1215 おじさんの父親はどうやらプレイボーイのようだ
草の腐れ汁こと回復薬。
その臭いが直撃した二人の人狼はのたうち回っていた。
自らの鼻を押さえ、じたばたと床の上で円を描くほどだ。
それでもスランは一定の距離を開け、ヴェロニカの前に立っていた。
油断なく、剣を構えたままの姿で。
その背中を見ながら、ヴェロニカが詠唱を紡ぐ。
「血を燃やせ、骨を爆ぜさせよ、内より焼け爛れろ――黒縄の呪い」
【侵食!】
ん? と思うスランだ。
なにかが起こった様子がない。
が――人狼たちの目が炎熱を示すかのような緋色に変わった。
さらに浮き出た血管が赤く光を示した。
ヴェロニカの詠唱はまだ終わらない。
さらに紡いがれていく。
「滅びを孕む黒き熱よ、その身に宿りし命を糧に強くなれ。内に満ちる血を毒へと変え、支えし骨を崩壊へ導け」
【発火!】
人狼たちが叫び声をあげた。
獣毛に覆われた皮膚にビキビキと亀裂が入る。
声が、声でなくなってくる。
それはただのノイズだ。
ばきん、ばきん、と人狼たちの内部から音が響く。
「え? これって……」
もしかして体内から燃やしてる?
なんだかとんでもない魔法を見ている気がするスランだ。
「叫びすら灰へと変わるまで、血を燃やせ、骨を爆ぜさせよ、内より焼け爛れろ――」
詠唱が終わったのだろう。
にこり、とヴェロニカが微笑んだ。
きれいなカーテシーを決めた。
そして、膝が沈みこんだときに魔法を発動させる。
【黒熱死呪!】
人狼たちの身体から光があふれる。
光だけではない。
煙もだ。
目から、口から、耳から。
黒い焔が噴きだす。
うへえ、とスランは声をあげた。
ここでようやく理解できたのだ。
この魔法は呪いのタネを植え、血や肉を燃料にして燃やす魔法だ、と。
被害の範囲は少ない。
が、とんでもなく怖い魔法だと。
ヴェロニカが元の姿勢に戻る。
同時に、人狼たちの身体が崩壊していく。
すべてが灰となり、崩れ去ったのだ。
訓練場にいた貴族たちは黙りこくっていた。
あのような見目麗しい少女が扱える魔法ではないと直感的に理解したから。
それは父親であるデミアンもまた同様であった。
妻であるヴァネッサの顔を見る。
「さすがヴィーちゃんね、あの禁呪をものにしていたのね」
ヴァネッサはご満悦であった。
「なぁ、今、禁呪って言ったよね?」
「言いましたが、それがなにか?」
「いや、禁呪なんだろう?」
「禁呪ですわねえ」
「使ってはいけないから禁呪じゃないのかな?」
「ちがうわよ。未熟な者が扱えば制御できないから禁呪なのですわ。きちんと扱える者なら何の問題もないわね」
おうふ……とデミアンは思わず天を仰いだ。
奇しくもラケーリヌの母と娘は同じ考えのようである。
なにせ後年になって、ヴェロニカも似たようなことを言うのだから。
トリスメギストスを相手に。
「此度の決闘はヴェロニカとスランを勝者とする!」
国王の裁定が降りた。
その声に観覧していた者たちは、静かに頭を下げる。
ただ、それは条件反射のようなものだった。
多くの者たちは眼前で使われた魔法のことで頭がいっぱいだったから。
「陛下! ここで提案があるさね!」
声をあげたのはカラセベド公爵家の奥方ハリエットだ。
元王族の異端者。
「なんですかな?」
さすがに血縁ともなると気を使うのだろう。
国王がハリエットを見る。
「フィルノート伯爵家の当主とその嫡男が死亡。家の継承権を持つ者がいなくなったのさ、後はこちらで好きにしても?」
「……ハリエット様。フィルノートにはまだ継承権を持つ……」
学園長が国王に代わって口を開いた。
が、途中でその口を閉ざす。
だって、ハリエットがニヤニヤとしていたからだ。
その隣に座るセブリルも。
確かにフィルノート家にはまだ継承権を持つ者がいたはずである。
嫡男以外にも、次男がいた。
さらに娘もいたはずである。
だが――いないと言い切った。
と言うことは、取りこんだか、あるいは排除したか。
「師父よ?」
国王が小さな声で様子をうかがう。
「陛下、どうやらフィルノートはもう潰されたようですのう」
「で、あるか。まったくあのお転婆めが」
「……まぁフィルノートはやり過ぎましたからな。潰されても文句は言えますまい」
苦笑いする学園長だ。
「なら、アレの言い分を聞く必要があるな」
頷く学園長だ。
打ち合わせはこれにて終わりである。
「認めよう。フィルノートの処遇はカラセベド公爵家に一任する」
猛獣のような笑みを浮かべて、公爵家夫妻が頭を下げた。
これにて一件落着である。
「スラン!」
ヴェロニカが明るい声をだした。
振り向くスランだ。
そこには咲き誇る花のような笑みをうかべた少女がいた。
「ヴェロニカ」
二人の距離が近づく。
「ま、あんたのお陰で楽ができたわ。一応、お礼を言ってあげる。ありがと」
「ああ――それを言うならこちらこそ。ありがとう、ヴェロニカ」
二人がぱんと音を鳴らして、ハイタッチをかわす。
そこで終われば、きれいに決闘も終わったのだろう。
だが、ヴェロニカは疼いていたのだ。
まだやりたりない、と。
なにせ臆さずに魔法を使える機会など、そうそうないのだから。
「さて、じゃあボクは帰らせてもらうから」
舞台から降りようとするスランだ。
その肩をぎゅっと鷲づかみにするヴェロニカ。
「ん?」
振り返ると美少女がいた。
先ほどの花のような笑顔ではないけど。
猛獣が威嚇するような笑顔だ。
急に不安になるスランだ。
「ねえ。もうちょっとだけ戦いましょうよ」
「なんのために?」
「だって、こんな機会はめったにないもの」
「ほおん」
すっと目を細めるスランだ。
どうしようと考える。
「なによ? 不満なの? あんただってその方が……」
ヴェロニカが詰め寄ってきた。
同時に、スランも一歩前にでる。
必然的に二人の距離が潰れた。
そのままぎゅうと抱きしめるスランだ。
「な!? ななななんああ」
その耳元で囁く。
「ボクのお姫様。今日はここまでにしてくれないか?」
お、おひ……。
顔を真っ赤にするヴェロニカだ。
「ば、ばばばば……」
意味不明なことを口走るヴェロニカだ。
目が完全にぐるぐるになっている。
「今日はもうこれで精一杯だから」
ここは押しの一手だと判断したのだろう。
触れるか、触れないかの軽いキスを頬にするスランだ。
「んにゃああああああ!」
どん、と突き放されるスランだ。
「ちゅ、ちゅ、ちゅちゅ……ちゅうううううう!?」
どうにもヴェロニカさんはネズミになったらしい。




