28 寂しがりの生き物
タツミは、生贄として捧げられた少女との関わりの中で、人間のことを少しづつ知っていたらしい。
「それで、人間の暮らしぶりを知ったのか」
「そうですね。その後から、時折人形を使い、人間の住む地へと降り立ったのです。
タツミと名乗ったのも、その時からですね。
当時は雄でしたので、冒険者の男として活動しておりました。
人間たちの間では、それなりに名が通っていたはずですが……。ご存知ありませんか?」
「さー? 俺は冒険者でもないしなぁ……」
「そうですか……」
あ、明らかにしょんぼりしている。
かといって、嘘をついても仕方ないしな。
だが、いくら人形越しとはいえ、その裏に居るのはドラゴンだ。
おそらく、相当強い冒険者として名を馳せていたとして、不思議ではないな。
「しかし、そんな有名な冒険者様が、なんで俺なんかのところに?
ドラゴンじゃなく人間がいいってんなら、冒険者のタツミとして人間に化ければ、ひく手数多だろうに」
「本当にイーナム様は、ドラゴンのことは知っていても、人間のことも、自分自身のこともわかっていらっしゃらないのですね」
「ん? どういうこった?」
「力や地位、名声や財産に釣られてくるような相手など、愛するに値しませんわ」
「確かに俺はそういうのに興味ねえけど……。
興味ないだけなら、他にもいるだろうよ」
「……。これは、ヨツミミが苦労するわけです」
小さなため息が聞こえた。
なんだ? 俺が何かしたか?
「俺、なんかしたっけか?」
「イーナム様は、傷の回復のために籠った洞窟で私を見て、手を出しませんでしたわ。
弱っているドラゴンを見つけて、首を取らないなど、人間としては考えられないことですよ。
ドラゴンの首が、どれほどの価値を持つかなど、人間であれば赤子でも知っているというのに」
「そりゃ、俺はテイマーだし?
魔物狩りして稼いでる冒険者とは、根本が違うし?」
「その上、傷の治りが早まるよう治療までしてくださいました。
ドラゴンの凶暴性を知っていて、身の安全を考えるのならば、できることではありませんわ」
「え? あの時俺は魔法で眠らせたはずだが……」
「いくらイーナム様の魔法が洗練されていようとも、魔法程度で、ドラゴンが完全に意識を手放すとでも?」
「マジか……。てことは、かなり痛かったんじゃないか?」
「ひどく染みる薬でしたが、その手の温もりが、敵意のなさを示していましたわ。
そして、自らの危険を顧みず他者を思いやる心というものを、私は初めて知ったのです」
「そんないい話じゃないんだけどな……」
「何をおっしゃいますか。イーナム様も、あのヨツミミに対して教えていたでしょう?
ドラゴンとは、強さが全ての生物。他者への思いやりなど、かけらも持たぬ種族なのです。
貴方様の手が触れたあの時から、私はやさしさという温もりを求めてやまなくなってしまったのです……」
「えー……。多分人間なら普通……」
「人間同士であれば、そうかもしれませんね」
口元を隠しながら、柔らかい笑みを浮かべるタツミ。
もしかするとドラゴンってのは、強い代わりに、ひどく寂しい種族なのかもしれないな。
だからこそ、人形を使って、寂しさを紛らわせていたのだろう。
「私もまた、イーナム様のように、誰かに優しいドラゴンとなりたいものです……」
「なら、最初はルーヴかな」
「それは無理な相談です。ヨツミミとは、貴方様を取り合う仲ですもの」
「取り合わないでもらいたいんだがな……」
「まずはそうですね……。そこの仔だぬきにでも……。
隠れてないで、出てくるがよい。愛でてやろうぞ」
その言葉に、ずっと隠れていたチビ助は、さっと森の方へと逃げ出してしまった。
「なぜ逃げる!?」
やっぱ、ドラゴンの圧があるんだろうな。そりゃ無理な話だ。
上からタツミ、寂しがりなヤツさ。




