第1話 臆病者はいらない
痛みを肩代わりしていた男が、追い出されたあとの話です。
ざまぁ多めでお送りします。
「ペイン。お前、明日から来なくていいわ」
ダンジョン帰りの夜。
ギルドの酒場で、ダイヤランクのパーティ『紅蓮の牙』の隊長、ヴァイスが言った。
「……理由を聞いてもいいか」
「理由? 見りゃわかんだろ」
ヴァイスは、俺の顔を指さした。
「お前、戦いのたびに青い顔して、脂汗かいて、ふらふらしてるじゃねえか。後ろで突っ立ってるだけのくせによ」
「魔物の前で震えてる臆病者なんて、仲間の士気が下がるのよね」
魔法使いのエマが、髪をいじりながら続けた。
「回復魔法もろくに使えないし、攻撃もしない。正直、何のためにいるのかわからない」
「俺の盾の後ろに隠れてるだけだもんな」
盾役のボルトが、大きな腕を組んで笑う。
副隊長のザックだけは、腕を組んだまま、黙って目をそらしていた。
止めもしなかった。
俺は、黙って四人の顔を見た。
今日のダンジョンで、ヴァイスはトロールの棍棒を背中に受けた。
ザックはオークの斧を肩に受けた。
エマは毒の霧を吸った。
ボルトは、ゴーレムの拳を盾ごと受けて、腕の骨が折れるはずだった。
四人とも、今はぴんぴんしている。
傷ひとつない。
「……そうか」
俺は、ゆっくり立ち上がった。
背中が、きしむように痛む。
左の肩が、ずきずきと痛む。
のどの奥が、まだ焼けるように苦しい。
右腕は、さっきから指先まで、うまく動かない。
全部、今日、四人が受けるはずだった痛みだ。
―――
俺のスキルは【痛みの肩代わり】。
仲間が受けた傷と痛みを、そっくりそのまま、俺が引き受ける。
仲間の体は、無傷のまま。
代わりに、俺の体に、同じ傷が浮かぶ。
もちろん、俺は普通の人間だ。
引き受けた傷は、俺のほうでゆっくり治すしかない。
だから毎晩、宿に戻ると、誰にも見られないように包帯を巻いて、薬草を噛んで、布団の中で歯を食いしばって朝を待った。
二年間、ずっとだ。
このスキルのことは、パーティに入った最初の日に、ちゃんと説明した。
「へえ、なんかよくわかんねえけど、いてもいいぞ」
ヴァイスはそう言って、そのまま忘れた。
誰も、本気で聞いていなかった。
そして『紅蓮の牙』は、「なぜか誰もけがをしない奇跡のパーティ」として、二年でダイヤランクまで駆け上がった。
みんなは、自分たちが強いからだと思っている。
「わかった。今まで世話になった」
俺は、肩代わりのつながりを、心の中でそっとほどいた。
四人と俺をつないでいた、細い糸みたいなもの。
二年間、一度も切ったことのない糸が、ぷつりと切れた。
「おう、達者でな。臆病者」
ヴァイスの声を背中で聞きながら、俺は酒場を出た。
―――
それから三日後。
俺は、王都のはずれの小さな治療院で、寝台に横になっていた。
つながりを切ってから、体の傷は、少しずつふさがっていった。
引き受ける痛みが、もう来ないからだ。
でも、胸の奥の重たいものだけは、なぜか、いつまでも消えなかった。
「ペインさん、具合はどうですか?」
治療院の娘、リーネがおかゆを運んできてくれた。
金色のおさげの、小柄な女の子だ。
俺が酒場からの帰り道で倒れていたのを、見つけて運んでくれたらしい。
「だいぶいい。ありがとう」
「本当にびっくりしたんですから。肩も、腕も、のども、ぼろぼろで。いったい、どんな戦いをしたらあんな体になるんですか」
「……戦ってはいないんだ」
俺は、少し笑った。
「四人分の痛みを、二年間、預かっていただけで」
リーネは、きょとんとした顔で首をかしげた。
―――
その頃。
『紅蓮の牙』は、いつものダンジョンの、いつもの三層にいた。
「おらぁ!」
ヴァイスの大剣が、オークを叩きつぶす。
ザックの剣が、もう一匹の首を斬り落とす。
その横から、別のオークの棍棒が、ザックの脇腹をかすめた。
「っ……!?」
ザックの体が、ぐらりとゆれた。
「い、痛ぇ……!? な、なんだこれ、いってぇ……!」
かすっただけだ。
いつもなら、何も感じないはずの一撃。
脇腹から、じわりと血がにじんでいた。
「ザック!? ちょっと、何やってるのよ!」
「う、うるせえ! 油断しただけだ!」
叫んだエマの足元で、毒きのこが胞子を吐いた。
いつもなら、吸っても平気な量だった。
「げほっ、げほっ……! な、何これ、のどが……!」
エマはその場にしゃがみこんで、激しくせきこんだ。
「下がれ! 俺が前に出る!」
ボルトが盾を構えて、オークの群れの前に飛び出した。
棍棒が、盾にたたきつけられる。
ごきん、と嫌な音がした。
「ぐああああっ! う、腕が……腕がぁ……!」
盾が、床に転がった。
―――
四人は、ほうほうの体でダンジョンから逃げ帰った。
ギルドの医務室で、ボルトの腕に添え木が当てられる。
エマはまだ、ひゅうひゅうと苦しそうに息をしている。
ザックは脇腹を押さえて、真っ青な顔で座りこんでいた。
ヴァイスは、壁をなぐりつけて、ずっと何かをわめいていた。
「……おかしい。絶対におかしい」
ザックがつぶやいた。
「三層だぞ? 何百回も通った層だぞ? 今まで、かすり傷ひとつ負ったことなかったのに……」
「あの、すみません」
医務室の年配の治療師が、困った顔で口をはさんだ。
「皆さん、このくらいの傷は、冒険者なら普通に負うものですよ。むしろ、二年間一度も医務室に来なかったことのほうが、私はずっと不思議でしたけど」
「……は?」
「ああ、そういえば」
治療師は、ふと思い出したように言った。
「皆さんのところにいた、黒髪の若い方。ペインさん、でしたっけ。あの方は、毎週のようにここへ薬草を買いに来てましたね。肩とか、腕とか、のどの薬を、いつも四人分」
医務室が、しんと静まりかえった。
「四人分……?」
エマが、かすれた声でくり返した。
「肩……腕……のど……」
ボルトが、自分の折れた腕を見た。
ザックの顔から、さらに血の気が引いていった。
「あいつのスキル……なんて言ってたっけ……」
二年前の、最初の日。
あいつは、ちゃんと説明していた。
自分は、仲間の痛みを引き受けるスキルだと。
聞いていなかったのは、俺たちのほうだ。
―――
一週間後。
すっかり体が軽くなった俺は、治療院の手伝いをしていた。
「ペインさん、次の患者さんお願いします!」
「ああ」
寝台の上で、木こりのおじさんがうめいていた。
倒れてきた木に、足をはさまれたらしい。
「痛ぇ……痛ぇよ……」
「少しだけ、我慢してください」
俺は、おじさんの足に手を当てた。
【痛みの肩代わり】。
今度は、ほんの少しだけ。
骨がつながるまでの、一番つらい痛みだけを引き受ける。
おじさんの顔が、ふっとゆるんだ。
「あれ……? 痛くねえ……?」
「リーネ、今のうちに添え木を」
「はい!」
俺の右足が、じんと痛む。
でも、これくらいなら、一晩で治る。
(ああ、そうか)
俺は、ふと思った。
(痛みを引き受けるのって、こういうふうに使えばよかったんだ)
二年間、俺は誰にも知られず、全部を一人で抱えこんでいた。
感謝されたことは、一度もなかった。
でもここでは、引き受けた分だけ、誰かが笑ってくれる。
「ペインさん、ありがとよぉ……!」
おじさんが、涙目で俺の手をにぎった。
それだけで、足の痛みなんて、どうでもよくなった。
―――
その日の夕方。
治療院の扉が、勢いよく開いた。
「ペイン! ペインはいるか!」
聞き覚えのある声だった。
ヴァイスが、立っていた。
背中を丸めて、げっそりとやつれた顔で。
後ろには、腕を吊ったボルトと、口元を布で押さえたエマ。
一番うしろに、脇腹に包帯を巻いたザックがいた。
「……何の用だ」
「とぼけるな」
ヴァイスは、つかつかと俺の前まで来て、胸ぐらをつかんだ。
「お前、何か仕組んだだろ。出ていく時に、呪いでもかけていったんだろうが」
「……は?」
「お前がいなくなってから、俺たちは一度もダンジョンを最後まで進めてねえ! 次の依頼に失敗したら、ダイヤから落とされるんだよ!」
ヴァイスの顔は、真っ赤だった。
「明日から戻ってこい。これは、隊長命令だ」
謝る気は、ないらしかった。
俺は、胸ぐらをつかむヴァイスの手を、そっとはずした。
「呪いなんて、かけてない。俺は、四人分の痛みを持つのを、やめただけだ」
「……っ」
「二年間、毎晩、一人で包帯を巻いて、布団の中で歯を食いしばってた。その間、誰も一度も、俺に『痛くないか』って聞かなかった。『臆病者』とは、何度も言ったけどな」
ヴァイスが、ぎりっと歯を鳴らした。
「それに」
俺は、隣に立つリーネと、寝台の木こりのおじさんを見た。
「俺はもう、『紅蓮の牙』の荷物持ちじゃない。ここで引き受ける痛みのほうが、ずっと大事なんだ」
「ペインさんは、うちの治療院の大事な人なんです」
リーネが、ぎゅっと俺の袖をつかんで、ヴァイスをにらんだ。
「痛いのは、ちゃんと治療すれば治ります。冒険者さんなら、自分の痛みは自分で引き受けてください」
「この……っ、たかが荷物持ちが……!」
ヴァイスが、拳をふり上げた。
その腕を、うしろから、ザックがつかんだ。
「……隊長。帰りましょう」
「離せ、ザック!」
「ここで殴ったら、俺たちは本当に終わりです」
ザックは、ヴァイスの腕をつかんだまま、俺を見た。
何か言いたそうな顔だった。
でも、何も言わなかった。
ただ、俺の肩に残った古い傷の跡を、しばらくじっと見ていた。
ヴァイスは、舌打ちをして、扉を蹴りあけて出ていった。
エマとボルトが、あわててそのあとを追った。
最後に、ザックが、小さく頭を下げた。
謝ったのか、ただの会釈だったのかは、わからなかった。
―――
それから、ひと月がたった。
『紅蓮の牙』は、依頼に二度続けて失敗して、プラチナに落ちたらしい。
ヴァイスは、今も酒場で「荷物持ちに呪われた」と言いふらしているらしい。
もう、誰も本気にしていないそうだけど。
俺はというと。
「ペインさーん! 今日の患者さん、二十人待ちです!」
「……多すぎないか?」
「『痛みを引き受けてくれる治療師がいる』って、王都中のうわさになってるんですよ! あ、ちなみに今日の一番目は、王宮の騎士団長さんです!」
「騎士団長!?」
なんだか、とんでもないことになってきた。
でも、まあ。
誰にも気づかれずに引き受けていた二年間より、ずっといい。
俺は、白い上着の袖をまくった。
「よし。全員、まとめて引き受けてやる」
痛みを引き受けるのは、もう、誰かに使われるためじゃない。
目の前の誰かを、笑顔にするためだ。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました!
「痛みを引き受けていたのに、気づかれない」ペインの話、いかがでしたか?
少しでもスカッとしていただけたら、うれしいです。
この話は続きます!
次回、治療院に王宮の騎士団長がやってきます。そして、落ちていく『紅蓮の牙』の行方は――。
「続きが読みたい!」と思っていただけたら、
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