1214 おじさんの両親は若かりし頃からはっちゃけていた
風弾を背に当てられて、つんのめるスランだ。
その踏み出した足の先、そこにはうずくまるザリオの頭があった。
がん、と図らずも膝が顔に当たってしまう。
「あ……」
ぷはあと大の字になって倒れるザリオだ。
その鼻から真っ赤な血を噴きながら。
「ちょ、ヴェロニカ」
「な、なによ?」
スランが振り向くと、頬を染めている美少女がいた。
少しだけ気恥ずかしそうにして。
「あ、あんたが悪いんでしょ!? も、もも、もらうとか言っちゃってさ!」
……かわいい。
その姿を見て、スランはそう思ってしまった。
そして、にやっと笑う。
「ほおん……嬉しかった?」
「う、嬉しいわけないでしょ! このバカ!」
不意に放たれる水弾。
早く、精度も高い。
が、ハリエットほどではない。
だからスランが回避した。
「ぐはああああ」
水弾はスランの向こうにいたラムザウアを直撃したのだ。
しかも、土手っ腹に。
「ちょっと! なんで避けるのよ!」
「いや、ヴェロニカの魔法は痛いし」
「いいわ、こうなったら!」
ヴェロニカがぱちんと指を弾いた。
初級の魔法が幾重にも張り巡らせる。
それは学園で戦ったときの再現だった。
いや、それ以上の魔法が周囲を覆っている。
「ま、こうなるよね」
スランが剣を構えて移動した。
次々と襲いくる魔法を斬る。
ぐるりと周囲を見渡して、安全な地域を探す。
斬るだけではない、避ける動作と組み合わされたそれは芸術的だった。
四方からの魔法を避けて、斬って。
そして――最後の魔法だ。
ほぼ正面からくる火弾を斬ろうとして気づいた。
その魔法の少し後ろに同じ軌道から、魔法が放たれている。
斬れば、体勢が整わずにやられるだろう。
斬らずに避けるのは難しくない。
だが、避けた場合は嫌な予感がする。
だって、ヴェロニカがニヤニヤしているのだから。
たぶん、もう一度だ。
一度じゃすまないだろう、彼女が納得するまで。
なら――仕方ないか。
すぅと剣の切っ先を魔法に対して水平に向ける。
「カラセベド公爵家奥伝・螺旋魔纏」
スランの剣を覆う魔力が螺旋を描く。
ただの魔纏ではない。
さらに付きつめたものだ。
最初の火弾に向けて突きを放つ。
あっさりと魔法が霧散していく。
その次、直後に襲ってきている魔法が見えた。
「はあああああ!」
気合いを入れるスランだ。
同時に螺旋を描く魔纏が剣よりも伸びる。
そして――次なる魔法をも突き破った。
いや、それだけではなかったのだ。
その奥にいるヴェロニカにまで向かって伸びていく。
「ちょ、ヴェロニカ避けて!」
「んにゃああああ!」
自分の手に魔纏を施すヴェロニカ。
螺旋の動きに合わせて、両手でねじるように伸びてきた魔力を掴む。
「……んぎぎぎ。逃げるか!」
スランは魔力を収める。
同時に出力が弱まったことで、ヴェロニカがぱんと螺旋魔纏を弾く。
「はあはあ……あんた、やっぱりやるじゃない。鎖は解けたみたいね」
「ま、うちの養父と養母のお陰……かな」
「ほおん……」
王太子は思っていた。
我々は何を見せられているのだ、と。
確か決闘を見届けていたはずである。
なにせ弟が当時者として戦うのだから。
兄として応援して当然だ。
だが、早々に汚い手を使ったフィルノートの者たちは地に伏せた。
当主とその息子は今もうんうん唸っている。
気づいたら、弟と決闘を申し込んだ張本人が戦っていた。
なぜだ。
まったく意味がわからない。
ただ思った。
スランはものすごい天才だ、と。
あの魔法の弾幕を一発も当たることなく退けた――だけではない。
公爵家の奥伝まで使って、だ。
それは取りも直さず、王家との訣別を意味していた。
いや、血が分かたれたわけではない。
今でも兄と弟であることには変わりはないと思っている。
ただ、完全に弟が公爵家の人間になったのだ、と。
それが少し寂しかった。
「ぐぬぬぬ……私の前でイチャイチャするなあああ!」
ザリオが叫んだ。
ふらふらとしながら立ち上がり、懐から薬瓶をだす。
いかにも怪しげなものだ。
「父上、こちらを」
投げて渡すザリオだ。
「ふははははは! これは行商人から買った超回復薬!」
ぎゅぽんと音を立てて、栓を開ける。
そして――。
「覚悟しろ! 小僧と小娘が!」
フィルノートの当主とその息子が並んで腰に手をあて、それを一気に飲んだ。
「み・な・ぎ・っ・て・き・た・ぞおおおおおおお」
フィルノートの親子が叫ぶ。
そして――同時に変容が始まった。
ぼこり、ぼこり、と肌が波打つ。
髪の毛が一気に伸びる。
ばつん、とズボンが破裂した。
足が肥大化していたのだ。
鼻が長くなり、口が大きく割けていく。
肌の色が黒くなり、尻尾もはえてきた。
「……なにあれ?」
ヴェロニカが聞く。
「さあ?」
スランは腕組みをして首を傾げた。
肝の据わった二人である。
明らかに魔物化していくフィルノート親子を見て、余裕があるのだから。
「ま、よくわかんないけど倒しちゃえばいいでしょ」
「そうね、犬の魔物になるなんて……バカでしょ」
「……うん。ボクもそう思う」
いや、彼らは人狼だ。
狼男になったのである。
「あおおおおおおおん!」
二体の人狼が雄叫びをあげた。
血走った目、よだれがたれる口元。
「とりあえずボクが押さえる」
「……任せるわ」
「ああ……」
コツンとスランとヴェロニカの二人が拳を合わせる。
一方で観客席である。
「陛下、いかがなさいますかの」
学園長だ。
護衛のようにすぐ側に座っていたのだ。
「師父はどう見る? あの二人で勝てそうか?」
「問題ありますまい。あれはラケーリヌとカラセベドの次代を担う者たち。むしろこの程度でやられてもらっては困りますのう」
「相変わらず厳しいな」
「ま、ワシが手出しするまでもないでしょう。カラセベドとラケーリヌの者たちが黙っておりませんよ」
「では、このまま観戦といこうか。ただ、あの薬の出所は探っておいてくれるか?」
「承知。手の者を配しておきましょう」
ぎゃりと地面を抉る音がした。
同時にフィルノート親子が変じた人狼が駆ける。
「……本気でいく!」
スランが呟いた。
同時に姿をかき消す。
すさまじいまでの身体強化。
ぎゃりんと人狼の伸びた爪とスランの剣がぶつかった。
が、魔纏によって底上げされた剣の切れ味が優る。
一瞬で爪を斬るスランだ。
だが――同時にその場を離れる。
もう一頭が噛みつきにきていたから。
空中に逃れながら、スランは回復薬をぶちまけた。
草の腐れ汁。
それは味もそうだが、臭いもそうなのだ。
犬の魔物ならば――。
予想どおり、きゃいんきゃいんと愛らしい声をあげる人狼たち。
「ヴェロニカ! 足止めはしたよ!」
「わかってる! いっくわよおおおおお!」
ぱんと手を打ち合わせて、魔力を高速で励起させていくヴェロニカであった。
誤字報告いつもありがとうございます。
助かります。




