44 長期戦
「だぁっ!! ちょこまかとっ!!」
「小僧、貴様よりカタツムリの方が素早いのではないか?」
「んなわけっ!! ねぇだろっ!!」
タツミと少年冒険者の戦いとも呼べぬなにかは、かれこれ半時間ほど続いていた。
長老の表情は、試合をけしかけた時の浮足だった様子からは、同一人物と思えぬほどの無表情だ。
そうだな、例えるならチベットスナギツネか、ハシビロコウといった感じだな。
どんなのかわからないって? テイマーにしか伝わらない、テイマージョークだ。
ま、簡単に言えば、もう飽き飽きしてるって事だな。
周囲の見物人たちも、最初こそタツミの速さと回避技術に驚いていたが、今ではあくび混じりの見物だ。
あ、長老が退屈すぎて、プルプルし始めた。ついにお迎えが来てしまったのだろうか。
「ええい! 貴様ら! 遊んどる場合か!!
本気でやらんか、本気で!!」
「長老、我慢の限界を迎えるの巻」
まぁ、そう言いたくなる気持ちもわからんでもない。
タツミはともかく、相手の子は気力だけで動いているようなもので、もはや最初の頃の素早さはない。
目測だが、だいたい7割ほどしか速さも力もないな。
おそらく、タツミは疲れ果てさせて、降参させる算段なのだろう。
いくら加減するとはいえ、うっかり攻撃したら……。
そうだな、平手打ちするだけで首が飛ぶかもしれない。
あ、ギルドをクビになるって意味じゃなく、本当に物理的に飛ぶって意味だ。
なんだかんだで、タツミはちゃんと考えて行動できるヤツなのだ。
この試合だって、ルーヴが困っているから助けてやったという側面が大きいのだから。
当のルーヴは……、気づいてないだうな。
しかし、長老の御立腹もあってか、相手も作戦を変えてきたようだ。
一気に仕留めることが難しいと判断し、体力を温存していたようだが、攻め続けるだけでは埒があかないのは、あの子も気付いている。
「へっ、歳のわりには元気じゃん?
すぐバテると思ったのに、なかなかやるじゃんオバサン!」
「どうした? 無駄口を叩く余裕があるとでも言いたいのか?
それとも、我を口説いているつもりか?」
「誰がオメーみたいな逝き遅れ口説くかよ!」
どうやら、挑発して隙を作る作戦のようだ。
持久戦で決着をつけられないのだから、妥当な作戦変更だろう。
ちょっとばかし、判断が遅いと言わざるをえないが。
「へっ、そうやって逃げ回ってるのも、逃げるしか脳がないからだろっ!!」
舌戦を繰り広げながらも、木刀を振り抜くのはやめない。
一つのことに集中して、攻撃が疎かにならないとは、意外とやり手なのかもしれない。
突っ込むだけしか脳のないヤツってのも、世の中には居るからな。
「よく回る口だな。その素早さを、剣に乗せてはどうだ?」
「そっちこそ、その逃げ足を攻撃に活かしてみたらどうなんだよ!
仕掛けてこないのも、大したことない弱っちい攻撃だからなんだろっ!!」
「ほう……、我が弱いと……」
あっ、ヤバい……。それは禁句だ。
なんたって、タツミはあんな姿とはいえ、元々ドラゴンなんだから……。
「では、少しばかり格の違いというものを……」
ニヤっと背筋も凍る黒い笑みを浮かべ、タツミの動きが変わる。
ぐっと右足で踏み込んだかと思えば、目にも留まらぬ速さで距離を詰める。
そして、勢いよく左脚を大地へと踏み込ませた。
その瞬間、平に慣らされた地面はバキッと亀裂を走らせ、踏み込んだ脚を中心に、蜘蛛の巣のように亀裂を張り巡らせる。
がっちりと握りしめられた右手はすでに、相手の腹へと狙いを合わせ、今にも振り抜かれようとしていた。
その先の未来を幻視した俺は、静観を破り叫んだ。
「やめろタツミ!!」
しかし、その声は虚しく、右手は音をも置き去りにして、勢いよく攻撃を放ったのだった。
つまらん! お前らの戦いはつまらん!!




