11. 王都への旅
「で、母さんは何故ついて来たの?」
母様に話を振る。
「貴方一人で王都に行かせるわけないでしょ?」
「そうですよね……。 それにしても何で僕を強引に連れていくんだろ~。 エスナ様との駆け引きに使われたってことは分かんるですが、そろそろ解放してもらってもいいのに」
「あれ? アレンって、分かってなかったの? アレンがいないとミズチ様は研究ができないでしょ」
なるほど、それなら分かる。 弟子としてついて来いということなのだ。 7歳児の弟子なのに過酷なことだ。 あれ?母さま観光って言ってなかった?
暫くしてレビンが泣き止んだので気を逸らすことにした。
「それにしても、この部屋って凄いなぁ。 広いし、初めて見るような物も多いし。 これなんか高そうだし」
僕は大事そうに置いてあったティーカップを両手で抱えて見せた。
「アレン、あんまり触らないでね。 壊したら弁償できないぐらい高いはずだから」
僕はそっとティーカップを置いた。
レビン兄も慌てて、ティーカップを置いた。
レビン兄も手にとって見てたのか、……立ち直り早いなっ!
「伯爵邸でこれなのだから、王宮に行ったらどうなってるんでしょね」
僕はつい出来心でぼやいてしまった。
「……」
「……」
僕の失言によって雰囲気が重くなってしまった。 あああ、ごめんなさい。
でも覚悟はできたでしょ兄さん。 もう泣かないでよね。
しばらく部屋の物を鑑賞していると、使用人と思われる方が、食事を持ってきてくれた。
メニューは、…最近追加された新しい魔物肉!! のコース料理で大変美味なのだそうだ。
……僕は食べるべきかどうか大変迷った、迷ったのだが、育ち盛りな僕は空腹に耐えられなかった。
うん、美味しかったです。 だけど、本当にもう勘弁してください(泣)。
結局、ミズチ様とは落ち合うこともなく、僕たちは終日部屋に閉じ込められたままだった。
別に鍵をかけられたわけではないのだが、こんな高貴な、危険な場所では救助が来ない限り閉じ込められているという表現が正しい。
翌日、目の淵に隈を作ったミズチ様が馬車に乗り、僕たちも馬車に乗り込んだ。
ああ、やっと解放された気分だ。
兄はミズチ様を怯えた目で見ている。
今更である。 ミズチ様とはあれだけ家で交流した仲じゃないか。
「なんじゃレビン、貴族邸の雰囲気に呑まれたか?」
ミズチ様はそっと兄の頭を撫でた。
兄はフリーズして動かない。
ミズチ様、貴族邸にでは無く、兄はミズチ様に臆したのですよ。
「大丈夫じゃレビン、儂ももう二度とここには寄りとう無いわ」
ミズチ様が原因なのですけど、……よし、兄がちょっと心配だったので思い切って言ってやる!
「ミズチ様、ここに寄らないということは、王宮に留まることに決めたのですか?」
「……何を言うんじゃ、アレン。 言うようになったな。 生意気なのじゃ。ふぉっ、ふぉっ、ふぉっ」
ミズチ様は大笑いして僕の頬をつついた。
どうしてみんな頬をつつくんだろう。
まぁ妹のミレイの頬は魅力的なんだが、僕の頬も魅力的なんだろうか……。
僕はお返しとばかりに、兄の頬をつついてやった。
兄はびっくりしたようだが、つつき返してきた。
他愛もない会話とじゃれあいを続けて、しばらくしたところで兄は落ち着いたのだった。
いつものミズチ様であることに安心したに違いない。
それでいいのだレビン兄。 少なくともミズチ様に関しては、公式の場でなければ臆することなんてないのだよ。 僕は兄の成長に満足したのだった。
自動車に乗り換えた一行は王都への道を進んでいく。
多少遠回りにはなるのだが、できるだけ領主に面会しない方向を重視したのだ。
ミズチ様の気持ちはよくわかりますし、それでいいと思います。
僕としては、あの魔物の肉さえ食事に出なければ問題ないのですが。 あの肉、貴族の間で結構話題になってそうなんだよな(泣)。
その後の自動車の旅は、3日間に及んだ、さすがにこの日数の旅は退屈である。
退屈であるので僕たちはカードゲームを始めたのであった。
<文字記録ボード>を使わないという縛りで臨んだため、一番強かったのはミズチ様で、僕は最下位になってしまったのだ。
結構意外だったのは、レビンが強かったことである。 最初は最下位を独走していたのだが、だんだん強くなり、最後はミズチ様と競り合うほどになっていたのである。 勝負勘と地頭が非常に良いと思われるのだ。
「アレンって、生意気なくせに、カードゲーム弱いよな。 実は頭悪いんじゃないか?」
兄は得意になって僕を挑発しているようだ。 泣かされたことを根に持っているのかもしれない。 しつこい奴だな~ 僕、きらいになっちゃうぞ。
「<文字記録ボード>を使えば負けないさ。 手加減してやったんだよ?」
僕は真実を教えてやった。
「じゃ勝負だ。<文字記録ボード>を使ってもいいから勝ってみろ」
よし! 挑発に乗ってやろう。
もちろん<文字記録ボード>を使っての対戦は、相手にならずボコボコにしてやったのだった。
「アレン お前<文字記録ボード>だけが頼りなんだな…」
レビンの負け惜しみである。 負け惜しみであるのだが、僕はある意味ショックを受けてしまった。
えっと僕って能力は発達していっているよね? そういえば、子供の頃に勉強しておかないと頭は良くならないのである。 音楽や芸術も英才教育が有効なので、基本的に子供時代の教育は重要なのだ。 やはり<文字記録ボード>を使わない勉強も必要なのだろう。
「レビン兄、ありがとう」
僕は正直になり感謝の意を伝えたのであった。
「お、お前、馬鹿にするのもいい加減にしろよ、社会で生きていけなくなるぞ」
明らかに兄に誤解を与えてしまったようだ。 これは僕が悪い。 それでも、お前に言われたくないわ! と言いそうになってしまった。
そこではたと気づいた。 兄と同じ土俵で喧嘩してしまいそうになっていることに。
7歳児としては当然であっても、僕の意識は余裕の大人なんだ、これは非常に不本意であるといえる。 不本意であると思ったら、やはり自己嫌悪で怒りが込み上げてきてしまい、それが表情に出てしまった。
「おっ、やるか?」
兄の挑発が続く。
兄は体力において僕に有利であることを確信している。
このまま怒りに任せた八つ当たりで、”頬のつつきあい” をしても、リーチが短い分僕が負けるのは分かっている。 僕は怒りを感じているのだが、一旦冷静にならなければならない。
僕は一呼吸置いた。
「僕は<文字記録ボード>に頼りすぎていたんだ。 このままでは本当の意味で進歩しないかもしれない。 そのことをレビンが教えてくれたんだ。 だから ありがとうって言ったんだよ」
「……」
僕と兄は睨みあって、膠着状態となってしまったのだった。
「ほぅ アレン そのことに気づきおったか やはりわしの弟子は大したものじゃ」
「そうよね。 私の教育がよかったのでしょうね。 さて今後どう教育しようかしら」
母の目がキラリと光ったような気がした。 僕も兄もこれにはちょっと狼狽えた。
「そうね、丁度暇なんだらから数学の勉強をしてみようかしらね」
兄も僕もギョッとしてしまった。
「母さん俺、教科書持ってきてないよ」
ちょっ、兄さん! ”僕” ではなく ”俺” って言った? ちょっと早いんじゃない?
よく考えてみれば兄はアレであるが、勉学も優秀であるため、まだ小学生なのに中学生の勉強も終えていた。 きっと早熟なのであろう。
「じゃアレン、高等数学一種の確率論の内容をこのノートへ書いてね」
僕はノートとペンを渡された。 母様よ、何故今このタイミングで都合よく筆記具を持っていたのだろう。
「ちょっとアレン、そんなの記録してないよな。 ないよな」
レビンは焦っている。
僕が記録して無いわけ無いじゃないか。 丁度いい、確率論なら王都にある高等学院で習う教材だ。 僕も復習がてら勉強しよう。 問題も解いてやろう。
「母様、教科書がいいの? 問題集がいいの?」
「アレン本気か? 本気なのか? それでいいのか?」
レビンは必死に抵抗している。
「じゃ、問題集にしましょう。 丁度いい機会だから皆で解いて勝負しましょうか」
「ふぉっ、ふぉっ、ふぉっ。 賛成じゃ。 暇つぶしに丁度いいだろう」
ミズチ様に言われてしまっては、さすがのレビンも諦めたようだ。
こうして数学の確率論の問題集対決がはじまったのであった。
結果はミズチ様が僕に辛勝。 レビンが母に辛勝だった。 もちろん僕とレビンとでは勝負にならなかったのは言うまでもない。
レビン兄さんはさすがである。 4学年の上の勉強もできるなんて優秀すぎる。 これを言うとまた喧嘩になりそうなので止めておいた。 僕は学習したのだ。
途中からは宮廷での公用語である外国語の授業にもなってしまった。 主に基礎の基礎である発音練習だったが、大変貴重な機会であった。
それでも僕は絶対王宮へは行かないよ。 伯爵邸であってもあれだけ危険だったのである。 王宮なんて命がいくらあっても足りない。 これだけは譲れないのだと固く誓ったのであった。
そんなこんなで暇つぶしも非常に順調であり、やがて一行は無事に王都へ到着したのだった。




