【最終話 残された流れ】
朝。
市場は、すでに動いていた。
人が行き交う。
声が響く。
物が流れる。
——止まらない。
坂井新之助は、その光景を静かに見ていた。
(変わった)
かつては——止まりかけていた。
閉じられ、縛られ、滞っていた流れ。
だが今は——
(動いている)
誰かに止められることなく。
———
「……すげえな」
佐吉が、隣で呟いた。
「最初とは、別物だ」
新之助は、わずかに笑う。
「ああ」
短い返事。
———
「これで、終わりか」
商人の男が言う。
少しだけ、名残惜しそうに。
沈黙。
新之助は、少しだけ考えた。
(終わりか)
———
視線を、遠くへ向ける。
村。
町。
そして——さらに先。
(いや)
小さく首を振る。
———
「終わりじゃない」
静かに言った。
空気が、わずかに変わる。
「……だろうな」
商人が苦笑する。
「顔で分かる」
———
そのとき。
一人の若者が、駆け寄ってくる。
息を切らしながら。
「……新之助様!」
「どうした」
「話があります」
真剣な目。
——ただ事ではない。
———
「隣の山の村なんですが」
若者は言う。
「人が、減っていて……」
沈黙。
「作るものも、少なくて」
「売るものも、ない」
空気が、少し変わる。
「でも——」
一呼吸置く。
「いいものがあるんです」
新之助は、目を細める。
「何だ」
———
「……松茸です」
ざわめき。
「それと——」
「竹の子」
「川では、鮎も獲れます」
沈黙。
(あるじゃないか)
新之助は、静かに思う。
(“資源”はある)
———
「だが」
若者は、続ける。
「売り方が、分からない」
「運ぶ手も、ない」
「人も、いない」
声が、少し震える。
「このままじゃ……」
言葉が止まる。
———
沈黙。
市場の音が、遠くに聞こえる。
人の流れ。
物の流れ。
(ここは、動いている)
だが——
(外は、まだ止まっている)
———
新之助は、ゆっくりと口を開いた。
「見に行く」
一言。
若者が顔を上げる。
「……いいんですか」
「ああ」
短く答える。
「それが、次だ」
———
「……やっぱりな」
商人が笑う。
「終わらねえよな、お前は」
佐吉も、小さく笑った。
「ですね」
———
「だが」
新之助は、少しだけ真剣な顔になる。
「今までとは、違う」
沈黙。
「流すだけじゃない」
一歩踏み出す。
「作るところからだ」
空気が変わる。
———
(生産)
(加工)
(価値)
(そして——)
(人)
———
「やること、増えたな」
商人が言う。
新之助は、頷いた。
「ああ」
———
「面白くなってきた」
小さく呟く。
———
夕暮れ。
新之助は、一人で歩いていた。
市場を離れ。
道を進む。
その先には——
まだ見ぬ村。
まだ動いていない場所。
(ここからが、本当の始まりだ)
———
振り返る。
動き続ける市場。
止まらない流れ。
(これは、残る)
自分がいなくても。
———
視線を、前へ。
「……行くか」
小さく呟く。
その足は、止まらない。
———
流れは、続く。
場所を変え。
形を変え。
広がっていく。
———
そして。
新たな物語が、始まる。
――第一部 完
(第二部 地方創生編へ続く)




