その2
「おかえりなさい、駒田先生!」
こちらにまったく覚えはないが、そちらはやけに親しげだった。
「えっと、誰だっけ?」
「まぁまぁ、立ち話もなんですから入ってください。寒かったでしょ?」
強引に部屋に引きずりこまれてしまった。いやこれ僕の部屋なんだけど、何か立場上おかしなことになってないか?
部屋に入るとさっぱりと整理された食卓の上ではふたつの丼が香ばしい湯気を立てていた。これがおそらく先ほどまで彼女が調理していたものに違いない。近づいてみてみるとどうもうどんの類のようだ。
「ささ、のびないうちに召し上がってください」
俺は促されるままに食卓につくと、手を合わせてそのえたいの知れない料理をいただいてみることにした。知らないうちに部屋にいた知らない奴の作った料理を食うなどあまりにも危険な行為だとも思われたが、彼女も同じものを食べているのでおそらく問題ないだろう。いざ味わってみるとなかなか悪くないのだが、どこか変わった味ではある。
「……これは?」
「ふたみなうろんでふ」
「いや食べてからしゃべって」
「失礼、名づけてスタミナうどんです!」
彼女の解説によれば(1人前につき)、ハクサイ1/8とニラを半束にニンニク1片、さらに油揚げを1枚食べやすく切ったものを炒めて豆板醤をひとさじ混ぜ合わせた後に湯を注いで即席うどんを作ったものらしい。
なるほど、ちゃんぽんとうどんのハイブリッドみたいなものか。キムチうどんというのもあるくらいだし相性は決して悪くない。何より身体がぽかぽかとあたたまる。彼女いわく「冷蔵庫のあまりもので作った」とのことだが、なかなかどうしてたいしたものだ。
おかげですっかり空腹も満たされ、身体もあたたまり、気持ちもずいぶんと落ち着いてきた。落ち着いてきたところで僕はよいしょと膝を組みかえると、食卓に身を乗り出して彼女に詰め寄ってみた。
「……で、君だれ?」
「え?」
少女は驚いてきょとんとしている。
「いやだから誰なんですかってば」
彼女はつぶらな瞳をさらに丸くし、部屋中をひととおり眺め回した後で自らの鼻のあたりを指差した。
「あたし?」
「他にいないでしょうが……」
「これは大変失礼しました」
そういうと彼女はその場に正座をしたままふかぶかとお辞儀を……しようとして食卓の角におでこをぶつけた。
「~~~ッ!」
「だ、大丈夫?」
「へ、へっちゃらです!」
少女は額をさすりながら答えた。
「あらためてはじめまして。あたしの名前はミライ・J・森沢、今から百年後の世界からやってきた貴方のファンです!」
……打ちどころが悪かったか。他人様の家に忍び込んで創作料理作るくらいだからもともと悪かったのかもしれないが、さすがに百年後うんぬんはいただけない。
「そうかそうか。よし今から救急車呼ぶからちょっと待っててな」
「いやそっちこそちょっと待ってくださいよ!」
ミライと名乗るその少女は、慌てて俺の手から携帯電話を取り上ようとした。その目をじっと観察してみるが、どうも意識はハッキリしているようだ。そこで俺は一応確認してみることにした。
「……マジなの?」
「大マジです!」
「じゃあどうして来たのか教えてくれよ」
「いやだから貴方のファンで……」
「いや目的じゃなくて手段の方な」
「あ、そっちですか」
「そっちだよ」
「だったらこっちです」
そう言うと彼女は押入れを指差した。万年床でこれまで一度も使うことのなかった、いわば"開かずの押入れ"である。
はは、これはまたとんだ拍子抜けだ。未来の世界からやってきた少女という設定自体にはまるで新鮮味も無いが、それゆえにとっつきやすいというメリットは無いこともない。が、その後がいけない。この押入れからやってきたという安易な設定はおそらく某猫型ロボットの登場する国民的漫画からの剽窃……いやインスパイアであろうが、残念ながらタイムマシンの乗降口は引き出しであって押入れではない。
どうやらこの子の突飛な嘘もここまでが関の山のようだ。そうと分かればさっさと中身を確かめてとっととお引取り願おう、そうしよう。そう考えながら俺は何気なく押入れの戸を開けてみた。
そこには、宇宙が広がっていた。
「な、なんじゃこりゃあ……」
ぽっかりと口を開いた漆黒の闇。それでいてその暗黒が濁流のようにうねり蠢いているのがどうしてだかハッキリと分かる。時折流星のような閃光が現れては暗黒の濁流に飲み込まれ、また現れては飲み込まれていく様を目の当たりにして、俺は即座に戸を閉めた。そして速やかに少女を問い詰めた。
「おい! おいおいおいおい!」
「はい? はいはい?」
「俺の押入れが銀河で闇で流星で!」
「少し落ち着いてくださいよー」
「百発百中で取り乱すわ、こんなの!」
「でもみんな、ここを通ってやってくるんですよ?」
「どんな世界観だよ!」
「だから100年後の世界ですってば。この押入れに生じた時空の隙間をこじ開けて、行き来を可能にしたって寸法です」
「うーん……ちょっと待ってくれ」
俺は頭を抱えた。どうやら物語としては平凡でも現実に起きればえらいことになるらしい。この少女がなんらかの手段を用い、この押入れから現れたことは間違いないということか。
「ちょっと話を戻そうか。君の目的はなんなんだ? ここに来た目的というのは」
「目的、ですか」
今度は少女の方が考え込んでしまった。
「それを理解していただくには、前もってお伝えしたおくことが2つほどあるのですが」
「うむ、聞こうじゃないか」
「良い方と悪い方と、どっちが先がいいですか?」
「悪い方もあるのか……まあいいや、んじゃあ良い方からうかがおうかな」
「分かりました。実はあたし、貴方の大ファンなんです!」
「へえー」
「……あれ?」
「あ、いや嬉しいよ。うん、ありがとう」
「微妙極まりないリアクションですね」
「いやなんか唐突すぎて、どう反応していいかわかんなくてさ」
しょぼくれてしまった少女のフォローに必死な俺。なんでこんな目にあわなきゃならないのかさっぱり分からない。
「うーん光栄だなあ。君のようなファンがいるってことは、ひょっとしてその百年後の世界では、俺の作品がメジャーになってるってこと?」
「いいえ!」
「なんで満面の笑みなんだよ……」
「メジャーどころかマイナーですらありません。ぶっちゃけ誰も知らないレベルです」
「ひょっとして、悪い方ってそれのことか?」
「はい!」
「いやだからなんで妙にハキハキしてんだよ」
聞かなきゃよかった。うすうす気づいてはいたんだけど、どうやらやはり俺は売れない運命にあるらしい。名前もまだ知らない自称・未来人の"予言"を聞いて肩を落とす俺に、彼女はさらに追い討ちをかけてくる。
... 「ひょっとすればあたしも一生知らなかったかもしれません。ネットの片隅に残されていたログを見つけなければ」
「ネットにアップされてたの? 何が?」
「貴方がさっき持ち込みに行ってきた『忍者番長リキマル』ですよ。どこに行っても箸にも棒にもかからなくて、いたたまれなくてブログに投稿したんでしょうね」
「俺そんなことするんだ……」
「残念ながらコメントはひとつもついてませんでしたけどね。あやしげな出会い系サイト数件にトラックバックはされてはいましたが」
「なんか君はアレか、僕の心を折りにきたんか……」
彼女はううん、と首を横に振った。




