1115 おじさんの魔道具講義が始まるよ
明けて翌日のことである。
「リー様、おはようございます」
おじさんが教室に入ると、声が飛んでくる。
ごきげんよう、と返して席に腰を落ち着けるおじさんだ。
「今日の講義も楽しみですわ」
アルベルタ嬢がスッとおじさんの隣に移動してきた。
「色々とやりたいことはありますし、楽しんで講義を受けてもらえるのは嬉しいですわね」
にこり、と微笑むおじさんである。
その女神の如き容に、アルベルタ嬢が頬を赤らめた。
「そう言えば、今日はエーリカがいませんわね」
「本当ですわね。いつもならケルシーと騒いでいますのに」
なんて話をしていると、聖女が姿をみせた。
若干だけど、元気がないようだ。
「あら? エーリカ?」
いつもなら、ずんずんと歩く聖女。
それが今日はしずしずと歩いている。
思わず、声をかけてしまうおじさんだ。
「ご、ごき、ごきげんよう」
ちょっと顔を引き攣らせている聖女である。
「どうかしましたの?」
「おほほほ、いやね、リーちゃん」
リーちゃん?
首を傾げるおじさんだ。
「エーリカが変なのです」
アルベルタ嬢とは反対側の隣に陣取るパトリーシア嬢だ。
「お、おほほほ。いつもと同じですわよ」
ぢっと聖女を見るパトリーシア嬢だ。
「おねーさま。エーリカが呪われているのです」
「少なくとも状態異常にかかっているわ」
ピキピキと聖女の額が痙攣する。
「エーリカ、変なものでも食べましたか?」
悪意はない。
ただ、強烈な一言を放つおじさんだった。
「ぐぬぬ……今日のアタシは淑女なの!」
「もうボロがでてるです」
「ああん? パティちゃん、なにを言っているのよ?」
「き、気持ち悪いのです。いつもどおりパティでいいのです」
「なにが気持ち悪いのよ!」
あ……と口を隠す聖女だ。
ふぅと息を吐く、おじさんである。
「エーリカ、なにがあったのです?」
どかっと座る聖女だ。
もう腹を括ったらしい。
「怒られたの!」
「なにをです?」
「蛮族はやめなさいって!」
「……」
アルベルタ嬢とパトリーシア嬢が顔を見合わせた。
そして――同時に頷いた。
「それは無理なのです」
二人が同時に言う。
「無理って言うなあ!」
聖女が顔を真っ赤にしている。
「だいたい、なぜそんなことになっているのです?」
おじさんが理由を深掘りした。
「ん~リーんちでやってることがバレたみたい?」
首を傾げている聖女だ。
よく理由がわかっていないらしい。
あーと納得するアルベルタ嬢とパトリーシア嬢だ。
どこかで情報が漏れたのだろう。
「そこ、納得するな!」
聖女からツッコミが入る。
「学園では無理をする必要がないと思うのですが……」
おじさんはそう思うのだ。
だが、聖女は首を横に振った。
「それがさー」
ちらりと聖女が入り口に目をやる。
すると、一人の侍女がぺこりと頭を下げた。
お付きの侍女である。
聖女にもつけられたのだ。
正確にはお目付役。
もっと言えば、監視役であった。
「そういうことですか」
アルベルタ嬢が納得したという顔になる。
パトリーシア嬢は眉根をしかめていた。
「エーリカがエーリカじゃなくなるです」
寂しいのだ。
蛮族が蛮族でなくなるのが。
いや、隠しきれてはいないけれど……。
「まぁ……いつかはこうなると思っていましたけど」
おじさんもぼそりと呟く。
「なんかさー窮屈でたまらない」
「それはそうでしょうね」
苦笑いするおじさんだ。
「いつものエーリカのペースで巻きこんでいけばいいのですわ」
「できるかなあ?」
ちょっと自信なさげな聖女だ。
「できますわよ! エーリカなら」
「いよっしゃあああ、やったらあああ!」
立ち上がり、拳を突き上げる聖女だ。
その様子を見て、お付きの侍女がなにかをメモしていた。
「そこ! なにをしてるだー!」
すかさずツッコむ聖女であった。
「おー今日も全員揃ってるなー」
男性講師が入ってくる。
そして、おじさんを見て言う。
「今日も頼むなー」
それだけ残して、教室を去っていく。
「さて、では講義といきますか」
おじさんが教壇の前に立つ。
今日も超絶美少女である。
「今日は少し変わった講義にしましょう」
と、おじさんが言う。
クラスメイトたちは黙って教科書をしまった。
「一学年の間は、魔道具関係の講義はありません。せいぜい歴史として少し触れるくらいですわね」
うんうんと頷く優等生組である。
「ですので、今回はかんたんな魔道具を作ってみましょう」
と、おじさんが侍女に目配せをした。
侍女が宝珠次元庫から、一枚の石版を配っていく。
石版といっても、二十センチ四方のものだ。
さほど大きくはない。
「はい。今回の教材はこれを使います」
ニコニコとしているおじさんだ。
「これはちょっと特殊な加工を施したもので――」
ちょっと言い淀むおじさんである。
だって、トリスメギストスと作ったものだから。
「まぁ詳しい説明は省きましょう」
笑って誤魔化す。
それで察するクラスメイトたちである。
また、やったのか、と。
「最初ですから、ものすごくかんたんなものをやりますわ」
と、黒板に術式を書いていくおじさんだ。
「これは光球の術式ですわね」
優等生組はしっかりと首肯していた。
だが、蛮族たちは首を傾げている。
再び、黒板に向かうおじさんだ。
「で、こちらが魔道具にする場合の術式回路ですわね。この変換については二年生以降に習いますので、今回は省略しますわね。で、皆にはこの黒板の術式回路を写してほしいのです」
「どうやって写すの?」
「先ほどの石版の横にペン型の魔道具がついていると思います。そちらを使ってくださいな」
おお、これかと聖女がペンを外した。
それを見て、皆が真似をしている。
「では、はじめてくださいな」
おじさんの言葉とともに皆が黒板と手元を見比べだした。
術式回路といっても難しくはない。
五分もあれば、かんたんに写せてしまうものだ。
「できたー!」
ケルシーが声をあげる。
「いいですわね。では、石版の右側にある窪みに触れて魔力を流してくださいな」
言うとおりにするケルシーだ。
だが、石版は明滅するばかりである。
失敗だ。
「ん~ここが間違ってますわね。よく見てくださいな」
「あ! ほんとだ!」
どうやったらいいの、とケルシーが言う。
ペンで上書きできると返すおじさんだ。
「ほわあ。ぜんぶ消えたー!」
頭を抱えるケルシーであった。
「バカね、ちゃんとやりなさいよ!」
ふふーんと聖女が魔力を流す。
びかーと石版が強い光を放った。
「みぎゃあああああ!」
思い切り、強い光を見て悲鳴をあげる聖女だ。
「やれやれですわね」
おじさん、蛮族たちの賑やかさに苦笑するのであった。




