1216 おじさん蛮族たちを人体実験に使う
「お父様ったら!」
おじさん、手を叩いて大喜びだ。
「とまぁそこからだね。スランとヴェロニカが仲良くなったのは」
祖母がお茶を飲みつつ言う。
「そうですわね。あのときのヴィーちゃんがいちばんかわいかったかも」
もう一人の祖母であるヴァネッサもニヤニヤしている。
思いだしているのだろう。
まったく純情だった頃を。
なんだかちょっと得をした気分のおじさんだ。
「まぁその後は大変じゃったのう」
学園長がヒゲをしごきながら言う。
本当に大変だったのだ。
女帝ヴェロニカと勇者スラン。
この二人が中心になって、学園を振り回したと言えるだろう。
そこには今や軍務卿であるドイルと、その妻であるサンドリーヌもいた。
おじさんの代に負けず劣らずの人材が揃っていたわけである。
「……私にもそんな相棒がいれば」
なんだかちがう方向性で悔しがるルルエラ。
そんな姿を見て、おじさんは口を開く。
「しかし、お母様が使われたという禁呪。なかなか面白そうですわね」
「やはり、リーはそこに目がいくか」
「ええ……魔法を段階的に仕込んでいって最終的に発動させる。少し手間はかかりますが面白い発想ですわね」
「うむ……あの禁呪はな」
と学園長が語りかけたときである。
「むふん! あれは私が発見した禁呪なの」
ヴァネッサの横取りが発生した。
「ほおん……」
「あれは後期魔導帝国時代の書物にあったものでね。本来は治癒の魔法を研究してできたものだったのよ」
「……その割には詠唱がかなり禍々しかったですわ」
「あれはね、体内から傷を塞いだり、異物なんかを焼き切るという発想で作られたのよ」
おじさんは少し瞑目する。
「……なるほど。つまり身体の内側から焼いて治療する魔法だと?」
「そのとおりよ。ただねえ、その発想とはべつにできあがったものはね、命そのものを燃料に変える呪いのようなものだったの」
「……ああ」
納得するおじさんだ。
「ただ……リーちゃんが言ったように、段階的に魔法を仕込んでいくという発想と合わせるとどうなるか」
「拷問や暗殺などに転用されやすいということですか」
ばちんと指を弾くヴァネッサだ。
まさに我が意を得たりといった笑みを見せる。
「だからね、禁呪指定になったの」
「まぁある意味では便利な魔法ですが……対象だけを攻撃できるということですので。魔物には使いにくいですか、足止めをしっかりしていなければ」
話の中では人狼が相手だった。
回復薬の臭いで足止めをしていたようだけど。
「それがねえ……まぁこの魔法って最初の仕込んだ段階でもう逃げられなくなるのよね。この辺りはリーちゃんが言ったとおり、魔物との戦闘に転用されたからなのだけど」
「呪いのタネを植えるような魔法ですものね」
「そうなのよ。そうやって洗練されていったからこその禁呪指定なのよね」
やれやれと言わんばかりのヴァネッサだ。
ふむ、と考えるおじさんである。
ちらりとソファで横になっている蛮族たちの姿が目に入る。
ちょうど今は被検体が二つ。
「トリちゃん!」
トリスメギストスを喚ぶおじさんだ。
『まったく、余計なことを我が主に教えないでほしいものだな』
保護者気取りの使い魔だ。
ここに並んでいる面子に対しての言葉である。
特に学園長、ヴァネッサ、祖母の三人だ。
「トリちゃん、本来の用途であれば――こうですか?」
おじさんが一瞬で空中で魔法式を作り出す。
『うむ……いや、主よ。それではまだ呪いの残滓が残る』
故にこうした方がいいと術式を書き換えるトリスメギストスだ。
それを見て、おじさんが再び口を開いた。
「血流を活性化させて、自然治癒力を高めるというのが本来の使い方でしょう?
なら、ここの術式をこうして……どうですか?」
『ああ……なるほどな。内側を活性化させるという点に絞ったのか。うむ、良いかと思う』
では、とおじさんが指を鳴らす。
蛮族たちの身体の真上に出現する魔法陣だ。
くるくると回って、ぺかーと光った。
光が照射され、ビクククと身体を震わせる蛮族たち。
「まぁ遅効的な魔法ではありますが、使い勝手は悪くありませんわね」
『で、あるな。本来の治癒魔法よりは身体に負担がかかるが、回復の効率はこちらの方が良いかもしれぬ』
「少し実験してみてもいいでしょうね」
おほほほ、と笑うおじさんだ。
一瞬で古代の魔法を復活させてしまった。
そのことに目を見開く学園長と祖母たち。
「ところで学園長」
おじさんが不意に声をかける。
「フィルノートの親子が使った疑似回復薬のようなものはどうでしたの?」
当然調べているんでしょう、という意味だ。
「ああ――あれか。結局は出所はわからんかったんじゃよ。行商人から購入していたということはわかったのじゃがな。その行商人の行方が掴めんかった」
「邪神の信奉者たちの可能性は?」
「まぁ今にして思えば、身体を変容させる技を使っていたのだからな、その可能性が高いのかもしれんが……」
学園長が言い淀む。
「別の組織の可能性もあるということですか……」
ふぅと息を吐くおじさんだ。
裏社会の統一計画は今のところ進んでいない。
と言うか、だ。
今は調査を進めている段階である。
バベルとランニコールで色々と集めてきた情報は手元にあるのだ。
それを元に調査をしているのである。
「……廃都ン・デストは落としましたから。また別のところを落とす必要があるやもしれませんわね」
「リー、そんなに焦らなくてもいいよ」
祖母が言う。
「お祖母様、ですが」
放置していてもいい問題ではないだろう。
と、祖母を見るおじさんだ。
「そっちはね、大人の領分さ。リーは学園を楽しめばいい。スランやヴェロニカのようにね」
「……そうですか」
「私たちは頼りないかい?」
そんなことはないと首を横に振るおじさんだ。
祖母がにこりと微笑む。
「なら、任せときな。わかってるね? ヴァネッサ」
「もちろんですわ。かわいい孫のためですもの。はりきりますわよ」
「ふっかーつ!」
喧しいのが起きてきた。
蛮族一号と二号が空気を読まずに声をあげたのだ。
「話は聞かせてもらったわ! この聖女! 聖女がまるっと解決よ」
「解決よ! ギャルのケルシーにお任せ!」
ぬはははと笑い声をあげる蛮族たちだ。
その姿を見て、侍女と侍女長が動こうとした。
だが、おじさんがすっと手をあげて制する。
もう今日の訓練はいい。
「エーリカ、ケルシー。身体の調子はどうですの?」
「大元気だもんに!」
聖女が言う。
「お腹すいたー!」
ケルシーも続いた。
「もし身体におかしいところがあったら、わたくしに言うこと。いいですわね」
はい! と元気な返事をする蛮族たちだ。
二人は顔を見合わせて、こくんと頷く。
ケルシーが聖女の肩に手を置く。
「ボクのお姫様」
「あば、あばばばば……」
聖女がわなわなと身体を震わせた。
なぜ蛮族たちは打ち合わせもなしにこういうことができるのだろう。
「いまはこれでせーいっぱい」
聖女が声をあげた。
さっきの話を聞いていたのだろう。
体力的に限界ではあったが、意識はあったのだから。
なんだかケルシーが言うとバカっぽいけど。
さすがギャルだけのことはある。
「ンにゃああああああ!」
聖女が大げさに叫んでみせる。
くすくすとケルシーが笑った。
「ちゅ、ちゅ、ちゅちゅ……ちゅうううううう!?」
聖女が必要以上にいやんいやんと身体を振る。
それは過剰だ。
だが、見る分には面白い。
「……ほおん」
がしっと聖女の頭が鷲づかみされた。
いだだだ、と聖女が声をあげる。
「それはなんの話かしらね?」
大魔王様ご本人登場である。
「げえええ!」
ケルシーが背を向けて逃げだそうとする。
だが、それより早く侍女に捕まえられてしまった。
「な、なにをするだー!」
羽交い締めにされる蛮族二号。
「奥様、ご存分に」
スケープゴートだ。
それで許してくれという話である。
こくんと頷く母親だ。
「さて。どういうことかしらね?」
みぎゃあああああ!
蛮族たちは魔王様の生け贄になったのであった。




