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【第12話 交渉】

「……坂井新之助、か」


低い声だった。


広間の空気は張り詰めている。


正面には、藩の重役たち。


その視線が、一斉に新之助に向けられていた。


「無許可で市を開いた者だな」


別の男が言う。


新之助は、静かに頷いた。


「はい」


ざわめきが起こる。


「大胆だな」


「処罰ものだ」


声が飛ぶ。


だが——


「静まれ」


一言で、場が止まった。


上座の男。


藩政を預かる者。


その目が、新之助を射抜く。


「……なぜやった」


問いは、単純だった。


だが——重い。


新之助は、迷わず答える。


「村が潰れるからです」


沈黙。


「年貢を納めても、生活が成り立たない」


「それを変えるためです」


空気が変わる。


「……ほう」


わずかに興味が混じる。


「勝手にか」


「結果は出しています」


新之助は言った。


「収穫は増えました」


「流通も改善しています」


ざわめき。


「証拠は?」


紙を差し出す。


数字。


量。


価格。


すべてを書き出したもの。


「……」


重役たちが目を通す。


空気が変わっていく。


「……確かに」


「増えているな」


小さな声。


だが——


「それでもだ」


別の男が口を開く。


「勝手な商いは認められぬ」


「秩序が乱れる」


当然の主張だ。


新之助は頷いた。


「その通りです」


一瞬、場が静まる。


「ならば——」


「だからこそ、提案があります」


被せた。


空気が変わる。


「……提案?」


上座の男が目を細める。


新之助は、ゆっくりと言った。


「この市を——公認してください」


沈黙。


次の瞬間——


ざわめきが爆発した。


「何を言っている!」


「図々しい!」


怒号が飛ぶ。


だが、新之助は動じない。


「その代わり」


声を張る。


「税を納めます」


空気が止まった。


「……何だと?」


上座の男が、静かに問う。


新之助は続ける。


「売上の一部を、藩に納める」


「安定した収入になります」


沈黙。


(効いている)


新之助は確信する。


(権力は、“利益”で動く)


「さらに」


一歩踏み込む。


「市場を拡大します」


ざわめき。


「他の村も巻き込む」


「流通を整備する」


「そうすれば——」


一呼吸置く。


「藩全体の収入が増えます」


空気が、変わった。


完全に。


「……どれくらいだ」


上座の男が問う。


新之助は即答した。


「現状の一・五倍」


ざわめきが広がる。


「……根拠は」


「ここに」


紙を広げる。


計算。


予測。


すべてを書き出す。


重役たちが黙る。


見ている。


考えている。


(あと一押しだ)


新之助は、静かに言った。


「止めれば、何も変わらない」


「認めれば——増える」


沈黙。


長い沈黙。


やがて——


「……面白い」


上座の男が、口を開いた。


その目が、わずかに笑う。


「賭けだな」


新之助は答える。


「はい」


「だが——」


男は続ける。


「嫌いではない」


空気が張り詰める。


「条件がある」


「何でしょう」


「失敗した場合——」


その目が鋭くなる。


「責任は、取れるか」


沈黙。


だが、新之助は迷わなかった。


「取ります」


言い切る。


空気が、止まる。


やがて——


「……いいだろう」


一言だった。


「公認する」


その瞬間——


すべてが変わった。


———


外に出る。


空気が軽い。


待っていた仲間たちが駆け寄る。


「どうだった!」


新之助は、短く答えた。


「通った」


一瞬の静寂。


次の瞬間——


歓声が爆発した。


「やった!」


「すげえ……!」


新之助は、静かに空を見上げる。


(これで、土台はできた)


だが——


(ここからが本当の戦いだ)


権力を巻き込んだ。


つまり——


逃げられない。


「……次だ」


小さく呟く。


その目は、さらに先を見ていた。


——藩全体を、変える。


その戦いが、今始まる。


――続く

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