第九十四話 怒ると?
何故か奈津子さんに怒りが足りないと怒られました。いえ、だってそれは奈津子さんが先に怒ってしまったからでして……。私だって怒る寸前だったんですよ。
奈津子さんが来る前にカッとなっていたことを何とか説明して信じてもらいました。
「でも、怒った陽向さんって、あまり見たことがないわね。どうなるの?」
「どうなる……と言われても」
「もし私が来なかったどうしてたの?」
「そうですねえ。まずは後ろへ回りまして」
「え」
「膝を崩した後、正座させます」
本来ならばイスに座ってもらうと良いのですが、まぁ正座でもかまいません。
「額に人差し指です」
「は?」
どこかで見たことはありませんか?
イスに座った人の額に人差し指を当てるだけで立ち上がれなくなるというのを。
「正座だと横へ転がりやすいので、弱いですけどね。精神的に動けなくする意味合いも多少含まれていますので、半分くらいの人にしか通用しません。ええ、半分の人は転がって逃げますから」
イスですと、転がって逃げた場合少なからず衝撃が加わるので……高いところから床に腕から落ちるような体勢になるわけですから、躊躇してしまうわけです……正座よりは拘束力があります。
どちらも立ち上がれないというだけの事ですので、いかようにも逃げることができます。そもそも手足が自由ですからね。
「イメージとして回し蹴りとかするのかと思ったわ」
「どんなイメージよ、それ」
「それで、正座の後は?」
「それだけよ?」
「え?」
「人が何人通っても、そのまま」
大の大人が女子高生に正座させられるの図。
しかも通路の真ん中です。
「うわー……」
どうしたんですかと尋ねられれば私の答えは簡単です「お構いなく」。
まぁ執事さんが通る回数の方が多いとは思いますけど。
「はっはっはっはっ」
湯江信三郎さんが大きな声で笑いました。
「奈津子の靴を顔面で受けた方が、あいつにはマシだったということなんだねぇ。いや、愉快愉快」
まぁ、あの場には私と葛西さんと奈津子さんしかいませんでしたからね。
「何となく陽向さんを怒らせない方が良いのはわかったわ。ところで、客室の件なんだけど」
「ええ。会長さんより上の部屋なんて、落ち着いて泊まれないわ。ここと交換してください」
「いやいや、君にはぜひロイヤルスイートで過ごしてもらいたいのだよ」
「でも」
グランドスイートでも十分広いんですよ。どちらもツインですし、こちらでも若干そわそわしそうな豪華さなんですから。
「しかしねぇ。あぁ、それならこうしたらどうだい?私は奈津子が泊まる部屋に行こう。奈津子は陽向さんの部屋に行くといい」
そして私がグランドスイートに……。
「いやいや、そうではなくて。奈津子と一緒にロイヤルスイートに泊まって欲しい」
奈津子さんと?
それはまぁ、一人で泊まるよりは心強いですけれど。奈津子さんはそれで良いのでしょうか?
ちらっと奈津子さんを見ると、何故か目が輝いています。あれ?
「お祖父さま!」
「うん?」
「わたくし、とっても嬉しいですわ」
あれれ?
一緒に泊まるのは初めてではありませんよね。
小旅行の時に同じ大部屋でしたし。
「陽向さんはそれでも良いのね?」
「ええ、むしろ大歓迎。あの広さに一人とか辛いから」
「す、すぐに荷物持って行きます!」
凄い早さで奈津子さんがグランドスイートを飛び出して行きました。
鍵は私が持っているので、ちょっと待ってください奈津子さん。
立ち上がろうとすると湯江信三郎さんが先に立ち上がりました。




