14 会敵
ゆっくりと気配を読みながら進む先、俺は足を止めた。
「どうしたんですか?」
後ろをついてきていたルーヴは、ぼふっと俺の背にぶつかり、俺を見上げる。
「しっ……、魔物の気配だ……。
相手は……、オーク? いや、にしては強すぎる。
1キロ先、数は4体……。もう少し先に、あと2体いるな……」
「そこまで分かるんですか?」
「オークは、豚か猪が魔力に当てられて、変化した姿だからな。
動物の気配が多少残っていれば、テイマーなら感知できるだろうよ。
お前は、匂いでわかるんじゃないか?」
「瘴気が強すぎて、鼻が効かないんです……」
「そうか……」
しゅんとするルーヴだが、意外とコイツの鼻にも弱点はあるんだな。
そりゃそうか、俺だってうるさい場所で声をかけられたって、気づけないのと同じか。
「もう少し近付いて、避けられそうになければ、戦うしかないな」
「はい。援護します」
「無理はするなよ……」
岩だらけの、道なき道をゆっくりと進む。
ルート取りは限られ、どうやっても鉢合わせは避けられそうにない。
「あれは……、ハイオークだな。
やっぱ、ただのオークじゃなかったか……」
「ハイオーク?」
「オークの変異種だな。濃い瘴気で、強さも凶暴さも増した個体をそう呼ぶらしい。
一匹でオーク10体分とも、20体分とも言われる強さだ」
「それが合わせて6体ですか……。
無理ではないけれど、無傷で突破は難しそうですね……」
「あぁ。魔法で地面に穴ほって抜ける手も無くはないが……。
その場合、地上の様子が読めなくなる。下手すれば、上に出た瞬間袋叩きだな」
「逃げ場もないですし、そっちの方が被害甚大ですね。
やっぱり、戦うしかなさそうですね」
「そうだな……。オーク族は凶暴で、周囲の生態系にも影響が出る。
放っておくのもマズいだろう」
できれば戦いたくない。
ドラゴンの調査が目的なんだから、目的のドラゴンとすら戦う必要はない。
だが、相手は話の通じない相手。それも、凶暴化したオークだ。
そっと近づき、目視で確認する。
ブタのような面した巨漢どもは、丸太を手に持っている。おそらくそれが武器なのだろう。
へこみ、ひしゃげた丸太は、今までも周囲の者たちと戦闘を繰り広げたことを示していた。
「旦那様、作戦を……」
「ルーヴ、お前は目をつぶって、ゆっくり5秒数えろ」
「え? は、はい……」
それを作戦だと思ったのか、ルーヴは、大人しく指示に従う。
「1」
俺はすぐさま駆け出し、腰に携えていた剣を抜く。
「2」
滑らかな線は、一筆で4体のオークへと軌跡を伸ばす。
「3」
異変に気付いた残り2体は振り向き、即座に雷鳴と共に、その身を焦がした。
「4」
大地に魔力が流れ、大きな溝が姿を表し、6体のオークを飲み込む。
「5」
閉じられた大地の上に、6つの墓標を刺す。
「もう、いいですか?」
「あぁ、終わったよ」
ルーヴが目を開けた時、全ては終わっていた。
最後に植物の魔法で、彼らに花を捧げよう。
「え? え? オークは?」
「あぁ……。彼らはもう、この下さ」
花束を作る俺に、ルーヴは現状を理解できずにいるようだった。
理解なんてしなくていい。無益な戦いなど、見なくていい。
「本当に、本当に倒したんですか?」
「残念ながら、な……」
「すごいです! あんな強い魔物をどうやって!?」
「すごくなんてないさ。ホントにすごいヤツってのは、戦いすらさせないヤツをいうもんさ」
「えっ……」
俺の言葉に、ルーヴはどう反応していいか困っているようだった。
これはただの俺の理想。魔物も動物も、戦わず、誰も傷つけない。
そんな理想は、もはや幻想でしかないと気付いていた。
けれど、それでも追い求めてしまうのが、理想というものだ。
俺もまだまだだと思いながら、6つの墓標に花を供えた。
「旦那様、この世は弱肉強食です。
自然の中で生きるなら、誰かを犠牲にしなければならないんです」
「あぁ、わかってるよ」
「誰もあなたを責めません。だから、そんな悲しい顔しないでください……」
「……。そうだな……」
そんなに俺は、表情に出ていただろうか。
魔物を斬り捨てることに躊躇う弱さを、ルーヴに見抜かれていた。
「あぁ」という返答は「(オークが)無傷で突破するのは難しそうだ」の意味だった。




