Episode1 プロローグ「燔祭」
───目の前に広がるのは、燃え盛る地獄の業火に包まれた、嘗ての故郷だった。
「あ……あっ……」
そのように殆どが壊滅し、焼け落ちた都市の渦中には一人…この世の全てに絶望したような顔を浮かべ、先程まで自分が生まれ育ってきた筈の故郷が理不尽にも爆炎に包まれながら破壊されていく様をただその場で唖然としながら見ている事しか出来なかった、そんな無力な少年がいた。
その少年の視線の先に映るのは…地平線の先まで延々と燃え広がる炎と倒壊した数多の建物、そして炎に焼かれた黒焦げの死体に、吐き気を催す程に不快な焼け付いた辺りに充満する肉の匂い…。
それと共に周りからは高温の大炎に炙られながら絶叫と怨嗟の声を上げる大多数の声が響き渡っている。
それはあまりにも突然の事だった。
それは、予想外の出来事だった。
今、世界は酷く混沌としている。
この咄嗟の間に起きたまるでこの世のモノとは思えないような凄惨な出来事により少年の頭の中は酷く混乱していた、おそらくまともな思考なんてとても出来たものじゃなかった。
恐怖と絶望、混乱により声すらもまともに出せない、手足も震えてロクに立って歩くことさえも出来ない。
周りには苦しみの声を上げ、必死に生き延びようと炎の中でもがき苦しみ、そして次第には喉が焼け声さえも枯れて絶望の中で事切れていく人々がいる中…肝心のその少年はただただこの現状で自分一人だけが無傷のままむざむざと生き延びてしまい、そんな気が狂いそうになるような地獄の光景を何も出来ないまま延々とその脳裏に焼き付ける事しか出来なかった。
あれは、もう大体1年半前の話になるだろうか…。
この世界で《史上最悪》とも呼ばれるに至った最も凄惨で最も残酷な事件が起きた原因、それを説明するにはこの事件が発生した数時間程前に時を遡る事になる。
───
俺は、平凡な家系に生まれた。
俺の素性は『如月家』の次男『如月 明』。
今年の二月に十三歳の年を迎えた母親譲りの黒い髪と赤い目をした若干小柄の中学二年生だ。
四人兄妹に両親二人の六人の家族構成をしている、正直どこにでもあるようなただの普通の一家だった。
ただ、他と違う所を挙げるとするのなら、俺達の家系は代々『能力』を持って生まれた経歴を持つ一族であるという事だ。
そのことを言うと全然平凡じゃないと思われがちだが、実際のところそれは特段珍しい事ではなく、『能力者』という存在自体はこの世界全体から見れば割とメジャーな存在だと言える。
国柄や地域差によって差は大きく異なりはするものの、俺の住む故郷では大体人間200人いればその内の1人は能力者とはよく言うくらい珍しいモノではなく、逆に能力者が全くいない場所もこの世界にはあるらしい。
割合で言えばまだまだ無能力者の方が断然多いとは言えども、能力者も道を歩けば普通に見かけるくらいの存在だ。
俺の家もまたそんな能力者の家系であり、特段何かしらの役割とかがあるわけでもないごくごく普通の家族となっている。
まず、そんな能力者の家系に生まれた俺の持っている能力は『模倣』と呼ばれるモノだ。
主に何が出来るのかと言われれば、その名の通り何かしらを模倣する事が出来る、少なくとも現時点でも他者のちょっとした能力や技をコピーする程度の事なら出来た。
だが、その分弱点と呼べるものはかなり多く、例を挙げるとするならばこの能力で模倣した他能力はオリジナルに比べるととてつもなく『劣化』していると言うことだ。
とは言え恐らくこれは俺自身の能力の『完成度』の問題であって、一応能力鍛錬を重ね練度を高める事で模倣元の能力と同等レベルの完成度にまで持っていける事は理論上可能な為克服出来る見込みはあるのだが、何分それには絶え間ない鍛錬をする時間が要求される、大体オリジナルと同程度の鍛錬は必要なのだ。
そしてもう一つこの能力には弱点があり、それは模倣出来る力は俺の『容量』に依存しているということ。
これがまた何分かなり厄介な弱点であり、俺を悩ませている種ともいえる。
一応の救済として自身の容量外の能力でも、ある一定の値まで理を解析する事で『書庫』に保存し、『記録』としてその能力データをストックしておく事自体は出来るのだが、その能力を使用するまでしたいのであれば『導入』まで行わないとその能力を使う事は出来ない。
そのインストールの工程に必要なのが『容量』であり、容量の満たしていない能力はダウンロード自体が不可能な為使用は不可能、たとえ使えたとしても精々空いている容量分のショボい未完成な能力技のみ。
そんな肝心な要素である容量を高める方法は心身と能力の鍛錬のみであり、これまで多少運動はしていても己を追い詰めるほど本気で鍛える事などはしてこなかった俺は当然使える能力数はとてつもなく少ない上に容量も全然無い。
そしてこのような能力を使う為にも必要な力が存在してあり、それは世間一般的に『エレメントエナジー』等という名称で呼ばれている。
言うなればこれはゲームで例えるなら魔力やMPのような役割を持つものであり、能力者無能力者問わずあらゆる生物皆が生まれ持っている力の源…いわば生命エネルギーに近い性質を持つものだとされている。
この力が枯渇していればまず、『全能力者共通』して能力を行使する事は出来ない。
俺はこの力もまた不足していた、このエレメントも鍛錬次第で後天的に総量を増やす事自体は出来るのだが、これにも途方もない鍛錬が必要とされている、この世には楽して強くなる道は決してないというわけだ。
ただ、今は普通に生きたい俺にとってそんなものは真面目に取り組んでいる訳もなく…周りの能力者連中もよほど向上心の無い奴以外は俺と同様に鍛える事を疎かにしている、言うなればほぼちょっと能力が使える程度の無能力者と何ら変わりない連中だ。
確かに、俺だって以前まではこの力を使って『正義の味方』だとかそんなものになると憧れていたような時期はあった、けれど現実はそんな夢を見る子供には理不尽なほどに厳しかった。
あるきっかけによって、俺はその憧れを叶えるまでには途方もない鍛錬と地獄のような経験が必要な事を身にしみて理解してしまって以降はもう言い表しようのない挫折を味わい、そんな夢を抱かないようにしていた、抱いてしまっては英雄達に失礼だと思い至るようになった。
そして何より俺には、そんな事をしてまで強くなろうとする勇気や度胸なんてものがなかったのだから、きっとそんな奴は英雄になる事なんて夢を見ない方が正解なんだと思う。
だから俺はいつしかそうやってなりたいものを諦め、自然とそうあるべきなのだと思うようになっていた。
大前提としてこの世界には正義の味方を目指す者が数多くいる反面、自身の持つ能力や力を悪用して犯罪を犯す者達も数多く存在している。
それは世間的には能力犯罪者と呼ばれており、かの『大世界連合軍団』が取り締まる対象連中だ。
そんな能力犯罪者の中にも指折りの強者とされる者は大勢存在しており、世間では『英雄』と称される者達でさえも殺されてしまう事がある。
そして近年その被害は徐々に増加していっている傾向にあり、俺達の住んでいる都市でも以前そういった事件はあった程だ。
だからもしそんな志の何も無い中途半端な俺が英雄になろうとしたとしても、きっと何の成果も得られないまま犬死するのだろうと、結果は既に目に見えていた。
それほどまでにこの世界の壁は高く、非情で残酷なものなのだ。
だが、いざこうやって英雄を諦める理由を探しながらこの先の将来を考えてみると…せめて正義の味方は目指さなくとも多少自衛の手段くらいは確保しておいてもいいのかもしれないとは思える、せっかく能力自体はあるわけだし、それを使おうともしなかったらきっと能力の無い人達にも失礼だと思うから。
「───ちゃん!」
そうやっていつものように夢の中で終わりの見えない自身のあり方や将来についての事を長々と考えていたそんな時、どこからかぼんやりと何かが聞こえてくる。
「お──ゃん!起─て!!」
そして段々とその音は大きくなっていく。
それと同時に不思議と体にはまるで誰かに揺すられているような、そんな微弱ながらも刺激を与えられているような奇妙な感覚がする。
「お兄ちゃん!起きて!朝だよ!」
次第にこもっていたその音はハッキリと鮮明に聞こえるようになり、脳みそはやっとそれを聞き馴染みのある声だと認識したのか、その声につられて俺の意識はどんどん覚醒していき、やがて俺はゆっくりと目を開ける。
開かれた視界の先には眩い朝日の光が差されており、そのあまりの眩しさに俺が目を細めると、そんな陽の光を遮るかのように実の妹であり、我が家の長女である『如月 黎』が顔を覗かせてきた。
俺とは真反対の父親譲りの綺麗な白髪でボブヘア、そして蒼色の瞳をしている四歳程年齢の離れた、小学四年の九歳の妹だ。
当時の俺は自分で言うのもアレだが結構ダラしがなく、その上寝坊癖まである訳なのでいつものように黎は起こしに来てくれたのだろう。
いつも何故だか寝る前にはかけていた筈のアラームの鳴る時間がとっくに過ぎている事がザラにあったので正直助かっていたことを覚えている。
この自慢の妹のおかげでいつも俺は運良く遅刻常習犯にはならずに済んでいる、今はただ妹に心からの感謝を。
その後、無事俺が目覚めたのを確認した黎は、俺を起こす任を終えるや否や何も言わずに足早に部屋から出ていった。
もはやこの子にとって俺を起こすのは日課、悪く言えばただの作業に等しいのだろう。
体を起こし目を擦った俺は、欠伸をしながら黎についていくようにリビングへと向かう。
二階の自室からリビングへと降りるとそこにはいつもの顔ぶれ、父の『総司』、母の『離華』、兄の『凪』と次女の『愛』がいた。
皆がそれぞれの予定の支度をしている最中であり、母はいつものように朝飯を作っている、今日は祝日だというのにその光景はまるで変わりない。
兄はきっとバイトの準備、次女は朝早くからどこかに行くのだろうか? 父は俺と同様に祝日休みで寛ぎながら黎を膝の上に乗せて朝のテレビ番組を見ていた。
「おはよう」
そして俺はいつものように家族に向けて朝の挨拶をする。
そしたら皆も俺の方を向いて『おはよう』と返答してくるんだ。
そう、そんないつもの、なんでもない光景がこの時の俺の目の前には広がっていた。
そしてこの時の俺はそんな変わらない日常の光景はいつまでも、そしてこれからもずっと平穏な日々と共に続いていくのだろうと呑気に構えていた。
どれだけその日常や光景を愛おしく思っていたとしても、結局失う時は一瞬なのだと、この時の俺は1ミリたりとも考えもしなかっただろう。
「アキラ~、貴方昼から雅翔くんと癒菜ちゃんと遊びに行くんでしょ?その前に宿題を終わらせときなさいね」
「分かってるよ、母さん」
話しかけてきた母に対し俺は軽く相槌を打つ、確かに今日は昼から幼馴染との予定がある、がどうせ行われるのはいつものチャンバラだろう。
が、別にそれが楽しくないわけではない、中学生になって少しは大人になった気でいたが俺もまだまだ子供だということだ。
そして宿題はめんどくさくてすっかり存在を忘れていた、だがこうして釘を刺されてしまった以上やるしかないんだろうな、じゃなきゃ母から鬼の角が生えてしまう、それだけは避けたい。
「ほら、朝ご飯がもうすぐ出来るから、うがいと手洗いをしてきなさい」
「はーい」
母にそう言われるがまま俺はうがい手洗いを済まし、母の作った朝食を食べた。
その後歯磨きをしてから自室に戻り、1時間程スマホゲームに興じた後、母に言われたように祝日用の宿題に取り掛かっている。
そうして2.3時間程ダラケながらも低スピードで無事宿題を終わらせた俺は、遊びに行く前の支度を開始する。
やがて時刻が12時になった時、着替えを済ませた俺はショルダーバッグをからい、玄関で靴を履き、約束の時間になる前に家を出る事にする。
「今日外暑いから、ちゃんとお茶持った?」
「持ったよ母さん」
「その服じゃ熱中症になるんじゃない?」
「大丈夫だって!」
「二人に迷惑をかけないでよね?」
「わかってるって!」
そんな出かける直前の俺に母はしつこいほどに確認を取ってきた。
怒ると炎を身に纏い、まるで地獄の鬼を彷彿とさせるかのような怖さを持つそんな母も実はかなりの心配性であり、俺が外に出かけようとする時は決まってこうして色々と確認や注意を促すようにして来る。
当時の俺はそんな少し母の心配しやすいところに若干の呆れのようなものを感じていた、けれどこの時から時間が過ぎた今なら分かる、これらはすべて俺を想ってくれてのことなのだったという事に。
「じゃあ、母さん、黎、行ってきます」
「うん、行ってらっしゃい、車には気をつけてね」
「お兄ちゃん行ってらっしゃい!」
「うん!」
そんなやり取りをしながら玄関で俺は母と黎の二人に見送られながらドアノブを捻り、扉を開いた。
そうして俺は外に出て、家の扉を閉めようとしたその時に一瞬見えた二人は優しく笑みを浮かべながら、自分に向かって手を振っていた。
その後、扉が閉まり二人の顔が見えなくなったのを確認した俺は、幼馴染と約束した場所へと向かうべく家を後にしたのだった。
───これが、家族と交わす最後の会話だったということも知らずに。
家を出て数分、俺の額にはもう汗が流れ始めていた。
今日はいつにも増して日射しが強く差し込んできており、それでいて相当眩しい、世間はもうすぐ四季が夏を迎えようとしている。
現在は六月、それに伴って気温がどんどん上昇していっているようだった、これだから夏は苦手なんだよな。
それにこの時期に伴り、学校では部活の大会のシーズンも迫ってきている、こんな暑い中で剣道をやらされる気持ちも考えてほしいものだ、まぁエアコン効いた室内でやるんだけどな。
そんな事を考えながらしばらく俺はマサ達と遊ぶ約束をしていた目的地を目指して歩いていた、そんな時だった。
(…ん?なんか騒がしいな?)
約束していた場所に向かう最中に通りがかった街の大広場の付近にて、相当な規模の人だかりが出来ているのを確認した。
何やら大勢の人々が余裕なくザワザワと何か騒いでいる様子であり、それが気になった俺はその周辺をよく見渡してみると同じ中学に通うやつの顔が見えたり、近隣に住む顔見知りの人の姿がチラホラあるのに気が付いた。
俺はそれに対し何かトラブルがあったのかと思い興味本位で野次馬のように近づいてみる、だがその人だかりの中から聞こえたのは悲鳴などの類の声ではなく、まるで歓声や誰かを称えるような声ばかりだったのだ。
俺はそれらの異様な光景を首を傾げ不思議に思いながらしばらくの間眺めていた、そんな時その人だかりの中からある一つの『人名』らしき単語を大きく叫ぶ声が聞こえた。
「きゃ~!シン様~!こっち見て~~っ!!」
「えっ…?」
非常に興奮しながら甲高い黄色い声援を送っていた若い女の人らしき声で『シン様』と大きく叫ばれているのを聞き取った。
シン様…その名を聞いた俺は驚いた。
何故なら俺はその名には聞き覚えがあったからだ…いや、というよりは寧ろこの名を知らない奴の方がこの世界では珍しいと言ってもいいほどだった。
(え、シン様って…まさか…!?)
シンと呼ばれる有名人、そしてこの数の人に囲まれるレベルの影響力を持つ人物はこの世界において一人しかいない、おそらくは『シン・セブンス・オール』の事で間違いないだろうと俺は考えた。
(ほ、本物なのか…?嘘だろ…?それにしたって何故今日ここに!?ニュースとかを見ても彼女がここに来るなんて告知はなかったし、あまりにも突発的すぎる…!)
この時の俺は突然の『世界的大英雄』である彼女の到来に困惑と同時に若干の興奮を覚えていた。
何故ならその人は、世界規模の能力犯罪取締軍事機関である『大世界連合軍団』で英雄的な功績を残したとされる伝説の人間の名だからだ。
そしてその存在はまさにあらゆる人々、あらゆる能力者達の憧れの存在であり、俺も幼い頃…いつからかその存在に対してかなりの憧れを抱いていた、それ程までに凄い人物なのだ。
そして『大世界連合軍団』とは世界中のあらゆる国家が『能力犯罪の抑制』と『怪異討伐』という共通の目的のもと手を取り合い、自身の国が誇る実力者達を排出して構成された世界最大規模の連合軍事組織となっている。
主な役割は前述の通り能力犯罪取締と能力によって起こされた戦争やテロ行為の対応であり、この組織が無ければ今よりも更に多くの能力犯罪が横行していて世界は今頃無秩序に陥っていたとされている程に偉大な功績を多く残してきた組織だ。
そしてこの人、『シン・セブンス・オール』はそんな大世界連合軍団の現『統括』の立場を担っている大英雄なのである。
大世界連合軍団…略して『連合軍』では主に『統括』と『大団長』をトップに据え、その下に12名の『師団長』と幹部衆、小隊長、そして一般隊員達で構成された組織なのだが…。
彼女はアレだけ巨大な組織のトップであり、あらゆる国の重役とも友好的な彼女は今世界で最も注目されている人物だ。
そんな彼女は、今世界で最も注目されている『英雄三大巨頭』の一角でもある。
嘗て、願うのなら俺だって彼女のような正義の味方になりたいとは考えていた、能力を悪用する悪人達を彼女達英雄のように退治して、世界を守る正義のヒーローになりたいと。
そしていつかは多くの英雄達の様に連合軍に入隊して、『誰かに胸を張れる自分になる』のだと志していた時期があった。
けれど、俺はどこまで行っても凡人だった…能力はあれど英雄と称えられる人達のように血の滲むような努力をしてこなかった癖に夢ばかりは一丁前に見ていただけの人間。
あまりにも目指す壁が高すぎて萎縮してしまったようなそんな心が弱く諦めの早い人間が、今更そんな大層な存在になれるわけがない…どうやって強くなるのかさえも分からない、今更努力したところで彼らのようにはなれない、なれるわけがない…。
そう思い至ってからいつしか俺は心の中でずっと抱いていた夢を早々に諦め、妥協して身の丈にあった生活の方を取り、正義のヒーローという本当の夢を諦めてしまっていた。
俺のような人間は外野から英雄達を応援しておけばいい、彼女達のような人間がいる限り俺達は安泰なんだから。
そう、こんな俺が今更頑張っても、もう既に俺よりも遥かに強い人が腐るほどいるこの世界では無用なんだよ。
…と、そうやってこの頃の俺は自分がそういった夢を抱くのはおこがましいと感じており、中々自分のなりたいと思った夢に踏み出せずにいた。
けれどその夢を一度でも俺に抱かせてくれたのは紛れもなく彼女の存在だったのだ。
だからこそ俺はその憧れであった英雄を応援すべく、そのご尊顔を拝見しようと人込みの方へ向かったものの…。
「いやまったく見えねぇし…」
当時の俺は何分身長が低かった為、人混みの壁のせいで見えない英雄シンの姿を見る為に必死につま先を伸ばして背伸びをしまくっていた。
せっかくここまで来たのだ、せっかく世界的英雄が近くにいるのだ、だったら俺も一度でいいから本物の英雄を一目見てみたい!じゃないともうこの先二度と生で見る事は出来ないかもしれないから。
そう思いながら必死こいて飛び跳ねたりしていたが努力虚しく俺の未熟な体躯ではそんな事は叶いはしなかった。
「はぁ…」と深い溜め息を吐き、どうすれば一目英雄を見れるのかをしばらく思案していたそんな時、突如として誰かによって手を引かれる感覚が巡ってきた。
「んっ!?」
「──―こっちだよ、アキラ」
突然誰かに手を掴まれびくりと体を震わせ、困惑しながらその方向に顔を向けると、そこにはそんな間抜けな反応をしていた俺の名を呼びながら、俺の手を引き誘導しようとしてくる人…。
その人はフワフワとした水色の髪と紫色の瞳をした人物であり、それは見間違える事なく幼馴染の『癒菜』だった。
「えっ、ゆ、癒菜?なんで!?」
「とりあえず、こっち」
「うおっ!?」
そう言いながら突然現れた癒菜は有無を言わさず急に俺の手を引っ張って走り出した。
その後、数秒ほどそのような調子で強引に俺の手を引き続き引っ張っていく癒菜に誘導されながら回り道をし、お互いの小柄な体型を利用して見事群衆を掻い潜る事に成功し、人混みの最前の列までやってこれた。
だが途中何度か体をぶつけたので体の節々が痛い、だが癒菜は普通に余裕そうな顔をしていた。
この子は普段物静かそうな態度をしているのに、案外積極的に動くタイプなのだ。
だがそんな彼女のおかげで、結果的に俺達はそこで初めて生で英雄を直視する事が出来たんだ。
その視線の先には、人混みに向かって小刻みに軽く手を振りながら、優しい微笑みを浮かべて歩いている人物がいる。
周りのマスコミやカメラマンからも集中的にシャッターの光を向けられていながらもその表情は一切崩れていない、流石に場馴れしているようだった。
ただ、そんな彼女が軽いアクションを起こすたびに歓声が沸き上がる都合上、流石に最前列ともなると周りの歓声も後ろにいた時とは比較にならないほどにうるさく、左右背後からは男女問わず叫び散らかす声が響き渡っていた、流石に耳がつぶれそうだ。
それほどまでにうるさ…熱狂的な声援を送る観衆達の眼前にいるのは───。
ダークレッドの髪色にウルフヘア、そしてルビーの如く赫く煌いた鋭い瞳。
その上、大世界連合軍団特有の白色の軍服に身に包み、その軍服の肩側には幹部以上の地位にいることを証明する特徴的なマントと軍を象徴とするシンボルが目立っていて、目測で大体165cm程だと思われる女性。
そこから感じられる華麗な佇まいと常に余裕のある面持ち、そしてどこか神秘的で威圧的な何かを感じる変わった気配…。
(アレが世界最強の英雄…『シン・セブンス・オール』なのか…!)
俺は一瞬であんなにも騒々しかった周りの声が聞こえなくなるくらいその英雄の姿に目を奪われた、その存在は素人目からでも分かるくらい何もかもが別次元な存在で…。
───かっけぇなと、純粋に心の底からそう思えた。
これまでにテレビやネットで何度も見た事がある姿の筈なのに、生で見るとこれ程までに迫力が違うのかと思った、これが強者の出す凄みというものなのだろうか。
「ふふ、かっこいいよね、英雄シン」
「はっ…!?あ、あぁ…そうだ…そういえば癒菜はどうしてここに?」
シンに目を奪われていたそんな俺の顔を微笑みながらのぞき込んでいた癒菜からかけられた声によって先程まで完全にシンの方へと向けられていた俺の意識は現実へと引き戻される。
そこで、本来の目的である約束の場所とは違う筈なのに癒菜はどうしてここにいるのだろうかと疑問に思っていた俺はそれを彼女に問いた。
「それは、こんなにも大きな人だかりが出来てたら気になって来る筈だよ?」
それはそうだ、寧ろ理由なんてそれしかなかったなと俺は一瞬で納得した。そこで俺は改めて周りを見渡すものの本当にデカイ規模の人混みであり、それらは多分ここらの街一体の人が来ているかもしれないと思うレベルの人数であった。
「じゃあ、マサは?」
「マサは後でこっちに来るみたいだよ、俺も英雄を見てみたい~ってね」
「そうなのか、まぁあいつが食いつかないわけないよな」
もう一人の幼馴染の『雅翔』もまたシン及び大世界連合軍団の英雄に憧れている、そんなあいつがこんな瞬間を逃す筈もないか。
俺達幼馴染三人は幼い頃からずっと英雄を夢見ていた、でもいつしか俺や癒菜の二人は自身で英雄になるのを夢見るのではなく、英雄を応援する事に夢を見出すようになってしまった。
だが雅翔、あいつは違った、今も気の強いあいつは自分が英雄になる事を夢見ている、あいつも強い能力を持っていたから俺達もその可能性は高いと信じているし、心の底から応援しようと思っていた。
だがそんなお互いに抱いていた憧れも夢も全て、『この日』という最悪な分岐点をきっかけに変わってしまい、それと同時に俺達幼馴染がこれまで築いてきた縁や絆までも全てが一緒に狂ってしまったんだ。
そしてその残酷な運命はこれより起こる出来事によって引き起こされてしまい、そんな運命が決定づけられてしまうのは、これから俺が起こしてしまった行動によるものだった───。
「───ん?」
俺と癒菜がシンについてしばらく談笑していた最中、俺は偶然にもある異変に気がついたんだ。
そう、俺はこの時たまたま気づいてしまった。
(なんだ…?あの人は…)
こんなにも溢れ返った人混みの中では誰もがシンさんに対して称賛や憧れ、羨望の眼差しを向けていた、だがそんな中である一人の人物のみが周りとは違う不審な行動を取っていたように俺の目には映っていた。
その人物の顔に映る表情はフードを深くかぶっていたからか距離がそこそこ離れていたここからではよく見えはしなかったものの、それでも何故だかその人物からは彼女に対する尊敬ではなく───。
───猛烈な『悪意』のような何かに近いものを感じ取ったのだ。
「ッ…!?」
瞬間、体の底から急激に悪寒のようなものが駆け巡り、嫌な予感という不安によって先ほどまでとはまた違う別の種類の緊張感により体が強張ってしまう。
昔から不思議と人の持つ悪意や負の念といった類のものに対して人一倍敏感であった俺は、運がいいのか悪いのかこの場で唯一その異常をいち早く感じ取れてしまい、その不審な人物の一挙手一投足を固唾を飲みながら自然と目で追ってしまっていた。
「…?アキラ?どうかしたの…?」
優菜は会話の途中で突然黙り込み、違う方向を眺めだしていた俺に対し困惑と心配のような表情を浮かべながら、俺の肩に手を添えてそう問いかけてきた。
「…!あ、ああ…いや…別に何とも……なッ!?」
優菜に声をかけられた事で集中していた意識が散り我に返る、それから今のはただの自分の勘違いなのかと思い再び優菜の方へと顔を向けようとしたその瞬間だった。
俺が先程まで注目していたその不審な人物が急にシンさんに目掛けて腕を突き出し、手のひらを広げて彼女に向けるような素振を見せだした、するとその瞬間から奴の手のひらには微弱なエナジーの流れが集中していくのを感知したのだ。
そして段々エナジーが集中していくことで手のひらの先には何か『能力』のような力で作られたかのような固形物が生成されていき、その固形物は徐々に大きさを増しやがて鋭利な刃のような形に形成していったのだ。
更に相手は自身の気配をその場に上手く溶け込ませていたのか、そのような大胆かつ豪快な行動を取っているのにも関わらず周りの人々はその異常には未だに気が付いていない様子だった。
「…!!まずい!!」
それを緊急事態だと本能からそう感じ取った時、俺はどういうわけか勝手にその場から飛び出していた。
自身が感じたことは正しかった、あれは紛れもなく危険人物であった。
これまで感じたことのないくらいの強い悪意、あれはただの人が出せるものでは到底なかった、あれは確実にそれなりに熟達した能力犯罪者で間違いない。
とはいえシンさんは世界最強、あんな相手の攻撃程度どうってことないとは分かっていた、その筈だったのに…この時は身体が勝手に動き出したんだ。
助けないとと、そのような無謀にも等しい『使命感』に近いものが俺の体を突き動かしたのだ。
だがこの選択自体が間違っていたのだ、このまま様子を見て大人しく英雄の対応に任せていればよかったモノを…ここで無策に飛び出して無意味な行動を起こしてしまったせいで俺は、まさにこの瞬間に『最悪の分岐点』へと足を踏み入れてしまったんだ。
今なら分かる、自分の運命を最悪な方向に向かわせてしまった要因こそが、まさにこの場面なのであるのだと。
「ちょ、待って!アキラ!!」
俺が急に走り出したことで癒菜は勢い良く腕を振りほどかれてしまった衝撃によってその場に尻餅を付きながら、俺を静止しようと呼びかける。
だがそんな静止は虚しく、俺はもう既にその場からシンの方へ向けて走り出していた。
段々と不審な人物の手のひらには更に鋭利かつ貫通力を高めるためにドリルのような高速回転が加えられた凶器が形成されており、そこから更に威力を高めるためにエナジーが次々とチャージされていたそんな危険物をシンに向けていた。
「シンさん!!危ないッ!!」
「む…?」
俺がそう叫ぶとシンや周りの観衆の視線が一斉に俺の方へと集まる。
最初は誰もが奇怪な目で俺を見ていたが、それと同時に不審者が作り出したドリル状の凶器の回転をさらに早めた影響により、その凶器から発せられる風切り音がはっきりと聞こえるほどまでに大きくなっていったことで、必死な形相で走りながらシンのほうへと向かっている俺の突然起こした奇怪な行動の理由に周りの住民もようやく気がついたのか、その異音により急な違法能力使用を行使しようとしていた男の所業にも気づいてしまい、その付近にいた人は悲鳴を上げたり、驚いたりして咄嗟に観衆達は次々と不審者から距離を取ってしまう。
その影響で先程まで群衆によって狭まっていた男の視野が広まってしまい、その攻撃の精密性が増してしまった。
だが幸か不幸か男は無我夢中でただシンを殺す事にのみ極限まで集中していた為か、視界外から必死に迫ろうとしてるアキラの存在にはまるで気づいてなどいなかった。
「死ねェエエエ!!英雄ゥウウウッッ!!!」
そしてその男は狂気的な笑みを浮かべながら鋭利で攻撃性の高い能力攻撃をシンさんに向かって躊躇無く放とうとする。
その時、無謀にも飛び出してしまった俺は、自分の速度程度じゃ相手の攻撃に追いつけないと判断し…。
『模倣ッ!!』
───俺は咄嗟に能力を発動してしまった。
そして俺は続け様に叫ぶ。
『記憶!!解析!!』
俺は相手の形成している最中の能力攻撃を咄嗟にコピーしようと試みたのだ。
まず最初に相手の力の性質を記録し、そこから徐々に解析を開始する。
『発動!!』
そして俺は続け様に瞬時にコピーした相手と同じ能力攻撃を発動させたのだ。
だがそれと同時に、能力解析においてある程度踏まないといけない工程を省略してしまった上に急速的な解析によって生じた負荷ダメージにより脳がオーバーフローしてしまった影響で鼻血が止めどなく溢れ出して来た、だがこうでもしないと間に合わないと俺は判断した。
そこから俺は更なる高速解析と能力形成を続行した。
「……!!」
シンはその行動…というよりの飛び出してきたアキラが発動した『能力』に対し、驚いたような表情を浮かべる。
そんな事も露知らず、アキラはその負荷に耐えながら無我夢中で相手と同じ攻撃を形成していた。
(素早く溜めろ、素早く形成しろ!別に完成度で相手の攻撃を上回らなくていい!ただシンさんへの攻撃が外れるようにするだけ、それだけでいいんだ!)
所詮は遠隔から解析した粗悪で中途半端にすらならない劣化コピーに加え、その場シノギの急ごしらえた付け焼き刃、完成度も熟練度も相手の攻撃に比べたら圧倒的に低い、けれどそれでも軌道を変えてやること自体は可能だとそう判断した。
そこで俺は自身の持ち得るありったけのエレメントエナジーを注ぎ十分に形成された鋭利な攻撃に、次は相手のようにドリルのような素早い回転を加える事で、貫通力と破壊力を大きく高めた。
そして最後に、俺は失敗しないよう深く集中する事で自分が狙うべき弾道を定め。
(そこだ…!!)
「「はぁぁぁッッ!!!」」
そして───俺と不審な男は同時に渾身の攻撃を放った。
お互いに飛ばした鋭利な能力攻撃、流石に相手の男の攻撃規模と攻撃速度のほうが上回っている、だけど今いる距離的に言えば俺の方が圧倒的にシンさんに近い。
だから十分俺の攻撃は届き得る!
そうして相手の攻撃がシンさんの心臓目掛けて当たりそうになった時…。
見事俺の攻撃が間に合ったのか、相手の攻撃に無事弾丸が命中し、上手い具合に弾いた事で攻撃の軌道を逸らさせることに成功した為、シンさんへの直撃が免れたのだ。
「はぁっ!?」
男は視界外からの攻撃で自分の攻撃が弾かれた事に素っ頓狂な声をあげながら驚いていた。
そして男は妨害攻撃が飛んできた方向に顔を向け、そこにアキラがいる事に今になってようやく気がついたのだ。
彼はシンを殺すことに集中しすぎていたあまりアキラの接近とその妨害には気が付いてなかったのが運の尽きだった。
「はぁ…はぁっ…危な、かったぁ…」
だが今のたった一発程度を放つだけでも俺はエレメントがガス欠になってしまった。
そしてシンに攻撃が当たらなかったことに安堵し、その場で片膝をついてしまう。
「て、めぇ!!こんのクソガキがァア!!」
しかし余力を残していた男はせっかくの攻撃チャンスが妨害された怒りか、激しく激昂しながら今度はガス欠で身体をまともに動かす事の出来ない俺に向けて攻撃を放とうと構える。
だが。
「───私が、それをさせるとでも?」
「がっあ!?」
目の前にいる英雄シンが当然それを見逃すわけがなく、いつの間にか男の背後に回りこんでいた彼女は手刀でそのまま項に峰打ちをかまし、男は一瞬にして気を失った。
それを見た俺は安堵の息を漏らし、極度の緊張状態にあった体はまるで糸が解けたかのように脱力し、その場にへたり込んでしまう。
「……はは…やっ、たぜ…」
(ざまぁみろ犯罪者が…そのまま何の成果も得られずに捕まってろ)
その時の俺は心の中でそう吐露する。
だが想像以上に先程の急速解析により脳を酷使し過ぎたことに加えて、エナジーと集中力を消耗しすぎた為か酷く目眩がして少しでも気を緩めたら意識を失ってしまいそうだった。
その後、事態は収まったや否や癒菜は俺のもとへ駆けつけてきて、ガス欠の俺にエレメントを少し分けてくれたおかげでなんとか事なきを得た、それと同時に「心配したんだよ!!」とものすごく怒られてしまった。
けれど周りいた大勢の観衆達は皆、犯罪者退治に貢献した事を理由にシンさんだけでなく俺にも勿体無いくらいの賞賛を送ってくれた、その時少しだけ心の中では諦めていた英雄になるという嘗ての夢が再燃したようにも感じたんだ、それくらいその賞賛が脳に焼き付いていて嬉しかった記憶がある。
ただ、それと同時に少しだけ気恥ずかしかった事もあってかその場を無性に離れてしまいたくなり、俺は後から来たもう一つの幼馴染である雅翔と無事合流を果たしてから優菜と三人でその場を離れ、本来向かうつもりだった場所へと向かって数時間ほど遊んだ。
チャンバラをしてさっきの恥ずかしさを忘れようとしたり、皆で飯を食って上塗りしようとするも、やっぱりこの燃え上っていた心の中の熱はどうにも収まらなかった。
どうやらこの時の俺にとってはまだ身に余るくらい大きな体験だったみたいだ。
でもきっとあれが普段から英雄達がもらっている賞賛というものなんだろうな。
そう感じると自分も憧れの英雄達と一時的にとは言え同じ目線に立てたんじゃないのかと思えて幸せな夢を見たような高揚した気分を味わい、ちょっとだけ舞い上がっていたと思う。
───
そうして時間が過ぎ18時、夕暮れとなる前に俺ら三人は解散し、それぞれの帰路につく。
流石にこれだけ時間がたったおかげで昼頃から続いていた熱と若干の興奮は収まりを見せ、いつもの調子に戻って来ている、きっとから普段感じる事のない強烈な出来事だったからこそ自分の中で消化しきるのに時間がかかっただけなんだろう。
ただ、時間が経つにつれて興奮が消えていくと同時にある不安も頭の中で生まれてしまっていたのだ。
もしこの事を家族に報告したらどう反応してくれるんだろう…誇らしく思ってくれるだろうか、それとも優菜のように心配するのだろうか、と。
俺はただひたすらにそのようなことを考えながら帰路に付いていた。
そんな時だった、突然背後から誰かに声をかけられた。
「──君は、さっき広場で私を助けてくれた子だね?」
「うわっ!?」
考え事をするのに夢中になりながら歩いていた俺は、急に視界外から声をかけられた事により体を跳ねさせ情けない声をあげながら反射的に背後へと振り向いた、するとそこにはなんとシンさんがいたのだ。
「ええッ!?し、ししシンさん!?」
「おっと、すまない、どうやら驚かせてしまったみたいだね」
「い、いえ!そんなことは!?」
俺はあまりにも突然に到来した出来事のせいで緊張と焦りが相まって声が上ずってしまう。
だがシンさんが見ている手前このままの調子ではまともな会話にならないと判断した俺は、少しの間深呼吸をしながら息を整え、なんとか正常を取り戻し、会話を切り出した。
「ふぅ~……そ、それより…な、なぜあなたがここに…?」
「ふふふ、いやなに、私は礼を言うため君を探していたのさ、犯罪者の対処をしていた合間に広場から突然いなくなったからね」
そんな俺のタジタジな様子を見て、シンさんは苦笑しながら返答する。
どうやらシンさんはあの騒動の後広場から姿を消した俺をわざわざ探していたようだった、それに対し俺は英雄の手を煩わせてしまったことに申し訳なく思っていた。
「あ、すみません…お手を煩わせてしまいました」
「いやいいんだ勇敢な少年よ、それよりもだ。先程は助けてくれてありがとう、本当に助かったよ」
シンさんはそんな迷惑をかけた俺に対しても優しく微笑みながら礼の言葉を述べた。
そのような真っ直ぐな目線を目の当たりにした俺は慣れてないあまり照れ隠しをするように顔をそらしながら頭を欠く仕草をする。
それと同時に緊張と動揺で微かに手が震えており若干の汗も流れ、増していく心臓の高鳴りと興奮を震えを抑えるのに必死だった。
「あはは…礼なんてそんな…俺は当たり前のことをしただけというか…そもそも俺が出しゃばらなくてもシンさん一人でなんとか出来たでしょうし…」
「そんなことはないさ、君は勇気をもってその行動に出てくれた、それは称賛するに充分値する」
「そういう行動は誰しもが出来る訳ではないのだからね、だから恥じることなどない、思う存分誇ったっていいのさ」
シンさんはそうやって先程俺の起こした行動を称賛しながら親指を突き立てる。
「それでだ少年、是非とも君の名前を聞かせてはくれないかい?」
「え!?」
「勇敢な功績を残した一般市民は珍しい、たとえ英雄だろうと構わずに駆け付けて守ろうとするその献身さ、君のような存在は誰もが認めるべき存在だ」
「だから是非ともその名前を教えてもらいたい、私の心に刻ませてもらおう」
シンさんは続けざまに俺を褒めちぎるものなのでこの時の俺の顔は酷く熱くなりそうな気分だったうえ、まさかこんな形で自分の名前を憧れの英雄に知られる日が来るとは思いもよらなかった。
「あはは…ありがとうございます」
「えっと、俺…如月…明って言います」
俺は照れ隠しをするかのように頭を搔きながら自身の名前を名乗る。
恥ずかしいという気持ちはあるが、英雄は毎日大勢の人の相手をしている、きっとそのうちただの一市民に過ぎない俺のことなんて忘れてしまう時もあるだろうけど、それでも少しでも憧れである英雄の頭の中の片隅に俺の名前を置いてくれるならと、俺は喜んで自分の名を名乗った。
「如月明くんか、本当にありがとう!」
「!!」
再度シンさんは優しい笑みを浮かべながら礼を述べた、今度は俺の名前を呼んで。
この時の俺は長年の憧れの英雄である彼女に名前を呼ばれ、子供ながらにまるで英雄に認められたかのような錯覚に陥るぐらい内心喜んでいたと思う。
だがあくまでもそれは社交辞令の一環だと思うようにしてあまり浮かれて英雄に前で無様な姿を晒さないようにと喜びを抑え冷静を取り繕おうとした。
「い、いえ、俺は出過ぎた真似をしてしまいました、あの程度貴女にとっては造作もないことだって分かっていたのに…」
「確かに私だけでも対処出来たのは事実さ、それでもね、先ほど言ったように人の為に体を動かせるのは相当な勇気がいることなんだ、だからこそ君には心強い『ヒーローの素質』が宿ってあるのかもしれないね」
「え……!!」
俺はそんな彼女の言葉を聞き心の底から驚いたような記憶がある、心の底にしまっていた英雄に対する憧れをその英雄本人から肯定されたかのように思えたから。
それがあまりにも嬉しくて必死に抑えていた感情に蓋をしきれなくなっていたと思う。
きっとこの瞬間にはもう俺の英雄になりたいという気持ちはかつてないほどに燃え上っていたことだろう。
「それにさっきは実に凄いものを見させてもらったよ、君はその素晴らしい精神と共に、素晴らしい能力も持っているようだね」
「いや…そんな大層なものでは」
「いいや、実に素晴らしい力だ、他者の力をコピーする能力なんて力にはそうそうお目にかかれない、長いこと連合軍の統括をしているけど君のような能力者は初めて見たよ」
「しかもそれをあの土壇場にて咄嗟に使用したとはいえあの犯罪者の攻撃を間一髪で弾いてみせたんだ、その力と君の高潔な精神は誇りに思ってもいい」
「君のその活躍もあってか先程の犯罪者は誰一人として被害者を出す事無く警察署に突き出せている、厳重に拘束されながらね、だからもう安全だ」
「きっと彼はこのあと連合軍の管理する監獄に送られることになるだろう、これもすべて君のおかげだ、少年」
その後も立て続けにシンさんは俺を肯定する言葉を述べ続ける、正直言って相当嬉しいと同時に物凄く恥ずかしかった、けれどシンさんによれば一般市民がこのような功績を残すことは非常に珍しい事とのようだ。
この時の俺はあまりそういうのに詳しくはなかったが、通常「能力犯罪者」はその危険性の高さから普通の刑務所に収監することはできないらしい、だからこそその手の犯罪者は各国の治安維持組織から連合軍に手続きをする事で、連合軍の管理する専用の監獄へと移動させられるのだ、つまり能力を持つ犯罪者というのは世間的にはそれだけ脅威で危ない存在なのだ。
一般人では危険すぎてとてもじゃないが捕らえられない、故にそれを捕まえられるという功績は十分な偉業として称される、だからこそ俺は先程大勢からの賞賛をもらったとのことだった。
それらの事情を聴かされたが故か、俺は彼女に対し心の中でずっと考えていたある疑問を口に出した。
「えっと…じゃあ俺はもしかして…あなた達の助けに…なれたのでしょうか…?」
「ああ、勿論、助けになったとも」
「…!!」
即答だった、彼女は俺のそのような問いに大してなんの躊躇いもなくそう言ってくれた。
その言葉はこの時の俺の心を大きく打った、おそらくこういうところを世間が彼女を英雄たらしめているんだろうと思った。
「じゃ、じゃあ…」
だからこそそんな英雄であるシンさんの役に立てたと知れた俺はこれまで心の中に封じていた今一番自分が聞きたいことを、意を決して憧れの人である彼女に言ってみる事を決めたのだ。
「お、俺は…俺のようなただの凡人でも、いつか…あなたみたいな英雄に、なれますか?」
両の拳を力強く握りしめて激しい緊張の中、声を振り絞りながら俺はシンさんにそう問いかける。
それに対しシンさんは。
「キミは、英雄になりたいのかい?」
先ほどの優しい表情とは打って変わって真面目な顔を浮かべながら、逆に俺にそう問いかけてきたのだ。
「………」
俺はその問いに対し言葉が詰まった。
シンさんの顔を見ると彼女は真っ直ぐとこちらを見つめながら俺の返答を待っている。
俺はそんな真っ直ぐ向けられる視線からつい目を逸らしそうになるもそれでも彼女は真剣に真っ直ぐ俺を見つめていた、きっと厳しい道のりであるということを誰よりも理解している彼女だからこそ真剣に覚悟を確かめようとしていたのかもしれない。
そこで俺はこの人は英雄になりたいと願う俺の心に寄り添おうとしてくれていることを理解した、だからこそ俺はこれまで口に出せなかったその先の言葉を意を決して言えたのかもしれない。
「…はい!俺は、貴女や大世界連合軍団の人達のような強い正義の味方になりたいです…!」
そして俺は言い切った。
長年抱えていた諦めきれなかった夢を、憧れを…。
そんな俺の言葉を聞きシンさんはほんの少しだけ口元を緩ませ、どこか嬉しそうな表情を浮かべていたような気がした。
「でも俺は、これまでずっとその為の努力を疎かにしてきました、どうせ凡人の俺が今更頑張り始めた所で英雄にはなれないんだって諦めていました…」
「だからそんな俺には英雄になる資格なんてないと思っていました…これまでずっと…」
「そうだったのか、だがその結果はもう既にキミ自身が私に証明してくれただろう?」
「え?」
「広場にてキミは私を自分の身を呈してでも助けようとしてくれた、その時点でキミはもう立派な英雄なんだよ、そう、形はどうあれキミは誰かの命を助けたのだから」
「シンさん…」
「誰だって最初は平凡な人間だ、そこから『英雄』と呼ばれるに至ったのはそういった勇気をもって前に進み…長い時間をかけて研鑽と経験を積んできた者たちだ」
そう言いながらシンさんは俺の肩を軽く叩いてからウインクをする。
「だからこの私が保証しよう、キミはいずれ、誰よりも偉大な大英雄になれるだろう、と」
「この私が『認めた』のだから、諦める事はやめて、自分の目標に向かってつっ走りなさい」
「そして私は世界の高みでキミを待とう!」
そう言いながら彼女は曇りない眩しい満面の笑み浮かべた。
「……!!」
「待っているぞ、少年」
「いずれ君がその名を世界に轟かせる、そんな日をね」
「………」
認められた?俺、シンさんに認められたのか?あの世界最強の英雄に…。
そっか、俺、認められたのか…。
「……はは」
そのように思うと自然と顔からは笑みが零れていた、そして憧れの人に認められたからなのか、自分の諦めていた夢を肯定してくれたからなのか。
俺は彼女のそんな背中に真の英雄の姿を垣間見た。
これが世界の英雄、シン・セブンス・オールなのだろう、と。
その後俺はしばらくの間その場でシンさんと語り合った後、その場から立ち去った。
シンさんの経験してきたこと、武勇伝、それらを聞いて俺はよりシンさんのようになりたいと心から強く思う事が出来たんだ。
そして俺はこの日、固く心に決めたんだ。
自分に言い訳ばかりなんかせずちゃんとなりたいものに…英雄になる為に強くなる事を決意した、これら一連の出来事が俺の廃れた憧れに火をつけ、人生に大きな影響を与えたんだ。
だからこそ俺は、また目指してみようと思えるようになったんだ。
彼女達みたいな偉大な英雄に───。
「……ふ、ふふふふふ」
そんな浮足立っている俺の背後を、誰かが怪しげに眺めながら笑っているという事も知らずに。
アレから1時間、憧れていた人に認められ舞い上がっていた俺は帰路を外れて寄り道をしながらブラブラと町を歩いていた。
そしてしばらく歩いたところで俺は気づけば町外れの海岸まで来ていた。
もうすっかり太陽は沈み、空は暗く染まり月が顔を覗かせている、到底中学生が出回ってもいい時間は過ぎていた。
帰ったら母に怒られるだろうなとは思っていたが、俺はそんなことよりも少しでもこの興奮した心を鎮める気晴らしをする為にしばらくの間はここに居座る事にした。
この場所は昔から悩み事があったり、友達と喧嘩した後むしゃくしゃしてた時、そして悲しいことがあった時に決まって訪れていたことがある場所だった。
だがこのような時間帯に来るのも、嬉しいことを経験してから来るのも初めての事だったので何度も来た事がある場所のはずなのにどこか言い表せないような新鮮な感じがしていた。
そんないつもとは違うこの海岸の砂浜に俺は座り込み、海から来る涼しい風にあたりながらただ目の前に広がる広大な海を眺める。
「今日は、色々な事があったな…」
誰もいない静かな空間にこだまする海の波の音、その音に耳を傾けながら俺は今日起きた刺激的な出来事の数々を思い返しながら考え事に耽る。
シンさんがやって来たこと、犯罪者に一矢報いて英雄の手助けになれたこと、そしてその英雄に認められた事…。
今の俺は普段では感じられないほどの大きな高揚感を覚えていた。
まるで何事も無い普遍的な日常が更に彩られていくような、そんな満足感があった。
「ほんと、すげぇ一日だった…」
「はは…俺、もしかしたらまだ夢を見てるのかもしんねぇな、なんて…」
(そんくらいすげぇ経験したな、この事、早く母さんたちにも教えてやりたいな……でも……)
思わず家族にも自慢したいと思えるくらいの出来事だった、だがそれよりもきっともしこの事を伝えたら家族は賞賛よりも心配をするのだろうという考えが一瞬頭をよぎった。
何せ未熟な身でありながら無謀にも犯罪者に挑んでしまった事には変わりないのだから、もしあの場にシンさんがいなければきっと俺は確実に殺されていたことだろうし、母さんはかなりの心配症だから尚更だ。
だけど…。
『───この私が保証しよう、キミはいずれ、誰よりも偉大な大英雄になれるだろう、と』
先程シンさんからかけてもらった言葉を思い返す、きっと英雄になる道はこういう危険が多い、その過程で家族には多大なる迷惑と心配をかけてしまうことになるだろう。
それに英雄になるまでの道半ばで命を落としてしまう可能性だってある。
そうなってしまうくらいなら俺は英雄を目指すべきではないのだろうか…そういう葛藤もまた同時に脳内には湧いてきている。
だが、それでも俺は今日決めたんだ。
「諦めらんねぇよ…せっかくこの気持ちが再燃したんだ」
そうだ、もう諦められないんだ、目の前で英雄に認めてもらえたんだ、せっかくこの夢をもう一度叶えたいと思えるようになったんだ。
もう民衆に紛れて大きな背中に憧れ、守られるだけの存在でいるのは嫌だった。
だからこそ俺は両の平手で自身の頬を叩き、己に喝をいれ、恐怖や心配を振り切る、そして。
「もう…自分の本当の気持ちに言い訳はしない!」
「俺は英雄になる!絶対にだ!」
そう、それでも俺は英雄になるって決めたんだ、嘗て諦めた夢を俺は叶えたい、せっかく憧れた英雄に太鼓判を押してもらったんだ、危険が何だ、命の危機だからなんだ、ここまでお膳立てしてもらっておいて目指そうともしなかったら俺は恥知らずにも程がある。
だから俺は決めた、英雄を目指す、今度こそ俺はなりたい自分になるんだと。
「強くなっていつか、シンさんや、他の英雄達のように悪党を倒して、正義の味方に…誰かのヒーローに…そして」
「今度こそ俺は、誇れる自分になってやる…!」
俺は海を眺めながら力強く拳を握り締める、もう凡人なんてことを言い訳に夢を諦めない、俺はこの日絶対に英雄になるとそう固く心に決めた。
決心した俺はその場から立ち上がり前を向いて眼前の光景を目に焼き付ける。
目の前に広がるのは地平線の先まで続く広大な海、そして時間はもうすでに夜である為か空はすっかり暗くなっており、微かな月光が海の水面を照らしていたが…その夜空や暗い海はまるでこの先に待ってる自分の未来の未知数さを表しているかのようにも感じた。
以前まではその未知に対して億劫に思ったり、先の見えない未来にある意味恐怖に近いようなものを感じていた、だが今はその未知の未来には希望が見えていた。
夢を諦めて進む未知の未来よりも、夢を叶える為に歩む未知の未来の方が同じ未知だとしても断然輝いて見えたのだ。
そしてそんな未知の海に光を照らす月はまさに希望の光であり、その月が浮かぶ夜空を見上げたその先ではいつにもなく満点の星々が輝いており、暗い夜空を彩る無数の星々は、まるで無数にある自分の可能性のようにも感じられた。
そしてそのような煌めく星の海を翔けるかのように大世界連合軍団の空中艦隊である『方舟』が偶然巡回しているのを目にすると。
俺はその星海を泳ぐ方舟に手を伸ばし、まるで方舟を掴むかのように拳を握り締め決意を改めて固めた。
「俺もいつか、師団長になってやる…!」
「そしていつか、世界に認められる英雄になるんだ…!!」
この日の俺は、いつも以上に心が澄み渡っている気がした、これまで諦めて抑え続けてきた夢を叶えようと思えて、やっと心が晴れたように感じられたのだ。
「よっし!それじゃあ早速、明日から筋トレと能力を上手く扱うようにトレーニングから始めよう!」
「絶対に強くなるんだ!」
そうして必ず英雄になるのだと、改めて決意を固めた俺はその場を後にする為振り返ろうとした。
───そんな時だった。
『───探したぞ』
「ッ!?」
背後から急に声がかけられ、俺は驚きのあまりビクりと体を震わせ硬直させてしまう、だがその声は聞いたこともない知らない声だった。
だから一旦俺は驚いた心を鎮め、平静を装い、その声は自分に対してかけられたものではないと思い、無視する事にした、もし勘違いしてたら恥ずかしいからな。
『聞こえているのは分かっている』
だがその人物は構わず声をかけ続ける。
流石に俺も周りを見渡して他に人がいるかどうかを確認したが、どうやら周りには人っ子一人存在しない、つまり相手は明確に俺に対して声をかけているという事に気づいた。
それが分かると反って変な緊張感が体中を駆け巡ったのだ。
『ここにはお前しかいないだろう?』
ああ、やはり俺か…。
そう確信して観念した俺は後ろを振り向いた。
「っ…!?」
そして俺は驚愕した。
振り向いた先にいたのは、よく漫画やアニメで見るような深くフードを被りローブを纏っている、まさに如何にもな正体不明の謎の人物がそこにはいたのだ。
そしてもっと驚きのは、その人物の顔が一切見えない深淵のようなものだった事。
たとえ暗い夜の中でフードをかぶっていたとしても顔を完全には隠せる訳ではないというのに、その人物のフード下の顔部分はまるで完全に光を通してないかのように真っ暗であり、素性が一切分からなかった。
それら諸共の要素から鑑みて、目の前にいる人物は明らかに不審者だと俺は即座にそう判断して、警戒心を強め身構える。
『なに、そう警戒しないでほしい、驚かせるつもりはなかった』
俺が警戒したのを即座に感じ取ったのか相手は軽く両手を上げながら敵意がない事をアピールしてきた。
その時よくよく相手の声に耳を傾けてみれば、その人物から発せられるその声はまるで…男か女かも分からない程に複数の声が混じったような歪な声をしていた。
こんな人間を今まで一度も見た事がない、もしかして能力によるものなのか?とこの時の俺はそう考えを巡らせていた。
それと同時にこのあまりにも怪しすぎる要素しかない人物を前に俺はどうこの場を切り抜けるかを思案していた。
「だ、誰なんだよあんた…一体…」
「急に現れて、俺に何の用なんだよ…!」
突然現れた正体不明の不審者を前に俺は固唾を呑み、若干の額に滴る冷や汗を流しながら、恐る恐る素性について問いてみる。
『ふふ、私はそうたいした人物ではないさ、ただ実を言うと私は先程の広場で起きた一連の騒動の光景を見ていてな、その過程でお前に興味を持ったのだ』
「…!まさか、あんたもあの場所に…?」
警戒していたアキラの警戒を薄めるべく不審者が出した言葉に案の定アキラは興味を示した、それに対し不審者はニヤリと口角を上げながら話を続ける。
『ああそうだとも、そして当然その場に居合わせた私はお前と英雄シンとの会話も聞いていた』
『そこでだ、ここで長々と話すのもアレだから単刀直入に聞くとしようか』
『お前、あの者のような英雄になりたいのだろう?ならば…私がその為に役立つ力を特別にお前にくれてやろう』
『どうだ…?小僧…』
謎の人物は笑いの混じったかのように上擦ったような声をしながらこちらに手を差し向ける。
「はっ…?」
目の前にいる不審者から突然放たれた意味不明な申し出の言葉に対し、アキラは案の定困惑し呆然としていた。
「ち、力…だと?あんた、急に何を言ってんだ…?」
『その言葉通りの意味だ、私がお前に力をやると言っている、だが流石に唐突過ぎたかね?』
『ふむ…ならば説明をするとするなら…そうだな、私は長年とある事情のもとある力に対する適正を持つ者に対し、その力を授けるように動いている』
困惑するアキラを前にその人物は流れるように自身の目的について語り始めた。
「ある力…?」
『ああ、何分その力は強大かつ偉大なる至高な神の力と言っても差し支えない』
『この力はかの有名な【神秘の七柱】の力にも匹敵するとされている程に強大な影響力を持つとされている力だ』
『そして今回持ち掛けた話の要点は…その力の内一つをお前に譲ろう、というものだ』
『別に悪い話ではなかろう?』
「神秘の…七柱…」
『神秘の七柱』、それは聞いたことがある。
それは世界で唯一選ばれた者のみが扱う事を許された『天権』と呼ばれる偉大なる《七柱の大天使の力》を秘めた世界最高峰たる権能達の総称のことだ。
寧ろ知らない方が珍しいくらい世界では最も知られている力であり、その力はこの世の《平和の象徴》とも呼ばれている救世主達がその身に宿し、世界の救済のためにのみ振るわれる…それほどまでに強大な力を秘めた権能なのである。
目の前の人物が何者であるのかは依然としてわからないが、なぜそれほどまでの力を持っているのか、そしてそれをなぜ俺に渡そうとしてくるのかに俺は更に強い疑念を抱いた。
「やっぱりあんた誰なんだよ…そ、それに…そんな力があったとして、どうして俺なんだ…?」
『言った筈だ、適性がある奴を探していると…お前にはその適性が存在していたんだ、その上でお前は英雄という存在に憧れていた…だから私は選んだのだよ、至高なる力の後継者にとな?』
「じゃ、じゃあ…その力の代償は、なんなんだよ…」
「俺は知っているぞ!そんな凄い力にはそれ相応の代償が伴うって!」
相手は敢えてなのか自分のことについては案の定何も語らずそれ以外の問いに対してのみの返答を行った。
故に更に警戒心を強めた俺は、それほどまでに強大な力を与えられる際にあたっての代償について問いかける。
この世界に存在する力には多かれ少なかれ代償や制約のようなものが存在する事はたいして珍しい事ではない、ましてや天権に匹敵し得ると謳うような力だ。
だからこそ俺はそのような力を渡されるにあたり、どのような代償が己の身に降りかかるのかが気になっていた。
だが目の前の不審な人物はそのように酷く警戒する俺の心配を見抜いたのか軽く苦笑を交じえながら話を続けた。
『ふふ、それは考え過ぎだ小僧、代償なんて取るに足らない話さ、気にするほどでもないんだよ、それにこれは私側にも都合がいいから持ちかけた話』
『それに必要ないのならば断ればいいだけの話だ』
『お前がこのまま断るのならば私は素直にここを立ち去ろう、だが…物事は慎重に判断した方がいい、今はそういう局面かもしれないからな?』
「局面…?」
『そう、もしかしたらお前にとってこの場面こそが己の運命を変える人生の転換期なのかもしれないからな?』
『それを分かった上で判断したのであれば私も素直に聞こう』
『───ただ、お前のようなこの力に対して強い適性を持つ人物は限りなく少ない、故にこれはお前にとっての最大のチャンスであると同時に私にとっても千載一遇の局面なのだよ、そのことを加味して慎重に判断して決めるといい』
局面だの、転換期だの、チャンスだのとまるでしつこい宗教の過激な勧誘を彷彿とさせるかのような言葉を次々と連ねながら謎の人物は再度こちらに向けて手を差し出してきた。
『さぁ、どうする?如月 明』
『英雄を諦めるのか?それともこの力を受け取って英雄になるか?』
『この力を受け取れば、お前は間違いなく…この世界で唯一無二の存在に昇華することが出来るのだから』
「………」
この取引は明らかに怪しい、それは分かっていたが俺はその問いに対してすぐに否定するような言葉は出てこず、しばらくの間沈黙してしまった。
あまりにも唐突に現れた運命の分岐点とも言える大きな選択…。
相手の言うことがもしすべて事実なのであるとするならば、確かにこの選択は目の前にいる謎の人物の言うようにチャンスであると同時に今後の俺の人生に大きく関わってくるのかもしれない、もしこれが本当に俺の転換期なのならばと…そう考えれば考えてしまう程、否定するような言葉が中々口から出てこなかった。
それに俺はシンさんに、憧れの人に英雄になれると言われた、だから俺は…。
俺はとにかく思考を巡らせた、どう選択するのが正しいのか、目の前にあるのはもしかしたら本当に英雄になれるチャンスなのかもしれない…。
そんなふうに暫く葛藤を続けていると、不審者はゆっくりとこちらに歩いて来て、俺の肩に手を置いた。
『今ここで私の誠実さを受け入れるか、歩みを戻し私の前から後退するか…どちらでもいい、けれど…』
『───その一歩を勇気を持って踏み出せば、明るい未来が、待ってるかもだぞ?』
そしてその人物は俺の耳元に顔を近づけそう囁いてきた、それはまるで心に直接語りかけてくる悪魔の囁きかのように…。
『Petite, et dabitur vobis ───』
「っ……」
そしてその言葉に、どうしてか先程まで相手を激しく警戒していたはずだった俺の心は酷く揺らいでしまったのだ。
その後、相手は苦笑を交じえながら俺のそばから離れる、そして極めつけには俺の不安を煽るかのように、そして俺の決断を催促するかのように…。
『ふふふ…申し訳ない、どうやら私は邪魔みたいだから去るとしよう…ただ、私とはもう二度と会うことは無いかもしれないな』
「なっ…!」
『それでは、さらばだ────』
相手はそのまま俺に背を見せ立ち去ろうとする素振を見せる。
それは明らかな扇動だった、だが。
「ま…待ってくれ!!」
俺はそのようなわざとらしい扇動に見事に釣られ、遂には相手を引き止めてしまったのだ。
ここに至るまでに散々刷り込まれてしまった英雄になる可能性、それをここで捨ててしまう事に俺の心は後悔してしまいそうになったのだ。
それこそが相手の目論見だという事も知らずに。
だが、それでも俺は英雄になって「誰かに胸を張れる自分になりたい」という思いを捨てきれなかった。
そんな浅慮で軽い思想によってこの場面でこの人物を引き止めてしまった事こそが、今の俺にとっては生涯で一番の後悔した選択になったというのに。
この時の俺はまるで釣り竿にかかった魚、その人物はフードで隠れていた顔からも分かるくらい機嫌のよい雰囲気を漂わせ、わざとらしく背を向け立ち去ろうとした身体を俺の方へと向き直した。
「話を…聞かせてもらってもいいか…」
『ふふふっ……よく言った、それでこそ私が見込んだ者だ……』
『内容は至極簡単…ただ我が力を譲る際お前はその場で目を瞑り、その力をただ受け入れればそれでいい…受け入れさえすれば自然とその体には力が宿る、たったそれだけだ』
『適性のない者はそのような異物を入れられると体に異常が出るが、お前は強い適正持ち…まずそのようなことにはならず自然と力がその身に溶け込むことだろう』
『この私が保証しよう、この力があればお前は必ず世界最強の英雄になれるだろう…悪くない話だろ?』
聞いた限りではその内容は比較的に簡単そうなものだった、天権に匹敵する程といわれるそのような大きな力を譲渡するのならもっと大掛かりなことをするものなのかと身構えていたが、思いのほか直ぐに済みそうな内容だった。
「……確かに、ただあんたから力を受け取るだけでいいんだもんな」
「分かったよ、やってみる…」
ただ目を閉じて受け入れるだけでその力が手に入るならと…そうして俺は怪しいと思いながらもその人物から力を受け取る事を承諾してしまったんだ。
『嗚呼、実に素晴らしい判断だ』
そんな俺の返事を聞き、謎の人物は高らかに腕を広げる、まるで自身の溢れ出す喜びをその身で体現するかのように。
『──たった今、お前は非常に良い選択をした、実に懸命な判断だ、喜べ。これでお前は他の有象無象とは一線を画した究極の存在へと昇華することになるだろう』
「ああ、けどそれで俺は本当に英雄に………ッ!?」
力の譲渡を承諾してからというもの、しばらくしないうちに急激に酷い睡魔に近い現象が現れた。
(な、なんだ…これ……!?)
それに伴い目眩のようなものに襲われ、瞼が重くなり、相手の姿も霞んで見え、ただでさえ歪んでいた声もさらに歪んで聞こえ、俺はその場に片膝をついてからそのまま崩れるように倒れ込んでしまう。
そして睡魔に襲われてから数秒としないうちに俺の目は自然と閉じようとしていた。
その際に俺は少しでも残ってる意識を使い、謎の人物を見上げると…その人物のフードの下からは先程までは見えなかった『赤い瞳』のようなものを覗かせて俺を見下ろしていたのを最後に確認し、そのまま俺は目を閉じてしまう。
そこから急速的に俺の意識や思考が薄れていくような感じがした、一瞬変だとは思ったけれど、謎の人物の声に誘われがままに俺はどんどん意識や理性を切り離していった。
そうして、俺はそのまま意識を手放した───。
『ふふふっ…我ながら実に素晴らしい器を見つけた…こいつの可能性は期待出来るな、この力の適正者を見つけたのは実に三百年振りだ…』
謎の人物は力の譲渡を終えてから気を失い、その場に倒れているアキラを見下ろしながら悦に浸っていた。
『───喜べ…お前は今宵、無窮の力を得た』
『神の寵愛を受けた者はもはやただ人には戻れない、だがそれ故に得られるものもある、お前はただの人間である事を捨て、唯一無二の神の器に選ばれし者となった』
『その力を以て究極の存在となるといい…精々上手く扱える事を祈っているぞ?』
『選ばれし英雄の卵よ───』
───
それからしばらくの時間が置かれ、いつの間にか意識を失っていたアキラは公園のベンチで眠っていた。
「ん、んん……うん?」
「あ、あれ…?ここは…」
ようやく意識が覚醒し目を覚ました俺は、周りを見渡すと目の前には見覚えのある光景が広がっていた、どうやらいつの間にか俺は街に戻ってきていたようだった。
「公園?俺、いつの間にか気絶してたのか…?もしかして、あのフードのやつが俺をここまで運んでくれたのか…?」
「…分からないけど、もうそろそろ帰らないとマジでヤバイ」
「今、何時だ…?二十時!?やべぇ!!」
「急いで帰らねぇとマジで怒られる!!」
公園にある時計を見ると時刻は既に二十時を回っていた、中学生が出回るにはあまりにも遅すぎる時間であり、学校の関係者に見つかると非常に厄介な時間帯であった。
そして何よりこんな時間まで外に出ていたら家族が本格的に心配する。
だからこそ時計を見て相当焦った俺はすぐさま立ち上がり、家に帰ろうと全速力で走って帰路を辿ろうとするも。
「…!?」
その時、俺は自分の体に変な違和感…いや、異変のようなものを感じた。
「え…?あ、あれ、体が…思うように動かない…?」
まるで身体全体が痺れているかのようなそんな不愉快な感覚が全身を駆けめぐっていた、その上身体が非常に重く、まるで鉛のように動きが鈍くなっていたのだ。
たとえ外で眠っていたからってこんなことになるわけがない、だからこそ不思議に思った俺は先程の出来事を思い返す。
(そういや俺、目を瞑っている間あいつに何をされたんだ…?急に意識が薄れてくような感覚がして、そっから気づいたらベンチの上で寝てたし…)
(それに…俺の身体には本当にあいつの言ったような力が植え付けられたのか…?まるで実感が沸かねぇ…身体が思うように動かない以外は特にこれといった変化は何も感じらんねぇし…)
(とりあえず、今は帰らねぇと…辛うじて身体は動く、身体の事は家に帰ってから考えればいいか…)
(それよりもまずは母さんへの言い訳を考えないと…)
そんなふうに一旦身体に起きた異変の件は置いておき、母への言い訳を考えながらおぼつかない足取りで俺は家に帰る為に再度歩き出した。
そんな彼の姿を遠くの高所から眺めている人物がいた、それはあの海岸に現れたローブを纏った謎の人物であった。
『───さて、そろそろ時間か』
『それでは品定めを始めるとしようか』
『人気の静まった夜に盛大な花火を打ち上げるとしよう、まずはその為の試運転をさせてもらうぞ?小僧』
謎の人物はそんな目論見があったとも知らずにただただ我が家を目指してのうのうと歩いているアキラを遠くから眺めながらほくそ笑んでいた。
その後、謎の人物は街並みに視線を向ける。
その人物の目の前には暗い夜でありながらまるで星々のように明るい光の灯っている綺麗な街並みが広がっており、その者はまるでそれら全てを見下ろすように一望していた。
『いくら長い時間をかけ、栄え、繁栄してきた強硬な文明であろうと──強大な力を前にしては墜ちるのは一瞬だ』
『それを今から教えてやろう、お前達は…運が悪かったのだよ』
その暗い影に覆われたフードの下からは赤く光る瞳を覗かせていた。
そしてその赤い瞳の視線は再びアキラの方へと向けられ…。
『───さぁ見せてみろ、如月 明…今こそお前の眠れる真価を発揮する時だ』
『私の目に狂いは無かったということを、証明してくれ、新たな駒よ』
『お前はこれより全ての猿共を見下す《超越者》となるんだ』
そう言い、その謎の人物は片腕を上げる。
上げられた片腕からは眩いエナジーの光が放出され、次第に光が収まっていくとその片手には漆黒の十字架のようなものが握られていたのだ。
『さぁ、まずは試しに最愛の故郷、いつもの日常、そして最も大切にしてきた仲間達…その全てを壊してみせるといい…』
そう告げる謎の人物の片手の中に握られていたその十字架は再び眩い光を放つ、先程よりも更に強く眩い光を。
そして───。
───『"能力強制発動"』
『"天権 ████"』─────
その人物は、最後にそう唱えたのだった。
「くそ…どうなってる…マジで体が動かねぇぞ…」
足を引きずりながら帰路を辿っていた俺は想像以上に自身の体に苦戦していた。
先程までいた公園は家から近い距離にあるとはいえず、永遠に家にたどり着けないのではと錯覚するくらいの時間が過ぎている。
そうしてしばらく歩いていると、気づけば俺は街の大広場にいた。
シンさんの訪れで賑わっていた昼頃とはまるで違い、夜の大広場は街頭に照らされていて明るいものの人影は一つなく、喧騒のない静かな場所であった。
普段夜に出歩くことなんてない為なかなか見ることのない光景だ、だがそんな普段とは違う光景を前にしても、それ以上にあまりにも異常とも言える体の不調により徐々に思うように動かなくなってきたせいで余裕はなく、仕方なく休める為に噴水の近くにある椅子に座ろうと向かおうとする。
その瞬間。
「ぐっ……!!?」
ドックンと…そう心臓が急に大きく音を鳴らした。
同時に、胸部には鋭すような痛みと握りしめられるような苦しみが現れた。
(い、いてぇ…!?急に、なんだ…!?)
アキラは胸を抑え、膝をついた。
急に襲ってきた正体不明の激しい苦しみ、耐え切れずアキラはその場に倒れ込み、もがくように苦しみだした。
「が……あっ…!?」
動悸が激しくなる、呼吸すらもままならない。
「はっ…!!ハッ!!アアッ!!」
(な、なん…だ…この…痛み…は……!?く、くるし…!!)
「ぐ…アアッ!!あ、アアアッ…!!!!」
激しい胸の痛みとともに酷い頭痛と目眩が襲い掛かる。
急激に視界が激しく歪み始める、耳には高音の耳鳴りが響き渡り、思考は何故だかノイズのようなものがかかったように上手く考えることすらもできなくなっていた。
「アァァァアアアアアアアアアアアアアアッッッ!!?!?」
俺は今にもカチ割れそうな頭と胸を強く抑えながら激しく絶叫の声を挙げる。
そんな声にもならない絶叫は人影のない夜の大広場中に響き渡った。
その時、苦しみの声を上げていたアキラの体からは勝手にエナジーが溢れ出してきていた。
そしてアキラの苦しみが増していくごとにエナジーの放出は更に勢いを強めていく。
「があああああああ!?ああああああああ!!!がっああああ!!?!!」
力が増していくごとに…感情が、理性が、そして心までもが…まるで黒いナニかに蝕まれていく、染められていく、何も考えられなくなっていくような感覚に襲われる。
同時にこの地には大規模な地響きが発生し、アキラの苦しみがさらに増していくにつれて地響きも力の放出も、より酷くなっていった。
やがて大気さえも激しく揺れだし、先程まで星の輝く綺麗だった夜空を覆うかのように巨大で分厚い雲が立ち込め、空を一瞬にして深夜のような暗い曇天へと変えたのだ。
そんな奇妙な現象と同時に空は変な音を鳴らしながら急激に天候が悪くなっていった。
「ガァァァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッッッッッッッッッッッッ!!!!!!!」
激しい絶叫と共に限界を迎えた彼の身体からは先ほどとは比較にならないレベルの莫大なエレメントエナジーが放出される、やがてその莫大な力の負荷によりとうとう耐えきらなくなったアキラの意識は完全に消し飛ばされしまい、ただでさえ激しく荒れ狂うエレメントは更に爆発的に規模と量を増していった。
彼の意識が飛んだ事で力のストッパーが外れたのか、身体から放出される力は更に激しく、そして止めどなくエレメントの波の勢いが上昇していくと、激しく放出された膨大で赤黒い禍々しいエナジーはやがて彼の肉体すらも覆い、天井知らずに勢いを増していき、最終的にはそのエナジーの奔流は天にまで昇り、曇る空をも穿つ巨大な光の柱となった。
その後、異常なまでの量を誇るエナジーの放出は収まり、光の柱は徐々に消えていくものの、エナジーの柱に貫かれた曇天には大きな穴が開いていた。
そして徐々にその穴を中心として空を覆う暗雲がまるで巨大な渦を巻くかのように回転して荒れていく。
この都市に住まう人々は各々が多種多様な反応をしながらその異常事態を眺めていた。
怯え恐怖するもの、この世の終わりと悟り絶望するもの、泣いているもの…この都市に住まう数百万の人類はこの光景を目に焼き付けた。
「お、お母さん…お父さん!!」
「大丈夫、大丈夫よ黎…お母さんとお父さんが傍にいるから」
(アキラ…大丈夫なの…?今、どこにいるの…?お願い、皆無事でいて…)
怯え泣いている黎を不安にさせないように力強く抱きしめ慰めている母の離華と父の総司。
如月家もこの突如として訪れた異常事態の中では冷静ではいられなかった、だがその中でも離華は一向に帰ってこないアキラと諸事情により外出している黎以外の他の兄妹達の心配もしていた。
「ゲホゲホっ…な、なにこれ、どうなってるの…?」
時間は同じくして、突如として発生した大きな地響きにより次々と倒壊した建物達が散らした砂埃により咳込みながらも有事の際に避難先となる場所へと向かおうとして外に繰り出していた癒菜も同じくその異常な空を見上げていた。
(アキラ…マサ…二人は大丈夫なの…?)
誰もがそんな空の上で渦巻く巨大な大穴を恐れながら見上げていた。
そんな時だった、その渦の中心部からはゆっくりと《《ナニか》》が下に向かって降りてくるかのように浮遊しながら現れたのだ。
「─────」
突如として現れたその正体不明の何者かは人の形をしていたもののそれ以外の部位は人ならざる容姿をしていた。
頭には特徴的な《禍々しい角や羽》と《黒い天冠》のようなものが浮かんでおり、その背中からは《漆黒の天使の翼》のようなものらしき物体が生えていた。
一対二枚の大きな漆黒の翼を広げながら空から舞い降りてきたその者の白目は黒いナニかに侵蝕されたかのように真っ黒に変質しており、反対にその瞳はまるで黄金のような色を放ち光っている、そしてその瞳の瞳孔にはまるで《十字架》のような特徴的な模様が浮かんでいた。
全体的に見てその容姿を敢えて形容するならば、それはまさに《堕天使》のようなものであり、そしてその人物は姿が大きく様変わりしてこそいるが────。
────その存在は紛れもなく《如月 明》だった。
「█████ ███」
アキラは何か言葉を発したものの、それは人類にはまるで理解できないほどに酷く歪んでいた。
だが、その言葉を発した直後、その渦の中心点には更に激しく雷が迸り始める、それはまるで天変地異の起こる前兆のようだった。
そこから数秒後、渦の中心点からは暗雲を貫きながら有り得ない程に超巨大な『十字架』のようなものらしき物体がゆっくりと降りてきたのだ。
人々は突如現れたその謎の浮遊物と空から降臨した堕天使の姿に目を釘付けにしていた、これ程までに前代未聞の異様な光景は無いのだから当然といえば当然だ。
だが同時に明らかにこの現象はただ事ではないと誰もがそう感じていた為、人々はその十字架から遠く離れようと一目散に逃げていった。
恐怖で絶叫を上げる者や泣き叫ぶ者の悲鳴、怒号が一斉にこの夜の中に響き渡る。
そうやって生きるために必死に逃げる人々だがそれでもこの瞬間、心の底では誰もが世界の終焉を悟っていた。
中にはハナから逃げ場などないと逃げるのを諦め、世界の終焉の瞬間まで誰かと生きようとする者もいた。
そんな人々の恐怖や絶望などの負の感情が満ち足りていたこの地上に目掛けて落ちていくその巨大な十字架は、まるで暴走したアキラの力に呼応するかのように眩く、そして人々の発した負の感情を吸い上げながら圧倒的なまでのエナジーの光を貯めていた。
そして暫くの間力を貯めていた十字架は十分に力を充填したのか凄まじい光度の光を発したのだ。
その瞬間だけは夜の曇天でありながらもまるで昼頃のように空は明るくなる。
やがて、激しい光を放ちながら降下していったその巨大な十字架は地上へと突き刺さった。
その直後、パキパキと異音を鳴らし、破片を落としながら巨大な十字架には大きく亀裂が入っていき、割れた箇所からは徐々に光が漏れ出していき、次第に十字架全体が割れ、中からは尋常ならざる光が放出されたのを最後に────。
一瞬にして都市全体は暗い夜の闇を彩る多彩に輝く眩い光に包みこまれた。
最初は暖かく温もりのある光で誰もがそれを神の齎したもうた救いの光なのではないかと錯覚してしまいそうなくらい綺麗で壮観な景色だと思ったのも束の間。
────一気に現実という名の理不尽で残酷な地獄の世界へと引き戻された。
光に包まれた世界は直後、見るも無残な地獄へと様変わりしていた。
先ほど大広場を中心に放出された眩い光と同時に都市の全方位に向かって、大爆発の勢いで『獄炎』が拡散されてしまったのだ。
刹那にしてその地獄の炎は都市全体をいとも容易く呑み込み、悉くをふき飛ばし、破壊し尽くした。
加えてその破壊範囲は広がる一方であり、最終的な破壊範囲は…かの『核兵器』をも遥か凌駕する広範囲にまで至っていた。
大地は大きく揺れ、激しく轟音を鳴らす、次々と破壊された建物は崩落していく。
爆心地周辺は当然ながら完全に壊滅、周りは火の海となっていた。
完全では無い力でありながらも、一瞬にしてここまで栄えてきた文明を持つ大都市を破壊して見せたその力はまさに───。
───『神業』と呼ぶに等しい。
そしてそれら一連の流れを高みから眺め、この惨状に対し笑いを堪え切れない人物がいる。
『───ック』
『っくく…くくくくく』
『あははははははははっっ!!!』
あっという間に凄惨な地獄と化した都市を前に、アキラに力を渡した謎の人物は声を高らかに上げながら盛大に笑っていた。
その人物はこの悲惨な現状に対して非常に興奮している様子だった。
『嗚呼…素晴らしい…実に素晴らしい力だっ!まさかこれほどまでの器だとは思ってもいなかったぞ!!』
『やはりこの私の目に狂いはなかった!これで確信した、あいつは過去数百名の『使徒』の中でも最高のポテンシャルと最高の適合性を秘めている!』
『これこそが私が数万年の時を探し求めていた完璧な器に他ならないっ!!』
謎の人物は燃え盛る火の海となった都市を眺めながら、両手を大きく広げ、心の底から溢れだす喜びを体で表していた。
『これは現段階での最高傑作の『憤怒』よりも遥かに高みの存在になれる可能性を秘めている!』
『実に素晴らしい成果だ、あいつはいずれ私の最高の駒になる…』
その者は心の底から歓喜していた。
そうして周りから聞こえる炎に焼き尽くされた人々の放つ絶叫や悲鳴に耳を傾け、まるで音楽を聴くかのように心の底から楽しみながら、その者はこの地獄の真ん中にて宣言した。
『──さぁ…今宵、ここに器は成った』
『やがてその偉大なる盃には、真紅の鮮血が注がれ、満たされる事であろう…!』
『これこそが、私が長き歳月もの間求め続けた、最強の『使徒』である…!!』
『───人類よ、守護者よ、世界よ!!見るがいい!!そして全ての血肉を以て、新たなる《《神の降臨》》を盛大に祝うがいい!!』
『天地を覆す大魔神の降臨だ…!!』
『さぁ応えよ、今こそ目覚めたまえ!』
『天より永世に追放されし神へと反逆した大罪の君主、壊滅の光王───』
『第一天魔王 █████よ…!!!』
『今こそ長き眠りから目覚め、その神体でこの世に再び現界し…破滅の光で世の誤謬を裁くのだ!!』
『その偉大な黒翼を広げ、人知を超えた神威を以て、世界を罪悪の渦へと堕としてやるといい!!』
『その力を見せてみろ、この私に見せつけてみせろ、お前の真の力、真の姿を!!』
『お前こそがこの世に誕生した神覚者なのだと、世界中の猿共に思い知らせろ!!!!!』
謎の人物は空を見上げながら高らかに叫び、世界に向けてそう宣言した、そんな声は燃え盛る崩壊した都市全体に反響する。
そしてその者が見上げた視線の先にいるのは、街を焼き滅ぼした果てしなく巨大な十字架を背に、大きな天使の黒翼を広げながら炎の海に包まれた故郷を空から一望している───『新生の魔神』としてこの世に君臨したアキラが映っていた。
『神に選ばれし人の子よ』
『お前は哀れにも償い切れぬ大罪を背負う事となった…だが案ずるでない』
『お前はこの地獄の代償と引き換えに、神にも等しい力を授かり、真なる英雄へと至る資格を得たのだ、故に…』
『今宵、そんな英雄の征途をこれから歩むお前に相応しい名を考えた』
『───偽りの力を行使する者、七罪人『偽皇』…とな』
『さぁ我が使徒『偽皇』よ、世界の無知で愚かな猿共に見せつけてやるといい、これがお前の力なのだとな!』
『お前はこの日を以って全てを越えた『超越者』と成ったのだ!!』
『っはは、あははははははははは!!!』
もはや破壊し尽くされて何も残されていないその都市に木霊するのは、ただ一人の狂気的な笑い声だけだった。
ここに、《地獄の燔祭》が執り行われた。
全ての生命体は燃え尽きた炭のようになり、新たなる神の降臨の薪としてその命を捧げられたのだ。
───こうして、ある都市に住まう全ての人間の血肉と死を生贄に、この世には新たなる罪の一角を担う『半神』が生誕した。
人の身を捨て、神として生まれ変わった彼の者は、自らの手で自らの生まれ育った故郷を焼き払い、無数の骸と炎の海の中から産声を上げたのだ。
自らを生み出した罪の王への反逆の意志にも等しい強烈な怒りと憎悪を叫びながら。
「───は?」
暫くの時が経過し、急に途切れた意識はようやく覚め、瞼を開くと俺はその目の前の光景に唖然としてしまった。
そんな俺の視界の先に広がっていたのは、街を覆う程に燃え上がっていた炎に包まれた自身の故郷の姿だった。
「あっ……あっ……」
そんな光景を見渡した俺はあまりにも今の状況が理解できず、口からは声にならない声が出る。
周りの建物は崩落しており、遠くに見える高層ビルも凄まじい轟音と地響き共に崩れ、地面に落下していってるのが確認出来た。
この時、俺は地獄を見た。
意識を失っている間に、平和そのものだった街が地獄のような光景と化しているこの状況に俺は戸惑っていた。
もしかしたらきっとまだ夢の中で、俺は悪夢を見ているんじゃないかと思わず疑った、けれど生憎だがこれ程までに衝撃的な光景を見てしまったせいで意識ははっきりとしていた。
そしてこれが夢ではないのだと俺は理解してしまった。
再度落としてしまった意識を目覚めさせたは良いものの、知らぬ間に周りの全てが『燃えていた』のだ。
そして俺には先程までの記憶が一切存在せず、まるで眠った時のように一気に時間が飛んだかのようなそんな感覚だけが身体に残っていた。
だが時間自体は意識を失った時点から実際はそこまで経っておらず、その間にあった記憶だけが綺麗に無くなっていたのだ。
「な、なんだ……なんだよ、これ……」
「どう、なって……」
先程まではなんともなかった故郷が、急に大炎に包まれ燃え盛っている光景を見て状況が飲み込めなかった俺はただただその地獄のような光景と化した故郷に対し、困惑と動揺をする事くらいしか出来なかった。
加えて体には力が一切入らず立ち上がる事もままならない、辛うじて座り込む事は出来ても足で立つのは無理だった、まるでマラソンをした後のように体力を使い果たしたかのような状態に陥っていた。
故に俺はこの時、この地獄と化した光景を目に焼き付ける事しか出来なかった。
「俺、なんで…あれ……」
「どうして…こうなって……ん?」
背後を見ると先ほど砕けたはずの巨大な十字架が大広場の中心に突き刺さっている、まるでこの災厄に呑まれ、崩壊した都市のシンボルと言わんばかりに堂々と目の前にソレは聳え立っていた。
「なんだ…これは…十字架…?」
「こ、こんなの、今までなかっただろ…」
アキラは先程までの暴走していた記憶がないので自分自身が呼び出したこの巨大な十字架を見ても訳が分からず混乱している。
「───そこの君!!大丈夫かい!?」
その時、訳も分からず混乱しながらその場に座り込んでいたアキラに対し呼び掛ける誰かの声が響いた。
「あ、れ……」
「シン……さん……?」
声の聞こえるほうへ顔を向けると、その先にはアキラの方へと向かって駆け付けて来ていた人物が一人、それは大世界連合軍団の統括『シン』だった。
「あ、君は!!先程の少年じゃないか!!」
「よかった…君は無事だったんだね?」
シンは普段は見せないような焦った様子でこちらに来ていたが、彼女はアキラが無事なのを確認すると安堵したかのように一息ついた後、笑みの表情を浮かべながらアキラを見ていた。
この時のシンさんは救助活動を行っていた為燃えた故郷の各地を走り回ってしばらくの間生存者を探していたとのことだった。
その末に俺を見つけ今に至ると話してくれた。
「し、シンさん、これ、は……」
「ああ、実に酷い惨状だ…私も急に起こってしまった為対処が間に合わなかった…」
「一体誰がこんな酷い事を…これは絶対に許してはならない事態だよ…!!」
シンさんはこの現状に対し非常に悔しそうな表情を浮かべながら拳を強く握り締めていた。
「お、俺の故郷が…燃えて…そ、そうだ!家族…俺の家族は…!?」
憧れのシンが助けに来るシチュエーションだというのにアキラの意識はまだ錯乱していた、だがそんな中でも家族の安否を思い出したアキラはシンにその事を問いた。
するとシンは悔しそうな表情から一転、優しい笑みを浮かべた後、アキラを安心させるように落ち着いた声色で喋る。
「大丈夫だ少年、何も案ずる事はない、出来る限り生き延びた生存者は私が確保している…君もそこへ連れて行こう、勿論、君の家族も保護しているよ」
「……!!本当…ですか…!?」
「ああ、本当だ。君の家族も能力者、一般人よりもこういう状況に対しての耐性が高く生き延びやすかったのかもしれないね、それで丁度君の家族がいる避難所はここに近い場所にあるんだ」
「とりあえずここは危険だ、今すぐに離れよう、立てるかい?」
「は、はい…!!」
俺はシンさんの差し出してきた手を掴み、足に入れる力を振り絞って立ち上がる、先ほどよりかは多少マシにはなったがやはり身体の不調と極度の疲労感は続いていた。
だがそれ以上にこの時の俺は安堵してしていた、これほどまでの惨劇を前にして家族の安否を知れたからだった。
だが…そんな家族の無事を聞き、安心した俺の心を打ち壊す出来事が起きるのはそう遠くはなかった。
「そ、それじゃあ早くいきましょう!!」
俺はシンさんにそう声をかけた後、先ほど彼女が教えてくれた避難先に向かうべく急いで走りだそうとした。
「……っくく」
「ん…?」
だがそんな時、一瞬背後から微かに笑い声のようなものが聞こえたのか、俺は後ろを振り返るとその先ではシンさんは顔を下に向けながら一切動かずにその場に立ち止まっていた。
「?……シンさん?」
そんなシンさんのことを不思議に思いながら見ていると微かにだが彼女は体を震えさせてるのを確認した。
それと同時に彼女からはまるで声を抑えながら発せられた《笑い声》らしきものが聞こえたのだ。
「っふ、ふふ…ははは…」
「えっと、シン……さん?」
「君…くく、やっぱダメだ、もう我慢できない…ふふっ…お前ってやつは、ふ、ふふふ…」
勘違いじゃなかった、シンさんは何故だかこの状況、この地獄の真ん中で『笑っていた』のだ。
「し、シンさん…?なんで笑っ───」
「おいおい、まーだ分かってないのかぁ?」
「え?」
シンは顔を上げるとその顔は普段の彼女が見せるような優しい笑みではなく…まるで他人をあざ笑うかのような嘲笑の交じった顔だった。
そんな見せたこともないシンの口調と表情を見て固まったアキラの眼の前でシンはどこか見覚えのあるローブらしきものを取り出し、それをわざとらしくアキラに見せつけるように羽織ったのだ。
「……は?」
それを見たアキラの表情はみるみる青ざめていった。
そう、その姿はまるで─────。
────自分に力を渡した謎の人物そのものだったのだから。
「どうだ、驚いたかね?小僧?」
「───ッ!!?」
アキラは彼女のその姿に、その顔を見て、あまりにも信じられない光景を目の当たりにしたのか目を大きく見開きながら驚愕の表情を浮かべ、その場に硬直する。
そして目の前の謎の人物もといシンはアキラのそんな表情を見て、良いものを見たと言わんばかりに嘲笑しながら深々と被ったフードを脱ぐ。
「シン……さん……?」
わざとらしく被ったフードを脱ぎ、正体を顕にしたその人物はやはり何かの間違いでもなんでもなく…昼頃俺に感謝を述べ、眩しい笑みを浮かべてきてくれた世界的英雄である、あのシンさんだった。
燃え盛る炎の海の中で、俺の故郷を背にし、昼頃に浮かべていた優しい笑みとは違う…邪悪でまるで他のすべてを見下すような笑みを浮かべながら、彼女は俺の目の前に立っていたのだ。
彼女の頭には先ほどまでは存在しなかったまるで《悪魔のような角》が生えており、あの赫く輝いていた綺麗な瞳にはまるで龍のような鋭い特徴的かつ威圧的な瞳孔が現れ、白目が全て黒一色に染まっている、それに伴ってシンはこれまで見せたことのないような邪悪な笑みを浮かべていた。
そう、これこそがシンの本性、本当の姿であったのだ。
「これまで笑いを堪えるのに精一杯だったぞ、小僧…」
「え、な、なん、で…?」
脳みそが酷く混乱する、そして状況を理解しきれなかった俺の呼吸は激しく乱れ始める。
「なんでもなにも、全ては私が仕組んだことだからだ、お前の試運転としてな?少年?」
「じゃ、じゃあ…俺の、家族は…」
「ふ、ふふ、ふふふふふ…」
彼女が正体を現したことで酷く嫌な予感がした俺は先ほど彼女から聞いた家族の安否を再び、恐る恐るを聞いてみると、シンは再び笑い始める。
そんな彼女の笑いを見た途端、俺の中では嫌な予感がさらに膨れ上がった。
「ま、まさか…」
「まったく、あーんな言葉を真に受けちゃって…よく見てみろよ、この光景を…」
シンは手を大きく広げながら周りの景色を見ろと言わんばかりに体を横に回転させる。
見渡せば見渡すほど周りは火の海、そしてこの中で生きていられるような人間は…。
「───この中で生きてるわけないがだろう?」
「勿論───全滅だよ」
「あ……あ………」
シンのその発言を聞いて、俺の口からは声にならない声が口から漏れた。
そして俺は崩れるようにその場に座り込んだ。
家族が死んだ…その事実を理解して俺は絶望した。
「う…そだ…こん…なの…」
そう理解すると家族の顔が頭の中に浮かび上がった、母さん、父さん、兄さん、黎、愛…そんな大切な家族の顔が次々と脳裏に浮かんで離れない。
涙が溢れ出してきて止まらない、この地獄に中心で俺は絶望し、涙を流すことしかできなかった。
「くくっ…いい気味だな?小僧」
俺を失意のどん底へと叩き落した張本人であるシンが聞こえ顔を上げ、まるで俺の姿を見下し、嘲笑いながら眺めていたシンの顔を見ると、絶望と共にある感情が心の底から湧いて出て来た。
それは、強烈な怒りだった。
「な……なんで……なんでなんですかッ!!」
「俺は、ずっと、ずっとあなたに憧れててッ!!」
「貴方のような英雄になりたくてッ!これから強くなろうって思い始めた頃なのに…!!なんでッッッ!!!!!」
怒りに満ち溢れた俺はかつて憧れた英雄であったシンに向けてその感情をぶつけた。
だがそれに対するシンの反応はまさかの困惑だった、まるで物不思議そうな顔をしながらアキラのその怒りを理解していない様子で彼女は返答する。
「…?だから先程私が与えてやったじゃないか、『力』をね?」
「その力があればお前は必ず英雄になれるぞ?有象無象の猿共の頂点に立てる最高の力だ、それは私からお前へ送る最高のプレゼント、そうは思わないか?」
「その力は超越者になる者に与えられる最高峰の『神の力』だ、お望み通り好きなだけ強くなれるんだぞ?」
「ほら、私が『認めて』やったんだ、なればいいじゃないか、英雄に♪」
そうやって彼女は人の心がまるでわかっていないような発言を繰り出した。
そしてその発言は更にアキラの怒りを焚きつけたのだ。
「……ける、なよ」
「ふざ、けんなっ!!」
「英雄であるあんたがッ!!何でこんなことをしたッッ!!!」
アキラは感情のままにシンに怒りの叫びをぶつける、自分を、世界を裏切り、自分の故郷を滅ぼした彼女に対しアキラは叫んだ。
だがシンはまたもやそんな彼の怒りを前にしてもまるで呆れ果てたような表情を浮かべている。
「は~やれやれ…まだ分からないか?お前が憧れた英雄などどこにもいないんだよ」
「私は初めから偽物の英雄だ」
「本当の私はこっち、世界を滅ぼす大悪党なの♪」
そうやってシンは現実を突きつけるように、そしてアキラの怒りを更に煽るような発言を繰り返した。
「あんた…あんたはァッ!!」
「あんたはッ!今まで、この世界を裏切り続けてきたってのかッ!!」
「あら、鋭いわね?大・正・解っ♪」
彼女はそんな怒りに打ち震えるアキラに向かってご機嫌にウインクをする。
そんな彼女の人を最大限に小馬鹿にしたような態度に遂にアキラは我慢の限界を迎えた。
「ふざ……けんなよ……ッッ!!」
「ふざけんなァァァアアッッ!!俺の家族を返せぇぇええッ!!友達を…幼馴染を…ッ!俺の故郷を返せぇえええッッ!!」
アキラは拳を力強く握りしめ、心の底から無限に湧き上がる強烈な怒りをさらけ出し、怒号をあげながら爆発した感情のままに全速力でシンに向かって殴りかかる為に走り出した。
だがしかし…。
「あっ……!?」
(なんだ…急に体に、力が…入らな……!?)
この時、俺は能力か何かの力で身体の自由を強制的に無力化させられ、地に伏してしまった。
それはまるで根こそぎ運動エネルギーを奪われたかのように脱力して、一切の力を入れることも、抵抗することすらもできずに俺はその場に倒されたのだ。
そんな地に伏して身動きも取れない俺にシンは近づき、再び見下すような目線を向けてくる、そんな彼女に俺は憎しみの感情を込めながら睨み付けた。
シンは俺のそんな敵意の籠った目をしばらく眺めた後、まるで哀れなものを見るようにフンと鼻を鳴らし、何事もなかったかのように口を開いて問いかけてきた。
「お前は少し前、私に『代償』の事を聞いてきたな?」
「確かにお前の言う通り莫大な力を得るにはそれ相応の代償が伴うもの、そしてこの結果こそがお前が支払った代償なのだよ」
「力を望み、受け取った代償、それがこれなんだよ」
「俺を…騙したのか…!!」
「騙す?随分人聞きが悪い事を言うじゃないか」
「私は別に嘘などついていない、ちゃんと言っただろう?『代償は取るに足らない』と…これは別に代償がないとは言ってない」
彼女はそうやって先程の海岸で交わした会話の内容を持ち出してきた、その際に俺が聞いた代償の件について彼女は今更言及してきたのだ。
「なーに、私からすればたかが蟻が数百万死んだ程度、取るに足らないくだらない代償だ。その偉大なる大権に比べればむしろ莫大なお釣りが帰ってくる程だと思うのだが?」
「つまりだ、お前は安い料金で最高の買い物をしたんだよ」
シン、彼女は人の心を知らなかった、本来ならあの場で話しておくべき内容だったその話を彼女はまるで本心から本当に話す必要もないくらい軽い代償かのように語ってみせたのだ。
あるいはそれを話してしまったらアキラが応じないことを分かっていたからなのかはわからないが、どちらにせよもうすでに時遅く事件は起きてしまっている、全てはシンの目論見通りだった。
「何を、言ってん…だ……」
「なッ…にが…安い、だよッ!!」
俺はそんないちいち人を侮辱するようなそんな彼女の発言に対し激しい怒りに打ち震えながらも全身に力が入らないので無抵抗のまま彼女を睨み付けることしかできなかった。
家族の、友の…俺にとって大切な人たちの命を軽んじられながらも俺は無様に地に這いつくばることしかできなくて、立ち向かうことが出来なかった。
そんな俺の惨めな姿を見たシンはただ鼻で笑う。
「ふっ…いいや、実際安い取引だ」
「偉大な力を手に入れるにはそれ相応の代価を支払う必要がある、だが…それが一体なんだというのだ?」
「価値の無い有象無象の猿共の命と引き換えに、超越者として昇華し、神に昇る権利を与えられ、神の権能を行使出来るというのなら…」
「これほど公正かつ上手い取引はないと、私は思うがな?」
そうやってシンはまるで自分の考えが正しいかのようにこの力と都市に住む命を天秤に乗せ、力がそれらを上回ってるかのように語った。
その後、彼女は無から小さな《七つの十字架》を生み出した。
そんな七つある十字架のうち四つの十字架は『赫』『茈』『灰』『黒』とそれぞれの色の光を眩く発しており、対してそれ以外の無色の三つの十字架はまるで何もないみたいに光を放っていなかった。
シンはその中でも《黒色に光る十字架》をアキラに見せつけながら語りだした。
「喜べ小僧、お前は選ばれし者だ…この世界に七つとない神の玉座にお前は座る権利を得た」
「それは世界で最高の栄誉に等しい、そうは思わないかな?」
「多くの者が必死に手を伸ばしても尚その手に掴まれることは無かった、そんな栄誉を…力を…お前は今宵、手にしたのだよ」
「くくく…ほぉら見てみるといい、この素晴らしい光景を…これぞまさに破滅というものだ、今私は非常に興奮している」
「そう、この光景を作り出したものこそがお前に与えられた神の力だ…」
シンは大きく横に手を広げながら既に壊滅した街を恍惚とした顔で眺め、悦に浸っていた。
「ああ…美しい…お前もよく目に焼き付けるといい、これは私達二人で作り上げた合作だぞ?最高の出来栄えじゃないか…お前と、そしてお前の憧れた英雄で生み出した最高の作品だ…!!」
「都市を壊滅させたこの『燼滅の炬火』は決して消える事のない炎だ。その炎に呑まれた生命は死してなお永遠の薪となり続ける、魂さえも燃料にしてな?」
「そしてその炎はありとあらゆる生物を死に至らしめる、まさに壊滅と破滅の象徴と言ってもいい…これはそれほどの代物だ」
「正直その力一つだけでもこの世界を滅ぼすには容易い代物なんだよ」
彼女のその言葉の通り俺は周りに目を向けると、火は一向に収まる気配はなく、それどころか今も尚勢いを強めている。
そしてこれらの火元はすべて人なのだと知ったとき、俺は俺に与えられたという力とやらに強く絶望した。
そしてこの炎は死しても人の体を燃やし尽くし、魂すらも消滅するまで燃やし尽くす、そんな事実を知り、俺の家族は今もなおこの消えない炎に燃やされ続けている事を理解したのだ。
「お、お前…そんな力を与えるために、お前は、こんな事を…!!」
「絶対に許せない、お前だけは…絶対に…ッ!!」
俺は更にシンに強い憎悪を抱く、俺を利用し、力を植え付け、こんな狂気じみた行いに巻き込んだのもそうだが、それ以上に俺の大切な人たちを巻き込んだ彼女に酷く憎しみを抱いた。
「っくく……んくくくくくく……」
「は…?」
けれどシンはそんな俺の憎悪に対し、まるで滑稽だと言わんばかり腹を抑えながら口から出る笑い声をこらえていた。
「ふはっ!あははははははははっ!!」
「なに、笑って……ッ」
だが耐えきれなくなったシンはついに吹き出した後に声を大にして盛大に笑った。
俺は笑い出したシンに対し、何がおかしいのかと頭に血を昇らせ、額に青筋を浮かべながら彼女を睨み付ける。
「ははっ、はぁ、はぁ…っくくく…」
「はぁ~~…」
「いやなに、こんなにも見当違いな事を言われたもんで、些か笑いが堪えられなかっただけさ…」
彼女は一頻り笑ったのち、息を吐いて一拍を置いて息を整えた後、前髪をかきあげるかのような仕草をしてシンは告げる。
「勘違いするなよ?如月…」
「それも、これも、全部───」
「───お前がやった事じゃないか??」
シンは見下すような目線を向けながら口角を引き上げ、その口から発せられる声色はまるで悦楽と嘲笑が混じったかのようにトーンが高く、そんな声で目の前の哀れな子供を蔑むかのように残酷な事実を突き付けてくる。
「ッ……!!」
そんな事を告げられ、俺は驚きと衝撃のあまり暫く硬直した後、俺の脳内は先程まであった強い怒りから一転して一気に罪悪感に支配されるようになってしまい、彼女の発したその言葉に対して何も言い返すが出来なかった。
ただ歯を噛み締め、拳を握り、自分の頭を抱え、先程起こった惨劇を思い返す。
突如自分の能力の制御が効かなくなり、結果として何かに飲まれたかのように意識を失ったこと、そして目が覚めた時に何故か自分以外の全てが燃えていたこと…それらの結果と彼女の言葉を照らし合わせた時、俺は嫌でも理解してしまったんだ。
そう…この故郷の大崩壊は全て、俺が起こしてしまったものなのだと。
そのような耐え難い事実を理解してしまった時、俺の顔はみるみると青ざめていき、冷や汗が止めどなく溢れ、手が酷く震えだす、きっとその時表情に表れていたのは強い『絶望』の感情だったのだろう。
「全部……俺の、せい……?」
「ああ、全部、お前のせいだ」
「お前が力を求めたばかりにこうなった、お前のその貪欲さが…力を欲する傲慢さが、この地を破滅に導いたんだよ」
「お前はあの時、あの海岸で拒否することを選ぶべきだった、少しでも思いとどまってその選択をできていればこうはなっていなかった」
「あ……ああ……っ」
「分かるか?これらは全て────」
「────お前が選んだ結末だ♪」
「あ、ぐ…あっ、ああああああああッッ…!!」
俺の脳はそんな事実を拒み、受け付けようとはしなかった、けれど拒めど拒めど一度理解してしまった事実が酷い罪悪感として変換され俺の思考を徐々に蝕んでいく、それに耐えられなくなった俺は絶叫した。
そんな俺の酷く絶望に歪みきった顔を眺めたシンの表情は、俺とは真逆でますます邪悪で外道的な笑みを深めていっていた。
「いい表情だ…私好みの素晴らしい絶望に満ちたいい顔だ…」
「あともうしばらくはここにいたいところだが…次期この広場に突き刺さった十字架を目指して他の連合軍の連中が来るだろう」
「名残惜しいが如月明、私はここで去るとしよう、もう目的は果たせたのでな?」
満足したかのようなそんな笑みを浮かべた後、シンは俺に背を向けその場から立ち去ろうとゆっくり歩みを進め出した。
「…!!ま、待て……!!」
立ち去ろうするシンを俺は引き留めようと叫んだ、だが彼女はそんな言葉にはいっさいの耳を貸さずに歩みを進めていく。
そしてどんどん遠ざかっていくこれまで長い年月もの間、俺達のことを騙し続けてきていた史上最悪な悪人の背中…そんな奴の後ろ姿を見て俺の心の底から湧き上がってきたのは、自分でも驚くくらいのドス黒く濁った───圧倒的なまでの『殺意』だった。
「……殺す」
「殺してやるッ!!お前だけは必ず、俺がぶっ殺してやるッ!!!シィィィィンッッ!!!」
それは心からの叫びだった。
これまでの人生で何度かムカついてきた事はあったし、友人間でふざけて殺す~だとかなんだとか軽く言った事もあるが、だが今回始めて本物の殺意というもの理解してからは…これまで自分が口にしてきた言葉はすべてただの嘘なんじゃないのかと思うくらいの本物の殺意。
純然かつ荒々しく燃え盛り、己の心を支配する憎悪と殺意の炎、それを今俺はこの女に対して向けている、嘗て誰もが憧れてきた英雄の象徴に───。
「後悔させてやるッ!!絶対に、お前だけは絶対に!俺が殺してやるからなッッ!!」
「……ふふふ」
「やれるものなら、やってみな?」
先程まで背を向けて歩いていたシンはそんな俺の怒り任せの叫びに反応し一度足を止める、そして去り際に俺の方に顔を向け、一瞥をした後にそう言葉を言い残した。
そうしてシンは向き直り、再び燃え盛る炎の中をゆっくりと歩き去っていき、大炎が上がると同時に…あの女の姿は完全に俺の目の前から消えていた。
彼女がいなくなり俺一人になった時、その場にあったのは酷い虚無感と、静寂すら感じさせてもらえないほどの燃え盛る炎の音。
「………くそ」
「何も、何も出来なかった…」
仇を前にして何も出来なかった俺の心を酷く罪悪感と無力感が蝕んでくる。
そしてシンがいなくなった事で体の自由を押さえつけていたモノがなくなり、ようやく体を動かせるようになった、だが今はそんなことどうでもよかった。
地面に膝と手をつけ体を必死に起こし、俺は立ち上がる。
指の皮は先程怒りのあまり地面に力強く擦り付けてしまった為か、酷く剥がれて血も流れている。
けれどそんな傷さえも、今は心底どうでもよかった。
そんなことよりも、今この場で優先してやるべきなのは…。
「マサ……癒菜……」
「先生っ…先輩っ……皆ッ…!!」
俺は顔を上げる、そして思い通りに動かない体にムチを打つかのように体を引きずったように歩き、大声で叫ぶ。
「母さんッ!父さんッ!!兄さんッ!愛ッ!!」
「レイィィイイイッ!!」
家族の名を、友の名を、学校の仲間や知り合いの名を…燃え盛るこの地獄と化した故郷の中で喉が枯れるまで必死に叫び続けながら俺は燃え盛る炎の中を走り、必死に探したつくした、生存者を探す為に必死に俺は動きまくった。
俺は母親の血筋によって異様なまでに炎への耐性を持っていたのと、これらは全て俺自身の力で生み出した炎だったこともあり、この炎に包まれた地獄の中でも俺は無傷だった為、炎の中を構わずに突っ走り続けた。
自分の知ってる場所は限りなく回った、その末に俺は自分がどれだけ凄惨で酷い事をやってしまったのかを実感してしまう。
俺達や学校の友人がよく集まっていた公園、学校、そして知り合いの家…その全てを周った、そのたびに何度も知り合いの死を確認したんだ。
「あ……あっ……かひゅ…が……」
その中には即死した者もいればギリギリまで意識を保っている友もいた。
「もし、かして……颯人……なのか……?」
「かひゅ…っは……っはー……」
目の前で黒焦げになっていたのは学校でよくゲームの話題で話していた友人、その姿に嘗ての面影はなく、もはや喋る事すらもままならない呼吸をするにも一苦労で今にも事切れそうな状態にあった。
「颯人…ッ!!」
俺はすぐさま友のもとへ駆け寄り、その今にも崩れかけていた体を抱える。
もはや痛覚は死んでいて、恐らく目も見えていないだろうその友は抱えられたことで誰かが来たことを認識していた。
「…?だ……れ……」
「颯人!!俺だ、明だ!大丈夫か!?」
俺は必死に呼び掛けた。
そして友は弱々しくも声に反応し俺の声のする方向へ顔を向ける。
「あ……き………ら……?…たす……け……」
そして友はそんな満身創痍な体で腕を俺のほうへと伸ばしながら…。
「しに……たく……な─────」
友はもう発声器官を焼かれほとんど出ない声を最後の力を振り絞って吐き出しながら助けを求めた、だが彼はそれに全てのエネルギーを使ってしまったことによって最後まで言い切る前に事切れてしまった。
それと同時に俺のほうへと伸ばしていた腕も力なく地面へと落ち、彼が絶命したことを証明していた。
「あ、え……」
俺は俺の腕の中で息絶えたそんな親しい友の姿を見て更に絶望した。
「は…やと……おい!!颯人ッ!!」
どれだけ呼びかけてもゆすってももう返事は返ってこない。
そうやって俺はいくつもの場所を回りながら、幾たびも知り合いの燃え尽きる姿を目の当たりにしてきた。
その度に心がおかしくなってしまいそうになる、こうして仲が良かった友人の死を見るたびに。
「はや…と……」
「うそ…噓だ……いや……いやだ…そん、な…」
「ああっ…!あああああ!!」
「なんで!!なんでッッ!?」
「うっ…ああっっ…!!ああああああ…あああああああああぁぁぁぁッッ!!!!」
俺は絶叫した、この耐えられない絶望の中一人孤独に叫び続けた、取り返しのつかないことをした罪をその身に背負ってしまい、嘗ての平穏も幸せも全て失って、壊滅した故郷の真ん中でもう無い筈の日常の幸せを思いながらただひたすらに叫んで、泣いて、苦しみ続けた。
この世の理不尽に怒り、そして憎しみの声をあげながら俺は叫び続けた。
これは、俺の愚かさが生んだ罪だった。
注意力が散漫していた、考えなしだった、力に渇望していた…そんな風にいくらでもこの罪に起因する理由はあるが、それでも確かな事実は…シンの言ったように、俺が全部悪いということだ。
そんな愚かさがなければ今頃家族も、友も、幼馴染も…全員が今日死ぬ事はなかった。
だからこそ俺はこの日から、自分の愚かさを永遠に呪い続ける事にした。
それがこの場で唯一生き残ってしまった俺が自分に対して与えられる罰になると思って。
そんな時、絶叫をあげながら絶望的なこの世の理不尽に対して苦しむ…そんなアキラの哀れな姿を、この災厄の元凶たるシンは笑いをこらえるのに必死になりながら遠くから眺めていた。
「ふ、ふふ…くくく…いや全く、ふふ…実に無駄な事を…もう既に全滅しているというのに…」
「……ああ、そういえばこの都市にはかの日本最強の一族と言われてた名家『刹那家』がいたような気がするな」
「奴らのせいで過去に2度も使徒を殺されてるし、そろそろ邪魔で処理しようと考えていたとこだったんだ…」
「ふむ…これは丁度いいな、ついでに邪魔な『刹那家』の連中も排除出来たとなればまさに一石二鳥だな」
「───と、言いたい所だが…どうやら一概にはそうとも言えないかもな」
シンはそんな彼の姿を嘲笑しながらも何かを感じ取ったのかのように周囲へと視線を向け、遠くを見据えた後、目を瞑り何かを感じ取っている。
「ふむ…やはりこの感じからすると…流石に全滅した、とは言えないな。数名程度だが確実にこの場から逃げ切っている」
「ふっ…でもまぁそれもまた良し。なんならこの舞台の上での展開としての都合がいい、その生き延びた者達がお前の名を知る者なら尚更な…」
「…!ああそうだ…なかなかに面白いことを考えたぞ」
「ふふふ…」
まるで何かを思いついたかのようにシンは悪い笑みを浮かべた後、再度アキラの方へと視線を向ける。
「お前はこれから先追われる立場となるだろう、せいぜいそれらを退けて私の元へ辿り着くといいさ…」
「これが罪過の王たる私がお前に課した運命と、試練である」
(───《不倶戴天》…今のお前を象徴するのに最も相応しい言葉であり、その権能の本質だ)
(さぁ私にもっと憎悪を抱け、世界の理不尽を恨み尽くせ、全てに絶望しろ)
(お前の怒りや憎悪、絶望の全てが己の糧となり…その権能の力は更に力強さを増していく)
(喪失や絶望の淵に堕ちていく度に《強くなる権能》…精々その力を磨き抜くといい、私の与えた最高峰の恩寵をな…)
(そしてお望み通り、その力を以ってこの私を殺してみせろ)
(まぁ…世界はそんなお前の暴挙を許すかな?)
(何故ならお前の辿る道は即ち、英雄を殺す道なのだからな────)
シンは口角を上げ、不敵な笑みを浮かべながら背を向ける、そして去り際に再度アキラの方へ一瞥を投げた後にその場から完全に姿を眩ませた。
───これが、長きに渡って続いていく俺とシンの因縁の始まりだった。
世界を騙し続けていた偽の英雄、その本質は全てを見下し嘲笑う最悪な悪魔のような奴だった。
俺含め世界の人々はこれまでずっとこんな女の掌の上で踊らされていたのかと思うと、酷く怒りが湧いてくる。
だから俺は思った、こいつは…こいつだけは俺が殺すべきなんだと。
それがこの街で唯一生き残ってしまった俺の役割であり、シンに騙され皆を殺してしまった事に対する罪滅ぼしだと思ったから。
だから俺はいつの日か、こいつを必ず殺してみせる。
そう心に…そして魂に誓ったのだ。
こうして───嘗て英雄を夢見た少年は、偽りの英雄を殺す復讐の旅を始めた。
その後──地獄の業火は故郷の大半を呑み込むまでの規模に至り、そこに住まう全ての存在が火に呑まれ、あの世へと道連れにされた。
少年の家族も、友人も、親戚も、学校の人達、そして彼がこれまで築いてきた全てがあの忌々しい炎に焼かれ、たったの1日あまりで栄えていた大きな街並が炎と永遠の夜に包まれ、灰燼となって消えていった。
この事件は当然ながら世界的な大事件へと発展してしまい、多くの人物に知られる事となり、そして多くの人物が恐怖した。
このような世界に大きな恐怖と混乱を与えた日、100万人規模の死者を出し、生き残った彼とたった5名にも満たない少ない数少ない行方不明者を除けばそれ以外の全ては総じて死亡したとされている。
これ程までに壊滅的な被害を齎した史上最悪な事件は、世間からは『日本崩壊都市事件』などと呼ばれ、この先の未来では永劫に語り継がれる事になる────。
To Be Continued…
記念すべき第一話、何故前回から投稿するまで一年かかったんだ?(困惑)




