対決魔王の鎧5
背中に二人が揉み合っているのを感じながらカイルは罪悪感に苛まれていた。初めてエミリアに絶対の命令を下したこと。明らかにマリィが本気を出せばそれが遂行できないのも承知の上で。しかしマリィを止めることができるのもこの方法しかない。マリィはカイルの命より付き合いの長いエミリアの命を大事とするだろう。だから悪いと思いながらもエミリアの命を利用したのだった。
目の前の鎧は現状を処理しきれていないらしく未だに地面に埋まった切っ先を眺めている。カイルが剣を払うのを見て漸く反応する。
「魔術には反応するか」
自分の剣から静かに上げ自分に突き付けられるカイルの切っ先を眺めていた視線がカイルを見詰める。
「敢えて宣言するまでもないだろうが、ここからは私が相手をする。順番が変わるだけだ、異論はないだろ?」
魔王の鎧の視線に鋭いものを感じる。仕止めかけていた獲物を奪われ苛ついているのがわかる。
「あと、これも言うまでもないだろうが、マリィにやってたように遊んでたら一瞬でバラすぞ。そのつもりで来い」
にやりと笑って見せた瞬間魔王の鎧も察したらしく一歩飛び退き腰を落とす。着地に埃どころか音も立てさせない身のこなしに舌打ちをつきそうになる。同じ魔王の鎧でもその強さにはばらつきがあるのだが手を抜くだけじゃなく自分の身体の動きをきちんと制御できるくらいには目の前の個体は強いらしい。
背後ではようやく二人が静かになっていた。
魔王の鎧は警戒しているらしくいつでも突きを出せるようにはしているが半身は盾に隠したままだ。
ふいにカイルは突き付けていた剣を下ろす。そして逆に左手を上げ手招きをするようにダガーを振って挑発する。一瞬相手は大地を踏み締める脚に力を入れたようだが思い止まる。
暫く待っていたが向かって来る気配はない。
「悪いが、連れを手当てしたい。来ないならこちらから行ってもいい――」
ダガーを下ろし溜め息混じりに話してる最中に魔王の鎧は渾身の突きを繰り出す。速度も先程までのものとは明らかに違う必殺の突きだ。後ろの方でどちらかわからないが「あっ」と叫ぶのが聞こえた。
突きがカイルを捉える寸前に再び金属音が響く。大剣を受け流しながらそのまま剣身を嘗めるように滑らしたダガーに切られたソードブレイカーが大剣の刃をしっかりと喰らい止める。
それは異様な光景だった。体格的に明らかに劣っている男がほとんど構えることなく魔王の鎧の突きを止めている。動いたのも左足を半歩引いて下がった程度。それ以外の動きはなかった。勢いの付いていたはずの魔王の鎧の突きも止まっている。それを更に異様にさせているのは魔王の鎧が必死に剣を引こうとがちゃがちゃとマリィ達にも聞こえるほどの音を立てながら必死になっていることだった。それほど剣を揺り動かそうしてもダガーに食らいつかれた大剣は微動だにしていなかった。
「どうした? いい図体の割りには振りほどく力もないのか」
カイルの言葉は全く聞こえていない。それほど必死になっているのに抜けないのだ。
「まあ焦るな、放してやるからっ」
宣言の通り大剣を横に弾きながらダガーが外れ、魔王の鎧は再び距離を取ろうとしたがその隙を与えず今度はカイルの突きが魔王の鎧を襲う。
まるで熱したナイフをバターにでも刺すような滑らかさでカイルの剣の切っ先は魔王の鎧の右脇から入り肩の継ぎ目の上側から突き抜ける。
その剣が捻られるとカチンという小さな音が響く。それを離れたところ見ていたマリィには剣の折れた音だと思った。しかし軽く振られた剣と共に魔王の鎧の右腕が胴から離れるのを見てそれが肩の関節が外された音だとわかる。
魔王の鎧の右腕は胴と腕の双方からお互いを離すまいと光の筋がお互いを掴もうとしたがそのかいもなく腕が弾かれ離れたところに着地する。
今度は盾を投げ捨て一連の動きで懐に入り込んでいたカイルに掴み掛かろうとしたが、その腕の内側をカイルの剣の柄頭が打ち左腕が大きく弾かれる。そして開いた左脇に先程と同じように剣が滑り込みカチリ。右腕に続き左腕まで解体されてしまう。