兎君、蒼井君!」
烈と刀耶、そしてガイアは、昼食を食べ終えると放課後に向けて作戦会議を始めた。
「とりあえず二人を呼び出して、ガイアに説明しもらって、アースベースに連れていくって事でいいか?」
「そうだね」
「私もそれでいいと思う」
烈の時と似ているが、順序立てて説明するのがやはり一番いい。アースベースに行けば、烈が説明を受けたとき、政弘が持っていたあの分厚い資料もあるし、もしかしたらアースが手伝ってくれるかもしれない。実物を見れば、二人なら分かってくれる筈だと思ったのだ。
「じゃ、放課後に元春と隆景に会いに行こう!」
『おう!』
そして放課後になり、双子のクラスに言った烈と刀耶。そこには、隆景が一人で帰る用意をしていた。
「おう、隆景。もう帰るのか?」
「烈と刀耶。あ、あぁ。今日は部活がないからな……」
輝子のように幼なじみでなくともわかる、その違和感に二人は気付いた。
「どうかした?」
「あ、いや……」
「どうしたんだよ隆景?そういえば元春はどこ行ったんだ?いつも一緒に帰ってるだろ?」
兄の名前を出された双子の弟の顔は、余計に暗くなった。そして、ゆっくりと訳を始めたのだが、その話を聞いた烈と刀耶は驚いた。
『ケンカしたぁ?』
「いや、喧嘩というか、少し言い争いになってしまって……。今日朝から兄者の機嫌が悪くてな……。話しかけても何も答えてくれなくて。私も余裕がなかったから、つい声を荒げてしまってしまったんだ……」
珍しいこともあるものだと烈は思った。中学で出会った二人は、初めて会ったときからいいコンビ、いや双子だから当然なのだが。と烈は思っていたのである。
なんというか、バランスがとれている。前に出る元春に、後ろで支える隆景。
双子ならではの支え合いが、見ていてとても気持ちよかった。
それが喧嘩をするのだから大変だ。
「何かあったの?」
「それがわからないんだ」
「わからない?あいつが怒る時は絶対理由があるだろ?」
「まったく見に覚えがない……」
腕を組んで悩む隆景を見て、よし!と烈は声をあげた。
「じゃあ俺達が調べてやるよ!」
「本当か!?」
「当たり前だろ!お前達が喧嘩したままじゃ、俺達も調子が狂うぜ。それに、部活にも影響がでたら大変だしな!」
明るい顔で礼を言った隆景に、刀耶は続ける。
「じゃあ、わかったらまた連絡するよ。ちなみに今日は暇かな?」
「すまない。今日は家で手伝いをしなければならないんだ……」
「あ、それなら大丈夫。頑張って!」
そうして隆景は帰っていった。
「よし、じゃあ元春に連絡だ!」
連絡をするとすぐに返事が返ってきた。どうやら蒼井道場にいるらしいので、烈と刀耶はすぐさま向かった。
道場に着くと、そこには道着に袴姿の元春が竹刀を振っていた。
源四郎に聞くと、放課後すぐに来て練習させてくださいと頼みにきたようだ。
「儂が見たところ、何かに悩んでいるようじゃ」
「やっぱり……」
「儂が言っても、説教臭くなるだけじゃ。あとは頼んだぞ」
「ありがとうおじいちゃん」
荷物を置き、道着に着替えた二人は、元春と同じように練習を始めた。
「急に連絡なんて、どうかしたか?」
やはり元春は少し怒っているようだ。
「隆景から聞いた」
「烈、直球すぎるよ……」
「そうか、聞いたか……」
少しだけ声の勢いが落ちた。何かあったか、と烈が尋ねると、元春は黙った。
「お前達が喧嘩したままだと調子が狂うんだよなー」
「関係ない……」
「よかったら、話を聞かせてくれないかな?」
「放っておいてくれ……」
素振りを止めた元春は、汗を拭うと、床に置いてあった荷物を持った。
「待てよ。逃げるのか?」
烈の声にピクリと反応する元春。
「一本付き合えよ。俺が勝ったら何で喧嘩したのか教えてくれよ」
「喧嘩、じゃない……」
「じゃあここで何してたんだよ?」
すると元春は、持っていた荷物を置いて、ゆっくりと竹刀を構えた。
「よし、じゃあ勝負だ。寸止めしろよ」
そうして烈と元春の試合が始まった。防具を着けていないので、お互いに牽制なしで相手の一瞬の隙を突こうと歩を進める。
「プリンでも食べられたか?」
「子供じゃあるまいし……」
「じゃあケーキか?」
「真剣にしろ……」
刀耶から観ると、実力的には元春の方が少し上なのだが、今余裕があるのは圧倒的に烈だった。
いつもの元春の気迫と自信が、今は体の中に仕舞いこんでいるみたいだ。
「隆景も言い過ぎたって言ってたぞ」
「……俺も悪かった」
「喧嘩したのは初めてじゃないだろ?」
「いや、初めてだ」
「嘘だろ?」
「いや、本当だ。隆景はいつも俺の後ろを歩いて、兄者兄者と何でも聞いてきた。俺が言うことが絶対だと思って反論したこともない。でもな……」
そう続けた元春の竹刀の先が少し下がった。
「最近、隆景の凄さがわかってきたんだ。俺もあいつに間違った事は教えられないと思って努力したんだが、隆景も当然だが努力してた。最近家の仕事を手伝ってみてわかったんだが、家の仕事はあいつの方が合ってるみたいなんだ」
「それで、悔しくて喧嘩した?」
「違うっ!!!」
一瞬の隙をついたのは烈だった。鼻先まで突かれた竹刀に驚きながらも、両者とも腕を下ろし、元春は笑顔でため息をついた
「それで?」
「昨日会社で言われたんだ。次期社長は元春さんですねって」
「隆景は二人でって言ってたぞ?」
「俺もそう思ってる。だが、働いている人達は、いつも指示を出す俺がすごいんだと言ってくる。俺は言うだけで、細かい事は全部あいつがやってくれているのに……」
「じゃあ、隆景に前に出ろって言えばいいじゃないか?」
「言おうとしたが、俺が前に出ろと言ったところで、前に出るのか?あいつは器用だから、出ると言いながら俺が良く見えるように動く」
「そんなの言ってみないと……」
「双子だからわかるんだよ!」
元春の声が道場に響いた。
「今日も隆景は俺にどうすればいいか聞いてきた。たぶん俺が言えばあいつはその通りにやるだろう。でも、あいつはこう言う。『兄者が教えてくれたんです』とな。違う。あいつは俺が教えなくても、もう一人でできるはずなんだ。俺はあいつみたいに細かい事はできない。だから会社はあいつ一人で回る筈なんだ!なのに俺が社長だなんて……」
その瞬間、烈のスマホが鳴り、道場に青い鳥が舞い込んできた。
「こっちの双子も大変だな……。よし、元春これから暇か?面白いもの見せてやるよ!」
「あ、あぁ……」
「よし、じゃあ急いで着替えて学校いくぞ!」
そうして、急いで着替えた烈と刀耶、そして元春は学校へ走っていったのである。




