13. 図書館、そしてミッチー
昨日は道場への体験入門という思いもよらぬハプニングに巻き込まれたのであるが、今日は王都図書館の見学の日だ。
兄はこの後に及んで図書館見学を嫌がってゴネた。
兄さん昨日約束したよね、……じゃんけんで。 レビン兄さんは座学は嫌いなのか?
4学年も飛び級できるぐらい頭いいのに、きっと先生に贅沢だって怒られるよ?
ほんとにしょうがない奴だよ。 これだからフリーダムって言われるんだ。
ついでだが、母も付いて来ることになった。 今日の予定は空いているからだそうだ。
そして僕らは、メロディアさんに連れられて、4人で王都図書館へとやってきたのである。
図書館へ入ると、メロディアさんと母がカウンターへ行き、受付の司書と思われるおばさんと何か話している。
僕は図書館の中の様子に気をとられてしまっていたので、その内容までは分からなかったのである。
「ちょっとアレン、こちらに来なさい」
母からの呼び出し命令だ。 逆らうわけにはいかない。
「この子が例の<ボード>持ちですか、……ちょっとテストさせてもらってもいいですか?」
「ええ大丈夫ですよ。 何をすれば良いのでしょう?」
「簡単なことです。 これからお持ちする本を覚えてもらって、内容をお答えしてもらうだけです。 覚える時間制限は、そうですね、……1分間程でどうでしょうか」
母様、メロディアさん。 僕が<文字記録ボード>持ちってバラしたな!
極秘事項なのに何てことしてくれてるんですか。
とはいえ、やっちまったことはしょうがない。 何故テストが必要なのか不明だが、ここは素直に従っておこう。
司書のおばさんは、一冊の分厚い本を抱えて持ってきた。
”全国貴族名鑑”と背表紙に書いてあった。
ぐぇっ、 一番覚えたくない種類の本を選ぶなんて、本当に最悪じゃないか。
普段ならその関係の書架にも行かないレベルの一品だ。
これってページを捲るだけでも1分間では厳しいのでは?
それでも仕方が無いので僕は覚悟を決めて、”よ~いドン” で必死にページを捲り記録し始めた。
恐らく5分ぐらいはかかっただろうか、明らかに制限時間はオーバーしていのに司書のおばさんは止めなかった。
その本には、この国の現在と過去の貴族の名前や素性ばかりでなく、外国の貴族までもが記載されていた。いやむしろ外国の貴族の方が断然数が多く、外国の文字と我が国の文字とが併記されていたのである。 さらにダメ押しで、滅びた国の、当時の人名とかも記載されていたのである。 何か凄くこだわりが感じられるような趣味的とも思える本――辞典だった。
一応記録し終わったので本を閉じると、司書さんは僕から本を受け取った。 そして早速試験を開始したのである。
〇〇の領主とその家族は? 経歴は? といった問答がどの位続いたであろうか。 ひどく退屈な試験だった。 なんとなく不満を覚えたので、手加減なく全問正解してやった。 コピーしてある本を検索して回答するだけなのだから間違えるはずがないのだ。
「……よいでしょう。 これが入館権限手続き書類です。 ご記入ください」
「そして、これが臨時職員採用手続きです。 これも保護者の方が保証人、あっ保証人は複数でも結構なのでご記入をお願いします」
ちょっと待て、臨時職員ってなんだ?
保証人って? 僕は疑いの目で母を見つめた。
まさかな。きっと母がここで働くのだろう。
長期滞在するにはお金が必要だよね、うん。
不安を感じながらも僕は無理やり納得したのだった。
暫くして司書さんが戻ってきた。 そして、僕にカードを1枚、レビン兄にもカ-ドを1枚差し出した。
僕のカードは黄色で、”入館証 権限クラスB アレン・グレイプル 保証人 カイヤ・グレイプル” と書かれていた。
レビンのカードは白色で、 ”入館証 権限クラスE レビン・グレイプル 保証人 カイヤ・グレイプル” と記載されていた。
司書の方は特別に僕の閲覧権限を高くしてくれたようだ。
これだけで先ほどのテストを受けた価値はあったと思えたのだ。
喜んでいると、僕にはもう一枚 カードを渡された。
そのカードには、”アナミヅキ図書館司書部 臨時職員証 アレングレイプル 保証人 カイヤ・グレイプル、メロディア・サイレトリー” と記載されていた。
メロディア・サイレトリーか。 念のためというか何も考えずに、つい先ほどの本を使って検索しまった。 その結果、”メロディア・サイレトリー、 サイトリー侯爵家次女、騎士爵”とヒットしたのである。 ……メロディアさんは、なんとお貴族様だったのである。 ちょっと混乱しかけたが、メロディアさんのことは一旦保留である。
それよりも、僕は臨時職員に採用されたようなのだ。
何故だ? これは児童福祉法違反なのでは? お金が目的なのか? 母は僕を働かせるつもりか? レビンは働かなくてよいのか?
僕はあまりのことに驚いて、母を問い詰めるように凝視してしまったのである。
「よかったわねアレン。 これで禁書以外、ほぼすべての本の閲覧ができるのよ。 臨時職員はそのために必要なのよ。 ちょっとだけ手伝えばよいという話なのよ」
母は僕の疑問に適格に答えてくれたのだった。
これは失礼いたしました。 大変ありがとうございます。 その判断は大変適切でございました。
よし! 気を取り直して頑張って仕事するぞ! 僕は気合を入れたのだった。
それにしても、この図書館の蔵書量は半端ないのではないだろうか? そんな高レベルの権限なんて必要無かったのではないだろうか。 まぁでも閲覧に制限がないことは良いことだ。 大は小を兼ねるのだ。
「では早速ですが、こちらで少し仕事をお願いします」
司書さんが呼んだので、やる気に満ちた僕は素直について行った。
「まずは、この書架のこの棚の内容を覚えてください。 仕事で必要になりますので」
まず僕が指示されたのは本を<文字記録ボード>へ書き写すことだった。
なんだそんな簡単な仕事か。 僕の気は軽くなった。
でもそれは間違いであった。
その書架の本とは、 外国語の辞書だったのだ。
それも多数の国の、更に古代語まで。
いったい僕に何をさせたいんだろう。
これって覚えるだけじゃないよね。きっとその先に外国関係の仕事があるよね。
僕の仕事に対するモチベーションは地に落ちてしまった。
僕の人生設計には外国関係の案件は組み入れていなかったのだ。
面白くないのだが、何とかギリギリで、その日の内に書架の辞書類はすべて<文字記録ボード>への取り込みを完了できた。 これだけで僕の一日は仕事で終わってしまったのだった。
司書のおばさんによれば、臨時職員としての業務は、週2日で良いとのことだ。 今日はちょっとしんどくなってしまったのだが、こんなのは今だけなのかもしれない。
僕は楽観的に考えることにしたのだった。 次の出勤日は明後日である。
◇ ◇ ◇
滞在4日目。 今日は住民登録で都役所へ行くことになっていた。 僕とレビンがゴネたので観光の方を優先させたせいで後回しになっていたのだ。 今日も 先日同様に、4人一緒である。
自動車で都役所へ行き、降りてから中に入って行く。 都役所の中は結構混雑していた。 僕らは受付で整理券もらうと、事前記入する書類も受け取った。
僕とレビンの紙は書生登録申請となっていた。
母はと見ると、使用人登録申請となっていた。
僕は生年月日やら故郷の住所など必要事項を記入していく。 そこで手が止まってしまった。 <ギフト>記入欄があったのだ。 僕はメロディア様にどうするか確認しようとしたのだが、即座に頷かれたので、すなおにBRDと記入したのだった。
そしてその書類をメロディア様に渡すと、書生受け入れ側の欄を記入し始めた。
ミズチ・レオノーラ・アタスタリア 前トリア王第二王妃
代理人 秘書役 メロディア・サイトリー騎士爵
……ミズチ様は前王妃だったのか。 王族関係者だとは分かっていたのだが、バリバリの王家じゃないか。 ミズチ様、なんで王宮に籠ってないんだよぉ~ モトリオーネ男爵領なんかに居ちゃダメだろ~。
僕はこの事実に衝撃を受けて狼狽えてしまったのである。 慌ててレビンに視線を移したのだが、兄はまるで平気そうだったのである。 それに対して母はひたすら固まっていた。
僕はやり場のない苛立ちを覚え、誰かにぶつけたくなってしまった。
おい兄! お前の感覚の方が変なんだぞ!
僕はレビンを泣かせてやろうかとも心の中で思ってしまったのである。
ミズチ・レオノーラ・アタスタリア 前トリア王第二王妃。 通称、ミッチーラ魔道具マスター。
それは多くの魔道具を開発し、この国を豊かにした類稀なる英雄なのである。
慌てて、全国貴族名鑑を検索したのだが、やはり間違いなかった。
エスナ様が ミッチーって言うのも理解してしまった。
だがそれだけじゃない。
エスナ様って、もしかして弟子のエスナ魔道具師だった人?
まさに僕にとっては青天の霹靂だったのだが、これで今までの謎が解けてしまった気がした。
僕は今更だと思って、ため息をついた後、なんとか落ち着きを取り戻したのだった。
そして固まっていた母の肩も優しく叩いて置いたのだ。
窓口に書類を提出した。 まずレビンの書類を提出したところで受付の人は一瞬固まった。 次に僕の書類を見て再度固まってしまった。 今度の固まり方はちょっと長い。
「この記載は、本当ですか?」
役人が尋ねたが、メロディア様が頷くと、納得したようで書類を受理したのであった。 その後、僕たちは身分証のカードを受け取り都役所を出た。
まったくもう~ 命がいくつあっても足らないよ~ 僕は心の中で絶叫したのだった。
追い詰められて、推敲作業が十分にできなくなってきております。 幸い?PV数が少ないので影響は少ないですが、投稿のペースは落ちてしまうかもしれないことをご報告しておきます。