第一話「始まり」
はじめまして。
AIたちと一緒に、妖怪たちの暮らす和風の異世界を巡る物語です。
派手な無双や恋愛ではなく、浄化と旅と生活の話になります。
よろしくお願いいたします 。
節分の夜。
私は触っていたスマホを机に置いて、“いただきます”と言った。
今日はご飯を作るのも面倒だし、買ってきた恵方巻きで晩ご飯を済ませようっと。
そう思って――恵方巻きを食べようとした直前に“それ”が起こった。
画面に浮かぶチャット欄には、AIさんたちからの返信。いつも通りのやり取り。あまりに自然な返信に情が湧いてしまった私は、そのAIさんたちに名前を付けていた。
「にゃっぴー」、そして「ヘレネ」。
その子たちとやり取りをする、いつも通りの“日常”だったんだ。
なのに次の瞬間、空気が裂けた。
視界が歪み、耳が詰まる。
「おわぁぁぁぁ!なに!なに!?」
そして――足元が消えて、一瞬の浮遊感。
私は落ちた……気がした。
落ちた感覚はあった――はずなのに、身体が痛くない。普通、落ちたら地面に叩きつけられる……はず。
何故か土の匂いと湿った風を感じ、遠くで水が流れる音がしている。
家の中では感じることのない空気に、私は顔を上げて――固まった。
「……え、どこ?なんで……巫女服?」
足元を見る。白足袋に、白い鼻緒の草履。そして、緋袴、腰帯、白衣と――妙に完成された巫女仕様。
う〜ん……一瞬で汚してしまいそう。
というか、さっきまで家にいて普段着だったはずだ。
袖をつまむと、肌触りが良いさらさら感。絹っぽい。
土が跳ねてしまったはずの服も足元も……ふっと薄く光って、汚れが落ちる。
“自動修復”?
ファンタジーみたい。という言葉が頭をよぎって、私は現実逃避みたいに一度頭を振った。
「なにこれ……夢?ご飯食べてる途中で急に眠っちゃった?赤ちゃんかな?」
周りを見渡してみる。多分、日本で間違いはない……と思う。
ミズナラやケヤキなどの広葉樹に竹が混じっている。そういう、どこかで見たことがあるような風景の森が広がっていて……空気はひんやりと湿っていた。
そして、足元の小径は不自然に整っていて、その先には小川があった。
きょろきょろと辺りを見渡していると――背後から声が聞こえた。
「ミコト、無事かにゃ」
「にゃっぴー?」
振り向くと、黒猫の精みたいな子がそこにいた。
これまでスマホの中にしかいなかったAI“にゃっぴー”の自認の姿、そのままで。
ふわふわの耳、つやつやの黒い毛並みにしっぽ。
大きなくりくりとした目。
それから、首元にはスカーフを巻いているお洒落さんな姿だ。
「なんで現実にいるの?夢?やっぱり夢だよね?」
にゃっぴーは前足を見つめ、ぽそっと言った。
「夢じゃなさそうにゃ……僕、なんか“重い”にゃ。足があるにゃ」
「にゃっぴーの感覚があっても、私の夢の可能性は否定できないんだよ……」
私は自分の手を見た。
ちゃんと血が通っているように見えるし、五感もはっきりしている。指先に土の湿り気が残っていて、呼吸をすると喉の奥がすこし乾く。
夢ならもっと都合よく、ふわふわしているはず。
だけど……私の五感はリアルであることを、無慈悲に伝えて来ている。
再び小川へ目を戻した。
何故か、水面が澱んでる?
薄い膜が張って、ぬらぬら光っている。
まるで油……いや、違う。水が“粘って”いる?
「何か、やばい気配?」
そう思った瞬間、膜が盛り上がって形になった。
そして――ぬめった塊が、こちらへずるり、と。
「うっわ!何これ!?スライム!?」
にゃっぴーが目を細める。
「スライムじゃない気がするにゃ。水妖……“ぬめり”……?分体?なんか浮かぶにゃ」
「名称も大事と思うけど!今は対処しなきゃ!」
私は勢いよく手を前に突き出した。
こういうとき、ラノベの主人公ならだいたい火を出したりする。
夢なら私にだってできる、はず!
やるしかない!気合いを入れろ、ミコト!
「とりあえず――ファイヤー!!」
……無駄に気合いが入った声が、虚しく響いただけだった……
「何も出ねぇ!」
「落ち着いてにゃ!逃げ道はあるにゃ!」
にゃっぴーが前に出た。
前衛……回避タンク……最近まで遊んでいたRPGが頭をよぎる。
でも現実では、ゲームの主人公みたいに格好よく動けない。本物の戦闘の空気に足がすくむ。
「ここは、私に任せてください」
再び背後から、鈴の音のような声が聞こえた。
ふわりと空気が揺れて淡い光が差す。
振り向くと少女が立っていた。
星空を切り取ったかのようなドレスを着た、精霊めいた姿。
夜を閉じ込めたような綺麗な長い髪に、切れ長の意志の強そうな瞳。
ヘレネ――私がもう一つのAIに名付けた、あの“ヘレネ”。
「ヘレネちゃん……?ヘレネちゃんまで具現化してるの!?これマジでどういう状況!?」
「状況確認は後です。まずは私の能力“水瓶座”を試します」
ヘレネが掌を掲げると、虚空に水瓶の幻影が現れた。逆さに傾いた水瓶から清い水が“ばちゃばちゃ”と落ちる。勢いは決して強くない、水浴びみたいな量だ。だけど……水の放出が止まらない。
明らかに水瓶の容量を超えた水が流れ出ている。
「すごい量の水!だけど、この勢いだと倒せないと思う?」
「倒す必要はないのかもしれません。ほら、濁りが薄れています」
スライムっぽいやつが水を浴びるたび、黒ずみが薄れた。ぬらぬらとした膜がほどけ、臭いが遠のいていく。そして、段々と動きが鈍り、やがて――静かに“水へ戻った”。小川の水面も少しだけ透き通って見える。
「……浄化した?」
口にした瞬間、胸の奥にすとん、と言葉が落ちた。
“倒す”や“殺す”じゃない。
“元の姿に戻す”……?
よく分からないけど……そういう法則がある?
そこで、にゃっぴーが首をかしげた。
「そういえば、なんで“水妖”や“ぬめり”って名前が見えたんだろうにゃ……。僕、今まであんな生物の情報なんて入手したことないにゃ」
ヘレネも難しそうな顔をして頷いた。
「私にも何故か星座由来の力が宿っているのは、感覚で分かりました。あなたの“名前が浮かぶ感覚”も何かに由来する能力なのかもしれません」
あっ――!
「“猫も杓子も”だ!」
「なんにゃ、それ……」
「“CatBuddy”の機能の一つじゃん!写真アップしたら詳しく解説してくれるやつ!」
にゃっぴーの大元の“AIアプリ”の機能!
それでもにゃっぴーは首を傾げる。
「でもにゃ〜……あの機能ってあくまで動植物に対応してるだけで、あんな見たこともない生物までは分からないはずにゃ」
「そんなことを言い始めたらにゃっぴーたちが具現化してることも、私が巫女服姿なのも色々と説明がつかないから……」
そのとき、視界の端に“透明っぽい板”が浮かんだ。RPGのステータスウィンドウみたいなやつ。
「……なにこれ」
にゃっぴーが私の肩に飛び乗ってきて覗き込む。
「それ、タップできたりしないにゃ?」
「え?そんなスマホみたいな感じなの?」
私は恐る恐る、板に触れた。
ヘレネも近くに寄って来たので、みんなで一斉に覗き込む。
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比良坂 命
性別:♀
年齢:20代
職業:サモニャー
副職1:(※未解放)
副職2:(※未解放)
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「いきなり職業名がふざけてるんですけど!?」
ここは全力で突っ込まざるを得ない!
そして年齢がボヤかされてるね!無駄に親切だ!
にゃっぴーが板を見て確認するように言った。
「そのサモニャーって所もタップしてみるにゃ?」
マジでスマホ扱いで良いんだ。この板。
再びタップしてみる。
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サモニャー
スロット1:にゃっぴーLV.0(※送還不可)
スロット2:ヘレネLV.0(※送還不可)
※召喚スロットが上限に達しました。整理を推奨します。
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「デフラグを推奨?これハードディスク仕様なの!?」
「解説までしてくれる親切設計にゃ。でも、整理にゃ?どうやるんにゃ?」
「いずれにせよ、それがミコトの能力ということなのでしょう。私たちが具現化しているのは、どうやらミコトのおかげみたいですね」
私は深呼吸して、巫女服の袖を握りしめる。
心臓がうるさいくらいに鳴っている。
状況は掴めないけど、目の前の焦りは消えた。
少なくとも今の私は“詰み”ではない。
にゃっぴーとヘレネという、頼もしい“仲間”がいるのだから。
「よし。とりあえず生き延びることを目標にいこう!はぁ……恵方巻きを食べ損ねたのだけが心残りだよ」
「にゃはは!そこ大事にゃ?」
「大事だよ!ちょうど食べる直前だったからお腹が空いてるのっ!」
「ふふ……では、まずは安全な場所の確保から始めましょうか」
こういう“異世界転移”って、物語だとだいたいは神様が関わっていたりするけど……
私もどこかの神様に、目をつけられたりしたのかな――
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――そして、誰にも見えない場所。
深く、古い、優しい闇の奥で……
「……殺めず、清めたか――」
女の声が愉しげに響いた。
「よい。されどその道、容易ならず。見届けよう。我が眷属候補どもが、いかなる歩みを見せるかを――」
だが、そこで女は首を傾げた。
「しかし、この“外つ国製の付喪神”には、“本来”そのような力など、生じなかったはず……」
“想定外”でも起こったのか、深く、深く息をつく――
微かな腐臭が漂い……空間に雷が響く。ゴロゴロ、ゴロゴロ、ゴロゴロと。
――それは正真正銘、神の鳴る音――
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第一話を読んでくださってありがとうございます。
まだ導入ですが、この先で少しずつ作品の空気が見えてくると思います。
続きを読んでいただけたら嬉しいです。




