河童
すいません、更新が遅れてしまいました。体調を崩し、寝込んでいました。
聡は過去の過ちを思い出し悩まされていた。
当時は結婚する事すら考えてもいなかった。
自分の探究心だけが全てであり、其れだけを盲信して追求する事が自分がこの世に生まれた理由だと勘違いしていた。
悪魔に盲信に付け入られた。
生まれる子供を寄越せと言う約束で一時的な満足を得られた。
そうなのだ、全ては勘違いだった。
恵子と出会い、結婚して数年後に優子が生まれた。
恵子は優子が生まれてすぐに逝ってしまったが、共に過ごした日々は 本当に幸せだった。
優子を幼稚園、小学校、中学校、高校、大学を出し、就職させた。
其れなりに忙しくも有ったが 思えば楽しい日々だった。
その大切な娘を差し出す何て出来ない。
親として絶対に出来ない。
絶対にそんな約束は守れない。
あの時の啓示は まやかしだったのだから。
詐欺として約束は反故にさせて貰う。
心の中で固く決意し、電話を掛けた。
相馬家のテレビは、特別報道番組を映している。行方不明の著名人2人が惨殺されていた事を伝えていた。
一方は東京、もう一方は高松であった。
獣に噛み砕かれた腕と脚、爪で掻かれた背中の傷。どちらも同じ獣の疑いがあると報道しているが、死亡推定時刻が数分のズレしか無い為、移動困難との理由から警察は同種の大型肉食獣との見解を発表したと伝えている。
牙や爪の大きさから体長2m以上、体重350Kg以上、番組は、動物学者を招き解説を加えているが、こんな大型の肉食獣は、日本に居ない事は明らかで動物園から逃げた物が居ないか其々の動物園に派遣員を送り出し、動物園の状況を伝えながらの生中継になっていた。
顎の形からは、熊では無く犬系の動物、すなわち、野犬と結論づけているが、犬でそんなに超大型が居るはずも無く議論は平行線を辿る。
「東京都心でそんな大きな動物がうろうろしてたらすぐに見つかるよ」優子が言った。
「そうですよね」若林さんが答えた。
若林は、庭先で影を見て以来、部屋に一人で居る事が怖いらしく家事が終わるとリビングに来る様になっていた。
聡も優子もその事を歓迎し、連日、晩酌を共にする事を御願いしている。
「急にこんな事件が増えましたよね」若林が言うと
「そうですね、先週もあったし・・・たしか山口県だっけ」
「この庭先の事とは関係ないですよね」若林が怯えた様に言った。
「だってあれは、雑巾投げたら消えちゃったもの、もし其の獣だったら襲ってくるよ」優子が笑いながら言うが(あの化け物だったら消えたり出たりできるかも知れないわ)でも、(何故、著名人なの、偶々(たまたま)にしては先々週辺りからだと4人、否、6人になるわ、偶然にしては出来過ぎている、獣が選んでいるとしか考えられない、でも獣の頭でそんな事が可能?なの?頭脳を持った獣?・・・)
優子の肌は、鳥肌が浮き出た。
優子は、その鳥肌の立った腕を見ながら 頭を左右に振り、(そんな、あまりにも常軌を逸してる)と考えを否定した。
夕方、聡は神社に出かけた。
昼間に会った神主に面会を申し込んだが 来客中との事で境内で待つ事にした。
15分程して慌てた様子で男が社務所から走り出て来る。
境内をキョロキョロと見渡して人影のある方へ走って行く
聡を見つけた男は、走って来て
「すいません、昼間来られた大学の先生でいらっしゃいますか」と聡に聞いて来たので
「はい、相馬ともうしますが・・・」
「良かった、先生が来られたと言伝を聞いて樋口神官が直ぐに探す様に言われて慌てて飛び出して来ました。私、探偵をしております真宮寺と申します」と名刺を差し出しながら頭を下げて挨拶をする。
聡も「脳の研究をしております、相馬と申します」と名刺を差出し、
「もしや貴方が樋口さんのおっしゃられた探偵では?」と聞くと
「あ、そんな事まで言ってましたか、残念ですが多分違います。同じ霊障に関する事を扱う意味では同じですが、神官の言う探偵とは顔見知りですが違いますよ。ただ、この所続く惨殺事件を調べているだけで・・・、一寸、しゃべり過ぎました、ダメですね、口が軽くて」
真宮寺と名乗った男は、少し、引き攣った(つった)笑いを顔に浮かべながら言った。
聡には、その笑みが人間離れした笑い顔に見え、背筋に悪寒が走ったが、樋口神官の知り合いと言う事でその考えを打ち切った。
男は、「樋口神官が御待ちです、いきましょう」
と言ってさっさと社務所に向いて歩き出してしまった。
聡も追う様に後を急ぐ。
(神社と探偵ってそんなに親密な関係だったのか?)
男の後を追いながら聡は呟いた。
社務所の玄関で靴を脱ぎ、応接室に入って行く。
「樋口さん、連れて来ましたよ、境内の中に居られました」真宮寺が言う。
「ありがとう、御苦労だったね」樋口が言った。
真宮寺が「相馬さん、樋口さんの事、変に思われていません?、彼は陰陽師でもありますから突然 変な事を言いだしたりしますけど、余り気にしないで下さいね」と言うと
「おいおい、陰陽師は皆 そんなんじゃないぞ、理解出来ない君が悪いのだよ」樋口が言う。
「もう、言われましたよ、写真を見て かなり赤いな、なんて事をね」聡が言うと
「それだ、すいません、私にも見せて頂けませんか」真宮寺が言い、
「先生、ちらっとだけ見せてあげてみては」樋口が真宮寺に助け舟をだす。
「ええ、良いですよ」と言いながら膝の上に鞄を乗せ開くと手を突っ込んでこれですと差し出す。
樋口はにやにやと笑いながらソファーの肘掛に頬杖をつきながら見ている。
聡の見ている前で真宮寺の目の色が変わりだした。
聡は、「えっ」と短い驚きの声を出す
真宮寺の目が真紅に変わると「うーん、なるほどね。例の犯人、こいつだな、間違い無いが、本体は何処にいるんだろう」と樋口以上に変な事を言いだす。
聡は、体が硬直し頭の中でが(なんだ、なんだこいつは)と言うフレーズが山彦の様にコダマしている。
「ぷっ」吹き出す声がした。
樋口だった。
樋口は少し笑いながら
「失礼、だから言わんこっちゃ無い先生がびっくりなさってるじゃないか・・・先生、こいつは人じゃないんですよ。人の格好をした化け物なんですよ」と言うと
「化け物はひどいな、妖ですよ、んー、妖怪?と言う方がてっとり早いかな」
聡は思わずたちあがって
「嘘だ、妖怪なんて架空の物だ」と叫ぶ。
「まぁ、まぁ、先生 落ち着いて下さい、先生も見たでしょ、こいつの目が赤くなる所」
樋口が言うと聡が
「コンタクトかも・・・」
樋口はやっぱりなと思いながら
「水辺に行ってこいつを蹴り落とせば正体が分かるんだけど、正体は不気味な格好をしてるから初めて見る人には刺激が強過ぎるし、私自身も余り見たい物じゃ無いですからね」
と言った。
「正体って?」
「こいつね 先生、河童なんですよ」
「か、かっ、ぱ・・・?」
と言いながら腰が抜けたようにソファに座り込み(そんなのが居る筈がない)と思いながら真宮司の顔と樋口の顔を交互に見る。
「知り合う前には 九州に居たらしいんですよ、その前は知りませんけどね、私が小学校低学年の頃からの付き合いなんですよ、まぁ最も年齢を聞いた所で400才だとか 訳の分からない答えが帰って来るだけなんですけどね、信じられない事でしょうがこれが私達の世界なんですよ」樋口が言う。
「・・」聡は言葉を失って呆然としている。
樋口が続ける。
「河童だけじゃない、天狗、九尾狐、土蜘蛛に大蛇数え上げるだけでも容易な数じゃない、勿論、妖が居るのだから神様だっていらっしゃる。貴方達の記憶に留まら無いだけで 実は貴方にも見えているんですよ。見えて居るが、記憶されない、と、言うか、記憶させない。其れが彼らの持つ妖力の基本的な部分ですから・・・ 誰かと話していたけど顔すら思い出せないとか、何か今通った様な・・・とか有りませんか」と聞く。
「確かに有るし、脳は嘘つきだと言うのもわかっている、潜在意識、DNAなのかは分からないが目は見ているが脳が見ていない事にしている事だって沢山あるのかも知れない」聡が答えるが、
「妖は何となくわかっただが、神と言うのは信じられん。あれは、人が恐れた自然を敬う為の物であったり、心の弱さや希望、願いが縋った拠り所のはずだ」と言う。
「妖達は、同じ3次元に暮らしています。ただ神は5次元から7次元の存在だと我々の世界では考えられて来ました。上級神に行くと7次元になります。天照大神等は、7次元ですね。彼らは次元其の物が違いますので水、大気、気候等は、ある程度自由になります。ただ、彼らもこの地球に生きています。生きていると言うのは、抑々(そもそも)御幣があるかも知れないですね。そう、存在していると言った言葉が適切かも知れない。でも、地球に存在しているから自由に出来ない物がある、其れは地球そのものなんです。地震等は、地球の鼓動に寄って引き起こされていると考えた事はありませんか? 彼らも又、地震だけはどうしようも無く、太古の昔から海へ逃れたり、月へ上ったり場所を移動したりと避難を繰り返しています。話が逸れましたが、要するに3次元で5次元、7次元を理解する事は、ほぼ不可能と言っても過言ではありません。科学者は、物的証拠と理論を持って理解しようとします、物的と言う事によって3次元を抜ける事が出来ません。これは私達、陰陽師とて同じですが、根本の発想が異なりますし、アプローチも当然、異なりますが未だに科学者は、個々には信仰しているにも関わらず団体として拒否している。神の世界に入ろうとはしないし、世界で有名な科学者達はいますし私達も彼らの業績を認め敬ってもいます。陰陽師も錬金術士、練炭術士も科学者なんですよ」
樋口が言った。
「うーん、今はどうも理解しがたい事が多すぎます。樋口さんの言われる通り、今の科学者は、ある一辺に偏っている事は間違いなく事実です。科学者の世界も其々は個別なのにアカデミー等のわけの分からない団体が組織化して方向を捻じ曲げている事も事実だと認めましょう」聡が言うと
「さすがに理解が早い」樋口が軽く膝を叩きながら言うと聡は照れた様に
「昔、学生の頃ですけど古事記や日本書紀、竹内文書を読んだ事があったんですよ」
と言い、「私も河童と言う物をこの目で見てみたいんですが・・・真宮寺さん、御願いできませんか」
「御願いって・・・樋口さん、御願いされてしまったよ」
「良いじゃないですか、人に御願いされるなんて」樋口はニヤニヤ笑いながら言うと
「え〜・・・う〜ん、分かりましたよ」
「ありがとうございます」聡が言う
「全く、何でこうなるんだよ。樋口さん人払いお願いします」
「今はこの建屋には私しか居ないから存分に変身しておいで」笑いながら言う。
真宮司はブツブツ言いながら 風呂借りますよっと言いながら応接を出て行った。
15分ほどして真宮司が戻って来た。
「入りますよ」
と長い爪と水掻きのついた深緑色の長い指が扉を開く。一方の片手には着ていたスーツを柔らかく握っていた。
顔が現れた。
聡はソファーに座りながら一歩引いた。
身体は手と同じ深緑色をして所々 皮膚?粘膜?が千切れ垂れ下がっている。目は赤く光り細く、鼻と口は肉食亀の様な形をしているし、背中は甲羅では無く角質層の様な物で笹くれ立っていた。足の指も長く手と同じ様な水掻きが付いていた。それがペタペタと音を出しながらソファに歩いて来て座った、そして
「先生、これが河童の姿です」
声は確かに真宮司の声だ。
「・・・」聡は何も答える事が出来なくて首を縦に2回させるのが精一杯だった。
「先生、大丈夫ですか」樋口が問う。
聡は ハッとして樋口を見ると
「本当に居たんですね」と返事をした。
「もう良いですか、元の姿で陸上は辛いんですよ、人に化けますね」と言うと返事も聞かずに立ち上がると身体の表面がグネグネと蠢き始め、しだいに人の形になって行く。
聡はそのVFXの様な変化に目を奪われ、呆然と見ていた。
真宮司は人の姿に化けると持って来たスーツを着始めて着終わるとソファに座わり、
「で、樋口さん、どうするねこの狐」
と言うと樋口は、
「先生は何をこいつと約束させられているんですか」と聡に聞く。
「一寸待って下さい」と言い、深呼吸をして
「娘を差し出せ、と言う約束です」
「じゃ、殺された人達と同じだ」
真宮司が言うと聡と樋口は真宮司の顔を見る
「警察発表でもそんな事言って無かった」
樋口が言うと聡も頷いた。
「あのねぇ、俺は一応、河童だけど探偵だぜ。其のぐらいの事は調べてありますよ」
真宮司が言うと樋口が
「と、言う事は、先生、貴方が危ない。真宮司さん、目的を直ぐに調べて下さい。其れと先生の家に私、寝泊りできますか」と言う。
「直ぐに用意させます」と返事してスマホを取り出して 帝塚山の自宅に電話する。
「用意して来ます」と言いながら樋口は立ち上がり応接を出て行った。
電話機の向こうで優子の声がする。
「お父さん、お疲れ〜」
「優子か、今から陰陽師の先生と一緒に帰るから寝泊り出来る部屋を用意しておいてくれないか、其れと晩御飯も2人分頼む」
「うん、分かった。お客さんって珍しいね、気を付けて帰って来てね」
「すまないが宜しく頼むよ、じゃ」
聡が電話を切ると樋口がスーツケースを一つ持って現れ「さぁ、行きましょう」と声を掛けた。