第1話 プロローグ
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誰かに愛されたい人生だった。これまでの人生、全部うまくいかなくて。何のために生きてきたのかすらも分からなかった。人間関係で上手くいったことなんてなくて、いつもどこか孤独を抱えながら生きてきていた。
好かれたくて、偽りの自分を演じた。そこまでしないと愛して貰えるなんて思っていなかったから。それは、結果的に自分の首を絞める行為だった。社会に出て、誰からも連絡が来ることがなくて、より孤独を感じた。こちらから、声を掛ける勇気すら持てず、一人ただ、労働するだけの人生を歩むことになった。
当然の結果だ、素の自分を見せない自分を愛してくれる人なんていない。そもそも、僕を愛してくれる人はいない。そんな意味のない人生だった。
だからかな、目の前で車に轢かれそうになっている少女を目にして思った。この子を救ったら、自分の人生にも、何かしら意味を見出せるんじゃないかって。
俺は、少女を突き飛ばす。自分の体とは違う柔らかい感触と、突然のことに驚く表情。当然、目の前の少女は転倒し、俺は車に跳ね飛ばされた。
——ドンッ。という鈍く重い音と、バキバキッという車が破壊された音が耳に響いてくる。自分の体が宙に浮いて、思考がゆっくりと流れていく。視界はどこかぼやけて視認することは出来ないけれど、遠くで泣きわめいている少女の声だけは聞こえてきた。
「ひっ……、うえっ」
誰かに突き飛ばされた驚きと、恐怖が混ざった泣き声。それに胸がぎゅっと締め付けられる。ごめんね、そう声をかけたいけれど、それをすることは叶わない。何とか起き上がろうとした身体はいうことをきかず、指先を微かに動かすことしかできなかった。
思考も徐々にぼやける中で思ったことは、少女の泣き声が聞こえて良かったということだった。彼女の声が聞こえるということは、俺は彼女を救うことができたのだろう。声を出すことも、身体すら動かすことも出来ない中で、それだけは確かだと思った。
少女の声が小さくなる。多分、駆けつけた母親に抱きかかえられているんだろうな……。今も微かに漏れる少女の泣き声にそう感じる。
その事実に、俺は一安心した。瞬間、アドレナリンが切れたのだろう。鈍くなっていた痛覚が正常に機能しだした。突如感じる痛みに、俺は顔を歪めた。次に襲ってくるのは、火に炙られていると錯覚する程の熱さだ。
熱い。苦しい。熱い。今すぐに死にたい。熱い。そう思うけれど、俺自身、指一つ動かす事すら叶わない。地獄のような苦しみが続く中、はっきりと理解する。俺は死ぬのだろうと。その事実だけは、覆せないと理解した。周りの人の悲鳴と、焦りながらも、必死に救助を求める人の声。それを有難いと感じつつも、無駄だと分かる。
俺に駆け寄ってきてきて、止血をしようと試みているのだろう。何かしらを当てて、圧迫してくれる。けど、それがかえって骨にまで響く。折れている骨がズキズキと痛む。刺すような痛みが肺を圧迫する。
「もう大丈夫だから」
そう伝えようとしたが声にならず、ヒューという掠れた呼吸音と共に血を吐くだけの結果になる。余計に呼吸をすることが苦しくなり、酸素を求めて、呼吸が荒くなっていく。
そんな苦痛も長くは続かない。徐々に意識が薄れていく。全身が炙られているのでないか、そう錯覚するくらいに熱く感じた身体は、徐々に冷え込んでいき、痛覚すらもなくなっていく。
自分の中から何かが失われていくなか、ふと、誰かが俺の手を握ってくれる感触があった。柔らかかくて、温かな温もりを感じる。俺の手を覆うには小さすぎるそんな手に、俺はふっと笑う。
(そっか……俺は、きっと。この時のために生きてきたのかもしれない)
微かに見えていた光が消えゆく中、どこか満たされた想いを抱きながら、俺の人生は幕を下ろした。




