64 リビィの結末【3】
『イーナム、やめて欲しいの』
『んあ? やめる? それってつまりアレか? パーティー追放ってヤツ?
もとより、俺はお前のパーティーに入った記憶が無いんだが……』
『そうじゃなくて……。その、夜な夜なやってるのをね……』
『ん? 何のことだ?』
『ほら、馬の世話って言って……。その……』
『そりゃ、テイマーだし世話はするだろ?』
『そうでもなくて、みんな寝静まった後、違う世話してるでしょ……?』
『えっ……。気づかれてたのか?』
『うん、まぁ……。馬の荒い鼻息が聞こえてくるし……』
『これでも気を使って、バレないようにと考えてたんだがなぁ』
『その……、ね? 私はいいとして、女性のメンバーもいるからね?
だから、いわゆる下の世話っていうのかな……。やめて欲しいの』
『とは言っても、アレは大事な世話の一部なんだよな。
ちゃんと処理してやらないと、気性が荒くなるし、なによりそれ以上に……。
あー……。やめよっか、この話。
というか、俺ってお前に指示されるような間柄じゃないよな?』
『そりゃね、目的が同じだから一緒に居るだけだとは言ったよ?
けど、それでももうちょっと配慮が欲しいかなって……。
今はもう、二人だけの旅じゃないんだから……』
『そうかい。そりゃお前も、冒険者仲間の方が大事だよな』
『そういうわけじゃ……』
『それと同じく、俺は動物たちを大事に思ってる。
だから、お前の言ってることが“指示”じゃなく“お願い”だったとしても、従えないな』
『…………。わかった。仕方ないね』
朦朧とした意識の中、夢とも記憶とも取れぬ彼との会話を思い出す。
彼の行いが、本当に必要なものだったかどうかはわからない。
けれど、周囲から見ればそれは、そういう趣味だと捉えられても仕方のないこと。
そして、普段から彼との距離を感じていた者にとってみれば、十分な口実となることだった。
彼は、誰よりも動物というものを理解していただろう。
けれど、誰よりも人間というものを理解できていないのだろう。
もしくは、理解した上で“共通の敵”を演じ、私たちの脆い絆を結び付けようとしていたのだろうか。
今となっては、何も分からない。
彼を切り捨てることで得たはずの仲間も、道を違えてしまった。
ただ分かることは、私が何かを間違えたということだけ。
私は、どこで何を間違えたのだろう……。
赤き月の照らす夜が去り、白く変わる空が魔物の宴の終わりを告げる。
だが私の周囲には、魔物などいない。残骸だけが残されていた。
テイマーのイーナムが連れていた馬。そして私が彼から奪った馬。それはただの馬ではなかった。
半獣半魔、伝承でしか聞くことのない存在、ケンタウロス。
その強さは、ブラッドムーンによって凶暴化した魔物でさえ、枯葉を散らすように薙ぎ払った。
そして私もまた、そのような存在に勝てるはずもない。
彼の言った、気性が荒くなるという言葉。その意味を思い知る。
私の弱さを隠すよう、身体を覆い隠していた装備は剥がれ、周囲に散らばる。
冒険者という肩書きも同時に剥がれ、弱い女だけがここに残された。
そのような私の抵抗など、なんの意味もなかった。
ただなされるがままに、半獣にいたぶられ、汚され続けた。
けれど、これは起こるべくして起こったことだと、薄暗い空虚な空を見つめ思う。
私が咎めた彼の行動。それは全て、このような事態が起こらないためのものだった。
それだけではない。全てのことが、彼の気遣いだったのだ。
気付いた時には、何もかもが遅かった。
起き上がり、痛む身体を引きずり服を拾い上げる。
もう何も残されていない私でも、何かを守ろうと布切れを纏うのか……。
ため息も涙も出てはこない。自嘲だけがこぼれ、袖を通す。
もう戻れぬあの日々を想う。後悔だけが降り積もる。
これから私は、どこへ向かうだろう。そして、どれほどの間違いを犯すのだろう。
言葉選びに迷いすぎて、めちゃくちゃ時間かかったぜ……。




