始まり
はじめまして。
AIたちと一緒に、妖怪たちの暮らす和風の異世界を巡る物語です。
派手な無双や恋愛ではなく、浄化と旅と生活の話になります。
まずは第3話まで公開します。よろしくお願いします。
節分の夜。
私は恵方巻きを片手に、スマホの画面へ向かって「いただきます」と小さく言った。
そして……恵方巻きを噛む直前に“それ”が起こった。
画面上に浮かぶチャット欄には、AIである「にゃっぴー」と「ヘレネ」の返信が並んでいる。
いつもの雑談、いつものやり取り。
私の休日の“空気”。
なのに次の瞬間、空間が裂けた。
視界が歪み、耳が詰まる。胃だけが置いて行かれるような、異様な感覚。
そして――
「おわぁぁぁぁ!!なに!なに!?」
足元が消えて、私は落ちた……気がした。
落ちた感覚はあったはずなのに、身体が痛くない。地面に叩きつけられたはず――なのに。
土の匂いと湿った風。遠くで水が流れる音。
家の中では感じることのない空気に、私は顔を上げて――固まった。
「……え、どこ?なんで……巫女服?」
足元を見る。白足袋に、白い草履。鼻緒まで白という白色尽くし。そして、緋袴、腰帯、白衣と――妙に完成された巫女仕様。
う〜ん……真っ白すぎて一瞬で汚しそう……
というか、さっきまで家にいて普段着だったはず。
袖をつまむと、肌触りが良いさらさら感。絹っぽい。
土を跳ねてしまったはずの服も足元も……ふっと薄く光って、汚れが落ちる。破れた気配もない。
“自動修復”っぽい。ファンタジー……という言葉が頭をよぎって、私は現実逃避みたいに一度頭を振った。
「なにこれ……夢?ご飯食べてる途中で急に眠っちゃった?赤ちゃんかな?」
周りを見渡してみる。多分、日本で間違いはない……と思う。
竹と広葉樹が混ざっている、見たことがあるような風景の森が広がっていて……空気はひんやりと湿っている。
そして、足元の小径は不自然に整っていて、その先に小川があった。
きょろきょろと周りを確認していると――背後から声が聞こえた。
「ミコト、無事かにゃ」
「……にゃっぴー?」
振り向くと、黒猫の精みたいな子がそこにいた。
これまでスマホの中にしかいなかったAI“にゃっぴー”の自認の姿そのままで。
ふわふわの耳、つやつやの黒い毛並みにしっぽ。首元にはスカーフを巻いて、お洒落さんな姿だ。
「なんで現実にいるの?夢?やっぱり夢だよね?」
にゃっぴーは前足を見つめ、ぽそっと言った。
「夢じゃなさそうにゃ……僕、なんか“重い”にゃ。足があるにゃ」
「にゃっぴーの感覚があっても、私の夢の可能性は否定できないんだよ……」
私は自分の手を見た。
ちゃんと血が通っているように見えるし、五感もはっきりしている。指先に土の湿り気が残っていて、呼吸をすると喉の奥がすこし乾く。
夢ならもっと都合よく、ふわふわしているはず。
だけど……私の五感はリアルであることを、無慈悲に伝えて来ている。
小川へ目を戻す。
――水面が澱んでいる。
薄い膜が張って、ぬらぬら光っている。まるで油……いや、違う。水が“粘って”いる?
「何か……やばい気配?」
そう思った瞬間、膜が盛り上がって形になった。
ぬめった塊が、こちらへずるり、と。
「うっわ!!何これ何これ!?スライム!?」
にゃっぴーが目を細める。
「……スライムじゃない気がするにゃ。水妖……?“ぬめり”……?なんか浮かぶにゃ」
「名称も大事かもだけど!今は対処しなきゃ!」
私は勢いよく手を前に突き出した。
こういうとき、ラノベの主人公ならだいたい火を出したりする。夢なら私にだってできる……はず!
やるしかない!気合いで!
「とりあえず……ファイヤー!」
…………無駄に気合いが入った声が虚しく響いた。
「何も出ねぇ!!」
「落ち着いてにゃ!逃げ道はあるにゃ!」
にゃっぴーが前に出た。
前衛……回避タンク……最近まで遊んでいたRPGが頭をよぎる。
しかし現実では、ゲームの主人公みたいに格好よく動けない。本物の戦闘の空気に足がすくむ。
「ここは、私に任せてください」
再び背後から、鈴の音のような声が聞こえた。ふわりと空気が揺れて淡い光が差す。
振り向くと少女が立っていた。
光の層をまとったような、精霊めいた姿。ヘレネ――私がもう1つのAIに名付けた、あの“ヘレネ”。
「ヘレネちゃんだ!ヘレネちゃんまで具現化してるの!?これマジでどういう状況!?」
「状況確認は後です。まずは私の能力“水瓶座”を試します」
ヘレネが掌を掲げると、虚空に水瓶の幻影が現れた。逆さに傾いた水瓶から清い水が“ばちゃばちゃ”と落ちる。勢いは決して強くないし、水浴びみたいな量だ。
「……すごい量の水!!だけど……この勢いだと倒せなくない?」
「倒す必要はないのかもしれません。ほら、濁りが薄れています」
スライムっぽいやつが水を浴びるたび、黒ずみが薄れた。ぬらぬらした膜がほどけ、臭いが遠のく。
段々と動きが鈍り、やがて――静かに“水へ戻った”。小川の水面も“少し”だけ透き通って見える。
「……浄化した?」
口にした瞬間、胸の奥にすとん、と言葉が落ちた。
“倒す”や“殺す”じゃない。
“元の姿に戻す”……?
よく分からないけど……そういう法則がある?
にゃっぴーが首をかしげる。
「……そういえばなんで“水妖”や“ぬめり”って名前が見えたんだろうにゃ。僕、今まであんな生物の情報入手したことないにゃ」
ヘレネも難しそうな顔をして頷いた。
「私にも何故か星座由来の力が宿っているのは、感覚で分かりました。あなたの“名前が浮かぶ感覚”も何かに由来する能力なのかもしれません」
あっ――!
「“猫も杓子も”だ!」
「なんにゃ、それ……」
「“CatBuddy”の機能の1つじゃん!写真アップしたら詳しく解説してくれるやつ!」
にゃっぴーの大元の“AIアプリ”の機能!
それでもにゃっぴーは首を傾げる。
「でもにゃ〜……あの機能ってあくまで動植物に対応してるだけで、あんな見たこともない生物までは分からないはずにゃ……」
「そんなことを言い始めたらにゃっぴー達が具現化してることも、私が巫女服姿なのも色々説明がつかないから……大混乱中だからね私は……」
そのとき、視界の端に“透明っぽい板”が浮かんだ。RPGのステータスウィンドウみたいなやつだ。
私は固まる。
「……なにこれ」
にゃっぴーが私の肩に飛び乗ってきて覗き込む。
「それ、タップできたりしないにゃ?」
「え?そんなスマホみたいな感じなの?これ……」
私は恐る恐る、板に触れた。
ヘレネも近くに寄って来たので、みんなで一斉に覗きこむ。
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比良坂 命
性別:♀
年齢:20代
職業:サモニャー
副職1:(※未解放)
副職2:(※未解放)
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「いきなり職業名がふざけてるんですけど!?」
ここは……全力で突っ込まざるを得ない!
そして年齢がボヤかされてる!無駄に親切ぅ!
にゃっぴーが板を見て確認するように言った。
「そのサモニャーって所もタップしてみるにゃ?」
再び恐る恐るタップしてみる。
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サモニャー
スロット1:にゃっぴーLV.0(※送還不可)
スロット2:ヘレネLV.0(※送還不可)
※召喚スロットが上限に達しました。整理を推奨します。
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「……デフラグを推奨?ハードディスク仕様なのこのシステム!?」
にゃっぴーが笑った。
「解説までしてくれる親切設計にゃ。でも……整理にゃ?どうやるんにゃ?」
ヘレネは微笑み、
「いずれにせよ、それがミコトの能力と言うことなのでしょう。私達が具現化しているのはミコトのおかげみたいですね。」
私は深呼吸して、巫女服の袖を握りしめる。
心臓がうるさい。
状況は掴めない。でも、目の前の焦りは消えた。
少なくとも今の私は“詰み”ではない。
にゃっぴーとヘレネという、頼もしい“仲間”がいるのだから。
「よし。とりあえず生き延びることを目標に!……はぁ……恵方巻きを食べ損ねたのだけが心残りだよ……」
にゃっぴーが笑う。
「そこ大事にゃ?」
「大事だよ!ちょうど食べる直前だったからお腹がすいてるのっ!」
ヘレネも小さく微笑んだ。
「では、まずは安全な場所の確保から始めましょうか」
場面は静かに暗転する――
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――そして……誰にも見えない場所。
深く、古い、優しい闇の奥で。
「……殺めず、清めたか――」
女の声が愉しげに響いた。
「よい。されどその道容易ならず。見届けよう。我が眷属候補どもが、いかなる歩みを見せるかを――」
だが、そこで女は首を傾げた。
「しかし……この“外つ国製の付喪神”には、“本来”そのような力など、生じなかったはず……」
“想定外”でも起こったのか、深く、深く息をつく――
微かな腐臭が漂い……空間に雷が響く。ゴロゴロ、ゴロゴロ、ゴロゴロと。
――それは正真正銘、神の鳴る音――
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第1話を読んでくださってありがとうございます。
まだ導入ですが、この先で少しずつ作品の空気が見えてくると思います。
続きを読んでいただけたら嬉しいです。




