魔女のお仕事・第一歩2
「………………はっ」
自室のベッドの上でゴロゴロしながらひたすら本を読んでいたのだが、気づけばあれから一月近くたとうとしていた。師匠の部屋で新しい小説を見つけたり、昔読んだ面白い本を読み直したりだとかしているうちに、いつのまにやら時は矢のように流れている。
今までは、なんだかんだで師匠から与えられる課題や目標があったが、今はそういったものが一切ない。魔女としての仕事をきちんとやるとは言ったものの、師匠が働かなければならないような事件など私がここで過ごした十年のうちでもほとんどなかった。
短期的なノルマもなく、小言を言う親もいないこの状況、私がニート化するには十分だったようだ。食事や入浴は不定期ではあるもののしっかりしていたから、不健康で不衛生ということはないが、怠惰で堕落しているのは間違いない。
流石にあかんので、働くことにしよう。明日からとか言ってると本気でニート化しかねないので今からやろう。しかし、魔女のお仕事はありていに言って人口調整だということは言ったが、本気でそれが必要な状況というのは多くない。
マナニアが増えすぎれば、人の領域まであふれ出て退治されるし、人が増えすぎれば疫病や飢饉、戦争が起きて勝手に減る。魔女がわざわざ介入しなければならないような事態になることはそうそうあることではない。だから基本的には異常が起こらない限りニートをしていて問題ないのだ。
逆に言えば異常があればすぐに調査して、必要なら原因を排除しなければならない。師匠は、“星詠みの魔法”による未来予知で、そうした事件に素早く対処していたらしいのだが、私はそういった魔法は使えない。ちょっとした占い程度ならできるが、それ以上は無理だ。
だから、“何かあれば対処する”ために、“何か”が起きたことを知る手段を手に入れる必要がある。それはマナの流れから察知するのが基本的な方法なわけだが、新米魔女の平均的な狭い領域ならともかく、この広大な領域の中のマナの流れを把握することなど私には到底不可能だ。
だが、不可能なことを何とかするための知恵と魔法である。というわけで、気象予報システム的なものを構築することにする。マナの多寡を計測する、百葉箱のようなものを領域の各地に設置して、マナの流れの変遷を把握し、異常があれば調査に出向く。そうすれば、広大な領域を治めることも、たぶん、なんとか、可能になる、はず、だといいなあ。
何かの魔導書にそうした計測装置の作り方が載っていた気がするので、探す。途中面白い本を見つけて脱線しそうになりつつも、後で読む本のゾーンに積んで、探索を続行。数時間かかったが発見に成功する。材料が若干面倒そうだったが、竜の骨で代用できるようなので、すぐに作れるだろう。
倉庫に行って壁の影絵の箱の一つをつまんで剥がし、家の前で元に戻す。『影絵の匠』を数人作って、適当な骨を鋸でゴリゴリ大まかに切り分けさせて、それをナイフやサンドペーパー風の影で拳大のアミュレットに加工させる。
人海戦術で終わる単純作業は得意だ。さらに人数を追加し、作業を続行。日暮れまでやって結局数百個のアミュレットが完成することとなった。いくつ必要になるかはわからないが、とりあえずはこんなもんでいいか。
一つ掴んで撫でてみる。なめらかな感触が心地よく、なんだか病み付きになりそう。一頭分丸ごとどっさりあるから意識していなかったが、ドラゴンの骨ってそういえばすごい高級品だったはず。そのうちなにか身の回り品でも作ってみることにしよう。
とりあえず本日のお仕事はこれで終了。続きは明日にする。いやあ、久々に働いたので充実感があるなあ。傍目にはぼんやり座っているだけにしか見えなかっただろうけど。
作業二日目。アミュレットに周囲のマナ量を計測する呪紋と、その情報を伝達する呪紋を刻む。とりあえずこれで基本的な機能は完成か。ついでに位置情報を伝達する呪紋も刻んでおく。番号つけて設置するときにそれを記録すればいいかとも思ったが、設置場所のことを考えると、数年に一回くらいは崖崩れとかで行方不明になったりする可能性がわりと濃厚なので、GPSっぽい感じにしておく。
たぶんないと思うが盗難防止にもなるしね。こんな山奥まで来るような根性入った泥棒にだったら、一個か二個なら進呈してもいいくらいだけど。これも単純作業だったが、数が多いのでなんだかんだで朝起きてからお昼までかかってしまった。
お昼を食べてから、次は送られてくる情報を集積するホストコンピューター的なものを作る。自動書記の魔導書にしてしまえば簡単に作れるが、それではいくら紙があっても足りなくなりそうなので、ちょっと工夫してみることにしよう。と言っても、ドラゴンの骨があれば普通に作れる程度のものなのだが。これ、本当に素材として優秀だわ。
夕方までかかって、情報集積装置を開発。一抱えある四角いブロックのように加工したドラゴンの骨に、びっしり呪紋が刻まれている。複雑なことをやるとまた変わるだろうが、単純に計測したマナの量を記録するだけならたぶん一万年くらいいけそう。ちょっとオーバースペックか。だが、わざわざダウングレードするほどでもないし、これでよしとする。
マナ量計測アミュレットを一個使って起動実験をしてみる。うん、ちゃんと動いている。ただ情報を読み取るのに、このブロックに触って集中しないといけないというのは少し面倒か。なにか視覚化できるもの、タブレット的な何かを作ろう。
ということで、夜中までかかって魔法の地図を完成させる。まずは師匠が作った領地の地図をコピー。師匠は星詠みの魔女というだけあって、天文や測量に関して一家言あったようで、かなり精巧な地図が結構大量に残されていた。私と暮らしているときにそういうことをしていた素振りはなかったから、それ以前に、暇に飽かして作ったのだろうか。
影絵の魔法は複写も得意だ。影にインクといくつかの魔法触媒を混ぜれば、紙の上で自在に動く魔法のインクが出来上がり、それを原本の上に垂らすと、すぐにインクが紙の上を走り、原本の情報をなぞり記憶する。その地図を写したインクを別の紙に移す。その作業を何度も繰り返せば、縮尺や地域を自在に切り替えられる、領地の詳細が一枚でわかる魔法の地図の完成だ。
この魔法の地図と竜骨のブロックを同期させて、地図の上にアミュレットの位置と現在のマナの量を表示できるようにする。今は自宅の位置に一個だけだが、適当に配置すれば役に立つようになるだろう。集積した情報のグラフ化も、まだ元になる情報がないから無理だが、できるようにしておく。
簡単なものを食べつつ地図の出来を確認する。うんうん、中々いい出来だ。正直戦闘とかよりこういうちまちました作業の方がよほど楽しいぞ。以前に魔法のインクを作ったときは、料理本一冊丸ごとコピーして、電子書籍っぽいものを作ってみたのだが、実用性はそこそこでも手間がかかり過ぎるのでボツになった発明だった。この地図の方は実用性抜群になるはずだし、防水や耐火、劣化防止の魔法をありったけかけておこう。
いつのまにやら寝落ちしていて、起きたらお昼近かった。まあ夜型の方が魔女らしいといえばそうだが、ガチ山奥なので日が落ちると外に出られなくなる。昼型生活の方が何をやるにも都合がいいのだ。身長のこともあるし、健康的な生活を心がけねば。
気を取り直して作業三日目。大体必要なものは作ったし、計測アミュレットを設置する作業をしていこう。と思ったけど、まだいるものがあった。アミュレットを置く百葉箱的なものだ。それなりに丈夫で、壊されたり盗まれたりしないようにしないといけない。
なんか、神社を設置したら不法投棄が減ったとかいう話があった気がするし、小さいお堂のような形にしよう。木製で、人除け、獣除け、マナニア除け、劣化防止なんかの呪紋を彫り込めばそれらしい感じになると思うし。じゃあまず必要なのは木材か。家の周りのわずかな木を切るのも嫌だし、麓の方に行って伐って来よう。
シュベルトベルグの険しい山々のど真ん中に星詠みの魔女邸はある。南方に下っていくと、だんだんと木々が増え、麓に近くなると、そこからは山々から流れる豊かな水量を受ける、南方二王国の水瓶、ブラウヴァルト大森林地帯だ。
箒で飛んできて、適当なところに降りる。そして影絵の匠を数体作り、周囲が夕暮れで赤くまで木を伐り続けた。木材はいくらあっても困らないし、影にしまえばいくらでも持ち帰れるし、とりあえず取れるだけ取っておくことにしたのだ。
加工しやすい木、前世で知っているのから、マナの影響を受けた半分マナニアのような感じの木まで、適当にバンバン切って影にしまった。
途中何度か、魔女の気配にひかれたのか、マナニアに襲われたが、影絵の騎士で適当に倒しておく。因縁の狼っぽいマナニアの魔狼でも、今は片手間で倒せるようになったのだ。5,6体出した騎士で囲んでザクザクやるだけの簡単な作業。
だが、左目が疼く。こう言うと邪気眼のようだが。あと喉もひきつる。トラウマになってるのだろうか。なので、魔狼は念入りに、念入りにズタズタに引き裂いて殺しておく。ちょっと溜飲が下がる思い。
あとは熊っぽいのと鹿っぽいの。アーマード熊とか、森の神様とかそんな感じの見た目のマナニアたちだった。こいつらは何かに使えそうだし、適当にぼこぼこにするのではなく、騎士で足止めして、少し気合を入れて『影の国の剣士』を作り、チェーンソー仕様の大太刀で首を一撃で落とす。これで綺麗な死体が手に入る。騎士たちごと斬っても問題ないというのがこの戦法のミソだったりもする。
まあ、これらは本来の目的ではないおまけなので、適当に処理してしまっておく。そのうち何か作るのに使おう。そう思って倉庫にしまいこんでいるものが結構あったりするが。
で、日が暮れる前に帰宅する。昼と夜の境、薄い半月の浮かぶ空を箒に乗って駆けた。星々も瞬き初め、夕日の橙と、薄闇の青の二色に染まる雄大な自然の景色は、なんだかんだでこの世界も悪くないと思わせるものだった。