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ギルアバレーク戦記  作者: 森野悠
第二章
40/112

◆第八話 騒乱の後で



 エンパイア王国で約一ヶ月の復興支援活動を終え、アークたち協力隊はギルバレに向かった。今回ギルバレ兵士団の死者はゼロ。初の実戦であったが上出来の遠征だったと言える。

 ───しかし、アークの表情は冴えないままだった。

『小を捨てて大を拾う。そういう判断が貴族、ひいては指導者には必要なのです』

 アークにはドクソンの言動が重くのしかかっていた。あのクーデターが肯定されるわけではない。じゃあ、どうすれば良かったのか。もし自分があの男の立場だったら……。

 ふと、昔のことを思い出した。

『アーク、領民の命より大切な物なんてあるのか?』

 冒険者になる前、騎士として仕えていたプールイ領の領主に言われた言葉だ。プールイ伯爵は戦わずして領地を引き渡した。あのとき、既に二千人の兵に囲まれていた。ちょっと冷静になれば誰でも分かる。戦おうが降伏しようがあの領地は取られていたし、戦っていれば領民も巻き添えになっていただろう。

 レオン・プールイ伯爵。世話になったし、いい人だった。なのにあのときは罵倒してしまった。それがあの人との、最後の思い出だ。

「あの人も貴族だったんだなあ。それをオレは……」

 あの伯爵は領地追放となった。まだ赤ん坊も生まれたばかりだったはずだ。無事でいるのだろうか。今更ながら、そんなことを思い出してアークは胸を痛めていた。


  *


「オーライ、オーライ」

 そんな作業員の声が聞こえる。アークたちがギルバレに帰ると、巨大なゴーレムの重機が街の外壁を作っていた。

「なんだこれ?」

「あ、アークさんお帰りなさい」

 ゴーレムの操縦席からミドリが降りてくる。

「これはまだ試作中なんで、ワタシが試運転しているのです!」

「いや、この壁は?」

「え、アイエンド王国の兵隊を皆殺しにしたんですよね? 攻めてくる前に防壁を作っているんですよ!」

「そうかよ。て言うかミドリ、その目は……」

「ハイ! 両眼とも魔眼にしました!」

 そう言ってミドリは両目から青い光を放つ。自分の眼球をくり抜いて魔眼を装着するとは。しかも両眼。アークの顔はひきつっていた。

「お前、それ大丈夫かよ」

「ハイ! 便利ですよ、ホラ!」

 ミドリは両眼から映写機のように、ピカッと光を出して壁に画像を映した。映像を記録できるらしい。

「さらに両腕も変えちゃいました!」

 袖をめくって義手を見せてくる。人肌に似せてはいるが、よく見たら確かに金属だ。

「これ、腕力が強くなるだけじゃなくて武器にもなるんです! ファイヤ!」

 ミドリの肘がパカッと開き、爆音と共に火の玉を空に噴き出した。

「手先も前より器用になって最高です!」

 そう言いながら手をワシワシと動かすミドリ。

「お前だんだん人間じゃなくなってきたな……」

「えーっ、そんなに褒められると照れちゃいますぅ」

 魔眼を回転させながら、モジモジとするミドリ。その光景をアークは真顔で見ていた。


「ただいま、ノーグ」

「帰ったか、アーク。大体は報告を受けているが詳しく聞かせてくれるかの」

 ギルド応接室にて、アークはこれまでの出来事をノーグに話した。

「───ふむ、大体わかった。もうディアには驚かんわい。しかし、エンパイアは大分弱体化したのう。問題はアイエンドがどう出るかじゃな」

「一応全員殺したはずだから、少しは時間が稼げると思うぜ。どうせすぐバレるだろうけどな」

「そうは持たないじゃろうな。だが結果は上出来じゃ。アーク、ギルバレを独立させるぞい」

「独立? 国にするってことか?」

「そうじゃ、今しかない」


 ノーグの案は、エンパイアから独立して同盟を結ぶこと。二国を合わせた全体の国土は変わらない。アイエンドの目的がギルバレにあるとすれば、なるべくこちらだけに目を向かせたい。その間に弱ったエンパイアを立て直して兵力を強化させる案だ。

「今ならエンパイアはなんでも言うことを聞くじゃろ」

「オレらが離れたら王子たち落ち込まねえかなぁ」

「そこは気にしてはダメじゃ。それにもう王子じゃなくなるわい」

 ノーグいわく、現在エンパイアの元反乱軍をヤスコが鍛えているそうだ。失った数を質で補う考えだ。

「そしてお前さんが王になったら早速別の国と同盟を結ぶ。そうしたらとりあえず三万人くらいの軍ができるじゃろ」

「こんな小さな国と同盟を結んでくれるとこなんてあんのかよ」

「狙っているところはいくつかある。そのうち手っ取り早いのがお前さんがいたビス王国じゃ」

「王家に知り合いなんていねえぞ」

「そこはアテがある。交渉材料は元プールイ領の奪還じゃ」

「……なんだと?」

 思わぬ名前が飛びだしてきた。アークにとって因縁の土地だ。

「あそこのセント王国の奴らをぶっ飛ばしてビス王国に恩を売るんじゃよ」

「面白そうじゃねえか……」


  *


 ───エンパイア王国。

 内乱から三ヶ月後、王都は落ち着きを取り戻しつつあった。しばらくの間、兵士たちは多くの別れと遺体の処理とで精神的にかなり疲労していたが、ようやくあのときのことを一人二人と口にするようになってきた。

「あの城の中の死体さ、たった四人で乗り込んで全員を始末したらしいぜ」

「本当かよ! 五百人から居たんだろ?」

「間違いない。それだけじゃなくてアイエンド十騎士もやられたんだ。それも二人」

「アイエンド十騎士!?」

「シッ、声がでかい。これは極秘だ。俺は直接処理班にいたから知ったんだ」

「じゃあ、あのフリード男爵が……、大陸最強?」


  *


 エンパイア王城では、リオン王子が国の立て直しに奔走していた。あの内乱で王権派・貴族派合わせて二千人以上を失ってしまった。そして何よりアイエンド王国を完全に敵に回した。

『さて、リオン王子。あなたが私を殺すのです』

「ドクソン……」

 リオンもまた、ドクソンの行動に考えさせられていた。自分も含めて、王族は本当に民のことを考えていたのか。もし、ドクソンが父上に進言をしていたらどうなっていたのか。

 ───このままだとアイエンドに侵略されます。戦っても勝てません。涙を飲んで属国に降りましょう───

 考えなくてもわかる。

(何を! 黙れこの腰抜けが!)父上ならそう言っていただろう。

 そして私は、(国を売る気か! この売国奴め!)と罵ったであろう。

「何が正しいのだろう。誰か教えてくれ……」

 自室で一人、リオンはアークの顔を思い浮かべた。

「お兄様、よろしいですか?」

 塞いだ気持ちでいると、妹のマユカがやってきた。

「ああ、少し休憩していたところだ。何か用か?」

「お兄さま、今後のエンパイア王国について重要な話です」

 現在、国にとって最も重要な課題。それは……。

「アイエンド対策か」

「はい、ドクソンによるとアイエンドの狙いはギルバレの方に傾いていたようです。そこで───」

 マユカの案はギルバレを独立させて、アイエンドの目をそちらに向けさせる。その間にこちらは国を立て直すと、そんな話だった。

「最初に捕虜になった貴族派の百五十人の兵が見違えるほど強くなって帰ってきたそうですよ。ギルバレには兵士を強化するノウハウがあるのです。協力隊もまだ軍ができて間もないのに素晴らしい統制だったそうですわ」

「確かに我が国はドクソンの尽力もあって戦争はしてこなかった。ギルバレの男たちは普段から魔物と戦っているわけだから当然であろうな」

 エンパイアは内政に集中して、兵の強化はギルバレにお願いする。要は目立っておいてほしいのだ。

「その間にお兄様は王権派と貴族派をまとめ上げるのです。貴族が一つにまとまれば、以前よりも国は強くなります。お兄様ならきっとできます。いえ、必ずやり遂げなければならないのですわ」

 マユカの強い意志がこもった目。それを見てリオンも気を引き締める。

「それに、アイエンドの兵が殲滅されたことはそのうち向こうに知られます。その報復をひとまずギルバレに引き受けてもらいたいのです。あちらとは別の国となれば囮になってもらえますわ。今こっちに来られたら終わりですので」

「独立と言えば聞こえがいいが、フリード男爵ほどの男に我らの狙いは透けるであろう。果たしてそう都合よく立ち回ってくれるものか」

「お兄様、そこはわたくしに考えがありますわ───」


  *


 エンパイア王国にてリオンの戴冠式が行われた。男爵であるアークもヒューガーと共に出席していた。

 壇上で冠を持つのはマユカ。王妃はまだ立ち直っていないとのことだ。膝をつき戴冠するリオン。式典の最後には大きな歓声が鳴り響いた。


「王子は元気そうだったな」

「元々心のお強い方だ。立派な王になられるだろう」

 アークとヒューガーはそんな会話をしながら謁見の間に向かった。アイエンドの兵二百人を血の池に沈めた場所だ。今ではすっかり綺麗になっている。


「陛下、この度の戴冠おめでとうございます」

 アークは膝をつき挨拶した。他に貴族はいない。この時間はアークたちだけしか謁見していなかった。

「ヒューガー」アークが命じる。

「はっ!」

 ヒューガーがお祝いの品を持ってくる。ダンジョン産の蜘蛛の糸で織った布と十一階層の魔牛の革で作った革鎧だ。

「おお、これは見事な。ありがとうフリード男爵」

「もったいない言葉でございます。陛下」

 仰々しく話すアーク。

「フリード男爵、普通に話してくれないか。そんな態度を取ることはないではないか」

「あ、そう? それじゃ陛下、おめでとうな」

「ありがとう、アーク。陛下もいらない。名前で呼んでくれ」

 二人はあの戦いが終わってから初めて会う。アークのくだけた言葉づかいに、やや空気が軽くなった。

「そっか。じゃあリオン、さっそく話すことがあるんだ。ちと言い辛えんだけどよ……」

 ノーグと打ち合わせした通り、独立する旨を伝えなければならない。ここに来る前からアークは気が重かった。

「フリード男爵」

 そこにマユカが話に割り込む。

「ん? なんだい王女様。いや、もう王女じゃねえか。王の妹だから妹殿下?」

「わたくしも名前でお呼び下さい。アーク様」

「じゃあマユカ様、なんでございましょう」

 アークはキザっぽく胸に手を当てて話した。

「ギルバレを独立させて建国して頂きたいのです」

「え、それ先言っちゃう? オレが独立を頼もうとしていたのを知っていたのか?」

「素敵な殿方の頼み事は言われるより先に叶えるのが一流の淑女ですわよ。アーク様」

「かーっ、マユカ様もやるじゃねえか。ミドリのときの仕返しってわけかい」

 目を覆う仕草で、一本取られたとばかりに戯けるアーク。なんにせよ、向こうから言い出してくれて胸のつかえが取れたようだった。

「ふふふ、やり返して差し上げましたわよ」

「まあ、そういうことだ。いいかい?」

 リオンに顔を向けるアーク。

「うむ、もちろんだ。建国の後は良き同盟国となってくれるのであろうな?」

「ああ、そのつもりだぜ。協力しないとアイエンドにやられるだけだ」

「そうだな、お互い一団となって戦おう」

 握手をする二人。まだ書面を交わしてはいないが、これでギルバレは独立すると共に同盟国を得たことになる。リオンも満足そうだった。

「そこで今度はわたくしからアークさまにお願いが」

 マユカも満面の笑みを浮かべている。

「おお、なんだいマユカ様」

「アーク様、わたくしを妃としてもらって頂きたいのですわ」


  *


 エンパイア王国での戴冠式に参加したアークは、ヒューガーと共にギルバレへと帰還した。独立の了解を得たとノーグに報告すると、そこから庁舎内は休む間もなく職員たちが動き回ることになる。

 建国するのだ。ダンジョンを中心に、勝手に人が集まり勝手に生きてきた街。なんの統治もされず、冒険者独自のルールで今日まで存続してきた荒くれ者の街。それが国になるという。住民たちは思い出す、あの英雄の演説を。

『いいか、このクソみてえな街をよ! 生まれ変わらせて、次の奴らに! 新たなガキに! 渡すことができたら! お前たちは、永遠に語り継がれる……英雄だ!』

 やる時はやる男、さすがは俺たちのアークだ。そんな言葉が街中を駆け巡る。灰色だった街は、希望の色に塗り替えられていった。


  *


 歓楽街の外れに、新しいバーができていた。カウンター席しかなく、棚には高価な酒の瓶がずらっと並んでいる。落ち着いた雰囲気で、女性のバーテンダーが一人で経営しているこの店を最近アークとジローニは気に入ってよく利用していた。

「すまねえ、待たせたな」

 重たい木製のドアが開きアークが入ってきた。

「お疲れさん、忙しそうだな」

 すでにカウンターでロックグラスを傾けていたジローニが片手をあげる。その隣にアークが座った。

「リサ。水割り、いや、ロックで貰おうか。ダブルでな」

「かしこまりました」

 リサと呼ばれたバーテンダーは、余計な会話をいっさいしない。アークの好きな銘柄のウイスキーをロックグラスに注ぎ、「どうぞ」と差し出す。あとは二人から距離をとってグラスを磨いていた。

「なんだよ、相談って」

「それがよ───」


『───わたくしを妃として貰って頂きたいのですわ』

 エンパイア王国の戴冠式のあと。王城の謁見の間で突然マユカにそう言われた。なんのことかと、唖然とするアーク。その隣には口を開けて愕然とするヒューガー。

「な、なに言ってんだよマユカ様。こんなオッサンと結婚って!」

 珍しく余裕が無くなるアーク。この口撃は予想していなかった。

「あれ、アーク様は以前からわたくしのことをいい女だの教科書に載っているだの仰っておられましたけど、誰にでも同じことを言っているのでしょうか。どう思います、マルチダ?」

「はい。この男、前からちょっとチャラいなと思っていました」

「ううっ、やっぱりわたくし騙されていたのでしょうか、マルチダ」

「マユカ様、おいたわしい。この男、どうやら女の敵。魔人殺しではなくて女殺しでしたね。そういえば私のこともいやらしい目で見ていました」

「アークよ、妹を泣かせるとなると私も黙ってはおれぬのだが」

「ちょ、ちょっと待てよ! なんだよコレ。マチルダちゃん言い過ぎじゃない?」

「本心です。あとマルチダです」

 突然寸劇のようなやり取りが始まり、アークはなぜか責め立てられる立場とされていた。

「本心かよ! てかオレ三十五だぞ。マユカ様は成人したばっかりだろ? 二十歳も離れているじゃねえか」

「チッ、そのくらい貴族じゃ当たり前ですわよ」

 ウソ泣きをやめたマユカが言った。

「アークよ、確かに貴族では当たり前だ。老人が十五歳の側室を持つなんてことも知っている。実際、父上の側室には私と変わらない年齢の者もいる」

 リオンが追い打ちをかける。

「だけどよう、そんなことしなくてもちゃんと協力するぜ? これ政略結婚ってやつだろう?」

 国の戦力が低下してしまったエンパイア王国。ディアたちの戦闘力を見て、ギルバレとの同盟を強固なものにしようと考えたのだろう。アークはそう、あたりをつけた。

「ひどい。マルチダ、わたくしやっぱり騙されていたのですわ。ううう」

「マユカ様、もうこの男チョン切った方がいいでしょう」

 スカートから短剣を取り出すマルチダ。

「ちと待て! わかった! わかったから待て!」

「わかった? 言質は取りましたわよ、アーク様───」


  *


「───それで婚約したってわけか」

 カラン、と氷の音を鳴らすジローニ。

「ああ、国が弱体化して不安なのもわかるけどよ、何もこんなオッサンと結婚しなくてもいいじゃねえか」

「政略結婚ってやつか。だが、お前はどうなんだ? アーク」

「どうって?」

「嫌なのか? 王女様が」

「そりゃ嫌ってことはねえけどよ……」

 アークはマユカの顔を思い浮かべる。多少あざといところはあれど街の恩人でもあり、懸命に仕事に取り組む姿勢はキラキラと眩しく、好感を持っていた。

「じゃあ王女様が他の貴族と結婚して幸せになってくれりゃお前は満足なのか?」

 アークはそう言われて考えた。あの反乱のとき、アークは王城に乗り込むまでマユカの無事を願っていた。何度も彼女の顔が浮かんだのだ。

「いや……、満足しねえな」

「じゃあ、お前が幸せにしてやれよ」

「そうか、そうだな。ジローニ」

 アークはグラスに残った酒を飲み干した。


  *


「うまくいったな、マユカ」

 エンパイア王国の王城にて。リオンは私室でマユカと向かい合っていた。

「はい、でもハッキリしなくて困りましたわ。マルチダが機転を効かして強引に進めたから助かりましたけど」

「あれは機転を効かせたのか。すっかり本心だと思っていた。さすがはマルチダだな。だけど、マユカ。本当にいいのか?」

「何がですの?」

「その、国のために自分を犠牲にして嫁いでいくことがだ……」

「あら、お兄さま。わたくし元々アーク様をお慕いしておりましたのよ。国の事情を利用したのはわたくしの方ですの。ふふふ」




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