## 第一話 ## 「泣き声と、コーヒーの朝」
---
# 『また会いましたね、雨宮さん ― 子育て編 ―』
## 第一話
## 「泣き声と、コーヒーの朝」
春の朝は、静かなはずだった。
でも雨宮家の朝は違う。
---
「……泣いてる」
雨宮悠人は、天井を見ながら呟いた。
隣では白石雫が、
すでに起きている。
正確には「起こされている」。
---
ベビーベッドの中で、
小さな命が全力で泣いていた。
この世の終わりみたいな声。
---
「おむつじゃないです」
白石が即答する。
「なんで分かるの」
「勘です」
プロすぎる。
---
悠人は抱き上げる。
慣れない手つき。
工事現場の重い資材は持てるのに、
この軽い存在にはまだ慣れない。
---
「おいおいおい……落ち着け……」
全然落ち着かないのは自分だった。
---
白石が笑う。
「雨宮さん、それ赤ちゃんに言っても意味ないです」
「分かってるけど言っちゃうんだよ!」
---
ようやく少し泣き止む。
ミルク。
体温。
揺れ。
---
静かになる。
その瞬間、
部屋の空気が少し変わる。
---
白石がぽつりと言う。
「ねぇ」
「うん」
「私たちってさ」
「うん」
---
白石は少し笑う。
「ほんとに親なんですね」
---
悠人は少し黙る。
---
昔のことを思い出す。
婚活パーティー。
ホテルの会場。
「また会いましたね」
あの一言から始まった関係。
---
今はその延長線上に、
この朝がある。
---
悠人は言う。
「まだ信じてない」
白石が笑う。
「私もです」
---
でも二人とも、
手は離さない。
---
## ― 同じ頃、夜の続き ―
夜。
赤ちゃんは寝ている。
ようやく。
---
リビング。
静か。
コーヒーの湯気だけが動いている。
---
白石が言う。
「今日、鬼塚さんに会いました」
「え、まだあの人いるの?」
「いますよ」
「元気だなあの人……」
---
白石が笑う。
「雨宮さんのこと、
“丸くなったな”って言ってました」
---
悠人はむせる。
「それ褒めてる?」
「たぶん」
---
少し沈黙。
---
白石がカップを見ながら言う。
「ねぇ」
「うん」
「結婚して、子どもできて」
「うん」
---
白石は少しだけ笑う。
「人生、ちゃんとしてきましたね」
---
悠人は即答する。
「してないしてない」
「え?」
「寝不足だし、毎日戦争だし」
---
白石が笑う。
「確かに」
---
悠人は続ける。
「でもさ」
「うん」
---
少し考える。
---
「前よりはいい」
---
白石は黙る。
---
そして、小さく言う。
「それ、私もです」
---
外では風が吹いていた。
でも家の中は、
少しだけあたたかかった。
---
## ― ラストシーン ―
ベビーベッドの方から声。
「う……」
また泣きそうになる。
---
白石が立つ。
悠人も立つ。
---
同時に言う。
「いくか」
---
白石が笑う。
「ですね」
---
そして二人は、
同じ方向へ歩いていく。
---
昔は婚活会場で、
「また会いましたね」と言っていた二人が、
---
今は、
同じ泣き声に向かって、
何度でも“また会っている”。
---
続く。




