1125 おじさんたちの絶対失敗してはいけないお茶会
正式な茶会とはなにか。
本来であれば、主催者が参加者を選定し、招待状を送るところから始まる。
そういう意味で言えば、おじさんが正式な茶会を開いたことはない。
級友たちを分け隔てなく、口頭で招待したのだから。
当日は、指定されたドレスコードで訪問し、お茶会が始まる。
今回の絶対失敗してはいけないお茶会では、正礼装という想定だ。
聖女、アルベルタ嬢、セロシエ嬢、ニュクス嬢、イザベラ嬢がサロンへ。
おじさんがもてなしつつ、席へと誘導する。
ちなみに他の者たちも入室を許されている。
ただし、試験が行われる場から離れた場所が指定された。
各々が着飾っているが……その目は聖女の一挙手一投足に注がれている。
「本日はお招きいただきましてありがとうございます」
スッとカーテシーを決める聖女だ。
その姿を見て、コントレラス侯爵家の奥方は目を丸くした。
内心では嘘でしょ……と絶句している。
付け焼き刃ではない、身についた動きだったからだ。
奥方は見切っていた。
洋服を着替えるというのは、ただの時間稼ぎだ、と。
その時間で礼節を慌ててたたき込んでいるのだろう、とタカをくくっていた。
本当に身につけた動きと、そうではない動きくらいは一目でわかる。
そのくらいの観察眼は持っているのだ。
貴族家の奥方様は。
だからこそ――聖女の挙措に心から驚いたのだ。
「こちらこそご参加いただいて光栄ですわ」
和やかにお茶会が始まった。
おじさんが作った超一流の茶器たち。
今回選ばれたのは、ボレスワヴィエツである。
その起源は十三世紀にまで遡るという、老舗の工房だ。
伝統的な技法を大切にしつつも、新しい技術も取り入れている。
ボレスワヴィエツと言えば、やはり有名なのはピーコックアイだろう。
クジャクの羽根に着想を得たデザインである。
白地に青で描かれるそれは、美しさと実用性を兼ね備えたものだ。
加えて、おじさんは記憶する限りの花柄も再現していた。
千種類以上の形、二千種類以上の絵柄があると言われる。
中でも、少しデフォルメしたような花柄が、おじさんちでは人気だ。
妹だけではなく、母親も気に入っているのだから。
今回はその茶器が使われている。
最初はおじさんが手ずからポットにお湯を注ぐ。
希少なお茶である銀霜茶だ。
「エーリカは神殿での修行も順調ですか?」
おじさんが話を振る。
王国の茶会では会話がポイントになるのだ。
夜会ほど堅苦しくはない。
それでもそこは社交の場なのだから。
「ええ。順調ですわよ。遠征にも同行していますし……先日の遠征ではリー様に都合をつけていただいた道具がとても役立ちましたわ」
「どのような道具なのでしょう」
アルベルタ嬢が話を広げようとする。
「そうですわね。あまり私の話ばかりをするものではないので、かんたんにご説明さしあげますわね」
と、お茶を楽しみながら会話に花を咲かせる聖女である。
「このお茶は素晴らしいですわね。どこの茶葉が伺ってもよろしくって?」
「もちろん。これは銀霜茶という茶葉になるのですが、セロシエの領地の特産品ですので、詳しい説明をしてもらいましょう」
今度はセロシエ嬢に話を振るおじさんだ。
その意を汲んで、セロシエ嬢が立て板に水といった感じで解説をする。
「面白い逸話がありますのね」
「ええ、お気に召したのでしたら、次の機会にでもお贈りさせていただきますわ」
実に和やか。
いつものバタバタした茶会ではない。
皆が礼節を守り、静かにお茶を楽しんでいる。
三段スタンドから料理を取り分けてもらう。
サンドイッチからスコーン、そしてケーキへ。
それらの楽しみ方もマナーのうちだ。
だが、聖女は完璧にこなしている。
「もう、この辺りでいいんじゃない? 結果はわかったわね?」
だいたい小一時間くらいのところで母親が言った。
ここまでボロがでていないのだ。
これ以上は粘ったところで、意味もないだろうという判断である。
「そうですわね……ヴェロニカ様の仰せのとおりです。うちの娘がここまで公私で使い分けができるとは思っておりませんでした。平にご無礼をお許しくださいませ」
「気にしなくてもいいわ。あの娘も家では好きにやりたいのでしょう。外でも内でも気を使わなければいけない。となると、さすがに無理がでるわよ」
「仰せのとおりですわね。私も家での接し方を少し考えてみます」
「それがいいわ」
母親の勝利宣言であった。
コントレラス侯爵家の奥方は、スッと立ち上がる。
「では、ヴェロニカ様。うちの娘がこれからもご迷惑をおかけするでしょうが、よろしくお願いいたします。私はここで失礼させていただきます」
しっかりと頭を下げるコントレラス侯爵家の奥方だ。
なんだかんだ言っても、聖女のことを心配していたのである。
なにせおじさんちの母親は、王国内における重要人物であり、危険人物でもあるのだから。
その逆鱗に触れれば、聖女という肩書きと意味をなさない。
故に、奥方は聖女を思って、礼節を身につけさせようとしたのだ。
だが、ここまで完璧にできるのなら余計なことを言うつもりはない。
聖女という重圧。
それがあの娘を縛っている。
なら、どこかで息を抜く必要があるのだろう。
ただし、それは神殿ではできない。
つまり養家の役割である。
なるほど、と合点がいく奥方だ。
聖女が帰ってこない理由、それは気兼ねなく生活できることにあるのだ、と。
そう理解したのである。
カラセベド公爵家では聖女ではなく、一人の令嬢として生きられる、と。
要は居場所の問題だ。
その居場所はカラセベド公爵家ではなく、コントレラス侯爵家であるべきだろう。
いや、聖女のためを思えば、いくつあってもいい。
そう思わされてしまったのである。
コントレラス侯爵家の奥方が立ち去って行く。
お茶会に参加していた全員が、立ち上がってカーテシーを見せる。
「ふふふ……よくやったわね!」
奥方がサロンを退室した後、母親が声をかけた。
「お褒めにあずかり光栄ですわ」
聖女がカーテシーを決めて、頭を下げる。
「で、どういうことなのかしら?」
母親はしっかりと気づいていた。
聖女が聖女であって、聖女ではないことに。
「お母様、それについては後ほどご説明します」
「いいでしょう。リーちゃん、やることがあるのね?」
「はい。と言っても、衣装部屋に戻るだけですから」
「いいわよ」
おじさんもまたサロンから退室した。
残された薔薇乙女十字団の面々は顔を見合わせていた。
いったい何が起こっているのか。
あの聖女が完璧にお茶会をこなせるわけがないのだから。
なら、なにがあったのか。
「ん~あれはエーリカじゃない!」
黙っていたケルシーが口を開いた。
「エーリカじゃない? どういうことなの?」
近くに居たニネット嬢がケルシーに聞く。
「ん~たぶんパイセン」
「パイセン? キルスティ先輩のこと?」
うん、と大きく頷くケルシーであった。
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助かります。




