当然の報い
エミリー・エリュアールは新興貴族の娘である。
経済が急速に発展し、商人が力を持ち始めた近年、貴族の中でも序列に動きがあった。
エリュアール家は大きな船を持つ、早くから貿易に力を入れてきた家である。以前は小さな港町の代官であったが、その功績と帝国への多額の寄付から、新しく子爵の位を与えられた。
その後も順調に帝都での人脈を広げ、娘を帝国学園に入学させたのが数年前のことである。
男爵のせがれであった当主にとっては、積年の夢といってもさしつかえなかった。
エミリーは親の期待に応え、学園ではかなりの成績優秀者となった。
生まれつきの資質もあっただろうが、本人の努力も大きい。
授業の前後には教師へ積極的に質問し、学園の大図書館も活用して自主学習に励んだ。
すると教師からも、自然と目をかけられるようになる。
それをおもしろく思わない学生たちがいた。
単に学園を社交の場としか考えていない一部のお嬢様たちである。
彼女らは、エミリーがただ勉学に励んでいる間は根暗だの空気が読めないだのといってバカにしていたが、それが教師たちから評価されるに従って、理不尽な不満を抱えるようになった。
いわく、根暗のくせに教師に媚びている。
評価を不当に得ている、というわけだ。
小さな嫌がらせが繰り返される。
エミリーは耐えていれば彼女たちも飽きて去ると考え、親や教師には黙っていた。
そんなときだ。
エミリーは図書館からの移動中、よりにもよって皇女、皇子の前で転びそうになった。
醜態を見せるだけに飽きたらず、皇子に手ずから私物を拾わせるという不敬まではたらいたのだ。
お嬢様たちの堪忍袋の尾が切れた。
「それであなたは、さしずめこう命じられたのではありませんか? 『もう一度皇子殿下の前で転べ。一度できたのなら二度目も平気でしょう?』」
イレーヌが皆を伴って腰を落ち着けたガゼボ。
そこで以上のような説明をしてよこしたのは、当たり前のように姿を現したオリヴァーである。
「……な、なぜそこまで……?」
エミリーは唇を震わせた。
どうやら的中しているようである。
「待って、その前に。なんでオリヴァーがここに?」
コンスタンスは至極当然な突っ込みをした。
うんうんとビアンカとクラリスも頷いている。
「本部棟でイレーヌ殿下がどちらでお昼を過ごされるかお聞きしましたら、快く案内してくださいましたよ」
「あ、そう……」
なんでコンスタンスの居場所ではなくイレーヌの居場所を聞いているのかとか。
それで合流できちゃうのがさすがというか。
なんですんなり案内されてるんだよとか。
まだ言いたいことはあるような気がしたが、追及してしれっと返事されても微妙な気分になるだけのような気がしたので、とりあえず置いておくことにした。
今はエミリーの方が大事だし。
「……一度転びそうになっただけなら偶然の過失で済むものも、繰り返すとなれば他意を疑われる、そういうことですわね?」
ひとまず、嫌がらせをしてきた女子学生たちの考えはこんなところか、と口にしてみる。
「ええ、そうでしょうね。それをきっかけにエミリーさんの学園での評価に泥を塗り、あわよくばご実家への悪評に繋げようともくろんだのかもしれません」
クラリスも同意してくれた。
「そんな……!」
エミリーは蒼白である。腰掛けた大理石のベンチの上で、膝に置いた拳を握りしめると、悲壮な瞳をイレーヌたち姉弟に向けた。
「家は……家は何も関係ありません! どうかお咎めは私だけに!」
その場にひれ伏さんばかりの勢いで訴えられたイレーヌは、ちらりとコンスタンスのほうを見ると、困ったように小首を傾げた。
「ねえ、コンスタンス。わたくしたち、そんな暴君に見えて?」
芝居がかったように言うので、思わずふふっと笑ってしまう。
「いえ、お優しいお姉さま、お兄さまかとお見受けしますわ」
「えっ……?」
微妙な温度差を感じ取ったらしい、エミリーが戸惑う。
イレーヌは扇を開いて肩をすくめる。
「コンスタンス、説明してさしあげて」
丸投げされた。
「かしこまりました。……エミリーさん、イレーヌさまやヴィクトールさまの目は節穴ではございませんわよ。責められるべきなのはどなたか、いっさいをご存じでいらっしゃいます」
「……あっ……」
エミリーは恐縮してますます縮こまった。
「私、なんというご無礼を……」
イレーヌは鷹揚にうなずいて謝罪を受け取る。
「よくってよ。先ほどの学生たちの名は把握しています。そこの者の申すことが真実ならば、そうね──彼女たちは一週間の謹慎、といったあたりが妥当かしらね」
ヴィクトールも頷いて申し添える。
「軽い処分に思えるかもしれないが、必ず、なぜ謹慎となったのかは詮索されるだろうね。人に害をなそうとして、自分の評判に泥を塗ることになったわけだ」
「ありがとうございます……!」
エミリーの目にじわっと涙が浮かぶ。ビアンカがさっとハンカチを渡して肩に腕を回した。
「これまで一人で耐えてきたんだね、よく頑張った。もう大丈夫だからね」
受け取ったハンカチを握りしめながら、エミリーは何度も頷いた。
「それにしても、我が学園のことによほど詳しいのね?」
イレーヌは扇越しにオリヴァーに微笑みかける。高貴な人のおっかない微笑だ。
オリヴァーは平然と応えた。
「お嬢様の通われる学園なのですから、このくらいの下調べは当然です」
その返事にイレーヌ、クラリスとビアンカが一斉にもの言いたげな視線をコンスタンスに投げかけて来たが、真相はたぶん、あれだ。
先週の不審な視線を受けて、週末の間に調べ上げたに違いない。
オリヴァーが一人でやったのか、自分たちと前後して帝国入りしている実働部隊の手を借りたのかはわからないが……。
という内情を明かすのもどうかと思ったので、コンスタンスはすべて承知してますよ? という顔をしておいた。
*
数日後、学園の廊下に数名の女子学生の名前、および、学園の風紀を乱したため一週間の謹慎を命じる、との張り紙が掲出された。
ヴィクトールが予言したとおり、その話題はしばらく学生たちの間を飛び交うことになるのだった。
転ぶ女子編、一件落着です!
……あれ、よく見たら転んでないな。




