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ダメンズデトックス  作者: 炭酸水『しっぽのきもち』
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全部持っていく男

 ついに別れる話になった。


「別れたい」

「オレは別れない!」


 なんで別れたいという意思を制御出来ると思うのか意味が分からない。だいたい、私にはもう何のメリットもない関係。


「あいつ、ウェーダー買ったんだよ。何万もするやつ。ロクに飲み代払わないくせにさ。あれは手で持ち運べない。釣り場に持って行くには車が必要なんだよ。あいつ、オレの車をあてにしてるんだ」


 そんな愚痴を彼の仲間から聞いている。私の方は彼についてもっと情け無い話があるが、恥ずかしくて誰にも言えなくなっている。


 彼との関係は、私にとって黒歴史になっている。


「別れたい」という意思が揺るがないと分かった彼は、全く関係の無い話を始めた……


「オレが前の彼女と別れたのは……」


 知ってる。


 妊娠させちゃったんだよね。それで堕胎させてる。その手術費を払ったのかどうかは知らないけど、その話、今関係ある?


 彼は独り茶番劇を開演した。


「前の彼女が手術を受けることになって…」


 始まった。私は急に舞台から降ろされ、たった一人の観客になった。


「オレは彼女が手術を受けている間、パチンコ屋に行ったんだ……」


「……」


「不思議と何も感じないんだ……彼女の妊娠した痛みも、手術を受ける痛みも……まるで何も心が動かなかったんだ……」


「……」


「台の前で何も感じないまま、打ち続けるだけだったんだ……」


「……」


「オレは、そんな心の欠けた人間なんだ」


 可哀想な道化師


 ワンオンステージ

 彼の独壇場

 別れ話を有耶無耶にするつもりだ


 同じ内容のセリフがバリエーションとして繰り返される。


 彼は、自分は恋人の痛みも自分の罪も失われた命にも何も感じることができない、心の欠けた人間であることを「ある男の悲劇」として演じた。


 だいぶ、終わっている人間だという証明になった。


 昔の彼女と同じ目に遭わないで良かったと思う。危ない危ない……時々生でやっちゃってたんだよね……私は運が良かった。今なら喜劇で終わらせられる。


「それで、自分がダメ人間だという事を私に説明したからって、私はそれをどうしようとも思えない。だから、別れたい」


 それ以上の言葉は無かった。

 だいぶ無駄な時間をこの男に費やした事を後悔するだけだ。前の彼女に同情しても、優越感を感じる事はない。そこまで愚かな女じゃない。


 以前、二人で初めてパチンコ屋に行って出てきたところで昔の彼女と出くわした事がある。聞いていたけど、本当に地味で……タイトな花柄のワンピースを着た私に比べ、びっくりするほど女子力のかけらもない服を着ていた。


 私に比べ深い傷を負っているとしたら、なかなか浮上出来ないだろうなと思う。彼は嘘つきだ。この根暗を絵に描いたような元彼女をどんな扱いにしたのか想像したらゾッとする。


 反省を肥やしにして、二度とこんな人間のカスを恋人にしないと心に強く誓う。


「もう、付き合えないから」


 従順で温情な彼女であった私の冷めた決断に、ついに彼は取りつく島を失う。


 混乱した可哀想なオレを見捨てるなよというには、あまりにも地雷だらけの寸劇が過ぎて呆れる他ない。


 別れ話は一日で片が付いた。

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