3話 暗殺者
「あれが、トリリアン王国……」
遠くにある要塞のような街を眺めながら、ミアが感嘆の声を漏らす。レビーはそんなミアを横目で見ながら吐き気を必死で堪えていた。
「よく平気だな……チェリン」
そう、ここは乗り合い馬車の上なのである。乗り心地は正直言ってあまりよろしくなく、レビーは今にも吐きそうな青ざめた顔になっていた。レビーは横目でメイを見る。
「……本読んでて気持ち悪くならないんですか?」レビーはずっと本から目を離さないメイに訊いた。メイは本から視線を上げ、レビーを睨む。
「わたしは集中していれば何てことないのだよ。そう、集中している間は…………」
そう言うなり、メイの顔がみるみる青ざめていき、最終的に馬車から身を乗り出して吐いた。
「大丈夫じゃ……ない、ですね、メイ様」
定期的に襲う吐き気に耐えながらレビーは言葉を紡ぐ。そんなレビーにメイは青ざめた顔で、全力の睨み顔を作るのだった。
そんな風景をミアは余裕顔で見つめていた。
「もうちょい、ゆれ、どうにか……なら、ない、ですか…………」
レビーは御者にそう聞いた後、ついに吐いた。
「――よくいわれるんたがね、それ。結界魔法に金取られちまってさ」
そう彼は言い、ポケットから魔石を取り出す。ミアとレビーは覗き込む様にそれを見た。
「石英ですね。結界魔法の媒介によく使われます。透明で、属性もありませんし。しかもこれ、水晶ですよね?」
レビーはそう言って、物珍しそうに無色魔石を見た。
魔石とは、魔力を込められた、または込めることのできる鉱石のことだ。
「よくわかったな!そうさ。大金払って買ったんだよ。おかげで魔物が寄ってこないのさ」
「ほぇー」
ミアが感嘆の声を出す。
「まあ、王家がトリリアン王国の首都に結界魔法をはり巡らしてくださっているおかげで、首都にはいれば無用の長物だがね」
この言葉で、口を押さえていたメイの肩がぴくりと動く。そして言った。
「その結界とは、オドー――オダルディがつくったものか?」
まさかメイに話しかけられると思っていなかった御者が少しびっくりしたという顔で答える。
「え、ああ。そうだが……物知りだな、アンタ」
メイは柔らかく笑い、そんなんじゃないわ、と答えた。その笑みは、少し寂しそうだった。
「おい、そろそろ着くぞ」
「えー。景色、なにより苦しそうなルーディをもっと見ていたかったのにー」
冗談半分で笑うミアをレビーは睨む。
「性格悪いな」
「あら、褒め言葉をありがとう」
レビーにミアは今年一番のとびきりの笑顔を見せる。こんなところで見せないで欲しいものだ。はぁ、とレビーは『やはり連れてくるべきじゃなかった……』と断りきれなかった過去の自分を恨んでいた。
馬車が止まり、御者が馬車から降りてポケットから通行証をだす。それを門番が確認し、門の下を通った。
「わあ……!」
ミアが感嘆の息を漏らす。
目の前には大きな建物が所狭しと立ち並ぶ。新しい建造物もちらほらあり、なによりも驚いたのはその美しさだった。清潔さ、という意味で素晴らしかったが、それだけではない。街全体が統率が取れ、規則正しく立ち並んでいる。町そのものが芸術。だれでもその美しさに息を飲まずにはいられない。――ただ、その凄さにミアは微塵も気づいていなかった。
「ねールーディ!結界がすごいよ!!!」
ミアの感嘆の声は結界を見てのものだったらしい。レビーは呆れながら「そうだな」と適当に相槌を打つ。元々結界というのは一、二年もすれば穴が空いてしまうものだ。その場合、作った人間と違う者が修繕をすると他の魔力が混じってしまうのだが、王都を囲む結界にはその痕跡がない。そして、作った本人に数年間修繕できない理由がある以上、その結界は数年間穴が開いていないことになる。
「この町の結界、やばいね!ほんとに私より五歳しか年上じゃない人の作ったものとは思えない……名前は確か――」
「オダルディ・ル・トリリアン・フィリトレーン。トリリアン王国、最後のフィリトレーンよ」
メイはそう言うと、トランクから写真を取り出す。写真には幼いメイと同い年くらいの少年、そして同年代の少女が映っていた。
「わたしの隣に写っているのがオダルディ」
メイはそう言い捨て、そっぽを向いた。街並みを眺めている。
「へー。フィリトレーンは僕でも知っていますよ。フィリトレーンは――」
その先をレビーは言おうとして、やめた。メイの青色の瞳に見つめられれば、レビーにはその先を話すことはできなくなってしまう。
馬車が、がたりと揺れた。




