ルミナの後悔
ルミナは、誰もいない観測室で、手元の端末を眺めていた。
記録は完璧だ。
数値も安定している。
異常なし、異常なし、異常なし。
でも、心は乱れていた。
「……また、間違えたかもしれない」
あの日、少女を見た瞬間のことを思い出す。
ガラス越しの目。
小さく動く唇。
必死に届こうとしていた視線。
――あれを見て、何も感じなかったと言えるか。
無色個体は、観測対象。
名前も、感情も、無い存在。
それが施設のルール。
それを破ることは、許されない。
でも。
「……呼びたい、名前を」
思った。
それは、過去に自分が犯した“過ち”と同じ感覚だった。
ルミナには、忘れられない経験がある。
かつて、別の無色個体がいた。
彼女は名前を与えようとした。
呼んで、触れて、守ろうとした。
結果は――失敗だった。
世界は、感情を持ち込む者を排除する。
そのルールに従わなかった者は、抹消された。
ルミナは、それを目撃した。
あの時の光景が、今でも脳裏に焼き付いている。
消えたはずの人物が、記録からも消え、
まるで存在しなかったかのように。
「……また、同じことをしてしまうかもしれない」
端末を閉じながら、彼女はため息をついた。
でも、足は止まらない。
夜間巡回で、白い部屋の前に立ったときも、
無色の少女は静かに膝を抱えていた。
ルミナは心の中で言う。
――もう、見逃せない。
科学としては、観測対象にすぎない。
でも、少女の小さな祈りを、無視できない。
「……名前を、持たせるべきかもしれない」
その言葉を思った瞬間、
胸の奥で何かが震えた。
ルミナは後悔している。
過去を知っているからこそ、恐れている。
それでも、
恐怖よりも強い衝動があった。
――呼びたい。
無色の少女に、
存在を認める名前を、
届けたい。
その夜、ルミナはひそかに決める。
――明日、少しだけ踏み込もう。
ただ、少しだけ。
それが、世界を揺るがす一歩になることを、
まだ誰も知らない。




