1174 おじさんは推理の迷宮を楽しむ
引き続き、一刻館の迷宮である。
と言っても、古めかしい貴族の屋敷なのだが……。
屋敷の主人であろうエドガーという老人。
ゼス、ドミトリという中年の男性が二人。
紅一点がマーガレット。
この四人が登場人物になる。
そして――客人という名の探偵役がおじさんとヴァネッサだ。
おじさんが事件を解決すると宣言した後のことである。
何事もなくしれっと口を開くエドガー老。
「さて……今宵の集まりの目的はラルフの遺産を誰が手にするか」
数年前のことである。
魔道具を商いとするラルフが失踪した。
今も生きているかはどうかはわからない。
ただ――ラルフはこうしたこともあろうと考えていたのだろう。
一通の手紙をエドガー老に託していたのである。
そこには封印の鍵を見つけたものが、すべての遺産を継承すると書かれていた。
ラルフは豪商として知られた人物である。
金銭だけにとどまらず、所有する店の権利、魔道具の所有権、魔道具の権利などなどを含めたすべての遺産を譲るというのだ。
そこで集められた関係者がこの面子である。
ラルフの古い友人であり、共同経営者であったエドガー。
ラルフの元妻であるマーガレット。
ゼスはラルフの元弟子。
元工房の主任研究員であったドミトリ。
誰もが疑わしいというのが、おじさんの見立てであった。
「ほおん……」
おじさんはそれだけ言って、じっと見ていた。
ヴァネッサは既に経験済みの話である。
だから、彼女の興味はおじさんに注がれていた。
「ラルフの遺産……それはもちろん私のものよね? なんたって私があの人の妻なんだから!」
マーガレットがキッと目をきつくして周囲を威圧する。
「バカなことを言うな、このあばずれが。ラルフから聞いているぞ、既に夫婦関係は破綻していたとな。愛人がいるのだろう? お前には」
ドミトリが腕組みをして、マーガレットに反論した。
「な!? そ、そんなの言いがかりよ!」
「……ノーマン」
ぼそりとゼスが呟く。
その声は頼りなげで、どこか卑屈さを感じさせるものだ。
「ほう……それが愛人の名か?」
ドミトリの問いに首肯するゼス。
「どこかで聞いた名だな。ああ――確か貴族の三男坊かなにかだったか。ラルフが付き合いで雇ったとかいう若造」
「若造じゃないわよ! ノーマンは才能があるのよ!」
「ふん、女たらしの才能かな」
ドミトリの皮肉に、マーガレットは顔を真っ赤にした。
そして――声を荒げようとした瞬間。
「ここにいる全員、ラルフの遺産を継ぐ資格があるから呼んだのだよ。夫婦の揉めごとは関係ない。事実上、彼らはまだ離婚していないのだから」
エドガー老の言葉に、喜色満面になるマーガレットだ。
どうやら感情で動くタイプだと、おじさんは当たりをつけた。
「そうよ!」
「ふん。私はラルフに発明を盗まれたのだ。だから、私にこそ遺産の継承権があると思うがね」
ドミトリが鼻を鳴らしながら答える。
「わ、私は……」
ゼスは口の中でもにょもにょと言っていて、聞き取れない。
「それを言うなら私は共同経営者であったからな。ラルフが死亡、いや失踪したのなら、その権利はあると思うがね」
エドガー老が落ちついた声で言う。
「ん~先ほどそのラルフさんは殺されたようなことを仰っていましたわよね? その根拠はありますの?」
おじさんが口を開いた。
「さあ? でももう何年も帰ってきていないのよ? 死んだと思って当然じゃないの」
マーガレットがおじさんに向かって言う。
そこは同意なのだろう。
男性陣が大きく頷いた。
「話を進めるぞ」
エドガー老が宣言しつつ、全員を見回す。
「この中で封印の鍵について知っている者は? 正直に答えてほしい」
「私は聞いたこともないわ!」
「私もだ」
マーガレットに続いてドミトリも答える。
ゼスも聞いたことがないようだ。
何度も首肯している。
「……私も正直に言おう。封印の鍵については聞いたことがない」
「本当か、エドガー老」
ドミトリが確認をとる。
ふんと鼻で笑うエドガー老だ。
「もし私が封印の鍵について知っているのなら、わざわざお前たちを集める理由がないだろうに。私が継承者なのだからな」
それもそうか、とドミトリは矛を収める。
「私はな、この屋敷にその封印の鍵があると睨んでいるのだよ。だから、ここに集めたのだ」
話の流れからして、この屋敷はラルフのものなのだろう。
誰かが嘘をついているのか。
あるいは、本当に誰も知らないのか。
おじさんは考えてみる。
先ほどの話の流れからすれば、エドガー老は除外していい。
次に除外できそうなのは、マーガレットだろう。
なにせ彼女は感情が表に出やすいから。
ドミトリとゼス。
この二人はどうにもわからない。
嘘をついているのだろうか。
いや、ゼスは卑屈で気弱な男だと思う。
そう考えれば、この場で嘘をつけるのだろうか。
となると――ドミトリ?
ん~と悩むおじさんだ。
そして――ニコッと微笑む。
「お祖母様、ここ面白いですわね」
心の底から楽しんでいるという様子のおじさんだ。
その姿がまぶしく見えるくらい。
「良かったわね、リーちゃん」
ヴァネッサは思った。
貴族としては、まだまだかしら、と。
「それにしても封印の鍵ですか。なければ作ればよろしいのに」
なぜ、そうしないのでしょうね、と問うおじさんだ。
だって、魔道具を開発できる人間がここには二人もいるのだから。
「ほおん……その発想はなかったわ、リーちゃん」
ヴァネッサはおじさんの斜め上を行く答えに、思わず苦笑を漏らすのだった。
それができれば苦労しないのよ、と。
誤字報告いつもありがとうございます。
助かります。




