◆第七話 ガイーユ・ドクソン
エンパイア王城の玉座の間。アイエンド十騎士の二人、キャノンとワクワナをディアが倒した。城内にいたアイエンド兵士も全員殺したはずだ。これで、この内乱も終わりだろう。アークは生き残ったドクソン公爵の前に立って向かい合った。
「さて、謀反の首謀者さんよ。これであんたの宴も終わりだな」
「そのようですな。ですが目的は果たしたと言ってもいいでしょう」
ドクソンは満足そうな表情だ。王になることを夢見て、その願いが散ったというのに。
「王を殺したことか? そんなに憎かったのか?」
「まさか。陛下はいい王でした。アイエンドさえ無ければ」
「じゃあ目的ってなんだよ」
「この反乱が成功してアイエンドの支配下になるか、もしくは《魔人殺しの英雄》に十騎士を殺させるかですな。実際にやったのはお弟子さんだそうですが」
悔しさをごまかす強がりには見えなかった。何かこの男に嵌められたのだろうか?
「なあ、あんた騎士たちに腰抜けだって言われていたんだよな。なんでこんな謀叛を起こしたんだ?」
「そうですな。死ぬ前にお話ししてもいいですが、その前にリオン殿下を起こしてもらえますか?」
ドクソンがそう言うと、アークはディアを見る。頷いたディアがリオンに近づいていった。
「【ヒール】」
リオンはワクワナに剣で殴られて気を失っていた。脳が揺らされたためだと思われる。
「う、うう」
「起きたかい、王子。色々あったが、大体終わったぜ」
「フリード男爵……。来てくれたのか」
そこから少し時間がかかった。起きたら王である父親が死んでいたのだ。気を失う前の状況から言って、そうなってもおかしくないとは思っていたようだが、やはり動揺は隠しきれなかった。そのリオンがドクソンを睨みつける。
「リオン殿下も気を取り戻したようですな。さて、ではどこからお話しすれば良いでしょうかねえ───」
◆
外務担当官を長年務めたドクソンは、常に無謀な戦争を回避することに尽力していた。新鮮な他国の情報を集め、エンパイア王国が狙われそうな気配があれば事前に対策を欠かさない。実際に危ないことが何度かあった。
近隣の国の中でも特に強大なアイエンド王国。ここに狙われたら絶対に勝てない。ドクソンは最大の注意をアイエンド王国に払っていた。そして、アイエンド王国に狙われない内政を長年続けていた。最低限の軍事力があるから全く苦労せずに手に入ることはない。しかし戦争してまで手に入れたい程の価値はない。そんな国を作りあげてきた。祝い事や貢ぎ物などの根回しも欠かさない。
幸いエンパイア王は革新的な政策をしたり、富国強兵を目指す王ではなかった。腰抜けと陰口を叩かれながらも、それがドクソンの中では貴族の矜持であった。
ある日、ドクソンはアイエンド王国に貢ぎ物を持って恒例の挨拶に来ていた。
「やあ、ドクソン殿。最近はエンパイア王国も明るいニュースが増えているそうですな」
「そんなことはありませんよ、スネイル伯爵。相も変わらず税収も石高も厳しい限りです」
「いやいや、なにやら幼き王子と王女がこれまた優秀だそうで。王子は武に長けた傑物で王女は頭脳明晰。子どもながら政治も手掛けて色々と改善しているそうじゃないですか。羨ましい限りだと宰相も申しておりましたぞ」
「それは言い過ぎですな、伯爵。子どもが政治の真似事をして、周りがお世辞を言っているだけのことですよ、ハハハ───」
まずいことになった。王子と王女が優秀過ぎて国に価値が出てきた。これ以上目立たせたら本当にまずい。アイエンド王国は近隣の小国を取り込んで大きくなっていった国だ。そのやり方は昔から変わらない。『魔女の疑いがある』それだけでいい。大昔は知らないが、近年はその言いがかりだけで戦争を繰り返している。
───ドクソンは焦りを募らせていた。
「お久しぶりですな、ドクソン殿」
「お久しぶりです、スネイル伯爵」
またある日、アイエンド王国の外交担当官、スネイル伯爵がこんなことを言ってきた。
「どうやら貴国の王子たちには優秀な家庭教師がいるそうで。何やらすごい魔道具も開発したとか」
「ああ、わしも見ましたけど子どもの玩具みたいな物でしたよ。貴国が興味を持つような物ではないですな、ハハハ」
クソっ、ミドリ女史に目を付けられた。あの才女は放っておくとどんどん発明してしまう。あとひとつ何か画期的な魔道具を開発したら魔女確定だ。なんとか保護しなければ。
ドクソンがそんな危惧を抱いていると、ミドリが人類初の人造ゴーレムを発明した。それを不審に思ったエンパイア王がミドリの調査を命じ、魔力が検出された。なんて物を発明したのだ。これは公にはできない。どうしたものかと思っていたら、王がミドリを処刑しようと動いていた。
ドクソンは即座に側近の使用人を使って、その事実をリオンとマユカの耳に入れた。狙い通り、処刑は王子たちの提言により保留となった。
罪のない人を殺してどうするというのだ。陛下は彼女を地下牢に監禁している。ミドリ女史は大丈夫だろうか。そんな懸念を抱いていたら、いつの間にかミドリは逃亡していた。タイミングから見て、あの《魔人殺し》がさらっていったのだろう。あの男なら安心だ。あのミノタウロスの剥製を見れば誰でもわかる。あんなの、人間にどうこうできる相手ではない。これでしばらくは安心だ───
何ということだ。王女の協力であのギルバレが未曾有の好景気だ。余波で我が国まで影響が出てしまった。国の価値が最高潮だ。まずい、まずい、まずい……。
「ドクソン殿、ここだけの話ですが貴国の王女、やり過ぎましたな。魔女認定委員会の話題に出ましたぞ」
「スネイル伯爵……、いいのですか」
「私たちも長い付き合いだ。少しだけ本音で話しましょうや」
ある日、スネイルがそんなことを言いだした。罠かもしれない。だが、このリークは彼になんの利益ももたらさないはずだ。長年貢いできたのだ。エンパイア王国が無くなったら彼も困るだろう。
「伯爵、王女は認定されそうなんですか?」
「あの政治手腕を魔女の力にするのは多少強引ではある。だが、本命はギルバレですな。あのダンジョン都市は扱いにくくて放っておかれていたんですが、急激に価値が上がった」
なるほど。確かにそれはある。アイエンド王国は近隣でダンジョンのある国を優先的に吸収してきた。だが……。
「あれは《魔人殺し》の手腕ですよ?」
「だとしても、エンパイア王国の一部であることには違いありますまい。委員会は十騎士であればかの者でも勝てはしないと考えておりますな。しかも王女が発展に関わっているのも良くない。王女が魔女なら一番いい口実ですな、おっと本当にここだけの話ですよ」
ダメだ。完全に嵌めようとしている。だったら直接ギルバレに行けばいいのに。
「どれほど時間の猶予があるでしょうか?」
「一刻を争うでしょうな」
もし戦争になれば民に犠牲が出る。それだけは避けなければならない。ああ、ここまでか……。
「伯爵、もし戦争を仕掛けずに国を手に入れられるとしたらどうでしょうか?」
「それなら無理に魔女認定する必要はないんじゃないですか? 本当の魔女は強力な魔法使いだって言いますからね」
「伯爵、私を宰相に紹介してもらえないでしょうか?」
「ドクソン殿? もしや……」
「民への被害を最小限にしなきゃならんのですよ。たとえ地獄に落ちても───」
◆
エンパイア王城の玉座の間。ドクソンの独白を聞いたアークが最初に声を上げた。
「それじゃ、あんた侵略戦争よりは内乱の方がマシって事でクーデター起こしたのかよ!」
「そうですな、民を殺されるより先に汚名を被って犬に成り下がった方が民が死ななくて済みますのでな」
涼しい顔で答えるドクソン。
「兵士や城の使用人が死んだじゃねえか。王様も殺した」
「どちらにせよ殺されとるでしょう。奴らにかかっては魔女の父親なんだから」
「だからって、あんた……」
ドクソンがアークに向き直る。真剣な眼差しだった。
「英雄殿、あなたも領民を持つ指導者になったのでしょう。あなたなら敵から全てを守れるかもしれない。だが、どちらかを選択しなければならないときが必ずある。戦争になれば王族は全員死ぬ。魔女狩りが口実なのだから、その家族はそうせねば辻褄が合わんでしょう。そうなれば兵士もこの内乱よりは多く死ぬでしょうな。今回は少なめの人数でやりましたゆえ」
何も言えないアーク。ドクソンは続けた。
「そして民も死ぬ。侵略ですからの。しかもエンパイアはギルバレのおまけですのでこっちの民はどうでもいいでしょうな。あのアイエンドの援軍が使用人まで殺したのを見たでしょう。奴らは軍人かどうかは関係ないのです。今回は事前に避難させましたので街の民は一人も死んでおりません。攻めてくる前に属国になることで王族の死は陛下一人で済むし、王家の血も残る。そういう算段ですな」
「もっとやりようが……」
「あなたアイエンドを甘く見てはいけませんな。まともな常識が通じる相手ではないのですよ。散歩に行く気分で国を滅ぼす連中です。いいですか、小を捨てて大を拾う。そういう判断が貴族、ひいては指導者には必要なのです。恨まれますがなあ」
「そんなの、選べねえよ……」
「だけど今回はこれでも良かった。あなたもアイエンドを敵にまわしましたからの」
「どういうことだ?」
「言葉の通りですな。殿下たちと協力してエンパイアの民を守って下さいよ。お弟子さんでさえあの強さだ。あなたの強さは想像もできないですな。お弟子さんが一瞬で倒した二人は、大陸最強と言われる十人のうちの二人なんですよ。あなたなら守れるでしょう。守りたいもの全てを」
「何を勝手なことを……」
「英雄殿はお人よしっぽいですからなあ、安心して逝けますな。さて、リオン王子。あなたが私を殺すのです。お父上の仇を取ったあなたが、この首を晒して国をまとめるのですよ」
ドクソンはそう言って、ずっと黙っていたリオンに剣を渡した。
*
エンパイア王国の内乱騒動は終わった。首謀者のガイーユ・ドクソン公爵は第一王子リオン・エンパイアにより討伐され、次の日には晒し首となった。
反乱軍の生き残りは約七百人。全てギルバレへと送られた。死亡者は約千三百人。
討伐隊の被害は約千人。城内の騎士と使用人約五十人が死亡。
アイエンド王国からの援軍五百人は全員死亡した。ワクワナが馬を預けた一人の兵士を除いて。
*
戦場となった王城前広場に、アークとジローニが立っていた。兵士たちが一丸となって復興の作業をしている。その光景を眺めながら、アークがぽつりと話しだした。
「ジローニ。あのドクソン、すげえ奴だったな」
「そうだな」
「なあ、もし自分の家族が一人死ねば領民が百人助かるとしたら、ジローニはどうする?」
「そりゃ家族を取るだろ」
即答だった。
「……そっか、ははは、そうだよな」
「ああ、それが普通だろ」
戦後処理としてギルバレの討伐協力隊はエンパイア王都に残った。アイエンド兵士の死体はすべてギルバレの隊員が掘った穴に埋めてハルのブレスで燃やした。
エンパイア国民の遺体は一部を除いて、合同葬儀にて荼毘に付された。燃やさないと伝染病などの二次被害があるからだ。
リオンはどうやら立ち直ったようだ。見事な演説で国民を勇気づけた。
───リオンはあのとき、なかなか剣を取ることができなかった。ドクソンに喝を入れられ、泣きながらドクソンを斬ったのだ。
マユカはまだ閉じこもっている。父親を亡くしたこともあるだろうがそれだけじゃない。自分が良かれと思ってやってきたことが、アイエンドに目を付けられてこの内乱に繋がった。そのことを気にしているのだ。
それはアークにも言えることだった。王女に使節団を用意させたのは自分なのだ。それが目立って、アイエンドの奴らが目を付けた。だが、いつまでビクビクしていなければならないと言うのか……。
「なあ、ジローニ。オレやっぱりアイエンドぶっ潰すわ」
「そうか、お前ならできると思うぞ。《魔人殺し》」




