1175 おじさんは平常運転でやらかす
部屋の中の空気が停滞している。
それを壊したのはマーガレットだった。
「ねえ、ここで話をしていても始まらないじゃない」
だから――と全員の顔を見回す。
「あそこに行ってみないかしら?」
どこやねんとおじさんは思った。
でも、口にはしない。
「……開かずの部屋か」
ドミトリが腕組みをしたままで、深く頷いた。
「いいだろう。この場での言葉を信じるのなら、誰も封印の鍵の情報は知らない。で、あるのなら開かずの部屋に行くしかないだろう」
言い終わると同時に、がたんと音を立てて立ち上がる。
「グズグズするな、時間は有限なのだからな」
さっさっと歩いていくドミトリだ。
その背中を見て、他の面々も立ち上がった。
部屋のドアに手にかけ、先にでるドミトリ。
その口から、驚きの声があがった。
「な!?」
「なにをしてるのよ! あなたが止まっていたら部屋から出られないでしょう」
マーガレットが立ち尽くすドミトリを急かした。
そして――彼女もまた見てしまったのだ。
廊下を浮遊するラルフの幽霊を。
うっすらと白がかかったような半透明。
だが、その姿は生前のラルフそっくりであった。
「お、おばけえ!」
金切り声をあげるマーガレットだ。
その声に続くように、皆が廊下にでる。
「あれは……確かにラルフ」
エドガー老が呟く。
「……」
ゼスは無言であった。
「……ほおん。そういうことですか」
おじさんは納得しているようだ。
ヴァネッサも同様である。
ラルフの幽霊と思われる存在が、スッと動いた。
ただし、それは廊下の奥に向かってだ。
「やはり、開かずの部屋か!」
廊下の奥へと姿を消した幽霊。
ほぼ、同時にドミトリが叫ぶ。
「少しよろしいですか?」
呆然とするエドガー老の肩をちょんちょんとつつくおじさんだ。
「これは……お客人。失礼しましたな」
「開かずの部屋とはなんですか?」
だいたいの想像はつく。
が、いちおう確認しておくおじさんだ。
「元々はラルフの私室でありましたな。ただ失踪して以降、その扉が開くことはなかったので、開かずの部屋と」
「ほおん……なぜ開かないのです? 鍵でもかかっていましたか?」
「魔導封印ですな。強力な封印で、我らにはなんとも」
「ゼスにドミトリ。あのお二人は魔道具師では?」
「ええ……ですが、あの封印は解けませんでした」
ま、いいでしょう。
そんなことを軽く言うおじさんだ。
ふんふんと鼻歌を歌いながら、廊下を進んでいく。
エドガー老が前、ゼスとマーガレットも一緒だ。
ドミトリは先に走っていった。
しばらく歩くと、突き当たりの部屋の前にドミトリがいた。
「クソっ! やはり開かないか!」
「ちょっと! 独り占めしようたってそうはいかないわよ!」
マーガレットも走り、エドガー老を追い抜いていく。
おじさんは焦らない。
だって、開くはずがないのだから。
ドアのノブをがちゃがちゃと動かすマーガレット。
それを冷ややかな目線で見るドミトリである。
「少しよろしいですか」
おじさんが前に進み出た。
そして――すっと指をドアの表面に沿わせる。
にぃと笑うおじさんだ。
「さて、この程度の術式であれば、わたくしが開けることができますわね」
ぎょっとするヴァネッサである。
そんなこともできちゃうの? と。
「……お客人」
と、エドガー老が声をあげようとした。
だが、それよりも先にゼスが大きな声で言った。
「む、無理をしたら壊れます!」
「……壊れるとは?」
おじさんが聞き返す。
「あれはラルフ様の、さ、最高傑作で……その、思いだしたんです」
ゼスがごそごそと上着のポケットに手を入れた。
そこから出てきたのは、やっぱり古めかしい鍵であった。
「それは?」
ドミトリが確認をとる。
「ラルフ様が失踪する前、預かっていた鍵です。し、私室の鍵とは言われませんでしたけど、ひょっとしたらと思って……」
「か、貸しなさいよ!」
ゼスの手からひったくるようにして、マーガレットが奪い取る。
そして鍵穴に差しこんだ。
鍵がそのまま穴の中に吸いこまれ、ドアがうっすらと光った。
次の瞬間、がちゃんと音を立てる。
勝手にドアが開いたのだ。
中には、椅子に座っている白骨死体があった。
「あ、あの服はラルフ……」
どうやら見覚えがある服を着ていたのか。
ドミトリが呟く。
「あの指輪、ラルフでまちがいないわ」
マーガレットは白骨死体がつけていた指輪を見て言う。
「やはり死んでいたのか、ラルフ……」
エドガー老は、そっと目を閉じた。
そして指を組んで、立ったまま祈る。
「……ら、ラルフ様」
ゼスはわずかではあるが震えていた。
「なるほど……そういうことですか!」
おじさんは笑っていた。
白骨死体はあれど、あれはもうおじさんにとっては作り物と同じだ。
「さて――どうしましょうかね」
不敵に笑うおじさんである。
そして、とことことドアの前へ。
もう一度、軽く表面を触ってみる。
にやりと笑って――おじさんはドアを閉めた。
「な、なにをしているんです!」
ゼスが声をあげた。
「なにって……ドアが開きっぱなしなのは気持ち悪いので」
「だ、だだ、ダメですって。そのドアは内側からは開かないんです」
「な、なんですってー!」
マーガレットがハデな声をあげる。
ついでにヴァネッサも同じ反応を見せていた。
「なんてことをしてくれたのだ、お客人」
ドミトリがおじさんを睨む。
「……お客人」
エドガー老が深い息を吐く。
「わたくし、なにかやっちゃいましたか?」
こてんと首を傾げるおじさんだ。
その姿にヴァネッサは思う。
この孫娘はなにを考えているのだ、と。




