ナコ=クライン
ショウが元の世界に帰った日、ナコはメイによりショウの記憶を消去された。
ショウの存在自体をナコは知覚出来なくなっていたが、ナコは朝、目覚めた際に意味不明な虚無感に襲われた。
だが、これも何故だか分からないが握りしめていた変わった形の金属製ボタンと思われるものを握りしめると心が落ち着いてくる気がした。
ナコは虚無感を抱えながらも、王国に所属し、他国の偵察をする傍ら、習慣となっている宿泊で訪れた村々にある女神の教会での炊き出しや女神像の作成や祭壇等の補修等の奉仕活動をし、日々を過ごしていた。
そんな中で彼女は移動のついでに引き受けた路銀稼ぎの商人の護衛の依頼で大商会の若旦那と出会った。彼はナコに一度依頼を頼んで以来、頻繁にナコに仕事を依頼してくれるようになった。
そんなある日、その若旦那の護衛で立ち寄った宿の食堂兼酒場でナコが食事をしている際に、若旦那が声を掛けてきた。
ナコは今まで恋愛らしい恋愛をしたことはなかったが、酷く曖昧な記憶の中でも、うっすらと初恋はしている記憶があった。若旦那はナコに興味を明らかに示しており、根ほり葉ほりと色々な質問をぶつけてきた。
「ナコさんは誰かとお付き合いした経験はありますか?」
「ない」
「じゃあ、初恋の経験は?」
「う~ん、たぶんある」
「その人は年上でしたか? というか年上に興味はありますか?」
曖昧な記憶の中でも初恋の相手との思い出を振り返っていく。
「う~ん、いつも一緒にいた気がする。……年は上? 興味って何?」
「いやぁ~、それは、ははは、そうですか、年上なんですね。その人のどういう所に惹かれたんですか?」
曖昧な記憶をナコは更に探る。いつもであればめんどくさくてすぐに何にでもあきてしまうのに今回は何故かまったく飽きなかった。
「う~ん、口べた? 意志が弱い人? スケベ?」
最後以外はウソなのがバレバレな物言いを商人がする。
「そんなんですか!! 私は全部当てはまりますよ!!」
商人の返答を気にせず更にナコは思い出す事を続ける。
「何事にも一生懸命、私を……、私を悪夢から救ってくれた」
「はあ?」
記憶の端っこで誰かが言っていた言葉を薄っすらと思い出す。
両親を失い、一人になってしまったナコに教会の神父様が言った言葉。
あなたを救ったのは女神様の使者で異能を持つ者。
そして・・・
「異世界? 異世界の……、英雄」
「英雄? 異世界の? ああ、そう言えば、ナコさんも魔王退治に参加されていたんですよね? 凄いな……」
凄いと言う言葉にナコは反射的に反論する。
「凄くない、私の、私の英雄は凄くなかった」
「……さすがにそれは不敬ですよ、ナコさん」
ナコは英雄といつも過ごしていた。英雄はナコと同じ仕事をしていた。つまりは・・・
「でも、ホント。炊き出しをして、女神様の教会の奉仕をして、物資を運ぶ護衛をして、村や町の人たちに親切して、悪い人をやっける……までの前準備をする」
「そんなこと、異世界の英雄はしないでしょ? 特別な力を持ってたんでしょうから……、さすがに私も騙せませんよ」
なぜだか分からないがナコには自分が言っている事が嘘ではないという確信があった。
「でも、でも……、ホントだよ?」
「では英雄なら名前も分かるでしょ? どなたなんですか?」
商人のその質問だけは記憶が働いてくれなかった。
「それは……、分からない」
「でも、英雄なんですよね? 例えば、ユーキ=イサミ様、オーアラーイ=ミホ様、フドー=モロ様など皆様、特徴的なお名前ですからね」
モロという言葉が琴線に触れたがモロではない気がする。
「……モがついた」
「ではフドー=モロ様ではないですか? 芸術的な肉体をされていたとお聞きしております」
フドー=モロを思い出したが、明らかに意志が弱そうな人物ではなかった。
「……あいつじゃない」
「そうですか、でもまあ、過去のことですから、ねぇ……? 今を生きましょうよ、ナコさん」
過去の事だと目の前の男は言っているが虚無感を抱く日々の中で初恋の相手を思い出そうとしていた時、その感覚が薄れている事にナコははたと気付き、無言で必死に過去を思い出そうとしている。
「…。」
「ナコさん? どうしました」
目の前の男が人の集中をかき乱して来た。面倒だという感情が芽生え、ナコは静かな所に行きたくなった。硬貨を渡して、商人に言う。
「一人になりたい。お金。払っといて」
商人は相手の機微に敏感であった。ナコの不機嫌さを察して大人しくこの場は引く判断をした。
「はい」
ナコは人気の無い深夜の教会に入り、女神像に祈った後、近くにあった椅子に腰掛け、思考を巡らせた。
そして、薄っすらとだが大事な日に大事な誰かと何処かの教会に来たという思いがしてきた。
「…。」
たがその大切な時間を誰かが邪魔した。
誰だっただろう?
神父様? シスター? 他の信者?
……そんな普通の人ではなかった。
異世界の英雄?
……何か、何か手掛かりは?とナコが辺りを見渡す。窓、椅子、扉、祭壇、女神像。
……女神像?
女神様に会った記憶がナコにはあった。
女神様は花の匂いを漂わせ、現れた……、のは教会だったのか?
何故そんなイメージを持っているのだろうか?
大事な誰かといた時に女神が教会に現れた?
呼べるのかな、女神様。
ナコは考え、誰もいない教会でその主に呼び掛けた。
「女神様、姿を現して」
辺りはしーんと静まりかえっている。
「女神様、出てきて、聞きたいことがある」
ただ状況は変わらない。
「女神様、出ないと、教会を燃やす……、全部」
状況は変わらない。
「ホントにやる」
そう言って、ナコはいつも持ち歩いているポーチから、火打ち石を取り出し、火を起こす準備をしたところに月明かりとは違う眩しい光が像の手前から発生し、辺りに花の香りが漂った。
「ナコ=クライン、貴方の強情さと強い意志、そして、行動力には正直、驚かされました」
メイの言葉はいまいちピンとこなかったが女神が本当に現れたことに少しは驚きつつも、ナコはここぞとばかりに質問する。
「そう? それにしても女神様が本当に出た。突然、ごめんなさい。でも、どうしても女神様に聞きたい質問があった。異世界の英雄の中で名前に【モ】がつく人はフドー以外にいた?」
ナコの言葉を聞き、メイは冷静さは保ちつつも逆にナコに問いかけた。
「……、それを聞いてどうするつもりですか、ナコ=クライン?」
「? どうもしない。でも、凄く気になる」
「そうですか……、ではもう一つだけお聞きします。ナコ=クライン、あなたは今の生活に満足していますか?」
メイの質問の趣旨が分からなかったが、取り敢えず答える。
「何それ? う~ん、不満はない」
「そうですか」
ナコは更に自分の内にある心情を付け足す。
「でも……、何かが足りない気がする」
「……そうですか、すいませんが忠告があります。凄く大事なので聞いて下さい」
「分かった」
「もしも、私がナコ=クライン、貴方の質問に答えた場合、貴方は絶望するかもしれません。貴方の心を縛る何かが生まれるかもしれません。……それでも、貴方は私にその質問をしますか?」
ナコはメイの変に周りクドイ質問の中にナコを気遣う感情を感じ取り、素直な疑問を逆にメイに投げかけた。
「……ねぇ、女神様。その人は私にとって、嫌な人なの?」
メイにしては珍しく、少し笑顔が崩れ、困った様な表情が少し出てしまう。
「……う~ん、どうでしょう?」
メイの変化を見逃さず、続けて、ナコが問いかける。
「ねえ、女神様。女神様にとって、その人は嫌なの人なの?」
ナコのさらなる質問の追い打ちにメイは悲しげな表情を浮かべる。
「……、そんな言葉を彼に伝えたくはありません」
「そうなの? ねえ、女神様。なんで、そんな良い人の記憶を私から…消した、よね? なんで?」
メイはナコの質問に優しげな表情を浮かべ、何かを思い出しながら語る。
「……、それは彼が望んだからですよ。彼は貴方が彼がいなくなって、心を痛めるのを嫌がったからですよ。……彼は優しいから」
自分を大事にしてくれていた大切な誰かを思い出せない。その感情からナコは自分の状態を素直に言葉に出した。
「でも、私、今、心に穴、空いてるよ」
「ナコ=クライン、本当に良いのですか? 彼はコチラには戻って来ませんよ」
ナコは自身の心の傷が完全に治りきっていない。だか謂わば、癒えていない傷を覆うかさぶたのような記憶の蓋を無理矢理に剥がしていく。
「いいよ。だって、忘れたくない。……モ、ザ」
「ナコ=クライン!? 何故? 私の神力で記憶を消したのですよ!?」
「モザ、イ……、モザイ。シ、ショ、……ショ、ウ。モザイ=ショウ!? そうだ、ショウだ。ショウ、思い出したよ。やっと思い出せたよ、ショウッッッッッーーー!!」
話の大筋には関係ありませんが、初投稿時からネタの都合、ナコを少し若くしております(笑
面白いと思って頂けたら、嬉しいです。
道 バターを宜しくお願いします。
他にも作品をアップしています。
作者ページを見て頂くと、なんと!?すぐに見つかります(笑




