30. 僕達の希望
それからの僕は必要のない小学校を中退して修練に没頭するようになっていた。
その間に<発動ボード>の秘密はアスナに教えてやってもいた。 その結果にアスナは飛び上がるように喜んで、早速<発動ボード>上の”点”を探し始めた。 そして、ビックリすることに、2週間ほどで その”点”を探し当ててしまったのだった。
なんなんだよも~。 僕は数か月もかかったんだぞ!
その理不尽さにストレスを感じて悶えたが、よく考えてみれば先駆者とはそういうものなのかもしれない。 特許とかで守られるならいざ知らず、努力して勝ち取った知識も他人に話した途端に優位性は無くなってしまう。 最悪の場合は話した相手のものになってしまうことだってあるのだ。 僕の研究は僕のためだが、それだけじゃなくBRDギフト持ちのためでもある。 アスナに話したことに後悔はないし、アスナも僕を裏切らないはずだ。
アスナもそれが ”かすかな点”であることを知らされて無かったら、発見するまでに多大な時間がかかっていたかもしれない。 それにアスナは、その”点”を発見できたまでは良いが、9才までは<論理回路ボード>を使うことができないという事情がある。 発見してからは、なんか悲しいような怒ったような楽しげなような、喜怒哀楽が激しくなってしまった。
9才にってから<発動ボード>の隠された回路を教えた方がよかったのだろうか。 それを思うと、ちょっと可愛そうなことをしたかもしれないと思えた。
やってしまったことは仕方がないので、ついでにアスナに、<発動ボード>の更なる研究を手伝ってもらうことにした。 二匹目のドジョウがいるかもしれないからだ。
ただし、いない可能性の方が高そうだと思っていた。 なぜなら10才以上で解放される不明ボードが多数あるからだ。 そして2か月の期間を限度として、僕とアスナとで調査して成果が上がらなかったら諦めるということにしたのだった。
そんな予測を裏切るように、アスナは2週間程で二匹目のドジョウを発見してしまった。 それは32ビットの下級魔法用の発動回路だった。 下級魔法を発動させるためにはMNDやINT等のステータスが最低100以上必要なので、今の僕にも使えない。 それでも修練を頑張れば来年には下級魔法を使えるようになるはずなので夢は膨らむばかりだ。
BRDギフト、それはペナルティギフトと呼ばれたBRDであり、歴史上最低の<ギフト>であると評価されている。
だが今の自分は、良き師や同じ境遇の仲間を得て、研究と努力によって<ギフト>の謎を解明し、ステータスを上げる方法を開発し、さらに魔法まで使える目途までもついている。
今後使えるようになる未知の<ボード>を解明すれば、さらに高見も望めるかもしれない。
もしかしたら英雄どころか伝説の勇者にも匹敵する何かになれる可能性があるのではないだろうか。
僕はいつの間にか、僕のギフトに希望と誇りを持つようになっていたのである。
◇ ◇ ◇
時は過ぎ、サトエニア共和国に来てから8か月後、
ステータスは修練によって以下のようにまで育っていた。
HP 506/506 24/100
MP 4305/4305 69/100
STR 39 417/1000
VIT 39 600/1000
AGI 39 427/1000
DEX 39 487/1000
MND 39 478/1000
INT 39 497/1000
ステータスは未だ39で下級魔法発動に必要な100まではまだまだ遠い状態だ。 けれども9才のステータスとしては破格の数値だ。 まさに大人並みといっていいだろう。
アスナはこの町の図書館に通い詰めだったが、僕はというとひたすら修練だった。
すごく怠い単調な作業だったが、15才以上の普通の学生は、2分以上も修練魔法を詠唱して、やっと1種類のみのステータスの修練値を1だけ上げることができるだけだ。 これに比して僕は、<論理回路ボード>で4桁の二進数を順番に0と1を入れ替えていくだけで、2分で8種類のステータスを上げられるのであるから8倍効率が高くしかも簡単だ。 これに文句を言ったら罰があたるというものだ。
ちなみに15才以上で通学することになる魔法学校や専門学校の15才の授業では、ほぼすべての時間を使って強制的ともいえる修練をさせられる。 20才になれば”魔石壊しのレベル上げ”も解禁されるが、それでも暇をみては修練をやらねば他人よりも強くなれないというのが常識だ。 この世の人々はそんな厳しい修練を常識と思っているから耐えられるのだと思ってしまった。
それはさておき、アスナの故郷の状況がどうなったかだが、冒険者ギルドで聞いたところ既に敵国の領地になってしまい、そのまま和平が締結されてしまったとのことだ。 その際の和平交渉では、城に隠されていた空間倉庫と、それを産出する第二ダンジョンの所有権や使用権などが主要な争点だったとのことだ。
これらの事実により、和平が成立し伯爵領は正式に他国所有となってしまったため、アスナは故郷へは戻れないことが確定したのである。 それはある程度覚悟していたことなのだから仕方が無い。
そのように領地問題が解決し、空間倉庫の問題が片付いたのだから、ランドルフ侯爵領に囚われてしまっていたキャサリンさんを迎えにいっても良い頃だと思えた。
「アスナさん、アスナさん ちょっと相談したいことがあるんですが?」
「……な~に? 文句があるの? 」
「いや無いよ」
「では、そういうことで」
「ちょっ、無視して図書館へ行こうとするな! 大事な話があるんだよ」
「……じゃ、う~ん、しょうがないな~、お姉さんが恋の悩みを聞いてあげましょう」
「何がお姉さんだ! おまえ僕より年下だろ?」
「……じゃ可愛い妹が、カイン兄さんの恋バナを聞いてあげましょう」
「だれが可愛い妹なんだよ。 僕の妹はミレイで可愛いんだけど……」
「ミレイってどこの女よ! 私ってものがありながら、信じられない、許せない、不倫だわ、この裏切り者!!!」
「……」
「……仕方がない、ちゃんと話聞いてあげるわよ お姉さんに話してごらん」
「まじ殺さるかと思った……。 お前すごい演技力だな。 将来はサーカスのライオン役でもできそうだな」
「この裏切り者!!!」
「そう、それすっごい迫力だよな~」
「この裏切り者!!!」
「わかった。わかった。もういっからな」
「この裏切り者!!!」
「あんまりシツコイと怒るよ?」
「…いやん。 怒っちゃいやん。 今度お姉さんがいい事してあげるからね。ね」
「お前、……7才児が言って良いことと悪いことがあるだろ~ 図書館で何を覚えて来たんだよ! まったく何て本を児童に読ませるんだ。 今度図書館へ行って抗議してやる!」
「あっ、図書館へのクレームは止めてよね。 サブマスに怒られちゃう」
「くっ、あの女が元凶だったか! マスターにいいつけてやる」
「お、お姉様は悪くないわ。 本当にごめんなさい。 最近フラストレーションが溜まってて、ちょっと憂さ晴らしをしたかったの。 ごめんなさい」
「……フラストレーションって言葉、よく覚えたな。 7才児とは思えん」
「欲求不満とも言うわ」
「……」
「まぁ確かにそうだな。 それで相談というのはな、キャサリンさんについてなんだ」
「えっ? とても重要な話じゃないの。 最初に言ってよね!」
「ちょっ お前いまさら……。 ウォッホン、……どうやら戦争も終わって、空間倉庫についてもカタがついたようなんだ。 それで僕らは、もう追われる身じゃなくなったかな~と思ってさ」
「それで?」
「だから、キャサリンさんがどうなったか確認しに行こうかと思ったんだ」
「うん、さんせ~ キャサリン姉さんをつれもどそ~ お~!」
「その言葉遣い! あのエミリ様はどこ行ったんだよ。 キャサリンさんが泣くぞ?」
「わたくし、とてもキャサリンを憂慮していましたの。 是非とも救出に参りましょう」
「そこまで、堅くならなくても良いのでは?」
「そうよね。 私も、平民だし。 ……なんか複雑な気分ね」
「そうだよな。 僕ら微妙な立場だよな。 これからどうなるんだろな」
「しっかりしなさいよね。 兄さんが不安を顕わにしてどうするの? キャサリン、……さんがどうにかしてくれるわ、きっと」
「そうだよな。 結局キャサリンさん頼りなんだよな、僕ら」
「そうよね 私たちまだ幼いしね」
「うん。 アスナは幼いしね」
「……」
僕らは、キャサリンさんの安否確認と、救出を目的にランドルフ侯爵領サマイヤ市へ向かうことで合意した。 だが、ここからは非常に遠いし、途中山越えもある。 さらに折角得た保護者のセリーナさんも付き添ってもらえるかどうか不安だ。 これはちょっと相談する必要がある。
思い立ったらすぐ行動ということで、僕とアスナは、相談のためにセリーナさんの宝飾品加工の職場へとやってきた。
「すみませ~ん セリーナさんいますかぁ~」
全く返事がない、誰もいないのだろうか。
「セリーナさん、セリーナさんいますかぁ~」
「誰もいないようだね。 中で待たせてもうおうよ~」
僕らは、職場の中へと入って行ったのだが、すぐに驚愕してしまった。 何と中では15人ぐらいの人が一心不乱に作業をしていたのだ。
誰も返事をしないなんて、何という集中力なんだろう。 それを思うと恐ろしくなってしまった。 そうやって二人で固まってると、老人の男性が僕たちに気づいてくれた。
「おお~ セリーナのところのガキどもか、何のようじゃ」
言った途端、一斉に14名がこちらを向いたので、僕らはまたショックで動けなくなってしまった。
この人たちは耳に入っている情報を、完全に選別しているのだ。 何て器用な人達なんだと関心したのだが、DEXを高めた人達ってそういうものなのだろう。 そういえばアタスタリア王国の王都でいろいろな職場を見学した時も、この手の職場では誰も僕らに興味を示さなかった気がする。
「あら、どうしたのアスナちゃん」
「えっとね。 セリーナさんに折り入って相談したいことがあるの ちょっといいですか?」
「職長、アスナちゃんの相談に乗ってきますね」
「おう大丈夫だ、いってらっしゃい。 アスナちゃんの為なら仕方がないからの~」
僕もいるのに、なぜアスナちゃん、……アスナだけ注目されるのか。 僕ってもしかして無視されている?
いや、特に身に覚えはない。 何も悪いことはしてないし、ほぼ研究と修練ばかりで何もできなかったし。
うん、セリーナさんとは話どころか、ほとんど会ってさえもない位だからトラブルになるようなことはないはず、ってまさか! 僕ってコミュ障だと思われてる?
これはまずい! 僕ってまだ9才だ。 ふつうの9才児は研究や修練などとは無縁だ。
秘密の修練で、ぼーっとしている表情をしている僕は、もしかして何かヤバイ奴に見えていたかもしれない。。
とりあえず言い訳をしようとも思ったが、余計な話になってしまう可能性がある。
ここは、アスナに任せることにしよう。
僕たち3人は、職場から出て、入口付近で立ち止まり向き合った。
「じゃカイン兄さん、言ってやって」
ちょっ、アスナその言い方! まるで僕が文句を言いたいように聞こえるじゃないか。
今回はアスナが話す方がうまくいくんだよ!
「アスナが話すって言ったじゃないか。 僕にはできないよ」
「私が話すなんて聞いてない。 そんなにカイン兄さんはセリーナさんが嫌いなの?」
何てこと言うんだ!
まさかコイツがセリーナさんにある事ない事吹き込んだのか?
「アスナちゃん カインちゃんも、ああ言っているから、アスナちゃんから話してくれる?」
「わかった。 えっとね。 私たちはね故郷にいるキャスリンさんに会いに行くことに決めたの。 それでね、みんなとお別れすることになるのです」
アスナ、……それだけじゃダメだろう。 口撃力は高いくせに、コミュ力がないのか……。
っと、これはやはり僕が話さないとまずいだろう。
「あ、すみません。 アスナ違うだろう。 僕たちの言いたいのは、保護者にコインロード王国へ連れて行ってほしいということです。 僕たちだけの旅は困難なので」
「ああよかった。 アスナちゃんにまで嫌われたかと思っちゃったわ」
「あの~ 僕はセリーナさんを嫌ってなんかいないですよ」
「じゃ、いつも 私が話しかけても ”目を開けたまま寝たフリ” をしているのは何なの?」
「いや、あれは単に……」
やはりそうか!
う~ん 研究とか修練とか口にだせないな、そうだ、性格的な癖ということにしよう。
「あれは、単に僕の性癖なんです」
「ちょっと カインちゃん、そんな事をアスナちゃんの前で言わないでちょうだい」
えっ? 僕の言ったことで何か問題が?
焦った僕はすぐに<文字記録ボード>の辞書で調べてみた。
性癖: 性質上の癖、 性的な交わりの際の癖。
特に間違えてないが、まさかエロ系の癖と思われてしまったのか?
僕はショックを受けた。
「あ、あれは、単に僕の特異的な性格の癖なんです」
「……カインちゃん、 言葉選びは慎重にね。 ……わかったわ」
そして僕は、事情をセリーナさんに説明した。
「なるほど、保護者として、コインロード王国までね。 ……これはフィリアに相談ね」
「すみません、フィリアさんって誰ですか?」
「……」
「……」
「………このギルドのサブマスターよ。 貴方って人の名前覚えないのね」
「ほんとビックリね、まさかあれほどお世話になっていたお姉さんの名前を知らないなんて。 兄さんってどれだけ人に興味がないの?」
ヤバイ! あの怖い……綺麗なお姉さんがフィリアさんだったのか、知らなかった。
僕って本当にコミュ障だったのかもしれない。
そのアドバイスに従って、すぐに冒険者ギルドへ相談しに行ったが、遠征中ということでフィリアさんには会うことができなかった。 何でもここから1日程度で行ける距離のダンジョンに、新人達の教育も兼ねて出かけているとのことだった。
そして帰ろうとした時、そこへ何か騒がしい一団がやって来たな、と思って見てみるとフィリアさんもその中に居た。
お! ラッキー。 とばかりに、フィリアさんを捕まえて相談しようとしたが、僕らを無視してそのままギルドの奥の方へ走り去ってしまった。
何か緊急事態でも起こったのだろうか?
フィリアさんが忙しいようだったので、僕達は諦めて帰宅した。