47.その先へ
「アレクサンドラ・リンドバーグ様! もうこれ以上、あなたを見逃すことはできません。どうかご自分の罪を認めてください……!」
今日はアカデミーの卒業式。
まるで宮殿のように豪華な学舎内、大広間では式典後の舞踏会が繰り広げられていたが、そこに高く澄んだ声が響いた。
アレクサンドラは、何も言わず鷹揚に声の主を見る。一方、声の主であるオフェリーはさらに声を張り上げた。
「莫大な富をひけらかして多くの教授方を意のままに操り、婚約者のマルセル様の自由を奪って縛り付け、アカデミーに通う大勢の殿方のお家からはお金を巻き上げて……。しかもあなたには不正入学の噂までありますよね? どれも許されることではありません! ここで全てを明らかにしましょう!」
(どうしましょう。一つも心当たりがないのだけれど、大丈夫? リーちゃん???)
いわゆる、物語の中でいう『断罪』というものをされているらしいアレクサンドラは内心ため息をつきながら状況を分析していた。必死に噛みついてこようとする彼女の姿は、まるで不安と全身で対峙するプードルのよう。
彼女の背後には男子学生が大勢控えていて、こちらに非難の眼差しを向けていた。その中にはひどく冷たい瞳をした、アレクサンドラの婚約者マルセル・ロワリエもいる。
(ロワリエ侯爵家は家格としてはうちよりも上だけれど、ご実家の状況を理解しているのかしら。……何にしろ、これは私を貶めるためだけに用意された場ね)
この状況を正確に把握したアレクサンドラは、上品に微笑んだ。
「ふふふ。お互いに随分と誤解があるようですわね。私には、オフェリー様が仰る意味がひとつもわかりませんもの」
「知らないふりをしても無駄です。全てはもう調べがついているのですから!」
「オフェリー様こそ、このような場で他者を真正面から侮辱することはあってはなりませんわ。ご養父の名誉にかかわります。家名を背負う者として当然のことでないかしら?」
「ここへきて身分の話とは……今お話ししているのはそういうことではないのですわ! そもそも、私たちは皆同じ人間です! 貴賤の差なくお互いに尊重し合って手と手を取り歩んでいかないといけないのです! どうしてそんなことがわからないのですか……!」
瞳に涙を溜めているのを見て、ため息をつく。
(ずっと彼女の好きにさせてきたけれど、やっぱりお互いにもう限界ね)
アレクサンドラは、心の中でこっそり付けていた彼女の渾名に別れを告げ、これまでずっと淑女然としていた表情を本来のものに変えた。
鋭い眼差しで周囲を見回したその瞬間、大広間の空気が一気に凍りつく。しかしアレクサンドラは動じない。腕組みをすると、低く凄みのある声で続けるのだった。
「――私が冤罪や謂れのない噂、人としての尊厳を失わせる侮辱に対して何の反論も報復もしないと、どうしてお思いなのかしら? オフェリー・バティーユ男爵令嬢?」
そうして、テーブルの上のリンゴを手に取り、ぐしゃりと握りつぶす。潰れたリンゴはごとん、と音を立てて皿の上へ落ちた。
「……え、えっ?」
「ああ、このリンゴは後できちんといただきますから安心なさって」
「えっ、え?」
何が起きているのかわからず、後退りをはじめたオフェリーだったが、そこへ追い討ちをかけるように涼やかで威厳のある声が響く。
「アレクサンドラ? この騒ぎはどうしたんだ」
「……殿下」
予想通り、彼が声をかけてきたことにうんざりしていると、ローレンスはアレクサンドラのうんざりっぷりに目を細めるのだった。
「美しい手が汚れているじゃないか」
「淑女の手に許可なく触れないでいただけますか?」
そうして、指先に口付ける。
「甘いな」
「……⁉︎」
瞬間、大広間に一部始終を見ていた観衆の悲鳴が響き渡る。アレクサンドラは思わずローレンスの手をパシンと叩き落とした。ローレンスが吹き出した気配がするが、構ってなどいられない。
一方、それを見たオフェリーは遠くなりかけていた意識を取り戻し、こちらを睨みつけてくる。
「アレクサンドラ様、王太子殿下に酷いですわ! ……ローレンス様。信じられないかもしれませんが、そのお方には多くの余罪があります。関わり合いになることは王太子殿下の品位を下げます。どうか離れてくださいませ!」
「へえ?」
ローレンスは氷のような笑みを浮かべた。オフェリーの事情をわかってはいても、彼女の発言の中に絶対に許せないものがあったのだろう。
けれど、今はそんな感情は一切挟んでほしくない。アレクサンドラはローレンスを背に隠して一歩前へ出る。
この子犬をやり込めるのは、自力でないといけない。もし、彼女が自分のためにいろいろな悪事を働いたのだとしたら、解放してやれるのは自分しかいないからだ。この男に頼っても、本当の意味で解決しない。
心の中でそう確かめると、アレクサンドラは腕組みをし、アカデミーでは見せたことがない挑戦的な笑みを浮かべるのだった。
「……あなたには、いつかきちんとお教えしてさしあげないとと思っておりましたの。リーちゃ……コホン、いえ、オフェリー・バティーユ様。覚悟はよろしいかしら?」
すると、彼女は見ているこちらが笑ってしまいそうなぐらいにぽかんとした顔をしてみせる。
「あっ、あの……アレクサンドラ様? 何かご様子がおかしいようですけど?? 体調でも悪いのですか???」
目を白黒させて慎重に問いかけてくるオフェリーに、アレクサンドラはいつもとは全く違う声音で返す。普段は意識して令嬢らしい声を心がけているが、今日は違う。
「まず、私の不正入学の件について話をしましょうか。私の成績がずっとトップだからというのがその理由なら、あまりにも短絡的ではないかしら?」
今日から完結まで1日2回更新(12時、20時)です。
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