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其ノ壱 迷ひ子と提灯の町

新しいお話をよろしくね♡

放課後の空は、もう夕方の色をしていた。

茜と群青のあいだで揺れるような薄い光が、住宅街の道を長く照らしている。


凪はひとり、見慣れているはずの帰り道を歩いていた。


肩には鞄。

制服の袖に、少し冷えた風が触れる。

遠くで犬の鳴く声がして、どこかの家から夕飯の匂いが流れてきた。


その、はずだった。


ふと気づくと、音がない。


足を止める。

さっきまで聞こえていた車の走る音も、誰かの話し声も消えていた。

風さえ、ぴたりと止んでいる。


道の先を見る。


見慣れた電柱はなく、代わりに古びた木柱が立っていた。

白い街灯の明かりは消え、赤い提灯がひとつ、ふわりと揺れている。


「……え」


喉がひどく乾いた。


振り返る。

さっきまであったはずのコンビニも、横断歩道もない。

石畳の道が、知らない町へ続いているだけだった。


慌てて鞄の中からスマートフォンを取り出す。

画面はつく。だが、圏外の表示があるだけだ。


息が浅くなる。


どうして。

ここはどこ。

なんで私は——


そこまで考えて、凪は気づいた。


私は、誰だっけ。


頭の奥が冷たくなる。


名前。

名前はわかる。凪。たぶん、それが自分の名前。


けれど、それ以外が何もない。


どこの学校に通っていたのか。

家族はいるのか。

どこへ帰る途中だったのか。


思い出そうとするたび、霧の向こうへ手を伸ばくように何も掴めなかった。


「ねえ」


すぐ後ろで声がした。


凪は小さく悲鳴を飲み込み、振り返る。


そこにいたのは、自分より年下の少女だった。


肩までのふわふわした髪。

大きな瞳。

屈託のない笑顔。

可愛らしい和装。


そして、頭の上には犬の耳があった。


「迷子?」


少女は首をかしげる。

その後ろで、大きなしっぽがぱたぱたと揺れていた。


凪は言葉を失った。


少女はそんなこと気にも留めず、一歩近づく


「だいじょうぶ、だいじょうぶ。そういう顔の人、たまにいるから」


「……え」


「泣きそうで、帰れなくて、どうしたらいいかわかんない顔」


少女は胸を張った。


「そういう時はね、煙羅さまのところ!」


言うなり、凪の手首を掴む。


「あ、ちょ、ちょっと——」


「平気だって! あとでちゃんとお礼言ってね!」


凪が抵抗する間もなく、少女は石畳を駆け出した。

軽い足音が、静かな町へ跳ねていく。


提灯の並ぶ通りを抜け、古い橋を渡り、細い路地へ入る。

やがて一軒の古びた家の前で止まった。


木の引き戸。

軒先に揺れる小さな灯り。

どこか古いのに、不思議と冷たさのない家だった。


少女は勢いよく戸を開ける。


「煙羅さまー! 記憶ない子ひろったー!」


中には、香のような甘い香りと、白い煙が満ちていた。


薄暗い部屋の奥。

座敷にひとりの女が座っている。


長い紫の髪。

前髪が右目を隠し、見える片目は眠たげに細められていた。

指先には細い煙管。


女はゆっくり煙を吐き、こちらを見る。


「……また拾ってきたのかい」


呆れたような声だった。


凪は戸口に立ち尽くしたまま、かすれた声で言う。


「ここ……どこなんですか」


女は少しだけ口元を緩めた。


「さてねぇ」


煙が、ゆるやかに揺れる。


「帰る場所をなくした者が、たまに流れ着く町さ」

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